第十七レポート:アレスさんは……本当にひどいです。
「うぐッ……あ――やぁ……あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………――」
ステイが空中に投げ出される。というか、自分から身を投げ出す。
鎖が地面に擦れる音。手の中の鎖がずるりと動き、表情を変えずに反射的に鎖を強く握った。
頑丈な鎖を通じて手に重さがかかる。
騒いでいたせいか、上からボール状のゴーレムが降ってくる。魔獣などと異なり、彼我の力量差を考慮する機能が搭載されたゴーレムは少ない。
俺は襲い掛かってきたそれを拳を握ってぶん殴った。ゴーレムが天高く打ち上げられ、崖の下に落ちていく。ボールゴーレムの存在力なんて今の俺にはいらない。
ステイの身体が叩きつけられる音と間の抜けたような悲鳴に耳を傾けつつ、俺はずっと先で発生していた藤堂達の戦闘が問題なく終わったことを確認した。
どうやらまたレベルが上がったようだ。レベルアップするごとに次のレベルアップまでのスパンは長くなっているが、まだ効率はかなりいい。本来のレベル上げとは長い期間をかけてやるものなのだ。
「ぁれすさぁぁん。引き上げてぇ……引き上げてくださぁぁぁい!」
今日もいい天気だ。いい見守り日和だ。
ステイの声が聞こえない振りをして、俺はステイを引きずりながら追跡を再開した。
§
一日の追跡を終え、今日の藤堂達の拠点であるファースト・タウンに戻る。
宿に戻った時にはステイはぼろぼろになっていた。机にベタッと身体を預け、ステイが泣き言を漏らす。
「うぅ……酷いですよう。あれすさん……」
「もしお前がドラゴンだったら俺はとっくに串を使ってる」
「??? 串……?」
たとえ枢機卿の娘だったとしても容赦するつもりはないが、多分串を刺すと言ってもステイがまともになったりはしないだろう。こいつはやる気がないのではなく、そういう星の下生まれているだけなのだ。
しかし、訓練を始めてもう三日も経つのにまだ落ちていくのは一体何故なのだろうか。なんかもうステイが落ちていくのにも慣れてしまった。
慣れてしまったせいで、落ちた後に引き上げずにそのまま引きずったり色々してみたのだが、何だかんだステイはぴんぴんしている。レベル72は偉大だ。ステイのレベルをそこまで上げるには並々ならぬ苦労があったはずだが、さすが頑張っただけのことはある……もっと他に頑張るべきところあるだろこら!
ステイがその暗色の目で恨みがましげに俺を見上げる。
「すっごく痛かったんですからぁ……頭くらくらするし……」
「文句を言う前にまっすぐ歩けるようになるんだな」
もうあまりステイの方を注意していないので細かいところはわからないが、今日の彼女は多分歩いた時間より引きずられている時間の方が長かった。勿論、鎖を結んであるのは足なので逆さまである。如何にレベルが高くてもずっと逆立ちしてたら血も回るだろう。むしろ何でこいつこんなに元気なの?
「大体、何で鎖でつなぐの足首なんですか……歩きにくいし……」
ステイお前、文句言う権利ねーから。
俺はたとえクレイオに命令されたとしても今の待遇をやめるつもりはない。
非常に不服そうなステイに説明する。
「いや、腕の付け根より足の付け根の方が太いから千切れづらいかなーと……」
「えええええ!? ち、ちぎれる想定だったんですか!? アレスさん、怖ッ」
「いや、どっかに引っかかった状態で無理やり引っ張ったら千切れる可能性もあるだろ」
「今私……凄いぞっとしてます。血の気引いてませんか?」
ステイがずいと身を乗り出し、顔を近づけてくる。
頬を膨らませているが、顔色はいつもと変わらない。そしてそれはぞっとしている人間のやる行動ではない。
異端殲滅官として、何人か人を見た経験はあるがここまで面倒なのはちょっと記憶にない。よく言えば新鮮味がある。
「腕が取れても俺の術ならば再生できるが、身体が取れてしまうと俺でも再生は難しい」
俺の言葉に、ステイがびくりと身体を震わせ、ふにゃりと再びテーブル崩れ落ちた。そのままの姿勢でポツリと呟く。
「……私、ちょっとアレスさんと一緒にやってける気がしないかもです……」
「さっきも言ったが、俺はお前がドラゴンだったらもうとっくに串を刺してる」
人間に刺したら犯罪なのであまりやりたくないのだ。寝覚めも悪くなるだろうし、問題になる可能性も高い。
まだ結論を出すのは早い。ステイだって人間だ、人間なのだ。今はダメでもきっといつか改善するだろうと思っている。やる気を失うことだけは避けたいので、ステイを慰めた。
「だが安心しろ。昨日よりも今日の方が転んだ回数、少なかったぞ」
