アレな人からの刺客

『アレス……君は私を失脚させるつもりなのかね?』


 通信魔法を通じて届いたクレイオの声には今まで聞いたことがないくらいに疲れが滲んでいた。


 クレイオが普段どのようなタスクを抱えているのかは知らないが、それでもここまで疲れを表に出しているのは初めてである。ステイの使い道について話をしてみただけでこのザマだ。


 椅子では、リミスからパーティ加入を断られた影響がぶり返したステイがヘタっており、それをまな板の上の魚でも見るかのような目でアメリアが見下ろしている。


 誰も幸せになってなかった。逆にすげえ。ステイを中心に皆が疲れ切っている。

 俺は凄まじい手札を手に入れてしまったのかもしれない。


「安心してくれ、枢機卿閣下。俺があんたに頼みたい事は――責任を取ることだけだ」


『!?』


 だが、俺は疲れていない。それで疲れるような時期はとっくに過ぎ去っているのだ。

 慣れとは本当に恐ろしいものである。


「大丈夫だ、ステイが邪魔になったら……埋める。優先順位は見誤っていないつもりだ」


 藤堂の生存が一番だ。ステイは確かに繊細な扱いを要する人物だが、魔王を討伐できれば全ての失態はチャラにできる。

 オール・オア・ナッシング。これは……そういう勝負なのだ。


 ……いや、もちろん死なないように気をつけるけど。


 ステイの方をちらりと見る。

 よほど無碍にされたのがショックだったらしい、なんかもう死にかけていた。鈍くていいところで繊細だなこいつ。


『ッ!?』


 通信の向こうで絶句する気配がしたがそのまま接続を切った。もうこちらから報告すべきことは何もない。


 俺の次ぐらいに疲れが見られないアメリアが近寄ってきて、じっとこちらを見上げて言う。


「アレスさん、埋めましょうか?」


 真に受けるなよ。

 ステイが絶望したような目でこっちを見てるぞ。


「後輩埋めんな」


「埋めたくなったらいつでも言ってください。私もいっしょに罪を被ります」


 埋めんなよ。


「……大丈夫だ、安心してくれ。全ての罪を被るのはクレイオだ」


 上司の役割は責任を取ることである。せいぜい役に立ってもらう事にしよう。俺の言葉に、ナイスアイディアと言わんばかりにアメリアが手をぽんと打った。


 しかし、これであらかた体制はできたといえるだろう。後は警戒しつつ藤堂達のレベルアップを見守るだけだ。


 ステイがごろごろと椅子から絨毯の上に転がると、そのままゾンビのようだ動作で這いつくばって俺の足を掴んでくる。

 ゾンビだったら割と嫌だが、腐ってもシスターなので何も感じない。必死にしがみつき、ステイが訴えかけてくる。


「アレスさん……み、見捨てないでください! 私まだ働けますよう……」


「……」


 小動物のような目でこちらを見上げているステイ。メンタル鋼なのか硝子なのかどっちかにしろ。


 でも働けますってそれ虚偽申告だよな。ステイは自己評価が高すぎなのだ。


 だが、まだだ。埋めるのはまだ早い。


「ステイ、お前にはまだ使い道がある。クレイオからの許可も……取った」


「アレスさん、その言い方だとまるで悪役みたいです」


 アメリアがすかさず余計な事を言う。うっさいわ。


「ああああ、ありがとうございます神様アレス様」


 アメリアの言葉も耳に入っていないのか、ステイが俺の足によじ登りながら叫んだ。

 本当に神様でも見るかのようなきらきらした目が俺を見上げている。


「神様って……おい、お前、本当に枢機卿カーディナルの娘かよ」


 冗談でも言っちゃいけないだろそれ。


 アメリアがステイの後ろに周り、脇の下に手を入れて引き剥がす。ずるずると引きずるように引き剥がしながら、聞いてきた。


「でもアレスさん、メッセンジャーなんて、ステイに本当に務まるんですか? 正直、彼女にできる事なんて――」


 それ以上言うのははばかられたのか、そこで言葉を止めるが、そこまで言ってしまえば全て言ったようなもんだ。

 確かに、ステイは役に立たない。強いて言うなら高スペックなゴミだ。

 いや――高スペックな爆弾だろうか。近くで爆発させてるから危険なだけだ。爆弾には爆弾の使い方がある。


 クレイオの反応で新たなアイディアを思いついていた。報告する事で自分の中で考えがまとまるというのはよくあることだ。


「ステイ、先程はメッセンジャーと言ったが、お前の役割は藤堂達に危機感を抱かせる事だ」


「……へ? ききかん?」


 地べたにペタンと座り込んだまま、何やっても危機感のないステイがぱちぱちと目を瞬かせた。




§ § §




「ってことで――アレな人の命令で、これから私が教会の代表として、藤堂さん達のバックアップをすることになりましたぁ。わー、ぱちぱちぱち」


