第二十七レポート:疲労・宣誓

 人間は成長するものだ。藤堂だって最初はおっかなびっくり剣を振るっていたが今では王国屈指の狩場で戦える程になっているし、アリアやリミスだって旅に出た当初から比べれば随分とたくましくなっている。


 だから、藤堂は信じられなかった。


 時間が経てば経つ程――へっぽこになる人間がいるという事が。


 フィフス・タウンに取った宿の一室で、藤堂が深刻そうな表情で俯いていた。

 ぐったりと枕を抱きしめベッドに転がっているリミス。疲れたような眼差しで剣の手入れをしているアリア。既にステファンをパーティに入れた第一戦を終えてからしばらく経っているがパーティの雰囲気は暗いままだ。

 いつも通りなのはニコニコしながらグレシャに頻りに話しかけているステファンと、それに対して無反応を貫いているグレシャのみ。


 しかし、何もアクションを起こさなければ状況は変わらないままだ。

 藤堂は意を決したように一度頷くと、恐る恐るステファンに声をかける。


「ねえ……ステイ。……いいにくいんだけどさ」


「? どうかしましたかぁ?」


 場に即さない間延びした声。ステファンの視線の方向がグレシャから藤堂に変わる。

 藤堂は一度息を呑みこむと、ずっと思っていた事を訪ねた。


「君さ……その……少しずつ……なんというか……ドジになっていってたのって……わざと?」


「!? ……そ、そんな事ないですが?」


「いや、でも絶対なってるって! だって初めは連れていけるかなーって思ってたのに、先に進めば進む程アレじゃん!?」


 ステファンが目を丸くする。その反応に心が折れそうになったが、藤堂はばんばんテーブルを叩いて抗議した。


 転ぶ。魔法を忘れる。周りに気を取られて前を歩いているアリアや藤堂にぶつかる。僧侶の証の指輪を紛失する。ふらふらして崖に落ちかける。

 ステファンの醜態を思い出しながら、藤堂が頭痛を堪えるかのように頭を押さえた。


 最初なぽつぽつだった『ドジ』は加速度的に増え、藤堂が帰還の判断をするまでそれほど時間はかからなかった。何かしでかす度にステファンは謝るのだが、すぐにまた新たなミスを起こすのだ。ただでさえ危険な場所を歩いていて精神を消耗しているのに、たまったものではない。


 ステファンが伏し目がちに答える。


「わ、わざとやったりはしないですよ?」


「……本当……なんだね……」


「本当です!!」


 己の無罪を主張するかのように叫ぶステファン。藤堂が死んだような眼でそれを見ていた。


 その瞳は真剣だ。ステファンは天真爛漫だ。表情には一切の陰がなく、パーティの雰囲気を明るくするのにも一息買っている。まだ出会ってそれほど経っていないが、その少女が悪意を抱くような性格ではない事は明らかだった。


「……」


 まだわざとやってくれていたほうが良かった。


 口から出かけた言葉をぎりぎりで呑み込む。それは、サポートするために派遣されてきた少女に対して酷い侮辱だ。たとえ不要なサポートだったとしても、いたいけな少女にそんな言葉をかける事はできない。


 唇を結ぶ藤堂に、アリアが決意したような表情で顔を上げる。


「……やっぱりステイには出ていって貰ったほうが……」


「え……私……いらないですか?」


 ステファンの目にじわっと涙がたまる。庇護欲を煽る表情にさしものアリアも一瞬顔を引きつらせる。

 それでもなんとか気合で口を開く。


「ステイ……我々は――」


「私、教会の使いですよ? 正式に教会から派遣されてきたですよ? 追い出したりしませんよね?」


「ッ……!?」


 ステファンの嘆願のような言葉に息が詰まる。内容的には嘆願だが、それが藤堂やアリアには脅しに聞こえた。


 既に藤堂達は一度アレス・クラウンという教会から派遣された僧侶を追い出している。

 表向きに言われたわけではないが、教会からの心象が悪いのは確実であり、新たな僧侶プリーストを即座に派遣してくれなかった理由もそれに関連しているだろうと藤堂達は予想していた。

