第十九レポート:免許皆伝? しました
藤堂直継。
アリア・リザース。
リミス・アル・フリーディア。
グレシャ。亜竜。レベル不明。竜なだけあって無駄に高い膂力と耐久力を誇る。重戦士でも扱いに苦労する巨大な
傭兵の中での最初の壁と言われるレベル30。
何とか達成出来そうな事にほっとしながら報告をまとめていると、ふと扉が開いた。
顔を覗かせたのはアメリアとステイだ。アメリアはいつも通りの仏頂面、ステイの方は完全に嫌われたのか、そっぽを向いている。
順調な藤堂達と比べて、俺達の方は芳しくなかった。
藤堂達の魔王討伐のサポート、ひいては藤堂達の成長のサポートが主な役割とはいえ、思うところがないでもない。
頭を押さえる俺に、アメリアが一歩室内に入ってきた。その右手はステイの手をしっかり掴んでいる。
まるで逃がさないようにしているかのように。
「あのー……アレスさん? ステイの件なんですが……」
ステファン・ベロニド。厄介な要員だ。レベルが高いだけになかなか諦めきれない。上司としての意地もある。
一度ため息をつき、俺は顔をあげた。
色々実験をやってみた。脅してもみたし、宥めすかしてもみた。上司にパンツの色を報告したし鎖でつなげて振り回してもみた。鎖なしで落としてもみた。
転んだり迷子になったり下着を履き忘れたり神聖術の呪文を忘れたり用意を頼んでおいた道具を忘れたり色々した。人道的な観点から串を刺す事を諦めた俺は優しいアレスさんに違いない。
アメリアからの視線が冷たくなるのにも耐え抜いた。必要なのは原因究明と対策である。
「その件については結論を出した」
「……へ?」
昨日までさんざん連れ回され(後、振り回され)、さすがに疲労がたまったのか、憔悴したステイが俺の言葉に顔を上げる。
今日は藤堂が外に出る日だ。レベル30も近いので、ウルツの訓練も間もなく終わりを迎える予定である。
アメリアが冷たい声で聞いてくる。
「……どうするんですか?」
「免許皆伝だ」
「免許……皆伝?」
俺の言葉に、アメリアが訝しげな表情を作り、ステイもまた不思議そうに首を傾げる。
ゴーレム・バレーに来てから作ったどの報告書よりも分厚いステファン・ベロニド研究資料を片付けながら、続けた。
「組み合わせを変える。俺とアメリアは街で仕事、ステイ、お前は一人で藤堂達を尾行しろ」
「アレスさん……とうとうストレスで頭がやられたんですか……?」
「ど、どういう意味ですか、先輩!? って――」
アメリアの非常に失礼な言葉に、ステイがふらふらとした足取りで前に出た。右足左足右足、クロスして転びそうになりながらも俺の前に立つ。
あんなに頭おかしいのに上から下まできちんと着こなした特注法衣は、僧侶にこそ見えなくても、完璧だった。
俺の手を握り、上目遣いで聞いてくる。
「免許皆伝!? あああ、アレスさん!? 私……免許皆伝ですか?」
「ああ。免許皆伝だ。もうお前に教える事はない」
教えても無駄だ。俺はステイに訓練を付けた結果、それを思い知った。
いや、正確に言えば教えても無駄なわけではないが、もう必要ない。
「もう鎖でつながれたりは――」
「しない」
「鎖すらなしで崖から突き落とされたりは――」
「ああ、もう終わりだ」
「そ、そんなことしてたんですか……」
今までの苦労が蘇っているかのようにうるうると目に涙を貯めるステイ。その後ろではアメリアが少しだけ頬を引きつらせていた。
机の下から教会で受け取ってきたばかりの箱を取り出す。金具を取り外すと、中には黒い革で出来た腕輪が入っていた。教会は巨大な組織だが、ある意味教義に背いているのでこれを用意してもらうのは本当に骨が折れた。
ステイが袖で目を擦り、真っ赤な目で訪ねてくる。
「? なんですか? それ」
「免許皆伝の証だ。手首につけろ」
放り投げるとステイがあたふたしながらキャッチした。シックなデザインのそれをまじまじと見つめ、
「証……ほ、本当にいいんですか?」
「……ああ。絶対に取れないように手首にしっかりとつけろよ」
すっぽ抜けたら崖から落ちてしまう。
「わ、わかりました」
しっかりと右手首につけると、ステイは頬を緩ませてまるで見せびらかすかのように腕を上げた。
