第二十六レポート:確認・異常

『はい。とっても仲良くやってます』


「それは……良かったな」


 ステイの報告を聞き流す。

 言えばちゃんとやるが言わなければやらない。そして言った事もたまーに出来ない。

 ステファン・ベロニドはそういう人材であった。細心の注意を払ってもどうにもならないので適当に扱うくらいでちょうどいいのだ。


「何かあったら随時報告せよ。藤堂に手厚いサポートをしてやれ」


『はい! お任せください!』


 これで藤堂達は簡単には動けない。

 最後、通信を切る前に一言言いつける。


「……カカオちゃんによろしく頼む」


『? はい? わかりましたぁ!』


 全く何一つ得るものなくステイとの定期連絡を終える。

 ステイがまだ生きている事が分かっただけでよしとしよう。さすがカカオちゃんだ、今度チョコレートでも持ってってやろう……精霊だし好きかどうか知らないけど名前的に。


 とりあえずステイの方は置いておき、アメリアの方を見る。アメリアは大きめの岩に腰をかけたまま、まるで眠っているかのように目を閉じていた。

 本命はこちらだ、障害の影が見えた以上はステイに構っている暇はない。


「何か見つかったか?」


「ダメですね……広すぎます」


 ゆっくり目を開き、アメリアが小さくため息をつく。額が僅かに汗ばみ、頬に朱が差していた。

 濡れた肌が松明の灯を反射し、その表情はやけに鮮明に映る。


「探査魔法も万能ではないか」


「そもそも人間の脳はそれほど大きな範囲の情報を処理できるようにできてませんから……一度遭遇していれば話は別なんですが……」


 探査魔法を使えない俺には実感できないが、ゴーレム・バレーにはただでさえ存在力の高い相手が多い。闇の眷属ならばともかく、この広大な峡谷から特徴がほとんどわからないものを見つけるのは難しいのだろう。

 アメリアも負担なしで探査魔法をずっと使い続けられるわけでもない。


 風避けの浅い洞窟の中。太陽は既に完全に沈んでおり、そこから見える星空はゾッとするくらいに美しい。


「教会に任せませんか?」


「しばらく調査してヤバそうだったら投げよう。時間から考えても今回の件は藤堂の来訪とは関係ない」


 と思いたい。もしも勇者召喚を数年前から予期して手を打ったとするのならば、魔王はどれほどの慧眼を持っているのか、ぞっとしない話だ。


 レベルが高くても俺は僧侶プリーストで、しかもこちらはたった二人しかいない。敵が何体いるのかは知らないが、ゴーレム・バレーのゴーレムを一方的に叩きのめせるだけの性能を持ち飛行能力を持っている魔族がいると仮定すると、アメリアを守りながらそれらを殲滅するのは厳しい計算になる。


