第六レポート:雇った傭兵の能力について②

 藤堂が辿り着いた小さな村は、幅の狭い山路を上った先にひっそりと存在していた。


 王国から授かった地図にもぽつんと小さく書かれているだけの村だ。

 レーンへの道は幾本か存在する。山を避けて通るにはかなりの周り道をしなくてはならず、時間を短縮するにはどうしても山を超える必要があった。

 馬車を幾つも抱える商隊ならば広い道を選んで行く必要があるが、藤堂達がその道を選んだのはいつでも馬車を収納できるという小回りの利きやすさ故だ。


 出現する魔物はゴーレム・バレーの魔導人形よりも弱かった。荒れた道を上り、日が暮れる前になんとか村に辿り着いた藤堂達の目に入ってきたのは辛気臭い表情をした村人達の姿だった。


 自給自足で生きているような小さな村だ。村人も数える程しかいない。


 入り口で数度問答を受け、無事に村の中に入る。

 村を越え、山道を下れば後はレーンまで数日で着くはずだった。


「……何かあったのでしょうか?」


「よそ者だから、とかそういう理由じゃなさそうだね」


 こちらを見てひそひそと交わされる会話と視線に、藤堂が真面目な表情を作る。

 向けられた表情はとても歓迎しているようには見えなかった。


 この村はルークス王国とレーンを擁する小国――ルセルフォのちょうど境界に存在しており、情報なども入っていない。

 舐めるような不躾な視線を感じ、リミスがきっと睨みつけた。


「さっさと出たほうがいいんじゃない?」


「うーん。もう日が暮れるからなぁ……」


 リミスの言葉に、藤堂は薄く朱に染まりかけた空を見上げる。

 魔物の強さとしては野宿するのは問題ないだろうが、ほとんど自然に出来た道しかない夜の山を下りるのは避けたい。


「でも、この村……宿とか、なさそうよ?」


 質素な家が幾つか並ぶ光景を確認しながらリミスが言う。

 以前訪れたユーティス大墳墓付近の村――ピュリフも小規模な村だったが、ここほどではない。ゴーレム・バレーにあった街も小さかったが、あそこは傭兵の訪れる地として活気があった。

 この寂れた村には活気と言うものがまるで見られず、今にも朽ち果てそうにすら見える。


 その独特の空気に、藤堂が一瞬ぞくりと肩を震わせた。


「……どうやら、教会すらないようですね……」


 アリアが眉を顰め、囁くように言う。

 アズ・グリード神聖教会は人の生活に密着している。どんなに小さな村でも一つはあるものだと思っていたが、シンボルである天秤十字が掲げられた建物が見られない。

 教会がなければレベルアップも出来ないし、神聖術による治療も受けられない。結界で闇を遠ざける事もできない。


「教会なしでこの村の人はどうやって生活してるんでしょう……」


「……さぁ? ……まぁ、小さな村だし……」


 言い訳のようにリミスが小さく付け加えた。

 後ろからついてきていたグレシャがじっと自分の方を見つめてくる視線を無言で見返している。視線を向けていた村人はその無言の圧力に耐えきれなくなったように視線を外した。


 一通り村の中を見るが、畑と粗末な家屋ばかりで商店のようなものも見られない。物々交換で生活が成り立っているのかもしれなかった。

 ぐるりと連れ立って歩き、最後に村の中央にある、他の家屋より大きめの屋敷の前で立ち止まる。


「あまり余裕もなさそうだし、外で野宿した方がいいかな?」


「排他的な村も多いですからね……しかしそれにしては――視線の質が……」


 困ったようにアリアが眉を寄せたその瞬間、後ろから声が掛かってきた。


「おや……珍しい。旅人さんですかな。こんな悪い時期に来なさるとは……」


 背後からの唐突な声に、アリアが反射的に腰の剣に手をかける。村の中なので油断していた。


 声をかけてきたのは、初老の男性だった。曲がった腰に疲れきった乾いた皮膚。両手で灰色の杖をつき、服装は村人と同様に質素だが、昏く濁った目が不思議な力強さを感じさせる。

 アリアが剣に手をかけたのを見ても動揺一つ見せない。警戒を隠せない藤堂達に、老人が嗄れた声で言った。


「失礼。この村の……村長をやっております。せっかく山道を歩いてやってきたというのに……驚かれたでしょう。しかし、これには――事情があるのです。許してやってください」


