第十八レポート:あ、アレスさんは……最低だと思います。

 ウルツは元剣士だった。剣士と言っても人族用に洗練された剣術を駆使する剣士ではなく、巨人族特有の強力な身体能力と高い戦闘意欲を駆使した、狂戦士バーサーカーに近い戦い方をする剣士だ。

 僧侶プリーストに転向してから数年経つが、まだ戦闘本能は押さえきれていないと見える。


 藤堂に対する訓練を終えたばかりの男の表情には堪えきれない笑みがあった。


 教会にあるウルツの自室。

 ウルツが本日の訓練の結果を綴った紙をこちらに差し出しながら唸る。


「悪くない。筋は悪くない」


「そんなことは知ってる。加護だってある。魔力だってあるし、神聖術も使える。英雄召喚サーモニング・ヒーローによる召喚者は分野は違えど皆優れた資質を示してきた」


「勇気だ、アレス。戦場において最も必要なものは――手足がもがれてでも前に出る意志だ。いくら力が強くてもそれなくして戦士にはなれない。彼にはそれがある」


 んなことは知ってる。資質についてはわかっている。そんな事を聞くためにウルツと話しているわけではない。


 魔族の動きが見えない今、やるべきことは藤堂の強化だ。レベル上げは順調だが、強化とはレベルを上げることだけではない。

 最低限のレベルをあげたら次は、その資質に応じて成長の指向性を決めなければならない。

 最終的な決定は藤堂本人でしなければならないが、さり気なく可能性を示すことはできる。


 俺の表情に、ウルツが額に皺を寄せて苦笑した。


 まだ藤堂が送り出されてから数ヶ月しか経っていないが、なるべく早く目に見えた成果を出さねばならない。勇者のサポートにも金がかかっているし、成果が見えればより投資も大きくなるだろう。ザルパン一匹程度では足りないし、俺がやっても意味がない。


 急かすと、ウルツが訓練で感じたことを話し始める。その内容のほとんどは既に知っていることだったり予想がついていることだったが、実際に刃を交えた男の言葉には説得力があった。


