第十五レポート:え? 私が報告書いていーんですか?

「ああ、特に異常などは発生していない。藤堂のレベル上げも順調だ」


『わかった。また何かあれば連絡を』


 宿の自室。クレイオへの報告を終え、通信を切る。

 ゴーレム・バレーに入ってから既に二週間近く。状況はかなり改善していた。

 大きく開かれた窓から青空を仰ぎ、ため息をつく。順調なのは間違いないが、それが嵐の前の静けさに感じて、思わず寒くもないのに身を震わせる。


 どうやら、藤堂達はウルツの忠告に従い、レベル上げと訓練を交互に挟むことにしたようだ。

 二日間レベルを上げ、一日訓練を挟む。拠点はファースト・タウンとセカンド・タウンを交互に取る事にしたようだ。ウルツは基本的にファースト・タウンに寝泊まりしているので、あまり奥まで行き過ぎるとファースト・タウンまで戻って来ることができず、訓練を受ける事が出来ないためだろう。


 これは、幸運なことだった。

 ゴーレム・バレーも大墳墓と同様に奥に行けば行くほど強力な魔物が徘徊する傾向にある。

 藤堂達のレベルは適正以下なのでファースト・タウンとセカンド・タウンの間でも十分にレベルを上げられるが、当然奥のゴーレムの方が大量の存在力を持っているので、リスクを考慮せずにレベル上げの効率だけを見れば奥まで行ったほうがいい。

 藤堂の性格ならばそちらを選択する可能性もあると思っていたが、ウルツから訓練を受けるという名目がその道を断ってくれた。


 そして、浅層のゴーレムならば藤堂達でも油断さえしなければなんとかなる。多種多様なゴーレムについても、その特徴をウルツから事前に聞いているため、何とか対応出来ている。

 勿論レベルが低いので苦労していないわけではないが、大墳墓とは状況が違う。レベルも既に藤堂が33、アリアもリミスもある程度上がっており、それほど時間を待たずに次のステップに移る事ができるだろう。今までのレベル上げ効率から考えると異常と言える。


「いや、違う。これが普通なんだ。これが普通……」


 おまじないのように呟き平静を保っていると、ふと部屋の扉が小さく開いた。ミスリルの代わりに木製のボタンの法衣を着たステイが首だけ中に入れて、いつも通り気の抜けるような声をかけてくる。


「アレスさん、朝ですよー」


「ああ……わかってる」


 そっけない返事にもステイは満面の笑顔で嬉しそうな声を上げた。

 ここしばらくの同行で俺もステイに慣れたが、彼女も彼女で俺に慣れているのだろう。それにしては慣れるの早すぎる気がするが……。


 悩みの欠片もなさそうなステイの顔。俺もこれくらい能天気に生きた方がいいのかもしれないな。

 ふと思い出して、昨日頼んでいた仕事について尋ねる。


「藤堂達が討伐した魔物の種類と数、ちゃんとまとめたか?」


「はーい。まとめました」


「お前いつも楽しそうだよな」


「え? そうですか?」


 目を数度瞬きし、ステイが不思議そうな表情で首をかしげた。



 レベルの上がる速度には多少の個人差がある。幾つかパターンがあるらしいが、上がりやすければ上がりやすい程に才能があるとされる。

 そういう意味で、藤堂のレベルアップ速度はかなり高かった。また、アリアとリミスについてもさすが貴族の出だけ言って悪くない。


 ルークスの貴族とはルークス王国建国時に尽力した人物である。かつて未開の地を切り開いた戦士たちの子孫はそれにふさわしいだけの才能を持って生まれている。

ステイのまとめてくれた資料はその事実を如実に示していた。険しい道に多種多様な進化を遂げた魔導人形ゴーレムの群れ。装備がいいとは言え、低レベルとは思えない戦果は俺が同じレベルだったのならば到底なし得ないものだった。


