第十四レポート:レベル上げと異変調査の状況について

 その身の放つ強さが、以前と明らかに異なっていることは見る人が見ればすぐにわかっただろう。

 存在力の大きさ――戦士の力量はある程度の経験があればわかるものだ。


 『第一の街ファースト・タウン』から『第二の街セカンド・タウン』への道中、ゴーレムを危うげなく切り刻む藤堂達の姿に安心する。どうやらウルツは本当にうまいことやってくれたらしい。


 藤堂の方を観察する。

 以前まではついてこれなかった飛び跳ねるようなボール・ゴーレムの動きに合わせるように藤堂が足運びを変更する。凄まじい速度で変則的な動きで突進してくるゴーレムを、その眼は確実にとらえていた。

 斜めから振り抜いた剣が容易くゴーレムを両断し、残骸に変える。鉄の剣ならばまだ苦労していたかもしれないが、聖剣ならば多少太刀筋が乱れても障害にはならない。当たれば切れるのだから、敵の動きが見えるようになった時点でゴーレムはただのカモだ。


 続いてアリアの方を観察する。

 藤堂はまず受けることを考えているが、アリアは常に攻めることを考えた動きをしていた。

 元々彼女が転向したミクシリオン流剣術は殺す剣だ。歩法を重視し、敵陣に切り込むことで活路を見出す。達人になれば数十体の魔物の群れに切り込み、掠り傷一つ負うことなく全滅させるという。

 アリアはまだその域にまでいっておらず、何度か攻撃を受けていたがそれでも前に出ようという気概だけは負けていない。軽装にも拘らず数体のゴーレムを前に踏み出しそれらを剣で牽制する。

 そして、両断とまではいかないものの、アリアの剣もまたゴーレムの装甲を大きく傷つけられるようになっていた。うまいことゴーレムの心臓コアに当てれば一撃で殺すことだってできる。まだ何体か弾き飛ばして崖の下に落としていたが、これならばレベルも上がる事だろう。


 リミスの役割は撃ち漏らした魔物を焼き尽くすこと、そしてゴーレムが大量に現れた際に初撃に魔法をぶつけて数を減らすことになっている。魔力の節約やレベルを均等に上げようとしているという事もあるのだろう。

 強力な精霊の力故か、レベルは一番低いにも拘らず今のところ現れたゴーレムは残らず一撃で灰になっていた。

 低レベルで強力な魔物を倒しているためレベルの上昇も一番激しく、常にレベルアップ特有の違和感に襲われているようで、そわそわとしていた。藤堂の神力だとまだレベルアップの儀式を何度も行えないためだろう。存在力の余剰、もったいない。


 グレシャは主に前衛を抜けてきた魔物からリミスを守っていた。亜竜故の強靭な膂力と耐久力。元々ゴーレムよりも討伐適性レベルが高いこともあり、危うげな点は見受けられない。


 そして、藤堂達は何体ものゴーレムを討伐しつつも道中を抜け、セカンド・タウンにたどり着き、その頃には藤堂のレベルは30にまで上がっていた。



§



「ようやく30ですか……」


 セカンド・タウンの構造はファースト・タウンとさほど変わらない。

 基本的にゴーレム・バレー内の街の構造はどこも一緒だ。ただ唯一、奥の街になればなるほど――数字の大きな街になればなるほど、人口が少なくなり分布比率が傭兵側に偏っていく。


 アメリアと落ち合った宿の酒場も傭兵の姿で溢れていた。

 恐らく、この中で藤堂達よりもレベルの低い者はいないだろう。この地はそういう地だ。レベル55の僧侶は珍しいが、アメリアのそのレベルもこの中では決して目立つレベルではない。


