第八レポート:藤堂達の様子について②

 レーンの町並みは今まで通ってきた街とは大きく異なる。

 発展度はともかく、この街の特徴を一つ上げるとするのならば街中に流れる巨大な運河だろう。

 水の都の名に相応しく、街を縦断するように流れる運河と複雑怪奇に広がった水路には無数の小舟が行き来する。街中を行き来するには陸を行くよりも船をチャーターした方が早い。


 水の精霊を得るにはこの上ない土地だけあって、街に滞在する者には精霊魔導師エレメンタラーが多かった。それも、精霊の選り好みが出来る段階まで到達しているかなりレベルの高い魔導師だ。

 精霊魔導師である以上、水属性以外の精霊も使えるだろう。港に船が来なくなったこの街が今だ滅びずに残っているのは魔導師達の尽力によるものが多いのかもしれなかった。


 街中を見回っていると、ふと後ろから声を掛けられた。気配を消していたのだろう、あまり気を張っていなかったとはいえ、全く気が付かなかった。恐ろしい気配隠蔽能力である。


 声の主――サーニャがそのまま俺の隣に並ぶ。フードは既に外していた。白銀の狼耳が状況を確認しているようにぴょこぴょこと動いている。


「軽く調べたけど、街の中には気になる気配はないね」


「そうか……獣人は?」


「獣人の魔導師はほとんどいないから目立つ。いないね。闇の眷属の気配もないし、敵意の臭いもない。流石に神殿の様子まではわからないけど」


「何か物騒な事件は?」


「このご時勢いくらでもあるさ。でも、特に変わった点は見当たらないよ」


 まだ別れて数時間だが、一通り調べ終えたらしい。技能を持つ斥候の仕事は時に魔法のようにすら見える。調べた上で居場所を教えていない俺を見つけ報告までするのだから恐ろしい。

 自身の鼻を指差して、サーニャが軽い声で言う。


「魔族や魔王の手の者には独特の臭いがする。鼻が焼けつくような臭いだ。この街にはその臭いがない。まず大丈夫だと思うよ」


 俺には潮の香りしかしないが……サーニャがいればゴーレム・バレーでもどれほど楽だったか。


「例外は?」


「魔法やポーションでその記憶が消されていたりするとわからないかな。でも、その可能性は除外してもいいと思う」


「そうだな」


 レーンの土地としての重要性はゴーレム・バレーに大きく劣る。俺が魔王でもこの地に力を割いたりはしないだろう。

 俺の言葉に、サーニャが後ろに手を組んでこちらを窺うように見上げてくる。街に到着した直後はだいぶ疲れていたようだが、一日である程度回復したようだ。


「何か異常があれば適宜知らせてくれ」


「了解、ボス」


 自信満々にサーニャが返事をする。ブランからは二人で一人前だと聞いたが、サーニャも戦闘能力に特化したわけではないらしい。これならばラビの調査能力はどれほどのものになるのか、楽しみだ。


「で、ボス。ラビ達はいつ着くの?」


「藤堂達が寄り道しているからな……」


 アメリアから報告があったが、藤堂達は何やら胡散臭い山の神なるものの討伐を請け負ったらしい。

 ラビが強い魔物の気配はしないと言っていたらしいので心配していないが、その進捗次第だろう。


「問題を解決して山を越えれば後十日程で辿り着くはずだ」


「ならすぐだね」


 サーニャが即答する。アメリアとラビのコンビは戦闘能力に不安が残るが、心配していないらしい。信頼しているのだろう。俺は割と心配でしょうがないのだが、少し見習ったほうがいいかもしれない。