 まとめられた資料を読み終え、丸テーブルに置く。これらの資料は藤堂の力量に対する指標となり、また後世の勇者のサポート時の参考資料ともなる。

 ふと視線をずらすと、対面で資料を作ったステイが窺うような目つきで俺を見上げているのに気づいた。


 どうやら事務処理能力には適性があるらしい。戦闘記録と呼ぶにはまだ考察不足な点はあるし、何かしでかしそうだがそれは俺がフォローすればいいだけだ。

 試しに仕事を任せてみたが、通信機代わり以外にももしかしたら使いようはあるのかもしれない。


「ああ、ありがとう。助かった」


 俺の言葉に、ステイの表情がみるみる明るくなった。


「! どういたしまして!」


「お前っていつも楽しそうだよな」


「お仕事、とっても楽しいです!」


 元気よく答えるシスター・ステイ。どうやらとっても楽しいらしい。

 良かった良かった。多分、本部ではドジしすぎて誰も仕事を与えてくれなくなったのだろう。俺は面倒臭そうなのでそれ以上その件について触れるのはやめた。


 ステイは姿勢をピンと伸ばしてこちらにしっかりと視線を向けている。性格も顔も全然似ていないのにその様子はどこかアメリアに似ていた。


「藤堂もアリアもリミスも順調にレベルは上がっている。今の内に根本的な問題の解決の目処を出しておきたいな」


「根本的? な問題? ですか?」


 如何にレベルが上がっていてもどうにもならないものもある。


 その最たるものがアリアの魔力ゼロ体質だ。あれは正直どうにもならない。


 魔導師は自身の魔力を元に明確な技術を使って魔術と呼ばれる現象をこの世界に引き起こすが、剣士が魔力を使用しないわけではない。剣士はもっと原始的な方法で魔力を使う。体内に魔力を巡らせて身体能力を向上させる『激動プラス』や身体に魔力を張り巡らせて障壁とする『防壁シールド』が有名だが、墳墓で藤堂が見せた『咆哮ハウル』もそれらの技術の一つだ。


 それら技術は『戦技』などと呼ばれるが、今は武器や防具の力で対応出来ていても、戦技が使えないというのは戦士にとって致命的なハンデだった。


 魔力量とは個人の資質だが、普通の戦士でも上に行けば行くほどその差が如実に実力に現れるのだ。戦に練達した者ならば魔力がないことがどれほどの問題なのかはっきりとわかるだろう。


 俺の言葉に、わかっているのかわかっていないのか、ステイが相槌を打ってくる。


「確かに? アリアちゃんが一番、ダメージを受けてましたが……」


 今のレベルでは戦技を使いこなすのはまだ早い。

 だから、装備の質がいいこともあり、まだはっきりとした障害は起こっていないが、いつか絶対に実力不足でパーティから抜ける事になると思っていた。

 俺の心配するような事ではないかもしれないが、なるべく死なない内にチェンジしたほうがいいだろう。死なれると勇者の精神に深い影響を与えかねないし。


 ただし、本人から言い出さない限りこちらで勝手にチェンジするわけにもいかない。藤堂も納得しないだろう。

 さすがに、アリアならばその時が来たら自分から言い出すと思っているが……。


 だが問題はアリアだけではない。そろそろ現実に目を向けなければならない。

 問題を洗い出し一個一個解決に導かなくては。


「後はリミスだな。火属性の精霊としか契約していないというのは致命的な問題だ」


「あー……珍しいですよねー」


 同じ魔導師として思う所があるのか、ステイが納得の表情をする。珍しいなんてもんじゃないんだが……。

 そのまま続けて問いかける。


「何故だかわかるか?」


「えっとー……魔物には得意な属性と苦手な属性があってぇ……」


 ステイが気の抜けるような声で答える。が、概ね理解しているようだ。


「そうだ。魔物には得意な属性と不得意な属性がある。精霊魔導師の強みは常に魔物の弱点をつける点にある」


 例えば氷樹小竜グレイシャル・プラントは全属性に高い耐性を持つが特に氷属性の攻撃魔術に対してはほぼ完全な耐性を有する。逆に火属性の攻撃魔術は氷属性よりも効きやすい。

 強力な魔族の中は皆、魔術に対する強い耐性をもつが、それだってムラがあるものだ。魔物の弱点を見極める目も精霊魔導師に求められるものだ。

 アリアよりは幾分マシとは言え、選択肢が少ないのはかなり大きなデメリットである。火属性に耐性のある魔物なんていくらでもいるのだ。傭兵のパーティだったら火属性以外使えない精霊魔導師は間違いなく入れてもらえない。


 だが、ここで一つ予想外がある。


 俺は魔術については門外漢だ。多分ステイの方がまだ知識を持っているだろう。

 唇を舐め、自身を落ち着かせて言う。


「だが、リミスはまだ戦えている。俺は絶対にここでリミスが躓くと思っていた。いくら強力な精霊と契約していたとしても、ゴーレムは基本的に火属性に対して高い耐性がある。少なくとも、リミスのレベルでは一撃で倒せるような事はないと思っていた」


 だが、現実に倒せている。一撃で全てを灰にできている。相手は燃えやすいアンデッドではない。

 下級のゴーレムだという事を考慮しても、これは完全に俺の予想の上をいっている。


 ステイをじっと見つめる。ステイは照れたように頬を染めた。染めんな。


「ありえるのか?」


「んー」


 ステイは目を閉じて少しだけ低い声で唸ったが、すぐに目を開いた。


「精霊魔導師で一番重要なのは……契約してる精霊さんの力とそして、どのくらい心を通わせているかだから……」


 ありえるという事か。ステイの知識をどこまで信頼していい?

