英雄の唄⑥

 密閉された部屋は煙草の煙で曇っていた。

 教会の一室だとは思えない臭いに得体の知れない香草の臭いに、藤堂はピクリと眉を動かした。


 薄暗い部屋の真ん中に座っているのは、怪しげな笑を浮かべる初老の女性だ。

 最初にひと目見た時、ただものではないという印象を持ったのを藤堂はつい昨日の事のように覚えている。


 静かに佇むウルツと、その隣に座った老獪なマダムに藤堂は軽く頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


「くっくっく、構わないさ。聖勇者ホーリー・ブレイブの力になるのは教会の一員として当然だ」


 短い間だったが、訓練は藤堂の力を跳ね上げた。レベルも随分と上がったし、ここに来たばかりの自分と戦えば十回中十回、今の自分が勝利すると、藤堂は胸を張って言える。


 欲を言うのならばもう少しここでレベルを上げたかったが、新たに向かう場所がが出来てしまった。


「水の都に向かうんだって?」


「……誰に聞いたんですか?」


 藤堂の問いに、マダムは意味深な含み笑いを漏らす。

 答えるつもりはないのだろう。気を取り直し、そこで、ずっと頭にあった事を尋ねる。


「……ステイ――ステファン・ベロニドを僕の元に送ったのはマダム、貴女ですか?」


 転んだり崖から落ちかけたり忘れ物をしたり、本当にどうしようもないドジな少女だった。

 結論だけ言うと藤堂達にとって迷惑な少女だったが、強力な精霊魔術と高いレベルを持っていたのも確かだ。


 そして、最後に彼女は言っていた。魔王軍の手の者を撃退する任務を受けている、と。


 藤堂にとって旅は今の所順調だった。存在が魔王にバレたという話はあったが、実質的な被害を受けていなかったので実感が湧いていなかった。

 だが、それが目の前で発生した今、時間はない。


「私じゃないねぇ。だが、教会から派遣された者であることは――確かだ」


 藤堂は、マダムの言葉に足元を見て考える。


 ステファンは藤堂から見て、余り外に出すのに適切な存在のようには見えなかった。悪気のある性格をしていなかったので邪険にはできなかったが、可能ならばすぐにでもパーティから抜けて欲しいと思っていた。それが藤堂達全員の認識で、だから、少し無理してでもレベルを上げようとしていたのだ。


 だが、パーティへの参加が藤堂達の護衛だったとすると、意味は全く変わってくる。

 今思い返せば、ステファンの挙動はどう考えても不自然だった。なんで違和感を抱かなかったのか、過去の自分が不思議なくらいに。


 既にステファンは藤堂のパーティにはいない。だから確かめる術はないが――冷静に考えて、あんな致命的にドジな人間がいるわけがないではないか。

 リミスやアリアに確認しても深刻そうな表情で首を横に振るのみだが、今思えば藤堂にはステファンの動きは全て演技のように見えるのである。


 現れた獣人の動きを止め、現れた藤堂ではとても倒せない――藤堂のパーティで最大の破壊力を誇るリミスの魔法を受けてもダメージを受けなかったメタル・ゴーレムの群れを土魔法で撃退し――自分の仕事を全うして出ていったのだから。


