第三報告 新メンバーの教育について

第十三レポート:発生し得る問題と対策について

 俺は藤堂直継に才能を見出している。


 古より伝わる英雄召喚サーモニング・ヒーローは今まで数多の勇者を生み出してきた。中には闇に落ちた者もいるし、後世に伝わる事無く消えていった者もいるはずだが、その術式の効果には一定の信憑性がある。

 そもそも加護が付与される時点で強力なのだが、それを除いても――少なくとも、石を投げてその辺を歩いている連中を勇者にするよりは、資質の高い者を見出だせる可能性は高いだろう。


 ゴーレム・バレーに到達してから二週間弱が過ぎた。致命的な問題は発生していない。


 ウルツの戦闘手法は我流である。だから、体系化された武術を教えたりはできないが、元々藤堂に足りなかった部分はそういう部分ではない。

 元々、藤堂に与えられた軍神プルフラス・ラスの加護は優れた武人の資質を持つ者が得る事で知られている。

 藤堂が訓練を通して今の身体能力に適応するまで時間はかからなかった。

 期間にすれば一週間程度。その期間の短さは奴のポテンシャルの高さの証明である。


 隆起した崖の上から遙か眼下、訓練所の中心に立っている藤堂を見下ろす。

 藤堂は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を繰り返していた。その様だけで、一週間前の彼とは異なる事がわかる。

 レベルによって上がるのは身体能力だけではない。今はまだ気づかれていないが、いずれ俺の監視にも気づくことが出来るようになるだろう。


 藤堂一行に遅れる事十分、ウルツが訓練所に入ってくる。その背には一体の人形が背負われていた。


 この地に生息するゴーレムの一種。それに似せて、魔導師が生み出した訓練用のゴーレムだ。


 形は俺が以前倒してみせたロック・ゴーレムよりもスリムでより人型に近く、その装甲は傷だらけだが磨かれ、鈍色に輝いている。


 訓練用のゴーレムはメタル・ゴーレムの一種だ。

 ロック・ゴーレムよりも小さいが力が強く敏捷性に秀でている。特殊な金属で作られており、装甲も硬く、武器を扱う事でも知られており、ゴーレム・バレーの中でも滅多に出現しない存在である。

 訓練用に調整されているので天然のメタル・ゴーレムよりはずっと弱いが、あれを相手にできれば実力が付いている証にはなるだろう。


 藤堂がウルツの気配を察知し、目を開く。その手に握られているのは訓練用の鉄の剣だった。以前までの藤堂ならばそれでメタル・ゴーレムに相対するのは難しかっただろう。


 アリアとリミス、そしてグレシャは少し離れた所で藤堂の様子を見物していた。

 ウルツが抱えていた人形を地面に置き、藤堂の方に視線を向ける。


「今日はこいつを相手に戦って貰う」


「はい」


「以前の聖勇者殿ならば対峙することすら困難な相手だ。討伐適性レベルで言うのならば――45程度はあるだろう。変わった能力はないが純粋に素早く固く力が強く魔法耐性も高い」


「はい」


 抑揚のない、重苦しいウルツの言葉を聞いても、藤堂の表情に変化はない。ただ、じっと目の前で佇む人形を見上げている。その様子に緊張は見られない。

 ウルツが眉を顰め、尋ねる。


「それで――今日も一人で戦うか?」


「……はい。やってみます」


 藤堂の返答は以前のそれと変わらない。ウルツはその言葉が分かっていたかのように小さく頷いた。


 勝利に固執する傭兵ならば間違いなくパーティでの戦闘を選んでいたはずだ。

 それは、奴のあり方が傭兵というよりは正々堂々の戦いに拘る騎士に近い事を示していた。傲慢とも言い換えられるが、資質の一つとも言える。訓練を重ねても一切変わることのなかったそれが今後吉と出るか凶と出るかはわからない


