Epilogue:かくして僧侶は最善を求める

 辛勝だった。結論を言えばそうなる。


 運も悪かったが何よりも物資や人材が不足していた。

 ウルツを囮にしてなんとか奇襲を成功させたが、万全の体制を敷いていればもっと楽に勝てただろう。

 これは反省点である。何より、あれほどの化物がここに来ているなど想像もしていなかったのだ。


『よくやった、アレス。君の持ち帰った情報は吟味され、ルークスに連携される』


 報告を終え、いつも通り何の意味もない労いを受ける。


 俺のレベルで苦戦するなど尋常な事態ではない。グレゴリオは別だとしても、魔王軍の動きは多分教会が考えている以上にひっそりと進行している。

 尋問できなかったので詳細は不明だが、ゴーレム・バレー生態系の破壊が対勇者を想定していたものだとすると、相手の勇者に対する警戒は相当なものだ。


 それを考慮し、要請する。


「人が足りない、もっと要員を派遣してくれ」


『善処しよう』


 軽い言葉。善処する素振りもない声だった。

 俺は確約が欲しいのだ。秩序神の僧侶は嘘をつけないが、解釈の取り方次第でなんとでも取れる言葉は信用できない。

 言わんとする事を察したのか、すかさずクレイオが呆れたように言う。


『だがアレス。君は楽をしようとするだろう』


 クソがッ!


「俺は僧侶プリーストだぞ!? どこの世界に鋼虎の戦士とタイマン張る僧侶がいるんだ!」


僧侶プリーストじゃあない。異端殲滅官クルセイダーだ。大体君、勝ったじゃないか』


 僧侶プリースト異端殲滅官クルセイダーの間に殆ど違いなんてない。多少物資面と戒律面で優遇されているが、技術は一緒だ。戦闘能力も一緒だ。


 俺は超人じゃねーんだぞ!


『アレス、君は最強のクルセイダーだ、何年も大きな怪我を負わず誰よりも多くの闇の眷属を討伐してきた。だから、最も困難な任務を与えられる。リソースは有限だ、君は最小の消費で最大の成果を出せる。それで出た余剰のリソースは他の異端殲滅官クルセイダーに割り振られるし、結果は他の教会派閥も黙らせられる』


