第二十四レポート:作戦・カカオちゃん
「ありえん……」
カカオちゃんが一日半でまとめてくれたという資料を確認しながら、俺は愕然としていた。
ここ一月分の討伐した魔物のデータ。カカオちゃんは優秀だ、まとめられたグラフはそのまま上司に提出しても問題ないくらいに完成している。
だが、グラフ化された結果を確認しても異変は見えてこない。時系列で描かれたグラフは下がったり上がったりしながら、ほぼ横ばいに推移している。種類も数も、殆ど変わっていない。
これは驚くべき事である。マダムに確認しても傭兵達から聞き取りを行っても何も出てこなかったわけだ。
俺も実際にここでレベル上げをした経験がなければまず気づかなかっただろう。それは、この現象がここ一月程度で発生した出来事ではない事を示していた。
ため息をつき、資料を置く。
気づかない。普通は気づかない。
ゴーレム・バレーでレベル上げをする傭兵は定期的に入れ替わるし、出現する魔物の数や種類は普段だってブレがある。自分が倒した魔物の数や種類を詳細に覚えている者など殆どいないだろうし、出現数が増えているのならばまだしも、減っているなど気づくわけがない。
マダムやウルツは長い間ここにいるが、そもそもマダムたちの本分は魔物の討伐ではないので気づくわけもない。
統計だ。長く統計を取っていなければ普通は気づかない。あるいは、俺のように昔レベル上げをした人間が再び訪れたりしなければ。まぁ、なかなかないことである。
肘をつき額を押さえ、呟く。時計の針の音がまるで俺を急かしているかのように大きく聞こえる。
「もっと長期スパンのグラフが必要だが――無理だな。何が起こっている?」
一月のデータを集めるのだって相当苦労している。数年分のデータを集めるのは時間的にも難しいし、誰も覚えていないだろう。
いや……詳しいデータなどいらない。詳しい調査は教会本部か王国に任せてしまえ――自分にできる事を、やらねばならぬ事を、やるべき事を、履き違えてはならない。
目を見開き、じっと資料を見下ろしながら考えをまとめる。
最も重要なのは藤堂の安全で、今必要なのは原因の究明だ。
魔物の減少が魔族の手によるものなのか調べなくてはならない。どの街でも話題になっていなかったということは、この現象、藤堂が召喚された後から発生したようなものではないだろう。
そしてその行動に何の目的があるのか。
既にクレイオに報告は挙げたが、返答は余り芳しいものではなかった。
俺には異端殲滅官としての実績があるので報告を無碍にされたりはしないが、明確な根拠や数字がなければ人は動かせない。
魔物減少の根拠も俺自身の感覚によるものだ。数年前に自分がここで倒した魔物の数など覚えていないので比較もできない。
だが、だからこそ恐ろしい。これが魔王軍の仕業だとするのならば――
「なんて――気の長い作戦なんだ」
頭を抱え、テーブルの木目を睨みつけ低く唸る。
派手さがまるでない。さっさと戦争を仕掛けてくるこれまでの魔王軍の行動記録と大きく乖離している。
だが、ザルパンをヴェール大森林に派遣するような魔王である。十分ありえるのではないだろうか。
ゴーレムの減少。目的として考えられるのは存在力を多量に持つ魔物を減らす事によるレベルアップ速度の低下とゴーレムから取れるアイテム供給の減少くらいである。
ゴーレム・バレーはルークス王国でも屈指のレベルアップリソースである、その減少はルークス全体の国力の低下に繋がる。
が、同時にレベルアップリソースはここだけではないし、誰にも気づかれないくらいの減少速度なのだ。短期的な成果は見込めない。あの傲岸不遜な魔族がそのような手を打てるだろうか? 余りにも姑息過ぎる。
しばらくテーブルの上で頭を抱えていたが結論は出ない。
……ダメだ……考えても拉致があかない。
ちょうどその時、外からアメリアとステイが帰ってきた。
アメリアには『
アメリアはリュックを下ろすと、早速真面目な表情で報告してくれた。
「傭兵達に確認しましたが、やはり魔物が減少したなどの変化は感じていないようです。ただ、上級ゴーレムは余り見ないとか」
「上級ゴーレムは余り見ない、か……出現頻度はどの程度だ?」
「一日歩いて一体見れば多い方らしいです」
目を瞑りおぼろげな記憶を探る。一日歩いて一体……俺がここでレベル上げをしていた頃はもう少し出ていたはずだ。他のゴーレムと比べれば確かに数は少なかったが、一日一体は確実に出てきていた……はず。
……クソッ、レベルアップ結構大変だった事しか思い出せねえ。だが、戦った数は百や二百ではなかった、と思う。
続いてその後ろからふらふらした足取りでステイが近寄ってくる。
アメリアと比べて表情豊か、上目遣いで報告してきた。
「マダムに連絡しました」
「……失礼な事は言わなかったか?」