「ならばいい」


 訓練用ゴーレムがぎしりと軋んだ音を立てて直立する。その顔がゆっくりと下り、頭が藤堂の方を向く。


 ウルツはゆっくりとアリア達の隣まで離れた。


 実はウルツは割と無茶を言うタイプである。藤堂もここ数日の訓練で何度もふっとばされてそのことを理解しているだろうが、適性レベル45は45でも、パーティで戦って45だ。

 そして本来のメタルゴーレムはその遙か上を行く。金属製のゴーレムはこの地でも屈指の難敵なのだ。


 僧侶は教義により嘘をつけない事になっているが、逆に嘘以外ならば特に制限はない。


 藤堂が剣と盾を構え、じりじりと円を描くようにゴーレムに構える。そして、何の合図もなくメタル・ゴーレムが藤堂に襲いかかった。



§



「次は……もっとレベルを上げてから来るといい。今のレベルでこれ以上戦闘能力を向上させるのは難しい」


「はぁはぁ……はい。ありがとう……ございました」


 膝に手をつき、荒い息を吐きつつも、藤堂が顔を上げる。

 アリアも似たようなもので、メタルゴーレムとの訓練を免除されたグレシャと、魔法職故に自主練に励んでいたリミスだけが目立った傷のないメタルゴーレムを見上げていた。


 結果は見えていた。元々、パーティでも適性以下なのだ、いくら聖勇者とは言え、そう簡単に奇跡は起こらない。

 だが、そのレベルを考慮すれば、相対したその結果はかなり上等な部類と言える。大きな傷をつける事はできなかったが、藤堂はメタル・ゴーレム相手にそれなりの時間粘る事ができていたし、アリアもまた致命傷を受けずにその猛攻を凌ぎきった。パーティで訓練を受けていたらもしかしたら勝てる可能性もあったかもしれないし、本来の武器を使っていればまた結果は変わっただろう。


 俺がもしも彼らと同じレベル帯で訓練を受けていたら多分為す術もなく負けていたはずだ。


「この型のゴーレムは滅多に現れないが――浅層に現れるゴーレムを相手にする分ならば十分だろう」


 ウルツの言葉を神妙に聞く藤堂。長く訓練を受けてもらった相手というのもあるのだろうが、藤堂は元々向上心が高い。


「今回聖勇者殿がこれに勝てなかったのは――純粋に地力が低いためだ。気にする必要はない」


「分かって……ます」


 絞り出すような声を出し、それでも、藤堂が悔しげに唇を嚙む。

 メタルゴーレムの魔法耐性は屈指。歩く骸骨ウォーキング・ボーンのように咆哮ハウルも効かなければ、藤堂が今使えるレベルの攻撃魔法もほとんど効かない。

 相性が悪かった。だが強い相手と戦った、この数日間はかけがえのない経験になった事だろう。


 続いて、動きについてのアドバイスを始めるウルツ。

 その様を見て、俺は踵を返した。藤堂の方は順調と言ってもいいだろう。だが、俺の考えるべきところはそこだけではない。



§




 送られてきた手紙を握りつぶす。憤懣と不安をごまかすように深々とため息をついた。


 手紙は藤堂の訓練中、空いた時間に依頼していた調査の結果だった。

 ゴーレム・バレーの内部には五つの街が存在するが、それぞれの間はネットワークで結ばれている。傭兵達のネットワーク、教会のネットワーク、そして商人達のネットワーク。

 立場が違う以上、結びつきも異なり、得られる情報も異なる。教会のネットワークはともかく傭兵と商人に力を借りるには金とコネがいる。俺は空いた時間、その三つ全てのネットワークを使って情報の取得に努めていた。


 短い時間なのでそれほど情報は集められなかったが、それでも十分だった。

 感情が顔に出ていたのか、アメリアが口を開きかける。


「何か――」


「何かあったんですかぁ? アレスさん」


 ここ数日、金蔓にランクアップしつつも全く態度の変わっていないステイが危なっかしげな足取りで近づいてくる。


「いや……何も……ない」


「……え?」


「何もないんだ……ありえない」


 手紙を強くテーブルに叩きつける。

 怪我人も増えていなければ強力な魔物の出現などもない。『第一の街ファースト・タウン』から『第五の街フィフス・タウン』に至るまで、異常という異常を、噂という噂を洗った。

 だが、問題が起こっていない。起こっていないのだ。そんな馬鹿な話があるだろうか?