「辛勝だって言ってんだろ」


『アレス、私は確信しているのだ。『超越者エクス・デウス』、君ならばその困難も必ずや乗り越えてくれる、と』


 俺は平静なクレイオの声色に説得を諦めた。こうなってしまえば頑固な男だ、話している内容も必ずしも誤りではない。


 幸いな事に、今の俺にはもう一本の供給ルートがある。ステイを通じてシルヴェスタ卿を脅そっと。

 ざわつく心を落ち着かせて冷静を装い、言葉を返す。


「……とりあえずの脅威は去った。引き続き警戒しながらゴーレム・バレーでレベル上げを続ける」


『了解した。何かあったら随時連絡を』


 通信が切れ、ため息をつく。

 日は傾きかけていた。ステイから連絡はないのが、そろそろ戻ってくる頃だろうか。


 僧侶は足りているので技術を持つメンバーが欲しいところだ。ゴーレム・バレーにいる間はいいが、次の街に移る前にある程度見込みをつけておかなければ……。


 俺の通信中、部屋の隅っこで静かにしていたアメリアが近寄ってくる。


「まぁ、一段落ついたんじゃないですか? 魔王が新たな手を打つしても時間がかかるでしょうし」


「そうだな……ステイを引っ込めて藤堂達はレベル上げに専念させよう」


 ゴーレムが増えるまでは今しばらく時間がかかるだろうが、今の藤堂達のレベルならば下級ゴーレムでも十分にレベルを上げられる。

 逃した獣人だけは心配だが、そこはこちらで警戒するしかない。藤堂に情報を与えるのは……性格からして危険だろうか。


 ちょうどその時、扉が開き明るい声が聞こえてきた。


「たっだいまぁ〜、あ、アレスさん帰ってます?」


「ああ、帰ってきたか。今日も何もなか――」


 ったようだな。

 そう続けようとステイの方を振り向いた瞬間、思考が固まった。


 ステイがぴょんぴょん軽快なステップで俺の目の前に立ち、右手で大きなピースを作る。


「ちゃんと任務達成しましたッ!」


「…………何があった?」


 何を言おうか迷い、そのにこやかな表情に一言だけ出すことに成功する。


 ステイは真っ黒だった。頭の先から足元までススで汚れている。鼻の辺りが特に黒く目立っていた。

 もうやだ、何なのこいつ。


 全身で何かありましたと主張するステイに、アメリアが額を押さえ、恐る恐る尋ねる。どうやら先輩として思うところがあるらしい。


「……その格好は――」


「? 何もありませんでしたが?」


 一切の悪気のない表情でステイが首を傾げた。嘘つくなよてめえ! カカオちゃんを出せ!

 いや待て。落ち着け。カカオちゃんは俺には見えないし声も聞こえない。面倒でも本人に報告させねばならない。


「ステイ。最初から全部話せ」


「? 任務を達成しましたが?」


 それは何回も聞いた。常識で考えて、何もなかったらそんな格好になんねーんだよ。

 だが、多分本人に嘘をついている自覚はない。なんと尋ねたらいいだろうか。


「つまり……何も起こらなかったんだな? 藤堂は特に何もなくレベル上げを出来た、と」


「……いえ、レベルは上げられませんでした。ゴーレムを倒せなかったので」


 目をそらしてステイが答える。


 ゴーレムを倒せなかった? どういう事だよ。もうその時点でうまくいってねーよ。

 もうこいつ、フェルサの餌になればいいのに。


 万感の想いを込めてステイを見つめていると、ステイは慌てたように高い声をあげた。


「で、でもちゃんと言われたこと、やりましたよ! ちゃんとアレスさんの言うとおり、鳥みたいな獣人さんの動きを止めて――」


「はぁぁぁぁぁ!?」


 ダメだ……なんか致命的に話が通じてねえ。

 とりあえず、俺はクレイオへの報告をもう一度しなくてはならない事だけ理解した。


 せめて……いい報告が出来たらいいのだが――。


 わたわたしているステイを見て、俺は久しぶりにきりきり痛み始めた胃を押さえた。




§




 そして、俺達は予想外にゴーレム・バレーを出る事になった。


「出るのかい?」


 どこか懐かしいファースト・タウンの教会。マダムが落ち着いた声で言う。

 長年の経験。叡智を感じさせる声にため息を殺し、答えた。


「世話になった、マダム」


「くっくっく、気にすることはないさね。後進の力になることも私の仕事さ」


 俺はマダムに迷惑を掛け通しだ。藤堂の訓練からメンバーの融通、情報収集に至るまで、軽く頼んでいるがどれだけの負担がマダムにいっているか、想像すらできない。

 だが、そう言ってもらえるとこちらとしては感謝するのみである。

 マダムの言葉には重みがあった。恐らくそれがマダムがこの地で尊敬を集めている一つ理由なのだろう。


「ウルツのフォローだけ頼む」


「気にするこたぁない。あの子は繊細だからね……いつか分かり合える日が来るだろうさ」


 結局、俺はウルツと和解することはできなかった。無論初めから、生粋の戦士であるウルツに受け入れられない策だとは思っていた。わだかまりが残るのも覚悟の内だった……が、思う所がないかというと嘘になる。

 理詰めで説き伏せることはできるが感情を納得させなくては何の意味もないのだ。これも俺の未熟さ故、なのだろう。


 マダムの言葉はそんな俺にとって一つの救いだった。アズ・グリードの僧侶プリーストは嘘をつかない。老獪なマダムがそう本気で考えているのならば――俺がウルツと分かり合える日がきっと来るのだろう。