「事……情……?」


 戸惑いながら聞き返す藤堂に、村長が頬を歪め、逡巡するような表情を浮かべた。



§ § §



 どこからともかくぎゃーぎゃーという奇妙な鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 あまり近づきすぎると藤堂に気づかれる可能性が高くなる。ラビのその主張により、アメリア達は、村から一キロ程離れたところ、水場の近くで野宿を取っていた。

 騎乗蜥蜴ランナー・リザードが腰を下ろし、ぎょろぎょろとその目を彷徨わせ、周囲の魔物を威嚇している。


 明るい月の下。すっかり食べ飽きた干し肉をもむもむ喰むアメリアに、ラビが言った。


「怪しい村です。ああいうのは村ぐるみで悪い事考えているものです」


「……そうですね」


「教会がない村なんて大体、碌でもない村です。まともな村には僧侶が派遣されてきているものです」


 淡々と辛辣な言葉を続けるラビ・シャトル。だが、アメリアの意見も大体同じだ。


 教会がないなら、ないなりの理由がある。もしも何らかの理由で僧侶が急に亡くなり教会の管理者がいなくなったとしても、まともな村ならば新たな僧侶の派遣を求めて近くの村や街の教会を訪れるだろう。


 ラビの口調はいつもよりやや早口だった。焚き火の光に、フードの形の影がくっきり地面に浮かんでいる。遠く村の一室で語られた言葉に対してコメントする。


「大体、生贄を求める神なんてろくなものではないのです。そういうのは神じゃなくて邪神と呼ぶべきです」


「知恵ある魔物が神の名を騙り獲物を求めるという話もありますが……」


「この近くにはそれほど強い魔物はいないようです」


 ラビの顔の横に薄手の絹の手袋に包まれた手の平を当て、耳をすますような動作をした。


 その言葉の通り、山道で騎乗蜥蜴を連れたアメリア達に襲い掛かってくる魔物は皆無だった。

 騎乗蜥蜴は亜竜ではあるが、あくまで移動用に調整された最下級の亜竜だ。少し強い魔物ならば獲物として襲い掛かってきてもおかしくない。


「山賊が神の名を騙ることもあるらしいですが、そんなのに騙されるのはとんでもない馬鹿だけです」


 ラビの言葉に、アメリアが手を止めて考える。

 藤堂達が、そしてアメリア達が通ってきた道は行商人でも通らないような本当に寂れた道だ。そもそも、船の行き来がなくなってからレーンとルークスを行き来する商人なんていなくなっている。山賊でも獲物を狙うのに場所くらいは選ぶだろう。


 ラビが肩を竦めて視線を上げる。顔のほとんどは厚い布のマスクに包まれて、外気に晒されたのはルビーのように真っ赤な目だけだ。その目は荒れた山道を通り抜け、藤堂達が宿泊した村の方に向けられていた。


「もしも神だったとしても、余程の間抜けじゃなければ余計な首を突っ込んだりはしないのです」


「……」


「だから、私は首を突っ込もうとする対象に呆れています。ボスが目つきの悪い怖い男性だったからこっちに来たけど、サーニャちゃんに任せてしまえばよかったです。いくら私の耳がよくても、自ら危険に首をつっこむ者を止めることは出来ないです」


「……護衛対象の私に言わないで下さい」


 クレームのような言葉に、アメリアがため息をつく。アレスは大人しいと言っていたが、どこが大人しいのか。

 アメリアの言葉に、ラビはあっさりと言を翻した。


「ごめんなさい、そうですね。もしも本人に言う機会があればそうします」


「村に行きますか? アレスさんからは、いざという時は合流するよう言われてますし――」


 こんな怪しい村の頼み事を受ける藤堂ならばいくらでも誤魔化せる気もする。自分たちが合流すれば、藤堂達をそれとなく安全な方向に誘導する事もできるだろう。グレシャを介した伝言よりも余程スムーズに。


 アメリアの言葉に、ラビがそっと立ち上がった。アメリアよりも小柄な影は怪しげなフードさえなければ子供のようにしか見えない。身長はリミスと同じくらいしかないだろう。


 ぱんぱんとコートの埃を払い立ち上がると、ラビが言った。


「ダメです。護衛として、危険地帯に自ら飛び入る真似は許容出来ないです。個人的にも嫌です。私は平和主義です」


「……」


 確かに危機察知能力に秀でているとは聞いていたし、道中も度々そんな様子が見えていた。だが、これはこれでどうなんだろうか。

 呆れながらも、焚き火を背にするラビに尋ねる。


「……どこへ?」


「お花とか色々摘みに行ってきます。周囲に危険な魔物はいないですが、アメリアさんはここでじっとしていて下さいね」

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