 そもそも教会は敵ではないし、強大な組織である。これ以上の関係の悪化は避けたいところだ。


 転がっていたリミスがベッドの上で起き上がり、顔をあげる。リミスとアリアの視線が交わる。


 『わざとかしら?』

 『いや、天然だろう』


 言葉もなく一瞬で意思疎通を終える。藤堂が困惑した表情で頭を振っている。

 部屋の雰囲気を読み取り、ステファンがリミスに飛びついた。がくがくと肩を揺すって助命嘆願に言う。


「リミスちゃん!? リミスちゃん! わたし、追い出されたらあれすさんに埋められちゃいます!? 頑張る。わたし頑張りますから! ねぇ!」


「ッ……邪魔! やめなさいッ! そんなこと言われても、あなたねぇ――ってちょっと待って? ……今、誰に埋められるって言った?」


「あ……あー……あああああ……あはははは……何も言ってないですよ? 名前を言ってはいけないアレな人です!」


「……」


 ジト目で見つめてくるリミスに乾いた笑い声を上げ、ステファンが藤堂を見た。

 ランプの灯に黒の眼がきらりと煌めく。藤堂が口を開く前に、ステファンが強い口調で叫んだ。


「ともかくッ! 僧侶プリーストのいない今、この付近で戦うのは危険が危ないです! 私の力が必要です?」


「……」


 必死なステファンの眼。藤堂はしばらくそれをじっと見つめていたが、深くため息をついた。

 リミスとアリアが藤堂の決定を固唾を呑んで見守っている。


「ああ……分かったよ。ただし、幾つか約束して欲しい」


「します! 約束します!」


 まだ何も言ってないんだけど……。


 食い気味にかかってくるステファンに押されながらも、藤堂はずっと考えていた条件を口にし始めた。



§



 悪意がない。誰が見ても明らかなくらいに悪意がない。リミスが考えるステファンの最も厄介な点はそこだ。


 そしてそれは正義を貫こうとする藤堂との相性が最悪である事を示していた。

 聖勇者、藤堂直継はたとえステファン・ベロニドがどれだけ無能な人間であっても捨てられない。たとえステファンが、トリックスターのように何をしでかすかわからない性質を持っていたとしてもだ。

 故に、リミスとアリアはステファンをできるだけ遠ざけておきたかった。


 だが既に賽は投げられてしまった。たとえステファンが入ったとしてもレベル上げを止めるわけにはいかない。


 レベル上げの準備をする。魔力を回復するポーションをベルトに差し、杖の先についた『焔紅玉フレア・ルビー』に曇りのない事を確認する。ガーネットの背中を撫で調子を確認したところで、リミスは上機嫌な様子のステファンに念押しした。


「ステイ、貴女、ちゃんと約束を守るのよ?」


「え〜、わかってますよ。リミスちゃん! 泥船に乗った気分でいてください!」


「泥船……」


 自信満々で誤った慣用句を使うステファンに、リミスの胃がきりりと傷む。

 その様子を藤堂が引きつった笑いを浮かべて見ている。が、何も言わない。それが単純に言わないだけなのか、それとも言いたくないのか、リミスにはさっぱりわからなかった。


 藤堂がステファンに出した条件はたった三つだ。


 サポートは戦闘前、戦闘後のみとし、戦闘時は戦闘に参加せず大人しく後方で待機している事。

 転んだり崖から落ちないように細心の注意を払う事。


 そして――数日行動を共にしてレベルアップが順調で問題ない事がわかったら教会にその旨報告し、パーティから外れる事。


 余りステファンがショックを受けないよう何重にもオブラートに包んで述べた条件に対して、ステファンは笑顔で即座に了承してみせた。考える様子もない即答に藤堂の胸中に不安がよぎったのは言うまでもない。