 後はその日まで生き延びるだけだ。


 別れを告げ、教会から出る。空気を読んで外で待ってくれていたアメリアと意気消沈したステイ――今の仲間が俺を出迎えてくれた。


 俺の顔を見て、ステイが小さな声で聞いてくる。


「わ、私、首……ですか?」


 ステイが暗い声で言う。上目遣いでこちらに投げかけられた視線は庇護欲を抱かせた。もしかしたらこういった一つ一つの動作も彼女が彼女たりうる由縁なのかもしれない。


 部下の失態は上司の失態である。ステイのミス――それは教育しきれなかった俺の不能に他ならない。ポテンシャルはある。上は俺が黙らせる。まだ俺の胃は耐えられる。


「いや、首にはしない。ただ……まだ課題はある。徹底的に鍛えなおしてやる」


「は……はい! が、頑張ります!」


「本当にいいんですか? 首にしてもいいんですよ?」


 どちらの味方なのか、アメリアが辛辣な事を言う。ステイがアメリアの袖を掴みガクガクと揺すった。


「ど、ど〜してそういうこというんですか〜!?」


 ステファン・ベロニドという少女の欠点は、あまりにも周りと思考が違いすぎる事だ。しょっちゅう転ぶとか集中が散漫とか欠点は多いが、全てはそこに集約する。彼女には俺の思考がわからない。


 例えば、藤堂のサポート中に獣人と出会ったことは彼女にとって俺の依頼範囲内であり報告に値する事ではない。

 例えば、リミスが他の属性精霊と契約出来ない理由は彼女にとって既知であり報告するまでもない。

 何が重要か、優先度がつけられないので、言われた事しか出来ないのだ。


 だが、逆に言うのならばそれをなんとかすればいいのだ。神聖術に強力な精霊魔術――見事なものだ。一月では禄に改善できなかったが、うまいことコントロールできれば大きな武器になるだろう。


 一度派遣してもらったという縁もあるし、親の威光もあるが、それを除いたとしても彼女を使ってみたいと、俺は思っている。


「なんでもやります! 頑張ります!」


「ああ、わかったわかった。余り頑張らなくて良いぞ」


 お前は頑張れば頑張る程空回りするからな。


「ええええええ!?」


 悲鳴を上げるステファンを無視し、騎乗蜥蜴ランナー・リザードに荷物を詰め込んだ。約一ヶ月の間預けっぱなしだったが、どうやら随分とリフレッシュ出来たらしい。俺の顔を見てリザードが声高く吠える。


 藤堂達も間もなくゴーレム・バレーから出るだろう。次の目的地――水の都はルークスの外にある、長い道のりになるはずだ。嘶くランナー・リザードはとても頼もしい。

 残念ながら俺は訪れた事はないが、有名な街である、ある程度の情報はあった。向かう理由もまぁ許容範囲内だ。


 しかし、まぁ精霊が強すぎて他属性と契約出来ないなんて、あるもんなんだなぁ……理屈を聞けばなんとなく納得できるが、世の中広いわ。


 水の都――レーンはレベル上げのフィールドとしては三流である。如何に魔王が用心深かったとしても、手が伸びている可能性はかなり低い。もう既に勇者の存在はバレているはずだが、相手の目を眩ませるという意味で良いかもしれない。

 ゴーレム・バレーでレベルを上げきれなかったのは痛いが――。


 考えながら荷物を積み込んでいるちょうどその時、俺の耳に予想外の声が入ってきた。


「ステファン様。お久しぶりです」


「……へ? な、なんでいるんですかぁ?」 


 ステファンが素っ頓狂な声を上げる。


 硬い表情で近寄ってきたのは、ステイを譲り受けた時についていた二人だった。幼少期からステイのお世話係だったという――男女の侍従……バーナードとヴィルマ。ピュリフでステイを受け取ってから一月以上ぶりの再開だ。


