第二十八レポート:精霊

「アレスさん……追加の情報、まとめました。後は聞き取りも……」


「ああ……助かる」


 アメリアから追加の資料を受取る。白魔導師をこんな風にただの情報整理に使っている事がバレたらクレイオから何を言われるか……嫌な顔一つせずにあちこち出向いて情報を集め、頼んだ仕事をこなしてくれるアメリアには頭が上がらない。


 新たに収集してもらったのはフィフス・タウンから先の情報だ。

 異常のみを探していた前回とは異なり、上級ゴーレムの出現率と見つけたその場所、そしてそれらが群れを作るなど変わった挙動を行っていないかという観点で探してもらった。


 アメリアがお茶を入れると、集めてもらった資料を確認する俺の隣に腰を下ろし言ってくる。


「一旦、藤堂さん達を足止めした方がいいのでは?」

 

「いや……まだ早い」


 ビジネスに従事する上で俺は三つの事を常に忘れないようにしている。


 一つ。目的を見失わない事。

 二つ。優先順位をつける事。

 三つ。リスクとリソースが許す限り徹底的にやる事。


 藤堂のレベル上げを止めるわけにはいかない。どこがどう危険なのか詳細がわかっていないし、ヴェール大森林の時とは訳が違う。

 そもそも、聖勇者は魔族に追われる運命にある。完全な安全など存在しないのだ。ここで藤堂を下げる選択を取ればさすがに教会の心象も悪くなるだろう。


 大切なのはバランスだ。幸い、藤堂のレベルは既に30を超えている。逃げることくらいはできるだろう。


「大丈夫だ、その為にステイをつけた。いざとなったらカカオちゃんがなんとかしてくれる」


「……」


 獣人は攻撃力と敏捷性に優れるが防御力は低めになる傾向にある。カカオちゃんの魔法なら足止めするくらいはできるだろう。

 ステイには何かあったら通信を入れるように言ってあるし、動きさえ止められれば藤堂の聖剣ならば大抵の相手は切り裂ける。


 中途半端な選択だが、今の情報量ではこれが取れる選択の限界である。


 腑に落ちなさそうな表情でこちらを見てくるアメリアの肩をぽんと叩き、地図を広げた。


 マザー・ゴーレムの力は強力だ。ゴーレムの生産能力に力が振られているので本体の戦闘能力は高くないが、護衛として周囲にゴーレムを多数配置しているとされている。

 情報を元にゴーレムの出現頻度を書き込んでいく。一歩一歩進めていけば確実にマザー・ゴーレムの場所にたどり着けるはずだ。


 意見を交わしながら時間をかけて一通りの情報を書き込む。

 そこでアメリアがため息をついた。


「地道な作業ですね」


「他に手段がないからな」


「アレスさん、そういう作業嫌いだと思っていました」


「他に手段がないからな」


 何しろ、フィールドがとにかく広すぎる。俺にはグレゴリオのような勘も無ければ藤堂のようにトラブルを呼び起こす才能もない。

 だが、そんなものは必要ないのだ。ある程度居場所を割り出せれば後はアメリアの探査魔法で見つけよう。


 人手があればパーティを分けて調査できるんだが、使える人間がいない。

 傭兵達は使えない。交渉はしてみたが断られてしまった。だが文句は言えない、俺が奴らの立場でも断っていただろう。それくらいにマザー・ゴーレムの危険性は知られているのだ。

 数秒だけ考え、


「二人じゃ危険だな……アメリア、マダムに連絡を。ウルツを借りよう」


 俺の言葉に、アメリアの眉が一瞬驚いたように顰められた。


「……それだけ強力な魔族がいる、と?」


「念のため、だ」


 相手が二体以上だと面倒な事になる。一体を押さえている間にアメリアが人質に取られてしまうかもしれない。そうなれば俺は冷静に考えて、彼女を見捨てる選択を取らねばならなくなる。