 ゴーレム・バレーに生息する数少ない生物。琥珀鳥のソテーにフォークを入れながら答える。


「当初の予定よりは遅れてはいるが悪い傾向ではない」


 とりあえずはゆっくりでもいい。積み重ねは魔王に対する剣を研ぐ事と同義である。


 そこでステイがにこにこ笑いながら口を挟んできた。レベルだけは高いためか、今日一日足場の悪い崖を進み続けたにも拘らず疲労している様子もない。

 ソースを口元につけたまま両手を上げて主張する。


「藤堂さん、ほんっとーにすごかったんですよ! 襲い掛かってくるボールみたいな奴をずしゃーって!」


「私は貴女を連れ歩くことができているアレスさんがすごいと思います」


 アメリアが澄ました表情で毒を吐く。


 手ずっと引っ張ってるだけだからな、俺。

 まぁ、それはともかくとして――。


 何も言わずとも俺の言いたいことに気づいたのか、アメリアが報告を始める。


「アレスさんから言われた通り、異常の調査をしました」


「何かわかったか?」


 念に念に念を入れる。俺よりもアメリアの方が相手の口も軽くなるだろう。

 期待を込めた視線を投げかけるが、アメリアは小さく首を横に振った。


「特に異常は起こっていない事が分かりました。平和です」


「何も……ないというのか……本当に」


 マダムの情報。アメリアの現地調査。ファースト・タウンで直に洗った情報。その全てがトラブルがないことを示している。

 唸っていると、アメリアがほんの少しだけ唇の端を持ち上げて微笑んだ。


「ええ。本当に。そもそも、今の状況が普通なのでは?」


 確かにその通りである。

 だが、それでも腑に落ちない。いきなり順調になるなんて腑に落ちない。納得行かない。今の状況、運がいいなんて言う言葉で表現してしまってもいいのか?


 悩む俺に、アメリアが追い打ちをかける。自分の隣に座っているステイを指して、


「大体、トラブルなら彼女がいるじゃないですか」


「……なぁ、一つ聞きたいんだけど、何でお前ら仲いいの?」


 どう考えてもアメリアはステイの方を邪険にしているんだけど。

 邪険にされた本人が邪気のない笑顔で明るく言う。


「先輩は教会本部で私の隣の席だったんですよー!」 


 そのままステイに肩を突っつかれ、アメリアは小さくため息をついて続ける。


「……はぁ。ちなみに交換手オペレーターとしての仕事をステイに教えたのも私です」


 だいぶ繋がるの遅かったんだけど、もっとちゃんと教えておけよ……と言いたい所だが、きっとそこには並外れた苦労があったに違いないので俺は言葉に出すのをやめた。

 アメリアが続ける。その声色には苦労が滲んでいた。


「ステイは……なかなか人見知りする方なので苦労しました」


 どう考えても真逆に見えるんだが、それは言わない方がいいのだろうな……


「後、少し目を離すとトラブルを起こすので」


「なるほど……そんな風にか」


 指を指す。アメリアの隣で、ステイがウエイターに酒を注文していた。


 昨日試しに飲ませてみて、予定通り飲酒厳禁令出したのに全く気にしている様子がない。

 多分、こういう状況で長く目を離していたら酔っ払うまで気づかないのだろう。短い付き合いだがそれくらいの事はわかる。なんか扱うコツもつかめてきたし、これはこれで――。


「そう。こんな風に……って、ステイ!? 飲んじゃダメって言ったでしょう!」


「飲まないですよー、頼むだけ、頼むだけですー」


 アメリアに頬を引っ張られて涙目になるステイ。

 ちなみに、ステイの酔っ払い方はアメリアとそっくりだった。先輩後輩といっても、そんなところまで似なくていいのに。


 一度咳払いをして場を仕切り直す。アメリアが摘んでいた頬をぱっと離した。


「とりあえず藤堂の後はもうしばらくつける。目安としては全員がレベル30になるまでは後をつけたほうがいいだろう。本音を言うのならば適性まではつけていきたいところだが、クレイオから過保護という言葉も受けている」