「山の神が何か次第だな。場合によっては下山して別の道を通る必要があるだろう」


 俺の言葉に、サーニャが尻尾を振って不思議そうな表情をした。


「うーん、どうせ魔獣か高く見積もっても魔族でしょ? ラビの敵じゃない」


「魔獣はともかく魔族はきついだろ……」


 下位ならばともかく、中位以降の魔族は油断ならない。半獣人としての肉体のアドバンテージも魔族相手ではほぼないと思っていいだろう。

 そもそもサーニャならばまだしも、ラビは種族的に耐久も筋力も銀狼族よりも遥かに劣るのだ。まぁ、ラビに求めているのは戦闘じゃないんだが。


 俺の言葉に、サーニャが数度瞬きをして、首を傾げて言った。


「いや、ラビなら問題ないよ。ボクより強いしね。ボスは『迅雷』を何だと思っているのさ?」




§ § §




 強い。藤堂は抱いた印象を全て気迫に変え、斬撃を放つ。


 初撃には戸惑いがあった。だが、こうして体勢を立て直し正面から相対しても十分に強い。

 黒き獣の唸り声と藤堂の荒い息が交差する。見上げる程に巨大な体躯、血のように赤い瞳が藤堂を睨みつけていた。まだ残っている左の爪が聖剣と交差する。

 わずか一撃で武器の差を感じ取ったのか爪は横薙ぎに聖剣の腹を狙っていた。いかに聖剣とはいえ、腹で対象は切り裂けない。剣を払う豪腕、そこから伝わる凄まじい力を、後ろに下がりながらいなす。

 幸いなのは、一撃目で右手の爪を半分切断できたこと。多少なりとも右手にダメージを与えられたこと。そして何より人数が違うこと。


「リミスを守りますッ!」


 その宣言通り、アリアはリミスを背にしていた。剣を正眼に構え、魔獣を牽制する。その後ろではリミスが目を閉じ、小さく呪文を唱えていた。

 魔獣のギョロリとした目が藤堂とアリア、そして後ろのリミスを交互に見ている。その目には敵意と知性が混在していた。


 魔獣の目が藤堂に集中する。負傷した右腕が轟音と共に振りかぶられる。


 その瞬間、いつの間にかその後ろに回っていたグレシャが大きくジャンプした。


 手にはその小さな身体と同程度の巨大な鈍器が握られている。藤堂では持ち上げる事すら困難な戦鎚が軽々と振りかぶられ、目の前の獣に落とされた。ソド・ベアーがぎりぎりで気づきその身体を回転させるが、構わずその身体を地面に叩き落とす。

 肉の、骨の軋む音。全身を打ち据える質量にソド・ベアーが悲鳴をあげる。その時、リミスの呪文が完成していた。


 声もなくそれを察した藤堂、アリアが一歩離れる。獣の目が苦痛に喘ぎながらリミスを捉えていた。

 無数の火の球がリミスの四方に浮かぶ。杖を大きく振り下ろし、リミスが唱えた。


「『襲う炎ラピッド・フレイム』」


 炎が弾丸のように放たれる。とっさに後ろに下がった魔獣を追い、一撃目がその顎に命中する。

 鈍い音。巨体が衝撃で一瞬浮き、しかし攻撃はまだ終わっていない。リミスの周囲に浮かんでいた残りの炎の弾丸が続けざまにその巨体を襲った。腕に、足に、顎に、絶え間なく襲いかかる。


 たった一撃で下位の魔物ならば消し飛ばせる炎の弾丸を全身に受け、ソド・ベアーが地面を転がる。

 炎の弾丸が消える。きな臭い匂い。黒い毛皮のそこかしこが変色し、しかし黒い塊はまだ動いていた。炎の弾丸が全て毛皮に弾かれたことを理解し、リミスが息を飲む。


「……ッ!」


「リミス、追撃だッ!」


 ダメージはあるが致命傷ではない。

 アリアが叫ぶと同時にうずくまる魔獣に一歩踏み出す。藤堂がそれに合わせるように地面を蹴り、横から攻撃を仕掛ける。リミスが今度こそ、その肉を焼き尽くすために呪文を唱える。


 魔獣がのっそりと身を起こし、身も震えるような咆哮をあげた。

 空気を震わせるおぞましい咆哮を、藤堂は気合で吹き飛ばす。この程度の咆哮、ゴーレム・バレーでのウルツとの訓練で受けた物と比べれば大したものではない。

 リミスの魔法を正面から受けてもソド・ベアーの動きは鈍らない。袈裟懸けに振り下ろした剣をソド・ベアーが身を捩るようにして回避する。だが、その剣の先がわずかにその毛皮を傷ついていた。魔獣の表情が歪む。

 黒い血が飛び散る。後退した先にはアリアがいた。流麗な動作で放たれた雷閃の如き一撃がとっさに振り上げられた鉤爪で受け止められる。


 速度も膂力はソド・ベアーの方が勝っていた。だが、どれだけ力があっても攻撃に対応とすれば隙が出来る。後ろに下がろうにも、そちらには戦鎚を小枝のように振り回すグレシャが陣取っている。