アメリアが凍てついた視線を向けている。
「えへへ、似合ってますか?」
「ああ。いいか、ステイ。それを絶対になくすなよ。これは命令だ。風呂に入る時と寝る時以外には絶対に外すな」
一個作るだけでも相当なコストを払っているのだ。
腕輪の名を『デザストの腕輪』と言う。かつて幾つもの街を滅ぼした災厄の悪魔、デザストの皮で作られた曰く付きの品だ。勿論、死体から剥ぎ取った皮で作られているので呪いなどかかってはいないが、普通の僧侶ならば例え殺されてでもつけたくない品だろう。
ちなみに、教会が天敵たる悪魔の皮を保管しているわけもなく、グレゴリオの私物である。グレゴリオの装備――『
「はい。大切にします……っれ!?」
ちゃんと『
透明な鎖に引っ張られ、ステイが軽く体勢を崩しかけ、ぎりぎりで絶える。不思議そうな表情をするステイに、俺は何も言わずに聖者の鎖を解除した。
椅子の上でふんぞりかえり、足を組んでステイに命令する。
「ステイ、お前の役割は気づかれないように藤堂を尾行し、その動向を見守る事だ」
「は、はい! わかりました!」
「何かあったら適宜俺に通信魔法で報告しろ」
「は、はい。連絡します!」
返事だけはいいんだよな……こいつ。
初めての単身の任務。緊張したようにこくこく頷くステイに、昔面倒を見た異端殲滅官の後輩のことを思い出す。当然だがその後輩はドジっ子じゃなかったので安心感はこっちの方が遥か下だ。
「ハンカチは持ったか? ポーションは持ったか? 道草するなよ? もう崖から落ちても助けてくれるやつはいないぞ、絶対に転ぶなよ、死ぬぞ」
「だ……大丈夫ですよ! アレスさんってば心配性……私も子供じゃないんですよ?」
照れたように頬を染め、確かに子供ではない無駄に大きな胸を張ってみせる。
アメリアは何かいいたそうにしているが、動向を見守ることにしたのだろう。結局何も言わなかった。
「じゃ、じゃあ行ってきます。えへへ……お仕事、頑張りますね」
「ちょっと待て、ステイ。一つだけ事前に頼むことがあった」
「え……なんですか?」
紙とペンを取り出し、ステイに手渡す。
首を傾げる少女に危機感を植え付けるべく、なるべく深刻そうな声を作って命令してやった。
「一応遺書を書いておけ。親が悲しむ」
「!!????」
§
部屋の外からステイの転ぶ音が聞こえる。俺はそれを唇を噛んで耐え忍んだ。
一人なのに賑やかに去っていく。
それまで黙って立っていたアメリアが、俺の対面に座り、深刻そうな表情を作る。
「アレスさん」
「ああ、言いたいことがあるのはわかってる」
「私も少しくらい転んだ方がいいですか?」
「…………」
黙って立ち上がり、窓から下を見た。メイスすら持っていない軽装のステイが軽快なステップで宿から出るのが見える。
ステイはふらふらとしながらこちらを振り向き、俺に気づいて笑顔で手を振った。振ると同時に体勢を崩して尻もちをついて転んだ。
いきなり尻もちをついたステイに道ゆく人々の視線が集中する。ステイは恥ずかしそうに頬を染め、最後にもう一度満面の笑顔で俺に手を振り、藤堂達が滞在している宿の方向に危なっかしい足取りで歩いていった。
「転ばなくなったんですか?」
いつの間にか横でその様子を見ていたアメリアが小さく聞いてくる。
お前、今何見てたよ。
「なったと思うか?」
「……」
「多少は減ったと思いたい。が……」
本題はそこではない。
余り仲がいいようには見えなかったがさすがに心配なのか、アメリアが非難するような眼差しで聞いてくる。
「アレスさんは、ステイを見捨てたんですか? 殺すつもりですか?」
酷い言いようだ。後輩に対する信頼というものがまるでない。まぁ、無理もない、か……
「いや……。さて、俺達も行くぞ」
いつも持ち歩いている最低限の物が入ったリュックを背負う。
身支度をし始める俺をアメリアが不思議そうに見ていた。
「? どこに行くんですか?」
「ステイを追うに決まってるだろ」
初めてのお使いである。俺達は今日、ステファン・ベロニドの真価を見ることになるだろう。
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