第三十一レポート:異常の原因を突き止めよ③

 今日もまた充実した一日が終わった。

 ステファンがにっこり微笑み、両手を前にそろえて丁寧にお辞儀をする。


「お疲れ様でしたぁ」


「つ……疲れたぁ……」


 疲労の滲んだ勇者の表情。リミスもアリアも総じて魂が抜けかけたような表情をしていたが、ステファンの知る限り大きなダメージを受けたりはしていない。


 きっと一日歩き回った後だから疲れているのだろうと自分を納得させ、ステファンは一人大きく頷いた。


 アレスから与えられた任務――藤堂のサポートが順調である事に安堵を覚える。

 険しい峡谷地帯をずっと藤堂達について歩き続け、幾度もの戦闘を傍観し、時には回復魔法なども使ったが、ステファンは殆ど疲労は感じていなかった。少女の中にあるのは充足感だけだ。


 教会に所属して既に数年経つが、ここまで順調に仕事を進められたのは初めてだった。いつもすぐに上司やら仲間やらに止められたためだ。悪意あっての制止ではないとはわかっていたが、いつもほんの少しだけ不満を感じていた。


 それが今では、潜入任務をこなせている。

 難易度の高い、しかも仲間という仲間のいないただ一人での極秘任務だ。それが自分の成長を示しているようで、ステファンの機嫌は今までになく良かった。

 もしかしたら、これをきっかけに過保護が少しだけ緩むかもしれない。そう思うと多少の疲労などあっという間に感じなくなる。


「じゃーまた明日の朝に! ちゃんと休んでくださいね!」


「……ステイ……そろそろもう良いんじゃない?」


 いつもの別れの挨拶。

 それに対して上げかけられたリミスの言葉に、即座にステファンは腕でばってんを作る。既にここ数日毎日繰り広げられた行為だ。


「ダメですー! 上級ゴーレムまだ倒せてないし、私、まだ心配ですー!」


「ッ……あ、あんたがいるとレベル上げがなかなか進まないのよ! 守らなくちゃならないし!」


 顔を真っ赤に叫ぶリミス。その言葉に、ステファンが心底不思議そうな表情で聞き返す。


「? 神聖術ホーリー・プレイを使える僧侶プリーストを守るのは兵法においての常道ですよ? ですよね、アリアちゃん?」


 まるで子供に道理でも説くかのような声色にリミスのボルテージが上がっていく。

 顔色の変化を見て、アリアが慌てたようにリミスを隠すようにして前に出た。


「……ま、まぁ……そうだな。リミス、落ち着け。ステイを説得するのは無理だ。上級ゴーレムを倒せたら抜けると言っているんだ、臨時だと思ってここは抑えろ」


 ……? そんな事言ってませんけど?


 ステファンが藤堂と約束をしたのは数日行動を共にして問題がなかったら教会を説得し脱退するという事である。


 僧侶は教義で嘘を付く行為が禁じられている。約束は守らなくてはならない、が、藤堂とステファンの間の約束に詳細な日数は指定されていない。もしも指定されていたらステファンは約束なんてしていなかっただろう。


 そもそも、ステファンが藤堂のパーティに入ったのはあくまでアレスの指示である。ステファンの上司は藤堂ではないのだ。

 だから、ステファンはアレスが『問題ない』と判断するまで何十日でもパーティに参加するつもりだった。


 一瞬その事をはっきり言うべきか迷ったが、忙しそうな二人を見て言うのをやめる。約束を反故にするわけでもない。


「じゃー帰りますね。また明日です」


「うん、また明日。……あ、ステイ。何度も言うようだけど、例の件は誰にも言っちゃだめだよ」


「例の件……?」


 声を顰め、深刻そうな表情で掛けられた藤堂からの言葉に、ステファンは首を傾げる。

 不安そうな藤堂の表情を見ること数秒、ぽんと手を打った。


「あー、藤堂さんがおん――」


「ちょ……待――それ、言っちゃダメって言ってるでしょ!?」


 藤堂が必死の形相でとびつき、口を塞いでくる。

 