 そうしている間に、再びリミスの呪文が完成した。


「『炎の剣フレイム・ソード』」


 紅蓮に燃える巨大な炎の剣が、ソド・ベアーの頭上から振り下ろされた。



§



 油断なくその巨体を囲む。藤堂の目の前で、魔獣はバランスを失ったように地に倒れた。


 あちこち炭化した毛皮に穿たれた傷痕。地面に飛び散った鮮血の跡。血と油のこびりついた聖剣を下ろし、断末魔の一つもなく動かなくなったその姿に藤堂は思い出したように荒く呼吸をした。


 地面に投げ出された長く鋭利な爪を見て呟く。その声は僅かに震えていた。


「なんて化物だ……」


「初撃で片方の爪を奪えたのが運がよかった。あれは剣の素材に使われるくらいですから」


 アリアがまだ強張った表情で答える。数の利。装備の差。それを持ってしても食い下がってきたその魔獣はまさに聞きしに勝る恐ろしい魔物だった。

 もしも一撃目でダメージを与えられていなかったらこちらもただでは済まなかったかもしれない。


「ただの熊だと思ったのに……」


「見た目が獣ですからね。まだ情報が周知されていなかった頃は大量の死者が出ていたようです」


「……まぁ、これで一安心でしょ」


 久方ぶりに魔法を連発したリミスが少しふらつきながら、地面に落ちたソド・ベアーの鉤爪を摘んで拾った。血で薄汚れた長い爪は気味が悪く、まるで呪われた剣の刃のようにも見える。


「ソド・ベアーの縄張りなら他の魔物は出ないでしょうね……これ以上強力な魔物が棲息しているとは考えにくい」


「死骸を持ち帰って村に戻ろうか」


 藤堂がまだ生暖かいソド・ベアーの死骸に触れ、魔導具に収納する。

 辺りを見回すが、犠牲者の痕跡などはない。あるのはソド・ベアーの流した血と戦闘の跡だけだ。


「……戻りましょう。村に報告を」


「……ああ」


 藤堂はしばらくじっと小さな祭壇を見ていたが、アリアに促されて小さく頷いた。



§



 村に戻り、すぐに感じたのは雰囲気の変化だ。

 といっても、良い変化ではない。一番初めに訪れた時にも辛気臭い雰囲気はあったが、改めて訪れるとより陰鬱に感じられた。

 すれ違う村人が藤堂達の姿に目を見開く。喜びではなく、純粋に驚いているような表情。


「何かあったのかな?」


「……村長の元に向かいましょう。彼らも我々を待っているはずです」


 足早に村長の家に向かう。急がねば次の生贄のための準備をされてしまうかもしれない。


 村の奥に立地する村長の家に辿り着く。屋敷とはとても呼べない小さな家だ。周囲にはまるでその監視でもするかのように屋敷の様子を遠巻きに窺う村人達の姿があった。

 藤堂が視線を向けると、目を逸らされる。最初に訪れた時とはまた異なる挙動不審な態度だった。


 頑丈そうな扉をノックする。扉はすぐに開いた。


 隙間から顔を出したのは見覚えのない少女だ。年齢はリミスと同じくらいだろうか、暗褐色の髪に村娘だとは信じられないくらいに白い肌。瞳の虹彩はルビーのように赤く、しかし藤堂の視線は一点に集中していた。


 側頭部から垂れるように生えた明らかに人の物ではない耳に眼を見開く。それを気にした様子もなく、少女は満面の笑みを浮かべて背後を振り返った。膝下まであるスカートがふわりと揺れる。