 最悪、俺がいなくてもグレシャを壁にすれば逃げるくらいの時間は稼げるだろう。

 藤堂はそれを良しとしないだろうが……アリアとリミスが何とか説得してくれる事を信じよう。


「アメリアは引き続き調査と調整を行ってくれ」


「一つ提案があります」


「……言ってみろ」


「私とステイの役割を逆にしませんか?」


 何を言っているんだ……こいつは。アメリアに任せている仕事は別に難しい物ではないが、迅速な行動と自分自身で考え判断する力と一人でも迷子にならない力が必要とされる。

 まじまじと見るアメリアの表情は真剣だった。アメリアは真剣な表情でおかしな事を言うからな。


「理由は?」


「ステイとアレスさんが二人で危険な場所を探索していると思うと心配で仕方がありません」


「俺はステイを一人にする方が心配で仕方がない。却下だ」


 確かに、危険地帯にステイを連れて行くべきではない、が、今更そんなこと言っても仕方がない。

 もうそこの議論は終えたのだ。ステイは目を丸くして俺とアメリアを交互に見ている。


 大体、俺もステイの扱いには慣れてきた自覚がある。深く考えない。いざという時は力づくで何とかすること。この二つを守っていればなんとかなるのだ。


 アメリアがジト目で俺に言う。


「心配過ぎて精神病みます」


「病め」


 アメリアの図太さは既にわかってる。お前は強い子だ、大丈夫大丈夫。



§ § §




 身体の奥底から力が湧いてくるかのようだった。

 眼をつぶったまま何度か息を吐き出し、目を開ける。儀式により神力がごっそり抜けたが、そんなこと気にならないくらいに身体に力が溢れていた。


 呆然と手を何度か握り確かめる。いつもレベルアップの時には力の上昇が自覚出来ていたが、今感じているそれは今までの比ではない。


「これが……レベル30……」


「おめでとうございます」


「よかったわね、ナオ」


 道中、レベルが一個上がり28になったアリアと、範囲殲滅のお陰か一番大きくレベルの上がりレベル20になったリミスが祝福の言葉を駆ける。


 レベル30。そのレベルに意味があるというのを、既に何度も聞いていた。

 グレゴリオも言っていたし、最初に目標を決めた時にも聞いている。だが、実際になってみると確かな違いがわかって、藤堂は思わず唇を噛んだ。


 大きすぎる違いだ。30になる前の自分と今の自分ではまさしく存在が違う。恐らくその二人が戦えば百回に百回後者が勝利するであろう、そういう違い。

 そして、それは同時にそれまでが何も出来ない状況だった事を示していた。


 仲間を見る。まだレベル30になっていない仲間を。

 今まで以上の焦燥を感じる。焦燥に押されたかのようにぽつりと言葉を出す。


「早く……強くならないとね」


「そうですね……」


「ここなら直ぐに上がるでしょ……レベルアップの儀式を何度も行えないのはネックだけど……」


 リミスの言葉は正しい。藤堂の神力ではまだレベルアップを何度も連続で使用できない。もしも使用出来ていて、存在力が貯まる度に儀式を行えていたら、もっとリミスのレベルは上がっていただろう。


 難しい表情をしていたのか、アリアがまるで慰めるように肩を叩く。


「大丈夫、神力も徐々に伸びていきます。……私も少しは負傷を減らせるように精進しないと」


「そうね、アリアが傷を負わなくなればその分レベルアップに力を裂けるわけだし……」


「い、いや、私が傷を負わなくなっても神力の節約はしなくてはならないぞ? 戦場では何が起こるかわからん」


 何やら言い争いを始めたリミスとアリアをよそに、藤堂はもう一度、今度は一人でぽつりと呟いた。


「強く……ならないとな」


 レベルは最低限上がったがまだやるべきことは数え切れないくらいある。

 魔術の訓練、剣の鍛錬、神力の向上。戦闘時のフォーメーションだって、まだグレシャの存在を加味したものになっていない。


 一人うつむいてその事を考えていると、その時、リミスがふと思いついたように短く声をあげた。


「そうだ、ナオ。私も傷を回復できる魔法を覚えようと思ってるの。ずっと前から考えていたんだけど、ようやく習得に必要な道具が揃って……まぁ、まだ使えるようになるかどうかわからないんだけど……」


「お、おい、聞いてないぞ!?」


 仲間も皆できることをやろうとしている。

 リミスとアリアを見て、藤堂は笑みを浮かべて顔をあげた。


 課題がどれだけあっても一つずつ潰していけば必ずそれは魔王討伐の道につながっている。

 たった一人では困難な道かもしれないが、仲間達がいれば必ず達成できるはずだ。


 説明を始めるリミスに、藤堂はその事を再び強く確信した。

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