 言っちゃダメって……。


 ステファンから見たら性別なんて明らかだ。確かにボーイッシュではあるが、臭いでわかるし、多分臭いがなかったとしてもすぐに気づくだろう。気づかない人がいたらそれは眼が節穴としか言いようがない。


「わ、かってますって! 誰にも言わないです。約束します!」


「ほ、本当だよ? 本当に本当だよ?」


「本当ですッ! 安心してください!」


 もちろん、秘密にするのは吝かではないが、果たして意味のある行為なのか……。


 念を押すように何度も繰り返す藤堂にステファンは胸を張って答えた。

 誠実であるという事は美徳であり秩序そのものでもある。秩序神の信徒として幼い頃から教育を受けているステファンが約束を破る事などありえない。



§ 



「あ、アレスさん、帰ってきたんですね! えっと……見つかったんですか?」


 宿の部屋に戻ると、部屋にはここ数日留守にしていたメンバーがテーブルを囲んでいた。

 ステファンとは別行動でフィールドに出ていたアレスとアメリア、臨時に参加しているウルツ。


 いつも以上にしかめっ面なアレスの姿に破顔し、小動物のような動きでステファンが駆け寄る。


 声に雰囲気。初めは怖かったが、既に恐怖の感情はない。

 もともとステファンは余り人見知りしないほうだし、自分を信頼して仕事を振ってくれる上司の事をどうして嫌いになれようか。崖から突き落とされたのももうステファンの中では過去の話になっていた。


 テーブルを囲み顔を突き合わせていたアレスが横目でステファンを見て、何故かため息をつく。


「まぁ、声だけな。姿は見えなかった。物資が不足したので一旦戻りだ」


 その後ろではアメリアがいつもよりも少しだけ機嫌の悪そうな仏頂面を作っている。


 どうやら状況は芳しくないらしい。その事を察し、ステファンは少しでもその心労を癒やすべく早速いい報告を上げることにした。


「こっちは特に問題ありません! ぱーふぇくとです!」


「そうか、よくやった。何か報告すべきことは?」


 ……?

 少し考え、特にないと判断する。


「ありません!」


「……そうか。それでこそステイだ……カカオちゃんが喋れたらカカオちゃんに報告させるのに」


「どーいう意味ですか! カカオちゃんは喋れませんよ!?」


「知ってる。まぁ、引き続き頑張れ」


 しっしっと手を振られぞんざいな扱いを受け、ステファンを蚊帳の外に話し合いが始まる。


 そのあまりにも鮮やかな手際にステファンはしばらくキョトンとした表情で話し合いを見ていたが、すぐに何をされたのか理解してアレスの椅子の背もたれを揺らし始めた。


「あのー、アレスさん? パーフェクトだったんですよ?」


「ああ、そうか、よかったな。今忙しいからカカオちゃん、遊んでやってくれ」


「まるで私が邪魔者みたいですよ!?」


「お前は一体、俺にどうして欲しいんだ」


 やれやれとため息をアレスがようやくステファンの方を正面から見る。

 まるでアレスの指示を聞くかのようにブーツを叩いてくるカカオを一瞬見下ろし、しばらく考えて答えた。


「えっと……お仕事がうまくいったら褒めるべきだと思いますよ?」


「よくやったって言ってんだろ、去れ!」


「アレスさんがささくれだってる……頭くらい撫でてくれてもバチは当たらないですよ?」


 褒められる機会など余りなかったが、数少ない機会にはほぼ例外なく頭を撫でて褒めてもらっていた。

 前例に従い頭をずいと突き出すステファンにアレスが頬を引きつらせた。


「お前の図太さは一体何なんだ。その頭を腐ったトマトのように潰して欲しいとでも言ってるのか?」


「いや、そんな事――」


 反論しかけたところで、横から手が伸びてきた。アメリアの手の平だ。

 ステファンの頭をまるで箒で軽く掃くかのようにささっと撫でると、顎で扉の方を指す。


「ほら、ステイ。これで満足でしょ、さっさと出ていってください。そしてその図太さを少し分けてください」


「ひどい!?」


 ショックを受けるステファンを置いて、何事もなかったかのように話し合いが始まる。


 しばらくキョロキョロしていたが、仕方なくステファンは話が終わるまで口を出すのは保留にすることにした。アメリアの隣に席に座り、向けられた白い目も気にせずに耳を傾ける。