「アレスさん、私を何だと思ってるんですか???」
失敬。
少し眉をハの字にして、ステイが続ける。
しっかり者のカカオちゃんの存在が判明した分、俺の中でちょっとだけ信頼性が上がっていた。
「えーっと……レベルアップは個人でやっている事が多いので余りわからないけど、けが人の数はここ数年少しずつ減少しているらしいです。全部記録にとってあるらしくて……でも、それが魔物の減少によるものなのか、ゴーレム討伐のノウハウの進歩によるものなのかは定かではない、と……」
「……なるほどな……」
腕を組み、じっと空中を見て考える。
怪我人の減少。根拠は薄いが説得材料の一つにはなるだろう。レベルアップの効率は――ルークス王国が定期的に騎士団の鍛錬に使っているので、そこを確認してもらえば露になるかもしれない。
ここで魔王の関与を証明できれば他の地を事前に調査してもらう事も可能だ。相手の方針も予想できる。
課題はできたが悪いことではない。
「これはチャンスだ。まだ藤堂に問題が起こる前に分かってよかった」
「……しかし、本当に異常が発生してるんですか?」
半信半疑なアメリアの表情。俺が彼女の立場だったとしても半信半疑になるだろう。
彼女はしっかりと足を使って多数の傭兵や商人と会話してきているのだ。
「私は、信じますよ? アレスさんの事、信じてますから!」
ステイがにこやかに凄いアホっぽい事を言ってくる。いや、それはそれでどうなんだよ。
「……いや、アレスさん。わかってると思いますけど、私も信じています」
「……ああ」
ムッとしたようにアメリアがステイに対抗した。なんでだよ。
まぁ別に俺は根拠のない言葉を信じてもらいたいなどと思っていない。
必要なのは証明だ。証拠があれば誰だって信じざるを得ない。
そして、今の事象が人為的な物だとするのならば、確認する方法に心当たりがある。
教会や王国に警笛を鳴らすだけの証拠が見つかるかどうかはまた別の話だが。
ステイが小動物のような動作で俺の袖を引っ張って要求してくる。
「ねーねー、アレスさん? 私、頑張りましたよ? 最近頑張ってますよ? ちょっとは褒めてくれてもいいんじゃないですか?」
「うるさい。手足をもぐぞ」
「!?」
「悪い、考え事をしていて――つい本音が出てしまった」
「ええええええええええ!?」
悲鳴のような声を上げるステイを放っておいてアメリアの方を向く。
ステイも頑張っているのはわかるのだが、やはり信頼性はレベルの低いアメリアの方がずっと高い。既にこの辺りの魔物はアメリアのレベルでは太刀打ち出来ないので一人で外に出すわけにはいかないけど。
……なんかもっと強いメンバーいねえかなあ。
「アメリア、明日から外に出るぞ。藤堂に先行して今の現象の真偽の確認及び原因究明を行う」
「アレスさん……信じてました」
身体の前で手を組み、感極まった様子のアメリア。信じていたって……何をだよ。
「目的地に目処は付いてる」
ゴーレムは生殖で増えたりしない。特に上級ゴーレムは全て、最上位種――マザー・ゴーレムから生み出される。
そして、その居所も概ね判明している。ゴーレム・バレー屈指の危険地帯だし、数年前の情報だから確認は必要だが本拠地が動いたという情報は聞いていない。
マザー・ゴーレムはゴーレム・バレーの根源だ。
その生息域のセキュリティは最上で、おまけにあちこち動き回っているので見つけるのは大変だが、何もマザー・ゴーレムの破壊が目的ではないのだ。ゴーレムの数が減っているのならばそこに何らかの痕跡が残されているはずである。
そこを確認し、可能ならば障害を排除、証拠を手に入れる。
頭の中で詳しい計画を立ててくるとステイが腕を引っ張って聞いてきた。
こいつ本当に精神強いなあ……
「アレスさん、私は何をしましょうか?」
「カカオちゃんは藤堂達と合流して彼らを手伝ってくれ。何かあったら連絡を頼む」
「???? わ、分かりました?」
「後、カカオちゃん……フォローを頼む」
「???? あのー……私、ステファンですよ?」
ステイが唇に人差し指を立て、その黒曜石のような瞳をこちらに向けてくる。
俺はカカオちゃんに頼んでいるんだ。
目に見えないが、俺にはわかる。報告書のチェックもしてくれるカカオちゃんはできる子だ。うちの子にしたいくらいだ。
まー多分こいつ何あっても死なないだろ、物騒な魔法も使えるみたいだし。
「……アレスさん、本当に大丈夫ですかね?」
「大丈夫だ。責任は全部クレイオが取る」
「後で心配で心配で仕方なくなるくらいなら連れて行った方がいいのでは?」
「大丈夫だ。藤堂達もステイがいれば無茶はしないだろ」
カカオちゃんもいるし。
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