第三十レポート:異常の原因を突き止めよ②

 プロの斥候スカウトが欲しい。

 高いレベル。鋭敏化した感覚センス耐久タフネスで追跡を行うには限界がある。

 その当たり前と言えば当たり前の事を俺は改めて感じていた。


 藤堂を尾行する程度ならば何とでもなるが、小さな痕跡を元に追跡するには知識と経験がいる。ヴェール大森林でグレシャを追いかけた時はその跡があからさまだったからなんとかなったが、もしも俺がもう少しだけ技術を持っていたらずっと楽に獲物を見つける事ができていただろう。


 聖穢卿の権力が及ぶのは教会の範囲内だ。教会に所属するメンバーは基本的に僧侶プリースト系列が多く、戦闘向けの人材はいても追跡能力が突出したメンバーはいない。

 グレゴリオとかなら勘でなんとかしてしまいそうな予感はあるが、俺が欲しいのは確固たる技術と経験に裏打ちされた精鋭であり、色物ではない。


 今後の円滑な活動を考えると、追跡スキルを持つ者を一人仲間に入れる事ができれば楽になる。


 ウルツが大地を踏みしめ、台風のように、新たに現れたゴーレム達を巻き込み破壊していく。俺はそれを傍目に、地面と崖を調べていた。くそっ、斥候がいればこんなことをしなくてもいいのに。


 白の地でもないの白っぽい岩石。近くで見ると殆ど色の違いがわからないが、上から見るとその変化は明らかだった。


「アレスさん。これ、見てください」


 アメリアが声を上げ、地面を差した。

 指を差した箇所には三点の小さな穴が開いている。注意しなければ気づかないだろうが、明らかに自然に出来たものではない。


 縁を指先で触れる。第一関節ほどの深さの穴だ。


 強い風はボロボロと岩石を劣化させ、満ちる大地の精霊は岩を修復する。こんな小さな穴、簡単に消えるはずだ。どの程度で消えるのかはわからないが、出来てから一月は経っていないのではないだろうか。


「おそらく、マザーがゴーレムを生成した跡かと。触手を差し込んで大地に魔法を伝えるらしいので」


「どのくらい前の物かわかるか?」


「私は専門じゃないので詳しくは……」


 アメリアが困った様子で頬をかいた。


 ステイなら……ステイならわかったのか!? いや……あいつはダメだ。カカオちゃんならどうだ!?


 他愛のないことを考えていると、アメリアが付け足した。


「でも、これだけ精霊がいれば……すぐに修復されると思います。一週間もあれば元通りになるんじゃないですか?」


 一週間……一週間、か。それだけわかれば十分だ。


 こんな目立つ道のど真ん中で長期間留まっていたとも考えづらい。

 動きながらゴーレムを生成しているのならば、同じような場所を探し出して線でつなげばマザーの動きを予想できる。穴の修復度合いからいつ出来たものなのかは予想できるはずだ。


 素人の拙い予想だが今はそれに頼るほかない。


 立ち上がり、粉々になったゴーレムを睨みつけ荒い息をするウルツに声を投げかける。


「おい、ウルツ。満足したなら先に進むぞ」


「ああ……了解した」



§



 足手まとい……足止めのステファンに、露払いを担当する俺とウルツとアメリアのグループ。

 これが今できる最善の組み合わせだが、ウルツは借り物だ、マダムは味方だが、借りは余り作りたくない。

 なるべく期間を短くしたい。


 俺達の行動の一つ一つにはコストとリスクがかかっている。特にウルツは身体が大きいだけあってエネルギーの消耗も激しい。食料の消費速度は俺とアメリアだけの時の比ではない。

 成果を出さねば予算も得られない。新たに人材を雇う事を考えると金は節約すればするだけいい。


 不安を抱えながらも追いかける事三日。その時は唐突にやってきた。

 