 混乱しているステイにちらりと視線を向け、先頭に立っていたヴィルマが俺の方に一歩近づく。バーナードは大きなトランクを手に、黙って俺を見ている。


「何の用だ?」


「その節はお世話になりました」


 本当だよ。押し付けたくなる気持ちもわからんでもないが、せめてマニュアルくらいは欲しかった。


 ヴィルマは丁寧にお辞儀をすると、ため息をついて続ける。


「ステファン様がご迷惑をおかけしたようで――申し訳ございません。アレス様が全て周知の上かと――」


「前置きはいい。俺は暇じゃないんだ、謝罪もいらん。要件を言ってくれ」


「そうですか……端的に言うと、シルヴェスタ様の要請でステファン様を引き取りに来ました」


 そんなこったろうと思った。今まで無視していた侍従が来るなど、それくらいしか理由が思いつかない。


「……へ!?」


 ステイが素っ頓狂な声を上げ、目を丸くする。長い間お世話係をしていたというのは本当なのだろう、ヴィルマは全く気にせずに俺の方だけ見て続けた。


「今まで本当にありがとうございました。ステファン様にとってもいい経験になったでしょう」


 くだらん。本当に下らない言葉だ。

 返したい時に返せず、今になって引き取る? カカオちゃんを返せ、だぁ? 舐めやがって。


「今更返せ、だ? 断る。悪いがこちらにも計画があるんでな」


 カカオちゃんを渡すつもりはない。


 ステイが驚愕したように目を見開き、俺の後ろにさっと隠れた。背中に頭を押し付けて言う。


「あ……あれすさん、しんじてました……大好きです……」


「……意図を聞いても?」


 ヴィルマが眉を顰めて俺を見上げていた。俺の言葉は予想外だったのだろう、ステイを部下にして返したくないなんて言う者がそんなにいるとも思えない。


 だが俺はゴミでも使うのだ。ステイはゴミだがまだマシなゴミだ。彼女にはカカオちゃんとシルヴェスタ卿の息女という立場、二つの大きなメリットがある。


「意図も何もない。お宅の娘は俺が有効活用する。失せろ、とシルヴェスタに伝えろ」


「……アレスさんって本当に命知らずですよね」


 アメリアが後ろでポツリと呟くが、俺は異端殲滅官だ。権力に屈したりはしない。文句があるならステイを派遣したクレイオに言え。


 まぁクレイオに返せって言われても返すつもりはないがな。譲歩を引き出したいなら出すもんあんだろ?


 上司として部下を守るのは当然である。部下を守れない上司についてくる者はいないのだ。


 ヴィルマは小さくため息をつき、小さな袋を取り出した。差し出してくるそれを受け取る。

 手の平の上にざらざらと取り出す。独特の輝きに、顔を覗かせていたアメリアがぴくりと眉を動かす。


聖銀ミスリルです、ボタンだけ外して……預かってきました」


「そうか。それが?」


「差し上げます。それでどうかステファン様を返してくれませんか?」


 なるほど……さすが商人出身のシルヴェスタ卿である。取引と言うものを良く知っている。

 交渉もせずに手札を全て見せる。それは信頼の証だ。確かに俺は喉から手が出る程ミスリルが欲しい。欲しい、が――


 非難するような眼差しを作り問いかける。


「お前は俺に『物』で部下を売れというのか?」


「……あれすさん……愛してます……」


 ステイがごしごしと俺の背中に頭をこすりつけながらふざけた事を抜かす。愛なんていらねえ、怖気が奔るわ! 働け!


