第二十二レポート:精霊・調査・困惑
「ああ。無事『
何しろ、アリアはともかくとして、リミスの魔法と藤堂の聖剣はゴーレム相手に戦う際の一つのハードルである分厚い装甲を貫通できている。後は相手の動きが捉えられるかどうかだ。
藤堂の戦闘センスならばなんとでもなりそうである。
『ああ、わかった。また連絡してくれ』
二言三言情報の共有を終えると、通信を閉じる。そこでため息をついた。
「最近クレイオの対応が冷たい気がするな……」
「?? アレスさん、なんかやっちゃったんじゃないですかぁ?」
ステイが茶化すような声色で言ってくる。心当たりはお前だ。
まぁ元々事務的な会話しか交わしていなかったんだが、長い付き合いのせいか、なんとなくそのあたりの機微が感じ取れるのだ。
藤堂達がゴーレム・バレーに突入して十五日目。問題は……特になし。士気も高いのに、何故くだらない事で頭を悩ませなければならないのか。
ふとその時、暇そうに椅子の上で足をぶらぶらさせていた張本人のステイが、にこにこしながら近寄ってきた。
「アレスさん、リミスちゃんたちのところに行ってきていいですか?」
「……理由は?」
「えへへ……遊び――もといきっと疲れているので
邪気のない笑顔でステイがのたまう。お前は鬼か。
リミス達の反応、アレルギーみたいだったじゃねえか。どう考えても疲れさせる結果にしかならないだろう。
そもそも、あんな脅し方したのだ。順調な今、ステイを前に出してはいけない。自覚しろ!
「駄目だ」
「え……なんでですか?」
「任せたい仕事がある」
「……え!?」
ステイの表情が花開くように明るくなる。
どうやらステイは仕事が大好きらしい。と言うより、多分頼りにされるのが好きなんだろう。一般的な感性を持っていれば彼女を頼ろうなどとは思わない。
元
ステイが照れたように頬に手を当て、くねくねと気持ち悪い動きをする。
「しょ、しょうがないですねぇ、アレスさんは……私の力が必要ですかぁ?」
ぶん殴りてぇ。
が、仕事をやりたいならやらせるだけだ。室内から出さない仕事ならばドジする恐れも少ないしドジしても他人に迷惑を掛けたりしないだろう。ちょうどやらねばならない事もあった。
アメリアが商人や傭兵から聞き取った情報をまとめた書類を取り出し、ステイの目の前に置く。
まだ調査を初めて十日くらいしか経っていないが、既に書類の束は五センチ程の厚さになっていた。
中身はここ最近ゴーレム・バレーに現れた魔物のデータだ。数に種類。
傭兵達からの聞き取り、商人が売買した魔物の素材など様々な方面から集めに集めたデータ述べ百二十五頁。アメリアの性格が几帳面なのである程度まとまってはいるが、まだ詳細な分析まではできていなかった。
ステイの目が丸くなる。
以前ちょっとやらせた時には問題なさそうだったし、駄目でもともとだ。最悪大人しくしてくれればそれでいい。
「この情報を元に魔物の出現傾向をまとめてくれ。時系列順にどの種類の
「……これ、全部ですか?」
ステイがぱらぱらと紙を捲りながら言う。ここ一月程のデータが所狭しと書き込まれている。
分析にはかなり時間がかかるだろう。考えただけで頭が痛くなりそうだ。
「いや。追加がある。アメリアが今聞き込みに行ってるからな」
頼むと嫌そうな表情をしていたが何とか聞き入れてもらった。そこはステイに任せるわけにもいかない。
ぼんやりとした目つきで書類を見ているステイに尋ねる。
「やりたくない、か?」
「い、いえ。やりますよ! お仕事好きです!」
やる気があるのはいい事なんだが……なぁ。
「一人でできるか?」
「そうですね〜……」
唇に指を当て、ステイが首を傾げた。見た目だけなら優等生に見えるのが本当に不思議である。
「カカオちゃんに手伝って貰ってもいいですか?」
……それ、なんなんだよ。
カカオちゃん。ステイが契約している
少なくとも俺の知る限り事務仕事を手伝ってくれたりしないはずだ。もしも手伝ってくれるなら俺も契約したい。
「手伝ってくれるのか……? というか文字は読めるのか?」
「私が書いた文章はいつもカカオちゃんが添削してくれてます」
なにそれ凄い。精霊魔術って凄い。
ステイがどこか誇らしげに言う。その視線はテーブルの上、何もない所に向けられていた。
下位精霊は一般人には見えないらしい。魔導師じゃない俺には見えないが、多分そこにカカオちゃんとやらがいるのだろう。
「カカオちゃんは、とっても頭がいいんですよ。初めは何も言わなかったんですが、いつも話しかけてたら言葉覚えたみたいで」
「なにそれ凄い」
言葉覚えたのも凄いが、言葉が通じるようになるのかもわからない精霊にずっと話しかけていたっていう事実も凄い。