「おじいちゃん! 藤堂さんが帰ってきましたよッ!」


「おじいちゃん……?」


 その声に、後ろから村長が出てきた。佇まいは藤堂に生贄について話した時と変わらないが、その眼には力がない。胡乱な眼が藤堂をしばらく見つめ、慌てたように顔をあげた。


 村長が口を開く前に少女が藤堂の腕を取り、家の中に招き入れた。




§




 村の入り口には村長と少女、そして藤堂達しかいない。

 既に出立の準備は既に出来ていた。まだ日は高い。急げば今日中に山を下れるだろう。


「藤堂さんには本当に感謝しています。今回は私が……山頂に向かうはずだったので……」


 少女の言葉に、藤堂は微笑を浮かべて答えた。


「いや……僕は自分の出来ることをやっただけだよ」


「本来ならばお礼をしたいんですが……この村には何もなくて……」


「ソド・ベアーの素材は高く売れるからな、気にする必要はない」


 アリアが答える。その眼は先程から具合の悪そうな村長に向いていた。

 その視線に気づいたのか、次の生贄される予定だったらしい少女――村長の縁戚にあるという少女が村長の肩を叩いた。村長がビクリと身体を震わせる。


「ほら、おじいちゃんもちゃんとお礼を言って! 憂いがなくなったんだから!」


「ッ…‥そ、そうですな。この度は本当に、お世話になりました」


 まるで怯えるように身体を震わせるその様子に、藤堂は眉を顰める。が、少女から向けられた可憐な笑顔に、納得することにした。

 生贄にしようとした負い目でもあるのだろう。


「では、僕達は先を急ぐので……」


「はい。藤堂さん達に良い旅がありますように」


 藤堂の言葉に少女がまるで祈るように手のひら、指と指を組んで答えた。


 村を出て山道を下る。

 馬車を使える程、広い道ではないので徒歩だが、時折現れる魔物のレベルは低く数も少ない。

 現れる魔物を切り伏せながら、藤堂は村のことを思い返し、零した。


「……変わった村だったね」


「……そうですね……」


 小さい村だったが、今まで訪れた村と比べて違和感が強かった。

 人の少ない山間の村に生贄。宿もなく大きな商店もない小さな村。今まで黙っていたリミスがほっとため息をつく。その脳裏に浮かぶのは最後に姿を見せた生贄の少女だ。


「……獣人、だったわね」


「ああ、こんな村にいるなんて珍しいな」


 ぺたりと伏せた耳に、村の雰囲気にはそぐわない明るい表情を思い出しながらアリアも同意する。

 ルークスの法では獣人は決して差別の対象ではない。対象ではないが、めったに見ない事も確かである。魔王軍に与する獣人が多いという事情もある。

 都市部でもなかなか見られない存在をこんな辺境で見かけるとは思わなかった。その言葉に藤堂が納得の声をあげる。


「あー、やっぱり」


「村長の縁戚と言っていましたが……本当に珍しいですね。どこかで血が混じったんでしょうが」


「全然似てなかったよね」


 年齢だけならば祖父と孫娘なのだろうが、あまりにも容姿が違う。格好も他の村人とは異なり身綺麗だった。日に焼けていない新雪のような肌にルビーのような眼のコントラストはまるで生き物じゃないかのように美しい。同じことを考えていたのか、アリアが大きく頷く。


「兎人との混血ですね。獣人種の中では唯一魔王配下に下るものが数少ないと言う」


「あー、そうなんだ」


「臆病で争いを嫌う気質を持つ者が多いといいます。それ故に魔王側にも人間側にも与しないとか……」


「後……容姿が優れている事でも知られているわね。平和の象徴だとか」


 リミスが付け加える。その言葉に、藤堂はもう一度少女の姿を思い浮かべた。確かにその華奢な体つきや浮かべた天真爛漫な笑顔は争いからは正反対に見える。

 まさにあの村にして異端だ。もしかしたらだからこそ生贄にされることになったのかもしれない。

 しばらくその事について考えていたが、藤堂が無理やり作ったような明るい声で言った。


「……じゃあ彼女のためにも先を急がないとね」


「山を越えれば馬車を使えます。そうなればレーンまでは一直線のはずです。寄り道はしてしまいましたが問題ないでしょう」


 藤堂は最後にちらりと後ろを振り返った。

 雲ひとつない空。聳える山々。村の様子は既に欠片も見えない。




§ § §




 藤堂の姿が消えるのを待って、ラビ・シャトルはため息をついた。


「全く、やってられないです」


「ひっ……」


 村長が短い悲鳴をあげ、腰を抜かす。ラビはそれを真っ赤な眼で見下ろしていた。

 続いて遠巻きにラビを囲んでいる村人たちを見る。ラビの感覚はサーニャ程優れていないが、その中の何人かが弓矢を構えていることくらいは分かる。

 だが無駄だ。いくら身体能力に劣るラビでも素人の撃った矢に貫かれる程弱くない。


 生贄の少女をやっていた時には見せなかった嘲笑するような笑みでラビが続ける。


「とんでもない村です。あんな化物を利用しようだなんて……まさか年の功という奴ですか?」


「い、いや……儂は……」


「初めから分かってましたけどね。大体この村、子供がいないじゃないですか。うら若き乙女を生贄だとかどの口がほざいてるんですか」


 その言葉に、村長は答えない。何人もの傭兵が返り討ちになった怪物を殺してのけた少女が、村長には怪物以上の化物に見えていた。一見して強そうに見えないのが何よりも恐ろしい。