 危険だ。危険ではある、が、現状の確認は不可欠だ。

 足跡だけではまだ少し弱い。標的の殲滅まで行かなくても、せめて奴らの行動の痕跡くらいは見つけなくては。


 アメリアの藍色の瞳をちらりと見る。危険だが、彼女の性格から考えるに、たとえ忠告してもついてくる事だろう。連れ歩いた方が都合がいいのも確かである。


 口をつぐむと、アメリアがぴくりと上瞼を動かし、


「アレスさんも分かってきましたね」


「夜が明けたらすぐに出るぞ。消耗した魔力を回復しておけ」


 チョークで地面に境界を描き、洞窟全体に上位の結界を張る。ごっそりと神力が消耗され、特有の倦怠感が身体を襲う。

 結界魔法は上位になると桁外れに難易度と消費神力が激しくなる。が、背に腹は変えられない。


 洞窟の周りに輝く結界はいつも張っているそれとは異なり、はっきり目視できる程に強固だ。一見光の壁のようにも見える。


 結界を張り終え、洞窟の隅に膝を抱えて腰を下ろした。アメリアがさっと俺の隣に腰を下ろす。


 アメリアの力は戦闘には殆ど役に立たないが安心感があった。まだ強敵が現れた事がないので共に戦った事はないが、俺との相性は悪くないかもしれない。


 感覚は冴えていた。疲労も眠気もない。アメリアがふと小さく何気ない口調でこぼす。


「魔王討伐……うまくいくんでしょうか」


「うまくいかせる、それが俺の仕事だ。目処は立っていないが問題は一つ一つ解決していくしかない」


 後はアズ・グリードの信徒として神のご加護を信じるだけである。


§


 ゴーレム・バレーは辺境だ。人の入れ替わりは激しく、殆どの者はここを通過地点と見ている。

 だが、たとえそうであったとしても、長い年月、この地でレベル上げをする傭兵達を騙し続けるというのは並大抵の事ではない。

 街でもそして教会に確認しても、全く痕跡が出てこなかった。一度でも獣人を見かけた者が出れば間違いなく噂話になっていたはずだ。それがないということは、徹底的な証拠隠滅がなされているという事である。


 四脚で飛びかかってくる獣の形をしたゴーレムを蹴り飛ばし、上空から跳んでとんできたボールゴーレムを叩き潰す。

 遭遇したゴーレムの殲滅を確認し、メイスをぶんぶん振り回しため息をつく。


 探索を再開すること二日、魔物の出現率は既にこの地の傭兵のキャパシティを超えるものだったが、肝心の原因もその痕跡も見つからない。

 戦闘から一歩引いた所で倒した魔物の数をメモしていたアメリアが頭を上げる。


「確かに……上級ゴーレムが殆ど出てきませんね」


「そうだな……」


 マザー・ゴーレムの縄張りは傭兵の間で、その地層の色から『白の地』などと呼ばれている。今まで歩いてきた道とは異なり、そこは街を作れるような開けた場所であり、崖までは遠く落下する心配はない。

 だが同時にそれは、ゴーレムの残骸を川に落とせば証拠隠滅できた今までとは異なり、証拠隠滅するのに手間がかかる事を示している。


 獣人は基本的に余り策を弄するような性質ではない。もしも何らかの活動を行いその証拠を隠滅しているのならばそれは、何者かの指示に従っている可能性が高いと言えるだろう。


 ゴーレム・バレーの心臓部を歩いていても上級ゴーレムが出てこない今の状況。ここまでくれば予想は確信に変わる。

 今ルークスは戦時なので王国に報告して調査してくれるかは怪しいが……。


「アレスさんはここまで来たことが?」


「いや……入り口までならあるがここまで入ったことはないな。だが遠目で見た事はある」


 五年前この付近まで来た時、俺の目に入ってきたのは大量のゴーレムだった。

 そう。倒しきれない程のゴーレムだ。傭兵が何人いても倒しきれない程の量のゴーレム――『白の地』は間違いなくゴーレムの王国だったのだ。

 目を凝らし辺りを見渡す。既に白の地に立ち入り何体ものゴーレムを倒したが、以前はこんなものではなかったはずだ。俺のレベルが上がっているのは間違いないが、以前訪れた時と同程度のゴーレムが現れたらアメリアを守りながらここまで来るのは難しかっただろう。


「このままじゃッ! 埒がッ! 明かないッ! なッ!」


 跳んできたボールゴーレム五体を全てメイスで叩き落としながら叫ぶ。叩き落とすと同時に後ろに下がり、アメリアの後ろから襲ってきたゴーレムを破壊する。

 当の本人は背後から襲ってきたゴーレムにも眉一つ動かさず、一歩こちらに近寄って冷静な口調で言う。


「……そうですね……一端街に戻りますか」


 軽く散策した限りではマザー・ゴーレムの気配はない。残骸も見つからない。

 一端じっくり考えられる所で計画を立てる必要があった。そもそも、これだけ魔物が出るのに上級ゴーレムが現れないということは、マザー・ゴーレムがいない可能性もある。マザーがいればもう少し警備は厳重だろう。