「どうすればよくなるよーとか指摘もしてくれるんです」
「精霊に指摘されてるのか、お前」
「とってもいい子で、私が転んだ時はいつも慰めてくれるんですよ!」
「立場だいぶ下だな」
「精霊魔術覚えた時からずっといっしょにいるんです! えへへ……お姉ちゃん、みたいな存在っていうか……」
妹じゃないのか……ステイよりだいぶしっかりしていそうである。ステイの代わりにカカオちゃんを雇う方法はないだろうか……。
なんだろうなぁ、このあと少し上手くいかない感じ。
俺の心中も知らず、ステイが胸を張って自信満々に言う。そういう態度を取られれば取られる程に俺は不安になっていく。
「何にせよ、お仕事がある時は私にお任せください! カカオちゃんもいます」
「カカオちゃんに任せた」
「私に任せて下さい!?」
「……ところで他にも契約している精霊っているのか?」
「? もちろんいますよ! 全属性いますよ!」
……リミスよりもだいぶまともな性能だな。
レベル72で、上位の神聖術を使えて、精霊魔術も使えて全属性の精霊と契約済み。容姿もかなり上等だし胸も大きいし性格は明るい。
一つ間違えていたら藤堂パーティに入れられるくらいに優秀な人材なのに、一体どんなカルマを背負えばへっぽこになれるのか。
久方ぶりにきりきりと痛み出した胃をさすり、俺は眉を顰めた
§
フォース・タウンでの調査結果の報告を受ける。
もう何度も行っているせいか、アメリアが調査を一通り終え、戻ってきたのは日が暮れる前だった。
彼女は優秀である。頭もいいし、顔もいい。ステイとくらべて若干硬い感はあるが、俺がやるよりも自然に情報を収集できる。適性が高いと言えるだろう
口頭での報告後、一日の調査結果をまとめた紙を受け取り、アメリアを労う。
「ああ、ご苦労だった」
アメリアの姿には一日足を使ったと思えないくらいに乱れがない。
法衣にはチリひとつついておらず、髪も乱れていない。だが、決して疲労が溜まっていないわけではないだろう。
フォース・タウンでも異変といえるような異変は見つからなかったとの事で、少し余裕があった。アメリアは少し休みを与えるべきかもしれない。
そんな事を考えていると、ふとアメリアが思い詰めたような表情で唇を開いた。
「アレスさん」
「どうした?」
「最近私、影薄くないですか」
「……」
いきなり何を言い出すんだ、こいつは。
黙っていると、それをどう受け取ったのか、そのままぽつぽつと続ける。
「いえ、アレスさんはわかってくれてると信じていますが、私も頑張ってるんですよ。でも最近はグレゴリオとかステイとか来て……あの辺りの頭がおかしい人達と比べると正直分が悪いというか……」
「……」
「グレゴリオはまぁジャンルが違うので置いておくとしても、ステイは同じシスターですし……私も勉強して頑張っているのですが天然には敵わないというか、あそこまで自分を捨てられないといいますか……」
まるで言い訳のようにいい、重い溜息をつく。初めて見る姿である。
ん? アメリア? 疲れてるのかな?
「でもステイはあれですし、きっとアレスさんの事だからあっという間にお払い箱にすると思っていたのですが、なんか適応してますし……正直、アレスさんの適応力、舐めてました」
「……」
「あの子が来た時から嫌な予感はしてたのですが、油断があったのかもしれません。私もまだまだですね……」
「……」
「何か新しい事をやろうと思うんですよ。新しいキャラ付とか、方向性を変えて……成長しないといつかステイに押されて消えちゃうかもしれません。どうしようかな……」
もうだいぶ方向性ぶれてるんだが……俺はクレイオになんて報告すればいいんだ?
部下がキャラ付けに迷ってるって? そんな馬鹿な……。
アメリアの様子はとても冗談には見えない。憂いを帯びた瞳で伏し目がちにこちらを窺っている。
なにこれ? 新しいキャラ付? そんなことでこんな表情するの?
「アメリア……お前はこのままでいてくれ。頼むから今のままでいてくれ」
というか十分強烈なキャラだよ。もう少し普通のメンバーが来ないかと思ってたよ。多分俺が一番キャラ薄いよ。
アメリアがステイよりも強烈なキャラクターを得てしまったら俺はその時どうなってしまうのか。
戦々恐々と視線を向ける俺にアメリアがポツリと呟く。
「……ご飯」
「ああ、そうだな。腹減ったよな! 行こう行こう!」
「ステイのお世話、疲れたにゃあ」
「ああ、そうだな。わかったわかった! 俺がやる、俺がやるから! その語尾やめろ!」
「冗談です。私がやります」
アメリアが真面目な表情を作って言った。
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