「ここはレベル上げで有名な地だ。勇者召喚がバレていたら間違いなく手を打たれるはずだが……何もない」


「……こほん。それは……いい事では?」


 言葉を遮ったステイに無表情で視線を向けていたアメリアが、小さく咳払いして言う。


 そうだ。いい事だ――本来ならば。

 だが、あまりにも何も見つからない。ヴェール大森林でも、有名所でもなんでもないピュリフでさえ問題が起こったのに、この地では何もないなんてありえるだろうか? いや、ありえない。


 俺の言葉に何も分かっていない表情をする致命的なドジっ子を眺める。確かに問題だ。確かにこいつは問題だが、まだ問題が甘い。

 こいつは確かに死なせるわけにはいかないし足を引っ張っているが、同時にメリットもある。致命的な問題でもない。


 いや、内部でなければ――外部から、か!?


 ここ数日、時間が余ったので本部への報告を任せていたアメリアに尋ねる。


「アメリア、グレゴリオは今何処にいる?」


「まだピュリフにいるそうです」


「……こちらに来る気配は?」


「……特には。さすがにないんじゃないですか? スピカも一応まだ生きてるらしいですし」


 そっけないアメリアの言葉。そうか、さすがにない、か。




 じゃーどこから問題が来るんだよッ!!



 来るならとっととこい。さっさとこないと――次の備えをしてしまうぞ!? いいのか!? 本当にいいのか!?


 いや――駄目だ。まだ油断はできない。今までの事を思い出せ、アレス・クラウン。

 きっとまた、油断したところで落差で攻めてくる作戦に違いない。


 アメリアが目尻を下げ、いつもより心なし優しい声で言う。


「アレスさん……疲れているんですよ。少し休んだらどうですか?」


「そーですよ、アレスさん。働きすぎです。ワーカーホリックだって、先輩もいつも言ってますよ?」


 気遣いが痛い……だが、俺は狂っていない。今は疲れてもいない。問題が……起こっていないのだから。


 むしろ何か起こってくれた方がマシである。嵐の静けさに見えてしまって気が休まる暇もない。

 考え過ぎか? 考え過ぎなのか? ここまで探してもないという事は……そういう事なのか?


「いや、まだだ。まだ油断出来ない。明日から藤堂達はレベル上げに戻る。そこで何かが……起こるはずだ。予想も出来ない何かが」


 だが何が起こる? 藤堂の……死? いや、まて。恐らく違う。それは防ぐ。

 今まで起こった問題の傾向からすると、もっとこう、変な方向の問題が――。


「落ち着いて下さい、アレスさん。深呼吸深呼吸」


「……チッ。いいだろう、槍でも鉄砲でも持ってこい」


「アレスさん!?」


 時間が空いたからと言って備えを怠るつもりはない。

 万全を期していれば問題ない。なんだろうと正面から切り抜けて見せる。


 上目遣いでこちらを窺ってくるステイを見る。


「んー……難しくてアレスさんが何言ってるのか、よくわからないです?」


 とりあえずは……こいつから始めるか。


「アメリア、酒だ。酒を持って来い」


「へ!? な、何でいきなり?」


 知れたこと。ステイに飲ませてどんな問題を起こすのか確認するのだ。

 今ならば余裕がある。事前にわかっていれば次に同じ問題が起こっても対処するに易い。

 事前に起こりうる問題を潰す。潰すのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る