ステファン効果

 半ば実験的な策だったが、作戦は予想以上の効果を発揮した。


 第二の街セカンド・タウンから第三の街サード・タウンへの道中。現れる魔物をことごとく打ち破りながら突き進む藤堂達の様子は勇者を連想させた。危うげなくゴーレムを切り伏せる藤堂に、攻撃力のなさを勇猛さでカバーし、自ら傷を負う事も恐れずに前に出るアリア。炎の魔法を惜しげもなく披露するリミスに、ただのおまけなのに遠慮なくゴーレムを叩き潰しているグレシャ。

 第三の街に向かうのは初めてのはずだが、特に躓くことなくたどり着いてしまった。


 今までも決して手を抜いていたわけではなかったのだろうが、気迫が違う。見てわかるくらいに違う。特にリミスとアリアは観察してきた中では一番力が入っている。

 藤堂の方はまだステイの恐ろしさがわかっていないのだろう、パーティメンバーの変化に困惑気味だったが、それに引っ張られるように戦闘効率が上がっている。


 そのせいで探索終了後は疲労困憊していたようだがそれはまぁさておき、ステイの効果の高さに笑いしか出ない。


「よくやった、ステイ」


「えへへ……私にかかればこんなものです」


 ゴーレム・バレーに存在する街の規模は基本的に数字が後になればなるほど小さくなっていく。

 これは、奥に行けば行くほどに出現する魔物が強力になるため、そして傭兵はレベルが高くなればなるほど数が少なくなるためである。


 それでも、藤堂達を追ってたどり着いた『第三の街サード・タウン』の宿には賑わいがあった。


 宿泊客の多くは戦闘を生業にする者だ。俺達が取った宿は藤堂が取った最高ランクの宿屋よりも幾分かランクが下の宿だったが、それでも宿泊客の平均レベルは五十近いだろう。

 ここまでのレベルになれば人類全体のレベル分布から見て上位五パーセントに入る。時勢が時勢なのでなんとも言えないが、昔はレベル50もあれば一生安泰だと言われていたらしい。


 きょろきょろとあちこちに視線を投げかけるステイは傭兵の中では少ない女性且つ年が若い事もあり、酒場では酷く浮いていた。

 向けられる好奇の視線に物怖じすることなくにこにこ笑って手を振ると、ステイが俺を見上げて言う。


「……で、アレスさん。私はいつ手伝いに行けば……?」


 そして、ステイは任務の意味がわかっていなかった。


 彼女の任務は手伝いに行かない事なのだ。手伝いに行かずにそれを匂わすだけでいい。手伝った時点で藤堂は死ぬ。それが分かっていないのは本人だけだ。


 何回も言い聞かせたのに分かってくれなかった。マジ怖い。


「本当に自己評価高いよな、お前」


「回復魔法かけてリミスちゃんたちを治してあげたいです」


 回復魔法で心は治せないんだ。


 ステイがうるうると目を潤ませて甘ったるい声で嘆願してくる。多分本人は何も考えずにやっているのだろう。


 これは貸しだ。藤堂!


「ステイ、無意味な助力は藤堂達のためにならない。わかるな?」


「え……むー……うーん? わからないです?」


「……わかれ。埋めるぞ」


 もう脅しは終わったし、そろそろ返品しても大丈夫かなこいつ。


 そもそも、最近のステイを見ていると本当にどうやって72レベルになったのかが不思議でならない。精霊魔術を使えたくらいでドジをカバーできるとは思えない。まず十中八九誰かが手伝ったのだろうが、彼女を72にするには並外れた忍耐が必要だったはずだ。

 心底尊敬するわ。


「わ、わかりました……」


 声色を落として命令する俺に、ステイは一度身震いして、こくこくと首肯した。


 そうだ。それでいいのだ。部下にこんな事言うのは非常に残念だが、お前は俺の命令を聞いてくれればそれでいい。



§ § §



 宿に併設された訓練用の施設。

 いつものように訓練で対面するアリアの様子はしかし、いつもと比べてまるで烈火のようだった。


 アリアの剣術は攻めの剣術であり、手数で押し切る類のものである。元々、訓練で受けるアリアの剣は速かったが、ここまで激しくはなかった。


「はああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 まるで暴風のような軌跡で放たれる無数の斬撃。目を大きく見開き咆哮するアリアの気迫に藤堂は一瞬圧されたが、冷静に大きく後退し、深く呼吸をして精神を持ち直す。