 そんなことをただのドジな少女ができるだろうか、と。いや、できるわけがない。

 おまけに最後に、ガーネットの魔法が通じず意気消沈していたリミスにアドバイスまでしていったのだ。


 後ろで思案げな表情をしていたリミスが言う。


「水の精霊と契約をしに行くわ……レーンには強力な水の精霊が棲んでいると、聞いたことがあるから」


 ガーネットは火精霊としてはこの上なく強力だ。そもそも、一精霊が他の精霊との契約に影響をもたらすという事自体、ほとんど例がない。 

 ガーネットが強すぎるせいで均衡が保てず他の精霊と契約出来ないのだろうというのも長年の研究の結果、ようやくわかった事だ。


 だが、ならば――同格以上の精霊とならば契約できるのではないだろうか。

 リミスとしては不本意だが、それを気づかせてくれたのは、魔王の手の者を撃退した帰り道、ステファンの放った言葉だった。


『ガーちゃんも同じくらい強い子となら仲良くできると思いますけど』


 いかに精霊魔術の大家といっても、フリーディアにそう何体も強力な精霊がいるわけもない。今までガーネット程強力な精霊と契約を試みる機会などなかった。

 水の都、レーンはルークス王国の外である。公爵令嬢としてそう簡単に赴くわけにはいかなかったが、公的な立場から一時的に開放されている今ならばチャンスがある。


 契約できるかどうかはわからない。もともと上位精霊は契約が難しいものなのだ。

 だが、やってみる価値はある、とリミスは判断し、藤堂はレベルアップの速度が落ちる事を考慮の上でそれを受け入れた。


 後は前に進むだけだ。


 ガーネットの破壊力は随一だ。どんな魔物でもそうそう遅れを取ることはないはずだが、ゴーレム・バレーでの体験と土属性精霊を使い魔物を撃退するステファンの姿はリミスにこのままではいけないという決意を与えていた。


 水の都を選んだのは、水がガーネットと相反する存在であり、リミス自身一番可能性が高いだろうと考えたため。


 それまで後ろで黙っていたウルツが藤堂とリミス、アリアと最後にグレシャ、順番に視線を向け、口を開く。


「聖勇者殿。水の都は、ルークスの外、その所属が知られれば面倒事に巻き込まれる可能性もあるだろう。魔王という脅威が現れた今でも人は一つではない。聖勇者の名は良くも悪くも――強すぎる」


「……はい」


 ウルツの言葉に藤堂は真剣な表情で頷く。


 まだ聖勇者の存在は公的にされていなかったが、今まで訪れた街はあくまでルークス国内だ。

 町長などには事前に話が通っていたし、金銭面、物資面での補給もあった。地図やレベル上げを行う上での注意点など、情報だって手に入った。

 だが、それはあくまでルークスの威光の届く範囲内だったからだ。ルークスは大国だが、外に出ればその影響力は減少するだろう。


 それは、言われるまでもなく藤堂が予想していた事だ。

 だが、ルークスから出ずして魔王討伐は成らない。


 ウルツが力強い声で続ける。


「だが、どんな国、街であってもアズ・グリード神聖教会の影響は強い。何かあれば教会を頼るといい、きっと力になれるだろう」


「……わかりました」


 そう答えながら、藤堂は考える。


 ゴーレム・バレーでも多くの事を得た。

 今まで見たことのない強力な魔物と、環境。

 グレシャが戦闘に参加すると自分から言った。上昇したレベルに慣れるために訓練を受け、教会から派遣されてきた癖の強いメンバーを仲間にいれ、そして最後には詳細こそわからないものの強力な魔王軍の一端も見た。


 数値上のレベルも上がったが、得たものはそれだけではない。


 手を開閉し、力を確かめる。まだ動ける。少しずつだが確かに強くなっている。

 魔王を倒すという思いには微塵の陰りもない。


 ウルツは穏やかな笑みを浮かべ、その太い指で十字を切った。



「ならば、行くがよい。そして、勇敢なる聖勇者殿の前途に――神のご加護があらんことを」







【NAME】藤堂直継

【LV】40 (↑UP)

【職業】聖勇者

【性別】女

【能力】

 筋力;ふつう (↑UP)

 耐久:ふつう (↑UP)

 敏捷:少し高い (↑UP)

 魔力:かなり高い

 神力:少しはある

 意志:かなり高い

 運:ゼロ

【装備】

 武器:聖剣エクス(手に馴染んでいる)

 身体:聖鎧フリード(そろそろ無理かも)

 盾:輝きの盾(罅が気になる)

【次のレベルまで後】821172

【特記】

 すぐに転ぶ子が苦手

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