「力はかなり弱いな。体力も多くないが、反面、魔力が高く身のこなしも悪くない」


「剣士に向いていないということか」


「向き不向きだ。攻撃力の不足は聖剣で補える」


 だが、そういうウルツの表情には迷いが見えた。巨人族の特性は人の数十倍の膂力と耐久である。その二つの要素は戦士にとって最重要の資質だ。


 少なくとも、ないよりはある方がいい。


「だが……聖勇者殿の筋力は……恐らく、アリア殿よりも低い」


 実際に剣を受けたウルツの言葉だ、正しいだろう。

 動きが軽いことは見ていてわかっていたが、女のアリアよりも筋力が低いというのは知らなかった。

 そしてそれはとても珍しい。他種の中には雌の方が強くなる種族もあるが、人族というのは雌より雄の方が身体が大きく、力が強くなるものなのだ。


 確かに華奢だとは思っていたが、今まで身体を鍛えてこなかったのが原因だと思っていた。

 目をつぶり、内心で首を傾げる。レベルアップといっても能力の伸びは一律ではない。資質の高い部分は伸びやすいし低い部分は伸びづらい。

 レベル30にもなってアリアよりも劣っているという事はつまり、そういう風にできている可能性が高い。高い、が……どうにもならない。


「三ヶ月も経ってるんだがなあ……」


「致命的ではないが……今後苦労することになるだろう」


 聖剣エクスと聖鎧フリードには重量軽減の魔法がかかっている。重さはほとんどゼロだ。

 不幸中の幸いと言うべきか。それらがなければ、装備の重さで動きが鈍っていたかもしれない。


 身のこなしに魔力。魔力が高ければそれを身体に巡らせる事で身体能力を底上げできる。が、それでも決め手に欠ける印象がある。

 魔力が高いからといって、剣より魔法を鍛える案もいまいちだ。

 魔族は強力な魔法耐性を持つ者が多い。藤堂に下された加護は近接戦闘に補正がかかる軍神の加護であり、魔法を鍛えたところでたかがしれている。


 頭の中に情報を叩き込む。足りないところは道具や仲間、技術で補わねばならない。

 必要なものとそれを手配する方法を洗い出さなくては……。


 そのままアリア、グレシャの話と続く。なんかグレシャが一番使いやすそうに感じるんだが、きっと勘違いだろう。救いがなさすぎる。


 訓練の結果を全て話し終えたところで、ウルツは一度ため息をつき、険しい表情で言った。


「アレス……あまり根を詰めるなよ。」


「最近は随分と楽だよ。大変になるのはこれからだ」


 本番は大きく魔族が動き始めてからだ。可能ならそれまでに内部の問題は全て片付けておきたい……が、無理なんだろうな。

 人とは大概、過ちを犯すまで問題に気づかないものなのだ。


「レベル上げを優先したい。適宜訓練の回数を減らしてレベル上げに注力させてくれ」


「ああ、わかってる。アレス、神のご加護があらんことを」


 どうせなら神のご加護で藤堂のレベルを百倍くらいにして欲しい。




§




『アレス、ステイの親――ベロニド卿から話がしたいと受けていてな』


「クレイオ……不在だと言ってくれ。俺は、いない」


 クレイオの声には呆れがあった。


 絶対に来ると思っていた。ステイは通信魔法の使い手だ。法衣の要求もさせたし、物言いが入ることは予想できていた。

 全ては覚悟の上だ。そもそも、ステイをクレイオに放り投げたベロニド卿が全て悪い。あれは魔王討伐にはほとほと相応しくない人材だ。人類滅ぼすつもりかよ。


 俺はいつもステイをつなげている鎖に傷がないか確認しながら続けた。


「そうだ。もっと金をよこせと伝えろ。ステイのせいで出費が増えてる。鎖も足輪もただじゃあないんだ」


『十分な資金は与えているはずだ』


「人材は多ければ多い程いいわけじゃあないが、金はあればあるだけいい。可愛い娘の装備に使っているんだ、文句はないだろ」


『アレス……お前というヤツは……』


「報告はあげる。俺はお守りをするつもりはない。魔王討伐のサポートをしながら誰もが匙を投げた部下の教育までやるなんて、俺は異端殲滅官クルセイダーの鑑だとは思わないか?」


 もちろん教育してみてどうにもならなかったら無責任に放り投げるつもりだが、レベル72の高僧ハイプリーストを手に入れるタイミングは藤堂達が比較的落ち着いている今を除いて他にない。


『……アレス、私にできることにも限りはある』


 ベロニド卿はクレイオと同じ枢機卿。経理を一手に握っている以上敵対するデメリットは計り知れない。

 だが、結果を出せば全ては許される。鎖で縛ろうが崖から突き落とそうが泣かれようが喚かれようが。考えるのは後でいい。

 クレイオには本当に申し訳ないと思っている。


「耐えてくれ、聖穢卿閣下。俺の邪魔をさせないでくれ。……そうだ、一つわかったことがある」


『……なんだ?』


 乾いたクレイオの言葉。俺は目の前で磨き上げた鎖をぶらぶらさせながら答える。


 ステイの訓練は藤堂達のサポートとは違って失敗しても構わないからだいぶ気が楽だ。最悪死ななければいいから無茶もできる。


「一本の線を引くんだ」


『……は?』


「銀のチョークで地面にまっすぐな線を一本引く」


『……』


 実験してみた。ステイの挙動は明らかに常軌を逸している。

 ちょっと能天気だが報告書の作成から考えても頭が悪いわけでもなく運動神経が悪いわけでもない。


 俺だって別に鎖で引き回してばかりいるわけじゃないのだ。


「そして、ステイにその線の上を歩かせる。十メートル程だ。どうなったかわかるか?」


『どうなったんだ?』


「転ばずに歩ききった。これは一般人にとっては当然のことだがステファン・ベロニドにとっては大きな一歩だ。ステイは歩けば転び走っても転びただ立っているだけでも転ぶようなやつだが――って、くそっ! 切ったな、あいつ」