 俺の表情に何を感じとったのか、アメリアは小さく頷き通信の呪文を唱え始めた。


 小さく呼吸をして気合を入れる。手入れされたメイスが窓から入った陽光を吸い込み鈍い光を放っていた。


 正しい道を歩んでいるのかどうかすら定かではないが、俺はただベストを尽くすだけだ。


 たとえ何も見えなくとも前を向け。先へ進め。闇の中にこそ真実がある。その結果が凶と出ようと吉と出ようと。


 さぁ……仕事ビジネスを始めようじゃないか。






§ § §






 才能がある、と言われた。嫉妬はなかった。それは当然だった。

 魔導師の力とは血の濃さだ。一種の突然変異で生まれた高い魔力を持つ人間が同じような人間と交わり脈々と受け継がれた血統。


 故に、由緒正しきフリーディアの直系であるリミスは優秀な魔導師となるべくして生まれてきた。


 生まれ持った人族の平均を遥かに超える強力無比な魔力と、蓄積されてきたノウハウ。魔導師としての力を十全に操るために秘蔵された宝具の類と――強力な精霊。

 精霊は世界のどこにでもいるが、意思を持つ程の強力な精霊は殆どいない。特に人里にはまず存在しない上位精霊は一般的な精霊魔導師ならば探すだけでも何年もかかる存在だ。レベルも低く経験も浅いリミスがガーネットと契約しているのは彼女がフリーディアである証でもあった。


 そして、物心ついた頃からリミスは常にガーネットと共にいる。


「『炎の槍フレイム・ランス』!」


 リミスの意思を汲み取り、ガーネットが燃え上がるような光を放つ。僅かな魔力を代償に太さ数十センチもある巨大な炎の槍が生み出され、射出される。

 放たれた炎の槍はロックゴーレムの胸を穿つとその高い火耐性を物ともせずに全身を焼き尽くした。


 一瞬でどろどろに溶解して崩れるゴーレムにステファンがきゃっきゃと拍手する。


「相変わらず凄いですねぇ……」


「……この程度、ガーネットなら出来て当然よ」

 

