英雄の唄⑤

「で、あの子は……誰なの?」


 道中の出来事からずっと集中を欠いていたアリアとリミスを急かし、何とか無事に第二の街セカンド・タウンの宿までたどり着くと、藤堂は早速気になっていた事を尋ねた。


 リミスはともかく、アリアが魔物の生息域で上の空になるというのは尋常ではない。


 女の子が落ちてきた時に見えたアリアとリミスの表情は、藤堂がそれまで見たことのない類のものだった。

 急に知り合いが落ちてきたらそりゃ藤堂だって驚くだろうが、それでもその反応はただの知人(まぁ空から降ってきた時点でただの、ではなさそうなのだが)に対するものではないように見える。


 リミスは何も答えず、帽子を脱いでベッドに腰をかけた。

 数分間俯いたまま沈黙していたが、ようやく落ち着いたのか、疲労の滲んだ様子で唇を開いた。


「……古い……友人よ」


「いや、友人って……何で空から――それにあの魔法は――」


 藤堂は他の世界から来た人間だ。この世界の常識はまだ余りわかっていないが、友人の一言で説明がつくような内容ではない事くらいわかる。

 そもそも、このゴーレム・バレーは魔境なのだ。落ちる落ちないの前にただの女の子が一人で出歩けるような場所ではない。


 額を押さえそれきり何も言わなくなったリミスに代わり、アリアが顔をあげる。

 アリアの表情もリミスに負けず劣らず憔悴していた。『第一の街』から『第二の街』までの道のりはここ数日で何度も行き来して慣れた道だ。憔悴している理由が単純な肉体的疲労だけではないのは明白だった。


 アリアが沈んだ声で説明を始める。


「ナオ殿、彼女は――ステファン・ベロニドは、私やリミスの幼馴染です」


「幼馴染……?」


 悲しみとも怒りとも呆れとも取れない沈鬱な声は再会を喜ぶものではない。


「もっとも……彼女は教会関係の人間なので私やリミスとは立場が異なりますが」


 落ちてきた少女の事を頭に思い浮かべる。


 今まで藤堂があってきた教会関係者を浮かべ、それと少女を比較する。

 ステファンの服装は今まで藤堂が見てきたどの僧侶プリーストともかけ離れていた。丈の短い黒のスカートはまるでむき出しの脚を見せつけるかのようで、上の衣装も今まで見たどの法衣より装飾が多い。例外として藤堂を召喚した聖女の衣装には金の装飾が施されてあったが、あれには神聖さがあった。


 そもそも、藤堂が今まで見たことのある僧侶は仔細は異なれど、ひと目で僧侶とわかる格好をしていたが、ステファンは違う。ただその違いだけでもその少女が特殊な人間である事がわかる。


 というか、あの子、本当に僧侶プリーストなのか?


 なんと反応すればいいのかわからず、藤堂は見たままの感想を述べる。


「……スカートだったよね」


「知らないわよ。私が最後に会ったの、もう何年も前だし……その時はもう少し地味な格好してたはずだけど……」


 リミスがそっけなく応え、手の平に乗せたガーネットの頭をもう片方の手で撫でる。まるで自分の動揺を鎮めようとしているかのような仕草だった。

 アリアが苦々しげな表情を作って吐き出すように言う。


「……今は教会本部で働いていると風の噂で聞いていましたが……まさかこんなところで会うとは……」 


「……二人とも……あの子のこと苦手なの?」


 藤堂の問いに、アリアとリミスが一斉に顔を上げて示し合わせたかのように声をあげた。


「悪い子ではないのよ。悪いのはタイミングよ!」


「嫌いではないのですが……ここで会っちゃダメでしょう」


 黙って干し肉を齧っていたグレシャがその勢いにびくりと顔を上げる。


 ここで会っちゃダメ……? どういうこと……? 悪いのは……タイミング? 


 意味がわからず戸惑っていると藤堂をよそに、リミスとアリアが深刻そうに顔を見合わせていた。

 そこには、ピュリフでアンデッドを相手にどうしようと話し合っていた時と似た空気があった。


 アリアが端的に述べる。


「何でここにいる?」


「知らないわ」


「仕事って言ってたな……何の仕事だ?」


「知らないわ。でもあの子……また今度って言ってた……」


 アリアが唇を強く結び、一度床を踏み鳴らした。


「リミス、ステイって僧侶プリーストになったのか?」


「……知らないわ。でも、僧侶プリーストなんじゃない? お父さんがあれだから……」


 目の前で勝手に進行していく話に、藤堂が口を挟む暇もない。


「……」


「……」


 再び嫌な沈黙が訪れる。藤堂には聞きたい事は沢山あったが、とても聞ける空気ではない。


 一体どんな事情があればこんな空気に……。 


 針の筵に立たされた気分でしばらく待っていると、ふとアリアが決意したように藤堂の方を向いた。


「ナオ殿……一つ相談があります」


「……相談?」


「はい。予定では……明日からゴーレム・バレーの奥地に進んでレベルを上げていく予定だったじゃないですか?」


「ああ。ウルツさんもそろそろ先に進んでレベルを上げた方がいいって言ってたしね」


 既に藤堂達の平均レベルは30に近い。今までは訓練とレベル上げを交互にやっていたが、ウルツからそろそろ本腰を入れてレベル上げをした方がいいと言われており、様子を見ながらゴーレム・バレーの奥に進む予定になっていた。