 定期的に行っている探知魔法を使っていたアメリアが目を開き、短く俺の名前を叫ぶ。

 その声色だけで察した。ゆっくり肉体をほぐしていたウルツが雰囲気を察して振り向く。


 アメリアの視線の先を見る。崖の上――いや、崖の向こうだ。


 意識を集中させるが何も感じられない。追いつけるかどうか微妙だが、アメリアが探知出来たのならばもうその居場所は常に把握出来ているも同然だ。

 アメリアが端的に情報を述べる。


「一・五キロくらいです。道の上を――あ……あれ……?」


 そこまで言いかけた所でアメリアが年相応の呆けたような声を出した。目をぎゅっと瞑り、再び呪文を唱え始める。


 それを横目に、俺は自分とウルツに補助魔法を掛けた。四肢に力が漲る。感覚がクリアになる。

 深く一度深呼吸をして、付与された力を肉体に浸透させる。そこでようやくアメリアが引きつった表情で俺を見た。

 戦慄くような声で告げてくる。


「いなく……なりました」


 いなくなった? オーケー。落ち着こう。


 その声を聞いても俺に動揺はない。ようやく尻尾が見えたのだ、逃がすものか。


 魔術は万能じゃない。探査魔法は有用だが、そんな魔法があってさえ専門の追跡職がいるのだ。


 まずは状況を確認する。


「相手は生き物か?」


「は……はい。勘違いかも……しれませんが」


「探査魔法の範囲外に出たのか?」


「……いえ。急に見失いました」


 そんなこと初めてなのか、戸惑いを隠せない様子のアメリア。


 アメリアの探査魔法の範囲は俺の持つ知覚領域よりもずっと広い。だが、探査魔法は有用なだけあって、対抗策が広まっている。

 まず第一に敏感な相手ならば魔法の発動を察知できるという事。転移魔法を使える相手ならばそれを察知して逃げる事だってできるし、結界魔法で弾く事だって可能だ。

 極めて希少だが、特定の魔導具を使えばすり抜けられる事だってわかってる。


 アメリアの勘違いの可能性もある。転移魔法で逃げられた可能性だって無くはない。だが、アメリアは優秀な魔導師だ、賭けるだけの価値がある。


 ショックのせいかふらついているアメリアを左腕で抱え上げ、ウルツの方に吐き捨てるように命令する。


「追うぞ、ウルツ、ついてこい。アメリア、場所の指示を頼む」


「………………は、はい」


 恥ずかしいのか、アメリアがいつもより大人しく頷く。ステイだったら小さかったから持ち運びしやすかったなぁなどとは断じて思っていない。 


 地面を蹴り、崖を一飛びで駆け上がる。

 腕の中のアメリアが振動で目を白黒させているがダメージは神聖術で何とでもできるので今は我慢してもらうしかない。


 二秒で崖の上に着地すると、アメリアの指差した方向を目を凝らして見る。


 必要なのは情報だ。相手の動きが俺に情報を与えてくれる。視線の先には壮大なゴーレム・バレーの峡谷が連なっている。アメリアが一瞬感じ取ったという気配はまだ視界に引っかかってもいない。


 数秒遅れてウルツがたどり着く。既に谷に出てから何度も戦闘を繰り広げたがダメージは残っていない。これならばついてこれるだろう。


「行くぞ」


「……ああ」


「は、はいッ!」


 切羽詰まったような声を聞きながら、俺は足場の悪い峡谷を疾走した。



§



 アメリアのナビに従い、緩やかに続く傾斜を駆け下りる。後ろから聞こえる重い音はウルツがついてきている証だ。冷たい空気が身体を切り裂き口に入り込んだ冷たい水滴が味覚を苦く刺激する。


