第二レポート:水の都に向かう手段について②

「ボスはクレイジーだ」


「お前には言われたくないな」


 結局、ごたごたの末、船長が用意してくれたのは小型の帆船だった。大型の船舶はここ数年で全て魔物に破壊されてしまったらしく、残っている船の中でレーンまで向かえそうな物はそれしかなかったらしい。

 搭乗人数は俺達二人を含めて十二人。皆、凄腕の船員らしく、いざという時に風を起こし速度を上げるための精霊魔導師の姿まである。


 誰もが畏れと希望の入り混じったような表情で出港の準備をしていた。船が出るのは久し振りなのだろう、港には人が集まり、眩しそうな目で船を見ている。

 大声で船員に指示を出していた船長――ロモロ船長に挨拶に行く。船長は服を着替え、白い帽子を被っていた。


「悪いな、危険な依頼をして」


「ふん……今更だ」


 俺の言葉に、鼻息荒く、ぎらぎらした目でこちらの顔を睨みつけてくる。

 もしも彼が傭兵だったのならば、危険を省みず船を出すような真似はしなかっただろう。別に脅しではなかったのだが、ボートで出るよりは頼りになる。


 ロモロ船長が忙しく動き続ける船員達を見て、髭を撫でながら続ける。


「だが、僧侶プリーストにゃ世話になってる。自殺しようとする僧侶プリーストさんを見捨てるわけにゃいかんからな」


「自殺ではないんだが……」


「自殺と変わるまい」


 確かに、俺の主な敵は陸上に棲んでいる。さすがにボート一つで海に出た経験はない。

 大きく深呼吸をして、船長は苦笑いのような笑みを浮かべた。


「まぁ、俺らは海で散る事は端っから覚悟してる。遅いか早いかの違いだ、構わねえさ」


「こっちはそれじゃ困るんだが……まぁ、任せてくれ。魔物については俺とこいつがぶち殺してやる」


「お、おう」


 隣のフードを指しながら言うと、ロモロ船長は戸惑ったように頷いた。

 彼女は年若いが、『酒場バール』にいるような傭兵の弟子である。能力のお墨付きはもらっていた、心配はしていない。

 また、彼女が例えへっぽこだったとしても俺が全部ぶち殺せばいいだけの話である。


「魔物の臭いが大量にする……かなり近いよ」


「見張りか」


 ここは元有数の港である。用心深い魔王ならば配下を見張りに立てていてもおかしくはない。

 だが、さすがに海魔本体が見張っている線は考えなくていいだろう。ルークスは大国だが、似たような規模の国は他にもあるのだ。魔族とてそこまで人材が余ってはいまい。もし余ってたら人はもうとっくに滅んでる。


「襲ってくるかも」


「小型帆船とはいえ、船底はかなり厚い。そう簡単に破られることはないだろう、超大型の魔物でも出ない限りは、な」


 船長が余計なフラグを立ててきた。海の魔物はでかいのが多いからな。


 腕を組み、少し考える。が、ぶち殺すしか方法はない。ダミーの船を出して撹乱するわけにもいくまい、リソースは有限なのだ。

 中の見えない分厚いカーキ色のフードを見下ろし尋ねる。


「魚は好きか?」


「どっちかというと、肉の方が好きかな。魚は陸にいないから……」


「じゃあいい機会だな。たっぷり食える」


「ボク、魚を捕るために雇われたんじゃないんだけど……」


 フードが呆れたように言った。

 だが、俺はこいつともう一人、アメリアにつけた方を雇うために多大なコストを支払っている。一人五千万も払っているのだ、役に立ってもらわねば困る。何より、世界の命運がかかっているのだ。