 ゴーレム・バレーもまた、墳墓やヴェールの森と同様、奥に進めば進む程強力で存在力を多く持つ魔物が出現する傾向にある。

 回復専門職がおらず、リミスが回復魔法を覚えようとしているがまだ見込みがたっていない現状では戦力に不安が残るが、レベル上げの効率を上げるにはある程度のリスクは踏まねばならない。


 リスクとリターン。その方針はパーティ全体で決めたものだ。


「今後、より強力なゴーレムと戦う上でダメージは免れ得ないと思われます。ナオ殿は回復魔法を使えますし、ポーションもまだ余裕がある。グレシャもいますが、僧侶のいない状態ではやはり厳しい」


 全体的に藤堂のパーティは攻撃に寄っている。リミスが新たに習得しようとしている妖精魔術には戦闘を補助できる魔法もあるが、本職が精霊魔導師なのは変わらない。修行のために別れたスピカが今何をしているのかもわかっていない。


 暗いアリアの口調にその内容。そこまで聞いたところで、藤堂はアリアが何を言おうとしているのか察した。


 先程落ちてきたアリアの幼馴染は僧侶らしい。ゴーレム・バレーに一人でいるのだ、レベルも高いのだろう。 


 藤堂パーティの僧侶としてはスピカが内定している。いつになるのかわからないが、藤堂のためにグレゴリオという恐ろしい男の下で修行することを選んだのだ、それを覆すつもりはない。

 だが、今、神聖術を使えるメンバーが足りないのも事実。今ここでまともに神聖術を使えるメンバーが加わればレベル上げの効率はずっと向上するだろう。


 ゴーレムとの戦いで一番傷を負いやすいのはアリアだ。

 アリアの戦法は盾を使わないものだし、聖鎧ほど強力な鎧も持っていない。ましてやアリアのレベルは適正以下であり、アリアがダメージを受けやすいのは仕方のないことだ。

 グレシャを盾にするわけにもいかないし、アリアのレベルを上げないわけにもいかない。魔力ゼロというハンデは抱えていてもアリアは間違いなく藤堂の大事なパーティメンバーなのだから。


 途中で別の僧侶を入れるのはスピカとの約束を破るようで罪悪感があるが、アリアや自分達の安全のためならばきっと彼女は許してくれるだろう。

 申し訳なさそうなアリアの表情に、藤堂は心配を掛けさせないように穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、わかった。ステファンをパーティに入れよう」





§






 朝、藤堂達が宿の食堂で朝食を取っていると、食堂の入り口に昨日見たばかりの少女が姿を見せた。

 ステファン・ベロニド。いち早くそれに気づいたリミスにつっつかれ、藤堂がそちらに視線を向ける。


 ステファンはどこか焦ったような表情で食堂内を見回していたが、藤堂を見つけて笑顔になった。


 視線と視線が交わる。上から下まで格好を確認する。

 改めて見る姿はやはり僧侶には見えない。しかし、その耳には昨日は見落としていたが、確かな僧侶の証が下がっていた。


 ステファンはふらふらしながらテーブルの間を抜け、藤堂達のテーブルに駆け寄ってきた。


 アリアとリミスがうんざりした表情をする。ステファンは藤堂の目の前まで来ると、きちんと両手を身体の横につけ気をつけの姿勢をして、満面の笑みを浮かべて言った。


「初めまして、藤堂さん! 私を仲間に入れてください!」


 自己紹介もなく説明もなく急に言われた言葉に戸惑う。

 アリアとリミスもまたその急なパーティ申請は予想外だったのだろう、微妙な表情で顔を見合わせていた。


 にこにことしたステファンの表情は同性の藤堂から見ても見惚れる程可愛らしい。


 藤堂は目を細め、胸を押さえて答えた。


「……ごめん、無理」


 罪悪感で心が痛いが、アリアとリミスの意見を無碍にするわけにもいかない。


 アリアからされた相談――これから僧侶抜きでやっていくのは厳しいと思うけど、何があっても絶対にステファンをパーティに入れないで、という意見を。

 藤堂としてはステファンに対して何ら思うところはないが、パーティリーダーというものは柵が多いものなのだ。


 本当に心の底から承諾される事を疑っていなかったのだろう。


 ステファンの太陽のような笑顔が硬直し、一瞬で決壊した。

 喜びから戸惑いに、そして悲しみに。その大きな黒の目がまたたく間に潤み、罪悪感を刺激する眼差しで藤堂を見上げてくる。


「え……ななな何でですか!? ええ!? 入れてもらえないと……私――何されるんですか!?」


「ごめん。本当にごめん……ダメなんだ。絶対にダメなんだ」


 しくしくと痛む胸を押さえ、藤堂はもう一度言った。




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