 あるいは既に破壊されてしまった後なのか……どちらにせよできる事はない。


「しかしこれだけ倒せばアレスさんもレベル、上がりそうですね」


「俺のレベルじゃここでいくら倒しても上がらん」


 93レベル。雑魚をいくら倒しても俺のレベルを上げるのは難しいだろう。上級の魔族十数体倒してようやく上がるかどうか、といったところか。


 ゴーレムを倒しながら急ぎ足で戻る。白の地の入り口まで近づいたところで、ふとアメリアが声をあげた。


「アレスさん……あれ――」


 振り向く。はるか遠くに見覚えのない人型があった。


 獣人ではない。鈍色に輝く人に酷似したフォルム。目も鼻も口もなく、その手には同色の直剣が握られている。

 手も足も何もかもが金属質だが足音は全く聞こえない。人に似て人とは明らかに違う存在。動きは今まで出会ってきたどのゴーレムと比較しても滑らかで

 百メートル近く離れた場所からでもはっきりわかる威容。


 それはゴーレム・バレーでも屈指の存在力を持つ魔物である。舌打ちをしてそちらを睨みつける。


「メタル・ゴーレムか……」


 全身が特殊合金で作られた極めて強力なゴーレム。防御力も攻撃力もスピードも突出しておりおおよそ弱点という弱点が存在しない。ゴーレム・バレーでは最も警戒が必要な種であり、同時に滅多に出会わない種でもある。


 メイスを握りしめ、体勢を変える。


「しかも五体……だと? どういうことだ」


 メタル・ゴーレムは五体いた。

 上級のゴーレムが群れを作ることは滅多にない。それが出現そのものが珍しいメタル・ゴーレムとなると、こんな光景見るのは俺が初めてだろう。

 確かにここはまだ危険地帯だが、それにしてもそんな事態がありうるだろうか。


「アメリア、下がれ」


「ッ……はい」


 五体のメタル・ゴーレム。一般的な傭兵パーティならば全滅必至の相手である。

 一体ならば問題ない。後は回復魔法を連打しながら殴り続けるだけだ。メタル・ゴーレムはあらゆる攻撃に耐性を持つ厄介な相手だが厄介な能力を持っているわけではないので力でゴリ押しすれば倒せるはずだ。


 アメリアにだけ飛び火しないように前に出る。メタル・ゴーレムは隊列を組みながら少しずつ近づいてくる。

 呼吸を整える。汗は出ていない。風の臭いに音、全てを思考の外に追い出し集中する。


 と、後十メートル程の位置まで近づいたところで、ふとメタル・ゴーレムが立ち止まった。


「??」


 息を呑む。


 目も鼻もない能面がじっとこちらに向いていた。感情を示す器官はないが、ゴーレム達がこちらの様子を窺っていることがはっきりわかる。

 十数秒程そのまま静止していたが、メタル・ゴーレム達はまるで示し合わせたように一斉に振り返った。風のような速度で駆け去っていく。


 異様な光景だ。

 あっという間に視界から消えていったゴーレム。追えば何かわかったのかもしれないが、とても追う気にはならなかった。


 目を見開きそれを凝視していたアメリアが、身を寄せるように近づく。


「……何だったんでしょう?」


「……さぁな。だが――」


 ――ゴーレムに逃亡の機能を持つ者は確認されていない。


 本来群れを作らないゴーレムが群れを作っていた事。そして今までなかった挙動。

 それらを心の中に刻みつけ、俺達は『白の地』を後にした。



§ § §



 ぜえぜえと荒い息をしながらロックゴーレムの残骸を見下ろすアリア。

 アリアに腕を掴まれながらもにこにこしているステイを見て、藤堂は断言した。


「よし、ダメだこりゃ」


「だから言ったでしょ……」


 リミスが呆れたように帽子を押さえた。


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