 マザーに興味はない。俺にとってマザーは餌でしかなかった。

 必要なのは情報。道具。金。そして何よりも存在力。ふんじばって転がして身ぐるみ剥がして情報を吐かせ最終的には存在力の糧にする。

 魔王クラノスは油断のならない相手だ。勇者の降臨を予想し大森林に魔族を忍ばせるその用心深さはどこか人族のやり方に似ている。


 だがしかし、その部下は違う。猪突猛進で簡単に挑発に乗り襲い掛かってきたザルパン・ドラゴ・ファニ。


 あの男は愚かだったが、しかし魔族の基準はあれなのだ。生まれつき強力無比な力を持ったプライドの高い知性体。

 魔族は武勇を誇り嗜虐に酔いしれる。魔王クラノスがその性質を抑えられるとするのならば、きっと今回の魔王による被害は今までよりも遥かに大きなものになるだろう。


 だがそうはならない。ならないのだ。長い年月を掛けて染み付いた性質はそう簡単に消えたりしない。


 魔王が出現して尚、人族が一丸となっていないように。

 暴力を厭い僧侶に転向したウルツが嬉々としてゴーレムを惨殺していたように。


 人も魔族もそう簡単に変わったりしない。


 アメリアが目を見開き、小さく悲鳴をあげる。


「! アレスさん、道、ない!」


「そうか」


 進行方向から道が消えていた。

 切り立った崖――百メートルほど向こうに切り立った崖が見える。だいぶ下ったためか、遥か下方からは小さな川の流れる音が聞こえる。


 だが、アメリアが探知したのはもっと先だ。


「!!!!」


 アメリアが反射のようにぎゅっと俺の身体を抱きしめる。速度を落とさずに俺はそのまま大きく跳んだ。


 蒼穹が近づく。腕に何かが巻き付く。風が全身を包み込む。息を止める。強化された視界の中、世界はどこまでも広い。


 そのまま急接近した地面を衝撃を殺し着地した。砂埃が舞い上がるがそれを無視して即座に後ろを確認する。


 ウルツが空を舞っていた。至近から見ると威圧感のある男も広大な空の中ではちっぽけな虫のようだ。


 速度を緩めずに跳んだようだが、明らかに高さが足りていない。彼の体重とレベルではこの距離を跳ぶことはできなかったのだろう。


 呼吸を整え、抜け目なく腕に巻きつけられたワイヤーを腕全体を使って強く引く。長いワイヤーの先はウルツが握っていた。


 ずしりと重い感触に足元がみしりと小さな音を立てる。弧を描いて落下しかけていたウルツが力学に従い跳ね上がるようにしてこちらに引き寄せられる。


 そのまま俺の隣に着地した。その重さと勢いに耐えきれず、爆発のような破砕音が辺りに響き渡る。俺のときよりも激しい砂埃が舞い上がる。


 砂埃が収まるのを待って、巻きつけられたワイヤーを腕から外しながら、呆れてウルツに言った。


「無茶をするな。ワイヤーがうまく巻き付かなかったらどうするつもりだったんだ」


 付着した石の欠片をぱらぱらと払いながらウルツが立ち上がる。傷はないようだ。

 ワイヤーを引き戻すと、無茶をした男が憮然としたように言った。


「違う。巻きついたんじゃない、巻きつけたんだ。そも、躊躇いなく跳んだお前がどの口で言う」


「どっちもどっちだと思います」


 腕から開放されたアメリアがふらふらと立ち上がる。だいぶ無茶をしたが立ち上がる元気があるなら大丈夫だろう。


 一つ川をこえたからといって何も変わらない荘厳とした光景が広がっている。

 だが跳んだかいはあった。


 隣でウルツが右頬を歪め、獣じみた笑みを浮かべていた。


「臭いが残っているな……近い、近いぞアレス。獣の臭いだ」


「もうヤダ……アレスさんと一緒におうちかえる。ウルツさん一人で探しててください」


「おい、アレス」


「いつものアメリアジョークだ、気にするな。俺はもう気にしてない」


「がーん」


 今逃せば次は警戒するだろう。それは非常に面倒くさい。

 ジョークを言いながらも探査魔法を唱えたアメリアが俺の視線に小さく首を横に振る。


 だが臭いは残っている。間違いなく先程までいた跡だ。獣臭という事は獣人で間違いないだろう、近くにいる可能性はかなり高い。勘もそう言ってる。


「よし、探すぞ」


「…………はい」


 アメリアがちょっと嫌そうな表情でいい返事をした。