 カカオがふわりと浮き上がり、テーブルの上、ステファンの眼の前でくるくる回って踊り始める。にこにこしながらそれを見ている間に話は進んでいった。


「ウルツの挑発は間違いなく届いていて、相手の咆哮からも憤怒ははっきり伝わってきていた。アメリアの案は間違っちゃいない」


「でも結局現れませんでしたし……格好までつけたのに……」


 目を伏せてぶつぶつ言うアメリアに、それまで黙っていたウルツが低い声を上げる。


「あの咆哮は本物だ。強い殺意が篭っていた。獣人ワー・ビーストの憤怒の炎は制御できるほど生易しいものじゃあない」


 性質として獣人と巨人は似通った点がある。自らを省みて出されたウルツの言葉には説得力があった。

 その意見に対してアメリアが一言入れ、ウルツがそれに対して反論する。


 アレスはしばらくそれに対して何の口も挟まずに難しい表情で腕を組んでいたが、まるで自分を納得させるかのように大きく頷き、


「とりあえず三つほどパターンを考えてみた。物資を多めに補給、夜が明け次第もう一度外に向かうぞ」


「……え!?」


 予想外の言葉にアメリアが瞬きしてアレスを見上げる。


 アレスはそちらに視線を向けず、ステファンに視線を向けてくる。今までステファンが見たことのないくらい鋭い視線だ。


「数日中に決着をつける。ステイは引き続き藤堂のサポート――何かあったら躊躇せずに魔術を使え」


「え……?」


 急に話を振られ、ステファンが瞬きしてアレスを見上げる。

 隣のアメリアが小さく手を上げて、


「街で待機させておいた方が安全なのでは?」


「そうしたいが、限界だ。今までは30レベル未満を理由に藤堂を遠ざけていたが、もう既に最下限のレベルは超えてしまった。教会の上層部も一枚岩じゃないからな……ただでさえ勇者の行動をコントロールする事に難色を示している者も少なくない。これ以上、安全策を取り続けるとクレイオの立場が危うくなり得る」


「……面倒ですね。報告で嘘つけばいいのでは?」


 アメリアがあっさりと言い放った言葉に、ステファンは思わず口を挟んだ。


「先輩? 嘘ついちゃダメなんですよ? 教義でも決まってますよ?」


 ウルツも何も言わなかったものの、呆れた表情でアメリアを見ている。


 教義で縛られた秩序神の信徒は自発的に嘘をつけない。それを破れば代償として力を失う事で知られている。

 ステファンも嘘などついたことないし、親交の厚いステファンだから口を挟んだだけだったが、それを聞いたのが秩序神の忠実な下僕だったなら眉を顰める程度では済まなかっただろう。


 唯一アレスだけはその言葉に何のアクションを示さずに、


「今回の藤堂達へのリスクはそれほど大きくないと予想される。俺達が先行するからな。カカオちゃんとステイもいる」


「は、はい! 任せてください、頑張ります!」


 こくりと息を呑み、返事をするステファンにアレスが腰を落としてしっかり言い聞かせるように言う。


「カカオちゃん、万が一獣人やあるいは藤堂達が敵わないような強力なゴーレムが現れたらお前が土魔法でそいつの動きを止めるんだ。仕留められるなら仕留めてしまってもいい。わかったな?」


「はい……せきにんじゅうだいですね? 任せて下さい!」


 深刻そうなその声にステファンも精一杯真剣に答えた。カカオも隣でこくこく頷きながらアレスを見上げている。

 一拍遅れて違和感を感じ、ステファンは頭の中でその言葉をもう一度反芻して首を傾げた。


「あれ? カカオちゃんじゃなくて私、ですよね?」


「さぁ解散だ。ウルツは物資の補給を頼む。アメリアは作戦の詰めを手伝ってくれ」


「……承知した」


「はい、分かりました」


 各々返事をして席を立つアメリアとウルツとカカオ。

 何故か仲間はずれにされたような気がして、ステファンはもう一度不思議そうに首を傾げた。


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