 レベルは高いものの、ステファンにとってそれが何ら安全要素になっていない事は既にわかっている。何としてでも守らなければならない。

 拳を握り、藤堂が深く決意していると、フィフス・タウンから先の様子について情報収集に向かっていたアリアが戻ってきた。


 ステファンの方にちらりと視線を向け、藤堂に近寄り耳元で言う。


「ナオ殿。どうやらフィフス・タウンの先には『白の地』と呼ばれる『魔導人形ゴーレム』が生まれ落ちる地域があるみたいですが……」


 『魔導人形ゴーレム』が生まれ落ちる地。その言葉に藤堂は僅かに目を見開いた。


 獣ならば親から生まれるだろう。アンデッドは瘴気が形になったものと聞いた。だが、魔導人形がどのようにして生まれるのか藤堂は知らない。興味もある。


 リミスの魔法は頼りになる。アリアだって攻撃力こそゴーレムを一撃で倒す程高くはないが、その鋭い身のこなしと勇気で前衛を担当できているし、藤堂と二人セットで対応すれば数体のゴーレムくらいは足止めできるだろう。

 最近ではグレシャも戦いに参加してくれるし、寡黙ながらも力の強いその少女がいれば更に安定性は増す。


 簡単に、とは言わないが、既にゴーレム・バレーの環境に適応できていると言えるだろう。


 だが、藤堂は小さく尋ねるのみだった。


「そこって危険なの?」


「ゴーレムの出現率が高くかなり危険らしいです。最近では訪れるものも少ないとか……」


「じゃー駄目だ」


 考える様子もなく即答する藤堂に、アリアの視線がちらりとステファンの方に向けられる。

 そして、伏し目がちに続けた。


「ですが……それだけレベルアップの効率も高いかと。存在力の高いゴーレムも沢山出てくるはずです、上級ゴーレムを倒せるところを見せれば教会を納得させられるかもしれません」


「……なるほど」


 サポートの派遣。

 信頼されていないことには腹が立つが、教会側の心配も貴族の娘であるアリアにはなんとなく予想できる。


 聖勇者の敗北は教会の面子に泥を塗ることを意味する。ステファンを派遣してきたのも嫌がらせではないはずだ。何しろ、ステファンはレベルも高くスキルも豊富、実際に触れた者でなければその危険性は実感できないのだから。


 故に、ステファンを返すにはステファンの言うアレな人――おそらく教会のトップ――を納得させるだけの実績がいる。上級ゴーレムの討伐とそれに伴うレベルアップ速度の上昇は説得材料としては十分なはずだ。


 真剣なアリアの表情に、藤堂は目を瞑りしばらく考えていたがすぐに首を横に振った。

 その様子にアリアが眉を顰める。


「……ダメだ。それでもダメだ」


「……一応聞かせてください。何故ですか?」


「アリア、冷静に考えてみてよ」


 藤堂とて足手まといを抱えてレベル上げをしたくはない。ステファンをパーティに入れた際の厄介度は、レベルは低くても己をわきまえていたスピカを入れた時とは格が違う。既にその厄介度は身にしみてわかっている。


 だがしかし、藤堂から言わせてもらえばアリアはステファンを追い出す方法だけを考えすぎていて、前が見えていない。


 大真面目な表情を作り藤堂が言った。


「アリアは自分から転んだり崖から落ちようとするステイを守りながら沢山のゴーレムを相手にできる自信、ある? 僕は……正直、ないよ」


 勇者の何時になく自信なさげな言葉に、アリアがステファンを見た。藤堂もそれに釣られるように見る。

 両手を上げてきゃっきゃと騒ぐステファン・ベロニドの姿。


 アリアは眼を手の平で押さえ、震えた迷子のような声を出した。


「……すみません。どうやら私が間違えていたようです」


「そうだろ? 落ち着いていこう、僕達ならできるはずだ。堅実な道を選ぼう。リスクを踏む必要はないはずだ。きっとうまくいく。堅実に一歩一歩前に進んでいこう。僕達ならできるはずだ」


 唇を戦慄かせ、しかし感情の篭った力強い声で伝説となるであろう聖勇者が言った。


「僕は――勇者だ」


 だが勇気と無謀は違う。時として退かねばならぬ事がある。

 自分にそう言い聞かせ、藤堂は暗く沈んだ瞳をステファンに向けた。 

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