「働き次第では全て終わった後にお前らの師匠に口利きしてやろう。随分しごかれてるみたいじゃないか。追加でボーナスをくれてやってもいい」


 空手形はいくらでも出せる。魔王を討伐できたとなればクレイオも首を横には振るまい。

 フードが微かに首を傾げる。隙間から輝くような銀の髪の毛がちらりと見えた。それに気づいたのか、慌てたようにフードを掴み、下におろした。

 彼女の見た目は目立つ。名前もルークスでは有名らしく、ある程度離れるまでは呼ばないようにと注意を受けていた。そして、確かにその提案はもっともである。


 綺麗に切りそろえられた爪が陽光を反射しキラリと輝く。フードをギュッと握りしめたまま握ったまま、凄腕傭兵の弟子だという少女が続けた。


「……僧侶プリーストってこういうもんだったかなぁ」


「こういうもんだ」


§


 桟橋を身軽に渡りながらフードが言う。一挙一動は軽く何気ないが、足音の一つも出ていない。

 しなやかな身のこなしからは確かに斥候としての片鱗が見て取れる。


「師匠はボスをクレイジーで面白い男だと言っていた。神に見放されたくなければ忠実に従うように、と。師匠は人の事を言えないくらいに頭がおかしいし、自分に優しく人に厳しい方だけど、その目は確かだ。だからボクはボスをボスと認め忠実に動く」


 『酒場』に屯していたこいつの師匠とその仲間の傭兵はポーカーで誰が俺の要望に答えるか決めやがった。

 確かにクレイジーには違いないが、俺を同じだと思ってもらっては困る。俺はもう少しまともだ。


 最後に港の様子を見回し、不審な影がない事を確認する。今は魔物や魔族よりも人間の裏切り者の方が怖い。

 こちらに敵意らしいものが向いていない事を確認し、前を向く。


「飼い犬のように、か」


「……そう、飼い犬のように、さ。尻尾も振るしお手もするよ。わん!」


 わんじゃねえ。

 営業がなっちゃいない。俺は別に愛玩用に少女を雇ったわけではないのだ。

 自慢げな様子のフードに忠告する。


「そこは、猟犬のように敵の喉笛を噛み砕く、というべきだ」


「そんなのやって当然だからね。傭兵としてはプラスアルファを押し出したいわけさ」


「プラスアルファで尻尾とお手か」


「師匠からはもっと媚びろって言われてる。油断も誘えるし、報酬が高くなることもあるわん。でもボクにはプライドがあるからなかなかそんなことできない」


 本人に言うなよ。そしてプライドがある奴はそんなこと言わん。


 気の抜ける会話を交わしながら、船上に上がる。船に乗った経験は殆どないが、波が強いのか甲板は思ったよりも揺れがあった。甲板を適当に歩き戦闘時のポジションを確かめる。


 海の魔物は大半が水の下だ。だが、船長も言ったとおり、船底は海の魔物への対応を想定して作られている。だから、大抵船が沈んだり破損するのは大型の魔物が原因であることが多い。