 だが、その実力に疑いはない。一抱えもある怪物の首を引きずって村を訪れたラビに何も言えるわけがない。まるで気づく間もなく殺されたかのような、苦悶の浮かんでいない怪物の首が、今も村長の脳裏にはこびりついていた。


 村の調査をしていたアメリアが戻ってきた。アメリアはラビを見ると、平静とした口調で言った。


「地下に蔵がありました。そこに犠牲者の物と思わしき持ち物が」


 なんとも思っていなさそうなアメリアの表情に、ラビは一度納得したように頷いた。

 恐怖の欠片もない表情。人の悪意に慣れている。度胸は確からしい。


 ぱんぱんと手を払い、ラビは村長の側にかがみ込み、視線を合わせる。


 ソド・ベアーは凶悪な魔獣だが人間に生贄を求めるような文化は、悪意は持たない。

 ラビが襲われたソド・ベアーは藤堂が討伐した物よりも三周りも大きい常軌を逸した大きさを持っていたが、種類は変わらない。

 山頂を縄張りにしている化物がそれだった時点で、生贄の件がブラフであるのは明白であった。

 となると、何故この村は訪れた者にそんな話を持ちかけるのか?


「まぁ、巣穴に遺留物が残っていなかった時点でなんとなく想像つきますけどね」


 傭兵の装備は高価だ。事物によっては豪邸の一つや二つ余裕で建つ。武器はもちろん、かさばらない宝石の類を持っている事だって多い。人が人を騙すのに十分な理由だ。

 本来ならば村人で太刀打ち出来るような相手ではないが、代わりに始末してくれる怪物がいるのならば話は別である。


 ラビの淡々とした詰問に、村長が震える声をあげた。


「ゆ、許してくれ。ただの出来心じゃったんじゃ……」


「……確かに……実際に手を下したのは魔獣、王国法では罪に問えないかもしれないです」


 その言葉に、ラビが唇に人差し指を当てる。そもそも、旅人が移動中に行方不明になるなど日常茶飯事である。目撃者がなければ事件は明るみに出ない。

 ラビの様子に、村長の眼がきらりと光る。情けない表情で懇願するように頭を地べたに擦りつける。


「そ、そうだ! 頼む。拾った物は全て渡す。どうか……この件は、内密に……」


 ラビはしばらく思案げな声をあげ、にっこり笑った。


「んー…………………………ダメ、です」


「……へ?」


 唖然とした表情を浮かべた村長。その首がずるりとズレ、地面に転がる。数秒遅れて思い出したかのようにその身体から血が吹き出す。ラビの手にはいつの間にか刃渡り三十センチ程の鉈が握られていた。鈍色の刃には血の一滴もついていない。

 ごろごろと転がった村長の首。呆けた表情が張り付いたままのそれを見て、アメリアが眉を顰める。


「躊躇いがない……ですね」


「遺留品を全て頂くのは当然です、死人には不要なものですから。その上で、恨みは連鎖するので断ち切る必要があります。私はサーニャちゃんと違って臆病なので後顧の憂いは全てきっちり欠片も残さず殺します。たとえ……大した相手ではなかったとしても」


 小さいソド・ベアーを始末しなかったのは勇者の力量を確かめるためであると同時に、それがいないと藤堂がいつまでもこの地にとどまる可能性があったためだ。

 ラビは自分の弱さを知っていた。肉体能力も感覚機能もサーニャよりもずっと劣る。強者故に余裕を持てるサーニャと比べるとは違う。生き延びるためにはこそこそする必要がある。その愛らしい容姿も何もかもを使ってぶるぶる震え全身で弱者を装い隙をつく必要がある。


 悲鳴と共に、矢が飛んでくる。狙いも見定めていないそれを使い込んだ鉈でなぎ払い、ラビは怯える次の獲物に向かって疾走した。


 姿を見せてしまった以上、一人たりとも逃すことはできない。

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