 急いだのは悪かったが、そんなに嫌か……。


 その視線は地面に顔を近づけ、臭いを探っているウルツの方に向けられていた。まるで畜生でも見るかのような冷たい眼だ。頼むからもう少しだけ慈しんでやってくれ……。


 再び崖を登り周辺で一番高い場所をとる。少しだけ期待していたが、獣人の姿は見えない。


 視界は広かったが、崖には幾つもの洞窟があり障害物もある。隠れようとすれば隠れる手段はいくらでもあった。

 おまけに悪いことに日が暮れかけている。夜目は利く方だが朝と比べるとやはり一段劣る。獣人は夜行性が多い。奇襲を受けるとは思えないが、なるべく避けたほうがいい。


 さて……どこから探すべきか。さしあたっての指標は臭いしかない。俺がおぼろげにでも探知できる距離は一キロ。少なくともその範囲内に大きな気配は見当たらない。

 腕を組み考えていると、俺の後ろで同じように崖の下を見下ろしていたアメリアがぱちんと手を叩いた。


「アレスさん、アレスさん。私、いい方法を思いついたんですが」


「……」


 アメリアの思いつきには余りいい思い出がない。発想力は評価するが……


 眉を顰めてアメリアを見るが、アメリアの表情はいつも通りのポーカーフェイス――真面目一辺倒だった。さっきまでおうち帰るとか言ってたくせに。


「おうち帰るか?」


「ふざけないでください。私はさっさと終わらせておうちに帰ってシャワーを浴びます。アレスさんと一緒に」


 あ、はい。すいませんでした。





§







「この腰抜けがぁああああ!! 見つかりそうになっただけで尻尾を巻いて逃げ出すとは、獣人は優れた戦士だと思っていたが貴様らは誇りを失ったただの畜生だったようだなぁ! 魔王軍の程度が知れるわッ!」


 崖の上。雷鳴のようなウルツの濁声が峡谷全体に響き渡る。

 半巨人の肺活量から放たれた声は至近から聞くと凄まじかった。巨人種の咆哮が有名であるのも納得できる。


 崖の下。死角になる場所で身を潜めながら、俺は大雑把な計画に深くため息をついた。

 当のの発案者は耳を手の平で塞ぎ、猫のような眼でこちらを見上げている。


「いやいや、いくらなんでもこんな安っぽい挑発に引っかかるわけないだろ」


「アレスさん。皆が皆アレスさんのように冷血漢だとは思わないでください。ちゃんと情熱を持っている馬鹿もいるんですよ」


「褒めてるんだか貶してるんだかどっちかにしろ」


 だが、何だかんだそれに乗ったのは俺自身、可能性としてあり得ると思ったからだ。

 ザルパンも挑発受けて自爆してたし。俺からすればいやはや、魔族というのは本当に理解しがたいものなのである。


 しばらくウルツが罵る声だけが響き渡る。しかし、その声に対して何かアクションがある気配はない。

 精神を集中して感覚を研ぎ澄ませる。知覚が加速し、時の流れすらも緩やかに感じる。


 数分ほどじっと待ったところで、アメリアがそっと耳元に唇を近づけてきた。


「……すいません、相手がアレスさんのような冷血漢である可能性を考えていませんでした」


 アメリア、お前って実はステイと同類だよな。


 そう返しかけたその瞬間、空気が強く震えた。反射的にアメリアの口元を押さえ、身体を縮める。


 遅れて咆哮が身体全体を襲いかかる。ウルツの物ではない。


「――――ぁッ――あぁッ――――あ―――」


 人間の可聴域ぎりぎりの声だ。かすれた声だがしかし、そこに負の感情が篭っているのだけは理解できる。


 途方もない憤怒。弱き者をただそれだけで萎縮させる、『巨鬼の咆哮ギガース・ハウル』に匹敵する獣の咆哮だ。


 かばったアメリアを見下ろす。萎縮しないか心配だったが、アメリアはどこか自慢げな眼で俺を見上げていた。

 精神強え。


 咆哮に消えるくらいに小さな声でもう一度言う。


「アレスさんのような冷血漢は余りいないのです」


「……そうか」


 もしかして嫌われてる?


 些細な疑問が脳裏をよぎる中、アメリアが得意げな表情で言った。

 


「それではビジネスを開始しましょう」

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