 自分で拍手しながら柔らかな笑みを向けてくるステファンに、リミスは悪夢でも見ているような気分になった。

 一度確かに仲間として入りたいという要望を跳ね除けたはずなのに、ステファンの表情には一切の陰がない。まるであの時のやり取りが幻覚だったかのようだ。


 アリアも藤堂もステファンからの予想外の話に、言葉を失っている。


「……あんたが……バックアップ? って正気?」


「えへへ……アレな人に頼まれたので……お仕事頼まれるの初めてです」


「アレな人って……誰よ!?」


「言ったら埋められちゃうので言えません」


「え!?」


 混乱するリミスの肩をアリアがぽんぽんと叩く。

 選手交代。早くも鍵を開けて招き入れたことに後悔しながら、アリアが尋ねた


「ステイ。正直に言おう。友人にこういうのは何なんだが――私達のバックアップはステイには無理だ」


「そんな事ないですよ? 私、仕事ができる女なので」


「し……仕事ができるとかできないとかじゃなく、無理なんだ。お前には無理なんだ!」


 アリアの真摯な瞳に、さすがのステファンの表情も強張る。

 ヴェール大森林にユーティス大墳墓。そこには幾度もの試練をくぐり抜けた者の凄みが――気迫があった。


 数歩後退り、しかしステファンも退くわけにはいかない。必死に食い下がる。


「で、でもやらないとアレな人に埋められちゃいますよ!?」


「アレな人って誰よ……」


「紐なしバンジーさせられちゃいますよ!?」


「ええ!? ちょ、ちょっと待って!」


 かたかた震えるステイに、藤堂がリミスとアリアの肩を叩き、部屋の隅で円陣を組んだ。

 さすがに自分より見た目年下の女の子を泣かすのは忍びない。


 藤堂が声色を落として囁く。


「あれ、やばくない?」


「あの楽観的なステイがあそこまで震えるだなんて……普通じゃないわ」


「ステイは教会の重鎮の娘です。しかもシルヴェスタ卿はステイを溺愛していたはず……そのステイがあそこまで怯えるってことは――アレな人って言うのは――」


 アズ・グリード神聖教会で枢機卿位の上は多くない。


 アリアがごくりと息を呑む。ふと思いついたその考えに、額に冷や汗が流れた。


「まさか……教……皇!?」


 アリアの知る限り枢機卿の上の位を持つ者は聖女と聖勇者を除けば教皇しか存在しない。

 聖女はただの教会の象徴的な存在であり実権はほとんど持たない。ステファンの言う『アレな人』というのも自然と絞られる事になる。何よりも、名前を言わないのが怪しい。


 その言葉に、藤堂が目を見開く。直接の面識こそないものの、自分を召喚した教会の長だ。その権威はよく知っていた。

 アリアが詳しく説明しようとした瞬間にしかし、ステファンが割って入ってくる。


「あのー……藤堂さん、続きいいですか?」


「あ、ああ……うん……」


 頷く藤堂に、ステファンが胸を張ってみせる。偉そうな動作だが、童顔なステファンの顔つきもあって全く威厳と言うものが見受けられない。


「そんなわけで……アレな人の命令でサポートに入ります!」


「……サポートって何をするのよ? 言っとくけど、うちのパーティの僧侶にはもう内定者がいるんだから」


「えっと……ちょっと待って下さいね……」


 既に教会にも報告していることだ。

 リミスの断言に、ステファンが慌ててポケットに手を入れた。ごそごそと探っていたがやがてくしゃくしゃになった紙を取り出す。

 呆れ果てているリミス達の前でそれを広げると、


「えっと……とりあえず? 今はうまくいっているので、やる事はありません!」


「……何よそれ?」


「うんと……レベルアップ、調子のいい時はそのまま任せたほうがいいという判断です。私の力、いらないです」


 確かにステファンの言うとおりだった。

 最近の藤堂達のレベルアップの速度は著しく、間もなく全員レベル30を越えるだろう。サポートというからには手伝ってくれるつもりなのだろうが、困っている事も特にない。


 ステファンの言葉に、藤堂達は顔を見合わせほっと息を吐く。何を言われるか身構えていたアリアが力を抜く。


 では一体何をするつもりなのか……。

 藤堂がパーティを代表してステファンに尋ねる。


「えっと……ステファンさん?」

 

「藤堂さん、ステイとお呼びください! 皆そう呼ぶので!」


「……ステイ。ステイは一体……何を?」


 藤堂の言葉に、ステファンは紙をポケットにしまうと、花開くような笑顔で断言した。


「レベルアップの速度が落ちたり、調子が悪そうだったら、私が臨時の要員としてパーティに加入して頑張ってお手伝いします!」




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