 蛸か烏賊か、そういった類の海の魔物は平気で甲板に上がってくる。あるいは翼を持った魚が襲ってくることもあるらしい。

 どちらにせよ、海に沈んだ後のことは考える必要はないだろう。その時は全力で泳いで逃げるだけだ。


「船上を確認する必要はないか?」


「どこだって戦えるし、戦うさ」


 フードが軽く肩をすくめるような所作をして答えた。


 船長の号令を合図に、船員達の手によって帆が張られる。帆が風を受け、船舶がゆっくりと動き始めた。

 風は緩やかなようで、港がゆっくりと離れていく。船員が油断なく船の周りに視線を向けている。


 水夫の一人が俺に近寄り、説明した。髭を生やした鋭い目つきの青年だ。細身だが剥き出しの二の腕は日に焼け、筋肉で盛り上がっている。


「一応、砲は積んでるが、期待しないでくれ。護衛はあんたら頼りだ。魔導師もいるが、いざという時のことを考えて魔力を節約してやる必要がある」


「ああ、わかった。任せてくれ」


 目を閉じると潮風、波の音に混じって魔物の気配が漂ってくる。小型のものは置いておいて、やはり陸上と比較するとその数は雲泥の差だ。

 もっとも、海の魔物のほとんどは無害だ。海魔ヘルヤールが出現するまでは船が襲われることは少なかった。


「…………ありがとよ」


 水夫はしばらく黙ると、ぶっきらぼうな口調で言って、足早に離れていった。礼を言うのはこちらの方だ。

 遠く水面で巨大な翼を持った魚が海上にぴちゃんと跳ねる。傍らに佇むフードに命令する。


「マストに登り周囲の警戒を頼む」


「ああ、わかったよ。……このフードはいつ取っていい? 邪魔なんだけど」


 師匠から引き取ってずっと移動していたのでそのフードも被りっぱなしだった。さすがに数日も同じ状態だったので辟易しているのだろう。

 フードの下がもぞもぞと動いている。


「今はダメだ。もう少し陸上を離れ、簡単に戻れなくなったら取っていいだろう」


 できれば戦闘に入る前に一度取って見せるべきだ。でなければ混乱を生む。


「……了解」


 フードは素直に頷くと、そのままメインマストの方に近づいていった。張り巡らされたロープを伝うこともなく、手がかりの少ないマストに手を掛け、するすると上っていく。

 まるで地面を歩いているかのようにスムーズな移動。レベルは65ということだが、斥候としての技術は確かだと聞いている。監視は任せてしまっていいだろう。


 燦々と輝く太陽から視線を下ろし、船長と話すべく、船の中に入る。

 レーンまでは一週間から十日らしい。陸路ならば早くともその倍はかかるだろう。だからある程度の余裕はあるが、なるべく安全にそして素早く移動する必要があった。


 念のため、アメリアにはもう一人の傭兵と共に藤堂を追ってもらっている。場合によっては偶然を装い、藤堂に合流してもらうことも考えていた。

 まともそうな方をつけたのでアメリアならば多分問題ないだろう。


 ……何事も無ければいいのだが。



§



 どこまでも続く草原を褐色の騎乗蜥蜴ランナーリザードが駆ける。


 その鞍の上を二つの影が跨っていた。手綱を引くのは赤褐色のローブを羽織った影だ。深いフードをかぶっていてその表情は見えない。

 アメリアはムスッとしながらその後ろに座っていた。騎乗用のリザードは馬よりも大きいが、何人も乗れるようにはできていない。無理をして三人といったところか。

 そして、いくら健脚とはいえ、人数が増えれば速度が落ちる。アメリアとアレスが分かれて行動することになった原因の一つである。


 前に座った小柄な影はその全身を隠すように纏ったローブもあり、得体が知れなかった。


「師匠は言ったのです。たった一億程度では……半人前を一人、短期間の派遣がせいぜいだ、と」


 フードから聞こえてくるのは囁くような声だ。声質からしてアメリアよりも年下の少女のものだ。可憐とも表現できる声だが、気性の荒い騎乗蜥蜴ランナーリザードが手綱を握られただけで大人しくなったのをアメリアは目撃していた。


「そうですか」 


「貴女のボスはいいました。半人前ならば、二人よこせ。二人で一人前だろう、と。そういうことじゃないのに」


 興味なさげなアメリアの声に、フードが続ける。その中身を、既にアメリアは見ている。

 平和な王都で姿を見せれば目を引いただろう。隠すのも納得だったが、外に出てからも隠し続けるとは思わなかった。

 小柄な、華奢な影だが、その腰の部分は大きく武器の形に出っ張っている。先端が鞍に触れたのか、小さなシャンという金属音が聞こえた。


「師匠は言いました。コインで決めよう、と。表だったら……私、裏だったら――サーニャちゃん。前金で全額貰う、特別に事態が収まるまで派遣する、と。それが妥協点だ、と」


 騎乗蜥蜴ランナーリザードは下位ではあるが竜の系譜だ。並大抵の魔物は近寄らない。

 無人の野をただただ駆ける。その速度は馬車である藤堂達よりも早い。アメリアの探知魔法には既に藤堂達の馬車を察知していた。

 フードの下がピクリと揺れる。騎乗蜥蜴の上は激しく揺れるが、その重心は手綱を握った時からずっと安定していた。


 ローブから伸びた腕、細い指が手綱を握りしめ、一度打ちつける。軽く打ちつけただけにもかかわらず、蜥蜴の速度が更に上げる。


「そしたら、アメリアさんのボスがこういったのです。では、そのどちらでもなかったら――両方貰う、と。そして、賭け好きの師匠は賭けに負けて、私達は可哀想なことに割り引かれてしまったのですよ。まったく、大損です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る