 ヴィルマが俺の言葉に身を震わせ、窺うような目つきで聞いてきた。


「端的に聞きます。いくらで売ってくれますか?」


 分かりやすい言葉。とても分かりやすい言葉だ。

 俺も分かりやすい言葉を返す。


「お前は金で部下を売れというのか?」


「いーだ! あれすさんは私を売ったりしないですよー!」


 ステイが顔だけ出してあっかんべーする。こいつ、自分の立場を知らないな……。


 俺の言わんとする事を察したのだろう、ヴィルマが頬を引きつらせる。


 大変だな……どうしようもないお嬢様のお世話係をやっと解かれたと思ったら回収させられるなんて、前世でどんな悪徳を成せばそんな運命に見舞われるのか。


 冷や汗を流すヴィルマとバーナード。その様子を見ていると哀れみしか感じない。


 シルヴェスタは元大商人だ。金ならば腐る程あるはずだ。余り敵に回すのはまずいが、愛娘であるステイ――金に糸目はつけまい。一袋のミスリルなんざ話にならん。


「俺はステイに高い価値を見出している。レベルも高いし才能もある。容姿だっていいし、今は未熟だが光るものがある。俺は彼女の存在を前提に既に作戦を立てているんだ」


「え? ええええ!? あれすさん? わたしもすきですよ!? こ、これって両思いですか? 結婚しますか?」 


 なんか妙な事を囀っているステイをアメリアが射殺すような目で睨みつけている。


 俺はそれを完全に無視してさっさと要求を述べた。


「ミスリルは貰う。プラスでルークス金貨で一億だ。それ以上は負けない」


「……とりあえず半分はここにあります。残りは分割でいいですか?」


「へ!!????」


 俺の性格を想定していたのか……。


 バーナードが無言でトランクを開く。どうやら中身は金貨だったらしい、パンドラと同じくらいの大きさのトランクから金の輝きが溢れ出た。


 ステイが固まる。裏切られたような表情で俺の背中をつんつん突っついてっくる。


 いや、だって一億ルークスもあれば優秀な傭兵を長期間雇える。

 ステイはポテンシャルに溢れているが僧侶はもう足りている、どう考えてもステイを育てるよりもメリットが大きい。世の中は金なのだ。


 まぁ……こんなものか。俺は満足して大仰に首を縦に振った。


「致し方あるまいな」


「……温情に……感謝します」


 ステイの扱いに苦労した期間を考えても黒字だ。ルークス金貨は信用が高い。他国でも両替は簡単だ。


 ヴィルマが親の仇でも見るかのような表情で、しかし丁寧にお辞儀した。今彼女の脳内ではステイをあっさり放り出したことを後悔していることだろう。ざまあみやがれ。


 トランクと引き換えに、背中に引っ付きいやいや首を振っているステイを引っぺがす。


 きっとステイも命の危険のある旅に参加するよりも教会本部で安穏と生活したほうが幸せに違いない。つまり、みんな幸せ。


 俺はここ最近なかった穏やかな気分でステイに優しい声をかけた。


「ステイ、家に帰ってからも元気でな。お前の事は忘れない」


「いや、いやですぅ。わたし、あれすさんといっしょに、いたいです! 」


「ダメだ」


「!?」


 ヴィルマが前に出て、死んだような目をしているステイの腕をしっかり取った。よほどショックだったのか、ステイは身じろぎ一つしない。

 受け取ったトランクの重さを確認したところで、一つ言い忘れた事に気づく。


「あ、売るのはステイだけだ。カカオちゃんはこちらに貰う」


「!!!????」


 ステイは大概無能だがカカオちゃんはステイの要素の中で唯一の良心なのだ。主が酷い分相対的に評価が上がっている。

 ステイがその言葉に我を取り戻し、涙の滲んだ目で俺を睨みつけてくる。舌っ足らずな口調で訴えてくる。


「あれすさん!? かかおちゃんは私とせっとですよ!? 今ならおかいどく? ですよ!?」


「悪徳商法かよ」


「どーいう意味ですか! あ、カカオちゃん。だめ、そっちいっちゃだめですー! だめぇ! カカオちゃん、わたしのぉ!」


 ステイが絹を割いたような悲鳴をあげる。通行人の注目が集まっていて、ヴィルマとバーナードがそわそわしていた。


 半分くらい冗談だったし、俺の目にもアメリアの目にもカカオちゃんの姿は見えないのだが、どうやらこっちに来たようだ。

 術者いないのに何できるんだろう、カカオちゃん……。


 ステイが何かを掴むような動作をしつつ人聞きの悪い事を叫ぶ。


「ダメぇ! あああぁぁぁ! なんで、なんでそんなに仲良しなんですか!? ねとられだめぇ!」


「……連れて行け」


 俺の命令に、ステファンは両腕を掴まれたまま速やかに連行されていった。仲間に入った時と同様に去る時もうるさい――なんというか、全体的にお祭りのような少女だった。

 悲鳴が尾を引いて消えていき、静寂が戻る。アメリアがぽつりと言った。


「いいんですか?」


 どういう意味なのか。良いも悪いも――別に構わんが?

 腕を身体の前で組み、少し考えて答えた。


「ステイがいなくなったのはとても寂しいが、俺達にはなすべき任務がある。俺達の旅はこれからだ」


「うっすい言葉ですね」


 せっかくアメリアの感情を考慮して述べた意見なのに辛辣である。

 目には見えないが、カカオちゃんが足元で踊っているような気がした。



 聖勇者、藤堂直継のレベル。


 現在……40。



 次の目的地。水の都――レーン。


 目的――水の大精霊の捕獲。

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