 既にゴーレム・バレーに来てだいぶ経つが、今回の探索はいつも以上の緊張感を持っていた。

 フィフス・タウンの先はそもそもゴーレム・バレーで最も適正レベルの高い場所だが、緊張感の理由は決してそれだけではない。

 先頭を行く藤堂も、その後ろに続くアリアもまたちらちらとリミスの隣を歩く少女を気にしている。


 ステファンが目を細め首を傾げる。


「昔よりも威力が上がってる気がします?」


「……あんたねぇ、いつの話よそれ。もう十年くらい前じゃないの?」


「……あは。そうでした」


 まるでピクニックでもしているかのような陽気な声に、リミスは呆れたように答えた。

 だが、その少女ーーステファンがリミスの言葉の機微を察することはまずない。


 基本的に鈍感でしかし変な所で鋭い。能力は優秀だが地に足がついておらず何の役にも立たない。リミスの家でステファンが精霊魔術を学んでいた頃からそうだった。


 容姿は可愛いし、性格も明るく決して悪い人間ではないが長く付き合えば付き合う程にうんざりする。口論しようにも言動がとらえどころがなく喧嘩すら出来ない。

 だがしかし、結論だけ言えば、リミスとステファンは友人だと言えた。離れて久しかったがその間全く気にならなかったかというと嘘になる。悪かったのはタイミングだけだ。


 左手にはぐれないよう握ったステファンの手。右手にはフリーディア秘蔵の魔杖。杖の頭にはガーネットが必死になってはめ込まれた宝玉を抱きしめている。

 コミカルなその様子に、ステファンが慈愛の眼差しを向けて言う。


「ガーちゃんも相変わらず元気で何よりです」


「精霊がそう簡単に体調崩したりするわけないじゃない」


「そりゃそうですけど……」


 そっとステファンが伸ばした人差し指を、ガーネットが素早く避ける。


 残念そうな表情をするステファンにリミスは深々とため息をついた。


「しかし貴女、シルヴェスタ卿がよくこんな所に来るのを許したわね……」


「あは……私の力を借りたい言う人がいて……パパはダメだって言ってたんですが、上の人が説得してくれたんです」


 照れたように頬に手の平を当て、ステファンが嬉しそうに言う。


「……あんたの力を借りたいなんて、珍しい人もいるもんね……」


 リミスにはステファンの性質を受け入れられるような人が全く想像できなかった。友人としてはまだ許せても、仕事仲間としては許容出来そうにない。


 力の抜ける会話を交わしながらも進んでいく。

 予想通り、フィフス・タウンの先は今までより遥かに魔物の出現頻度が高かった。


 ドロドロとした粘性の身体を持つマッド・ゴーレム。

 巨大な体躯と岩石で出来た装甲を纏うロック・ゴーレム。

 小さなボールのような身体で数体単位で襲ってくるボール・ゴーレム。


 だが、そのどれもが既に何度も戦ったことのある魔物だ。下級のゴーレムは既に戦闘経験を積んだ藤堂達にとって敵ではない。

 前衛と強力な魔法を使える後衛。慣れもあるが、何よりも集中力が違った。


 お目付け役に心配ない事を証明しなくてはならない。その意識が技を冴え渡らせる。


 聖剣の一撃がロックゴーレムを唐竹割りに貫き、アリアの剣がマッド・ゴーレムの核を的確に破壊する。

 炎の矢が高速で跳んできたボール・ゴーレムを貫き、おまけのように跳んできたもう一体のゴーレムをグレシャが無言で叩き潰す。


 英雄譚さながらの戦いを見せる藤堂達に、ステファンが目を輝かせてぱちぱちと拍手する。


「おー、さすが勇者様です! これなら魔王もきっと討伐できますね!」


 手放しの賞賛。

 疑念の欠片もない心の底から出された言葉に、剣を納めた藤堂が照れたように返す。


「まだまだ未熟だけど、少しずつ強くなってる実感はある。きっと遠くないうちに魔王を倒して見せるよ」


 レベルは40以下だが、訓練をつけてくれたウルツからはレベルの数値以上の力だとお墨付きを貰っている。

 強い意思を感じさせる藤堂の言葉に、リミスが追従する。


「どう? 心配いらないでしょ? 教会にそう伝えなさいよ」


「えー……でもまだわかりませんし……もうちょっと藤堂さんの戦い、みたいです」


「……あんた、趣旨忘れるんじゃないわよ」


「わかってますって! ちゃんと最後まで見届けたら責任持って伝えます!」


 無駄に自信満々に言い切るステファンに、藤堂達が不安げな表情で顔を見合わせる。


 ふとその時、ステファンが今思い出したようにぽんと手を打ってリミスに言った。


「あ、そういえばリミスちゃん。やっぱり今もガーちゃんとしか契約していないんですね」


 何気なく言われた言葉に、リミスがぴくりと眉を震わせた。


 それはリミスにとって――いや、フリーディアにとって、一種の禁句である。ルークス王国屈指の魔導師、魔導王の娘が単一属性の精霊としか契約していないという事実は国内でも殆ど知られていないし、知る者もそれを吹聴したりしない。


 ステファンを見上げるが特にその表情に悪気は見られない。

 一瞬怒るか迷ったが、にこにこしているステファンを見ていると怒る気力もなくなってきて、仕方なくリミスは力ないため息をついた。





「……知ってるでしょ……契約、出来ないのよ。ガーネットの格が――余りにも高すぎて」


 ガーネットが爬虫類特有の感情の篭もらない眼でリミスを見下ろしていた。

 しかし、リミスにはわかっていた。ガーネットの知性は数多世界に散在する精霊――意思持つ元素エレメンタルなどとは違う事を。


 精霊と言うよりは神に近い存在であるという事を。


 数百年受け継がれてきたフリーディアの持つ歴史の中でも最強を誇る炎の精霊。

 誰一人契約できず、屋敷の地下室、何重もの魔法陣の中で幽閉されていた精霊とリミス・アル・フリーディアが契約を交わしたのは既に十年以上前の事だ。

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