 ……いや、ありえるありえないではない。『ありえている』のだ。精霊の力かあるいはリミスに卓越した才能があるのか、知らないが。


 リミスの問題とアリアの問題には差がある。アリアの問題は絶対に解決できないが、リミスの問題はまだ解決できる可能性もある。

 俺は彼女が火属性精霊としか契約を結んでいない理由を知らない。単一属性の精霊としか契約を結べない体質など存在しないはずだ。


 俺はここでリミスに問題と直面して欲しかった。火属性の精霊では倒せない魔物という存在を実感して欲しかった。そしてできれば、他の精霊と契約する道を見て欲しかった。契約出来ない理由があるのならば、自分の力不足を実感して自らパーティを脱退して欲しかった。代わりは何とか探すから。


「アレスさん? 難しい表情してます」


 ステイに指摘を受けるが、難しい表情もするというものだ。

 だが、まだリミスに苦戦させる目がないわけではない。


 一度水で喉を潤し、続ける。


「だがまだだ。まだリミスはヴォルカニック・ゴーレムを相手にしていない」


「ヴォルカニック……ゴーレム?」


 この地に生息するゴーレムの中でも上級に位置するゴーレム。火属性の攻撃魔法に対するほぼ完全な耐性がその最大の特性である。

 浅い部分には出現しないのでまだ遭遇していないが、それほど珍しい存在ではないので、もっと奥に行けば絶対に遭遇する事になる。強さ自体はそれほど強くないので藤堂とアリアが相手をすれば問題ないが、果たして自分の魔術の通じない相手と出会った時にリミスは何を考えどう変わっていくのか。


「……まぁ、魔導師は女が多いから代わりを用意するのもアリアより楽だな」


「きっと、リミスちゃんならだいじょーぶですよ」


 陰のない表情でステイが適当な事を言った。



§




 極度に圧縮された炎の槍フレイム・ランスが身の丈数メートルもあるロック・ゴーレムの体幹を貫く。

 槍は分厚い胸甲を溶かし突き進むとそのままコアを破壊し、ゴーレムを燃やし尽くした。


 属性相性を考慮しない恐ろしい威力。重い物体が崩れ去る音が空間に響き渡り、その振動がそこから随分と離れているこの場所まで伝わってくる。

 しかもそれはリミスのレベルアップに伴い徐々に威力を増しているようだ。


 外と異なり洞窟内での尾行はかなり難しい。視界には入る程に近づいてしまうとバレる可能性が高いので、空気の振動と音、あるいは臭いから状況を察さなくてはならないが、注意の必要もないくらいにその戦闘音は派手だった。


 現在のリミスのレベルは23である、だがこの分だとあっという間に藤堂に追いつく事だろう。

 しかも、あろうことか『炎の槍フレイム・ランス』は初級の攻撃魔法なのだ。23の精霊魔導師でも連続で撃てるし、見たところリミスはほとんど魔法を外さない。魔導師の中には命中率に難のある者もいるが、リミスはそうではない。

 フリーディアは強力な精霊魔導師の家系だ。それが如何なるものか俺には全く予想がつかないが、古くから続く名門にはその年月に相応しいノウハウが蓄積されているのだろう。


 後衛が頼りになれば前衛はより活きる。藤堂達のパーティは今、パーティとして十分に機能していた。


 またレベルが上がったのか、短い歓声が伝わってくる。

 無尽蔵の備蓄を可能とする魔導具と優れた武器に才能。藤堂達の進軍を止める要素は未だ見つからない。そもそも、ゴーレムと戦えば戦う程にその動きは洗練されていっている。


 唇を噛み、絞り出すように評価を下す。


「ッ……この辺りに出るゴーレム相手ならば、もう大丈夫だな。追跡をやめる日も近いかもしれん」


 30になるまでは様子を見るつもりだが、この分だと杞憂に終わるだろう。

 俺の側でフラフラ立っていたステイが俺の言葉に目を見開く。


「そーですね。……あれ? そしたらもしかして私、役立たずですか?」


「……」


 人が足りないのだ。なんとなく扱い方も分かってきたわけだし、あまり難しい事を頼むのもあれだがもう少し使ってみてもいいだろう。

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