「え!? 本当ですかぁ!?」
天然か否か、やたら復帰力の高いステイが不安の欠片もない明るい声を上げる。
回数が減ったのは本当だ。昨日と違って今日はいちいち引き上げなかったからな……本当に転ばなくなっているかは知らないが……。
頭を押さえ、髪をがりがりと掻く。慣れてしまったのか、頭痛はないのだがそれはそれで収まりが悪い気がする。
「さて、藤堂のレベルが上がるのが先か、ステイの足が千切れるのが先か……」
「!?」
むしろ、どれくらい耐久力があるのか確かめてみるべきかもしれない。
死ななければいいのだ。死ななければ
「ひぃッ……先輩、助けてください! アレスさんに殺されるぅぅぅぅッ!」
ちょうど戻ってきたアメリアに救いの女神でも見るかのような目を向け、人聞きの悪いことを叫びながら駆け寄るステイ。
一応言っとくけど、そいつ、お前の味方じゃないから。
「アメリア、ステイのフォローを頼んだ。何とかうまく言いくるめておいてくれ」
「……ほ、本人の目の前で言わないでくださいよぅ」
嫌そうな表情をするアメリアをぎゅっと抱きしめ、ステイが言った。
結果を出せば誰も文句は言わない。
§
自分が成長していっているのを感じていた。
藤堂の動向に注意しつつステイの様子を窺い同時に襲い掛かってくる魔物を撃退する。恐らく以前の俺ならば精神的な疲労で長く緊張を保てなかったはずだ。
やろうとすら思っていなかったことだ。人間は環境に応じて適応する生き物であり、今まで受けたことのない負荷は人を成長させる。
夜中、皆が寝静まった頃、俺は一人展望台から真下を見下ろしていた。
傭兵の中には夜に活発化する者もいるので数人の酔っぱらいの姿はあったが、さすがに人数は多くない。
夜目は効くはずだが、崖の下は全く底が見えない。ただ奈落のような闇がこちらを覗いていた。
俺のレベルで補助さえかけてあればたとえ落ちても死ぬことはないはずだ。レベルは高くなれば高くなるほど突発的な事故で死ぬ可能性が低くなる。
レベル93は大体の死を克服している。骨が砕けようが肉が潰れようが大抵の傷は治せる。
「お、おい、あんたぁ、そんなとこで、何してんだぁ?」
帯剣した男が千鳥足でこちらに近寄ってくる。酔っ払っているのか、顔は明らみ視線もどこか胡乱げだ。
だが、そんな男でもここにいる以上藤堂よりもレベルが高いのは間違いない。
「尻拭い」
「んん? なんかいったかぁ?」
「尻拭いの練習だ。次は鎖なしで連れていくからな」
忙しなく瞬きする男に一言だけ答え、俺は柵を乗り越えて崖の下に身を投げ出した。
落ちる前に絶対にキャッチしなくてはならない。
§ § §
「聖勇者殿、貴方は幸運だ」
訓練終了後にウルツが低く唸る。
激しく身体を動かした後だ、藤堂は身体全体が雨に降られたように汗をかいていたが、ウルツは訓練開始前から何一つ変わった様子はない。
疲労も見えなければ汗一つかいていない。その事実が悔しくて、藤堂は下唇を噛んだ。
「幸……運?」
「……ああ。貴方には強力な武器と仲間がいる。貴方が急速にレベルを上げているのはその賜物だ」
装着していたガントレットを外し、黒の皮のケースにしまいながらウルツが続ける。
その声色は朴訥としていたが、藤堂には深い感情が篭っているように感じられた。とても初日に鬼のような形相をしていた男のものとは思えない。
「そして何よりも貴方には戦士としての才能がある。勿論欠点も多いが、勇猛と弛まぬ努力はきっと聖勇者殿の力となるだろう」
「弛まぬ……努力。いや、僕は――」
言葉を放ちかける藤堂をウルツが遮り、分厚い唇を歪めて笑った。
「いや、聖勇者殿。案外そういったことが出来ない者は……多いのだよ。聖勇者殿もいずれ――わかるだろう。自分のできることをやるというのも……一つの才能なのだ」
藤堂と同じように疲労した様子で、しかしいつも通りの姿勢を保っているアリア、そして、一人で魔法の練習をしていたリミスもまたウルツの言葉に耳を傾けていた。
「今の貴方は……弱い。まだ弱い、が、その刃を研ぎ澄ますことが出来ればいずれ必ずや魔王を討伐できるだろう」
「僕は……強くなっているのでしょうか?」
まだ藤堂はウルツにまともに攻撃を与えられていない。まだそれが見えないくらいに、ウルツ・グランドの身体能力は高くそして戦闘に熟れている。
藤堂の倍程も身長のある半巨人族はその言葉に薄く笑みを浮かべた。
「躊躇うな。疑問を抱くな。勇猛で有り続けるというのは勇者の特権だ……軍神の加護は勇敢な者に下される」
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