 通信魔法が途切れていた。

 が、まぁ俺が報告を受ける立場だったとしても切ったかもしれない。ふざけているようにしか見えないからな。

 だが、大きな一歩だ。もちろん、その結果転ばなくなったわけではないし転ぶ回数が減ったわけでもないが、それでもこの実験の結果には意味がある。


 傷ひとつついていない鎖を手首に巻き、俺はアメリア達の部屋の扉を開けた。


 部屋の隅で、寝間着のままへんにゃりしていたステイがびくんと大きく身体を震わせる。


「おら、ステイ! 今日も行くぞ!」


「ひいぃ! 先輩、アレスさんがいじめますぅ……」


 戯言をほざくステイの側にさっさと寄って、腹に腕を入れて抱き上げる。手足をばたばたさせて抵抗するがサイズがコンパクトなので無駄だ。

 しばらくそのままの状態でいると諦めたのか、大人しくなった。


 アメリアが憮然とした様子でステイと俺の方を交互に見ていた。


 持ち運びながら、神妙な表情をするステイを見下ろす。


「お前、親に俺の事を漏らしたな?」


「え……? ななな、何の話でしょー?」


「だが無駄だ! たとえやめろと命令されたとしても手を緩めるつもりはない! 俺は間違えたことはやってないからな、いくらでも報告するがいい!」


「えぇ!?」


 ステイが宙ぶらりんにされながら、目を丸くした。最近気づいたがステイは一つの事に集中すると前の事を忘れるようだ。馬鹿か!

 ステイの訓練を開始した時から付けている育成ノートにはろくでもない情報ばかりが増えていく。


「ステイ、俺だって好きでお前に訓練をつけているわけではない」


「えぇええええ!? 鎖を足に巻きつけて突き落とされるのって訓練だったんですか!?」


「そうだ」


「が……崖に叩きつけられるのも?」


「そうだ」


「まっすぐな線の上を無駄に何回も歩かされるのも?」


「そうだ。お前は今まで何を考えて命令に従っていたんだ。ドジを矯正するためだと最初に言ったはずだ」


 ステイが数度瞬きして、声を小さくして言った。


「アレスさんの……趣味だと思ってました」


「……くそっ、ちょっと面白い」


 いきなり変化球投げてくるのやめろ!


 ステイを持ったまま、ずっと黙っているアメリアに顔に向ける。

 最近はずっと一人で調査に当たらせているせいか、どこか機嫌が悪そうに見える。


「今日は藤堂達は訓練の日だ。俺はこいつを叩き直すから、藤堂達の方は任せた」


「……そろそろステイの訓練は諦めた方がいいのでは?」


「まだだ。まだできることを全てやっていない」


 今日から紐なしバンジーだ。


「……後、まだ寝間着なので着替えさせた後に連れて行ったほうがいいかと」


 頭を押さえ、ため息をつくアメリア。どこかその動作が自分のものと重なる。もしも俺の癖が移ったのならば申し訳ないな。


 いつもの法衣よりもだいぶ露出の少ない寝間着姿のステファン。別に崖から突き落とすだけだから寝間着のままでもいいが――


 ステイと眼と眼があう。ステイは少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて言った。


「そ、そうですよ。こんな格好で外に出るの恥ずかしいです……着替えるのでちょっとだけ待ってください……」


「……いつもパンツ盛大に晒してるのに今更その格好が恥ずかしいのか」


「……ひぇッ!!!!!?????」


 アメリアが呪いでもかけるかのような目で俺を睨みつけていた。

 ステイが奇声を上げて固まる。そして、すぐに顔を真っ赤にして震える声で抗議してくる。


「そそそおそおあああれすさん!? み……見せてませんよ!? え? ないないない」


「お前はスカートで逆さ吊りになって見えてないと思っていたのか?」


 ただでさえ短いスカートなのだ。盛大に見えている。


「!!!???????」


 ステイが羞恥から逃げるかのように視線をあちこちにふらふらさせる。

 抜けているとは思っていたが、まさか気づいていなかったのか。


「にゃ……にゃんで言ってくれないですかぁ???」


 まさかこいつに羞恥心なんてものがあったのか……。

 顔を真っ赤にしたステイが涙目で訴えかけてくる。


「もう遅い。もうパンツのローテーションが理解できるくらいに散々見てる」


「……こ、殺してください」


 本気で恥ずかしそうだ。というか、転んだ時点で丸見えだから逆さ吊りにするまでもない。

 これは……使えるな。


 俺はフリーズしてしまったステイに優しく声をかけてやった。


「ステイ。次転んだら、聖穢卿への報告の時にお前のパンツを事細かに報告するからな。絶対に転ぶなよ」


「ふぇ!? じょ……冗談ですよね? 優しいアレスさんは、そ、そんなことしませんよね?」


「たとえ査定が下がろうが深刻な風評被害を受けようが、優しいアレスさんには可愛い部下のためにあらゆる方法を使用する覚悟がある」


 ステイの表情から血の気が引き、顔色がフラットに戻った。

 修行とは、訓練とは辛いものだ。さぁ、修行を始めようじゃないか。


「アレスさん……最低です。幻滅します」


 アメリアが最後に辛辣なことを言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る