 アリアのレベルは現在29。装備の差、ダメージの差もあり、藤堂とアリアの間では徐々にレベルが開きつつある。

 如何に一撃一撃に裂帛の気合が込められていても、レベル上昇に伴い強化された身体能力にある程度慣れた藤堂にとって、受けられないものではない。


 フェイントを含めたアリアの斬撃を盾で強引に弾き飛ばし、生じた僅かな隙に突きを繰り出す。

 藤堂の剣先がアリアの喉元に突きつけられる。アリアは一瞬硬直したが、すぐに剣を下ろした。


「……本当にどうしたの? 随分と気合が入っていたようだけど」


 体力を消耗し荒く呼吸をするアリアに、手の甲で汗を拭きながら尋ねる。その余りに激しい剣の応酬に、他の傭兵達の注目が集まっていた。


「はぁ、はぁ……いえ……まだまだです。まだ、足運びに剣速――課題は多い。早く、強くならなければ……」


 余りに情感の篭った言葉に、藤堂が目を丸くする。


「それって……ステイの件?」


「……そうです」


 唇を噛み、苦々しげな表情でアリアが答えた。

 

 ステファンについての話は一通り聞いていたが、藤堂はそのとんでもなさというのがいまいち理解できていなかった。


 何しろ、ステファン・ベロニドという少女は藤堂の目の前でまだ大きなドジをしていないのだ。落下してきたことには心底驚いたが、それを除けば一回転んだくらいである。さすがに気にしすぎだとしか思えない。

 アリアやリミスの忠告を聞き入れて一度、パーティの加入は断ったが、逆に言えばそうしたのは仲間から進言を受けたからというそれだけの理由に過ぎない。


 ちらりと後ろを見ると、遥か後方ではリミスが立ったまま目をつぶり、静かに呼吸をしていた。


 瞑想は魔導師メイジの行う最も基礎的な訓練である。

 旅の途中、リミスもまた度々瞑想をしていたが、まるで樹木のように集中を乱さず瞑想するその様子はやはりアリアと同様、いつもと比べてどこか違うように見える。


 リミスの隣では唯一、平時と変わらないグレシャが億劫そうに戦鎚をぶん回していた。

 子供のような身の丈で自分よりも大きい戦鎚を振り回すその様子は何回見ても信じられない光景だったし、果たしてそれが訓練になっているのかはわからなかったが、そのいつもと変わらない光景に藤堂は少しだけホッとする。


 無表情で戦鎚をぶん回すグレシャからアリアの方に向き直り、ずっと心の奥底でもやもやしていた事を尋ねる。


「……そんなに酷いの? 少し接した感じでは気にしすぎな気もするけど……」


「ナオ殿……私は……ナオ殿を信頼しています」


「……え?」


 アリアが唐突に宣言する。

 困惑の表情をする藤堂に、アリアは立ち上がって真剣な表情で言った。


「それを踏まえて、ナオ殿が情などに惑わされたりしない事を理解した上で言わせていただきますが――ステイは……そんなんでもないのかなーと思ったタイミングが一番危険なのです」


「……へ? ど、どういう事?」


「いえ、何かするわけではないのです。何かするわけでもないのですが……ドジの頻度が爆発的に上がるのです」


「爆発的に上がる……」


 反芻する藤堂に、アリアが薄く疲れたような微笑みを浮かべ、藤堂の肩に手を置いた。

 いきなりの接触にビクリと震える藤堂に、アリアがいつもよりも穏やかな優しい声を作って言う。


「安心してください、ナオ殿。ナオ殿がそれを知る機会は――きっと来ません。私とリミスが防ぎます。要は……強くなればいいのです。強くなるだけ。私達に求められているのは――それだけだ」


「へ? ……へ?」


「おい、リミス! ステイが余計な事を考える前に軽く組み手するぞ! できる事はしておかないと、後悔してからでは全て遅い」


 アリアの言葉にリミスの瞳がゆっくりと開く。ふと吹いた風に長い金髪が揺れる。吸い込まれるような碧眼が藤堂とアリアを確認し、その手が強く杖を握った。


「あの……もう結構訓練したし、明日もあるんだから、そろそろ休んだ方が――」


 一日歩き回り激しい戦闘を繰り広げた上での訓練だ。既に日も暮れかけている。藤堂自身、全身に重たくのしかかるような疲れを感じていた。


 だが、リミスは藤堂の言葉に微かに微笑み、すぐに唇を結んだ。

 疲労のせいか一瞬体勢がふらりと揺れるが、すぐに立て直し厳しい表情で答える。


「……そうね。わかってるわ。少しでも効率を上げないと」


「回復魔法の取得も急いでくれ。傷を受けた時にステイが落ちてくるかもしれない。私も傷を受けないように気をつけるが戦闘に参加しないわけにもいかん」


「ッ……ええ……でもまだ時間がかかりそうだから――」


 鬼気迫る様子で話し合う二人。その様子に藤堂は初めて疎外感を感じ、グレシャの方に近寄る。

 相変わらずの様子の少女に聞いてみる。


「ねぇ、グレシャ。僕はどうしたらいい?」


「……」


 グレシャは藤堂を興味なさげな顔で見上げ、ぷいと顔を背けた。






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