第十一レポート:成果と才能について

 巨人族ジャイアントは強い。身体の大きさは人の数倍、その身に秘めた力もそれに比例する。

 人に迎合する事のなかった同類――巨鬼ギガースの討伐適性レベルが幼体でも40を越える事からもそれはわかる。

 人族との混血であるウルツの能力は純粋な巨人族程高くはないが、同時に人族の『レベルアップ』の特性を併せ持っている。人族と他種族との混血が優秀な傭兵の資質を持つと言われる由縁だ。


 だから、生来の強靭な身体能力と存在力の蓄積によるレベルアップを持つウルツ・グランドにとって一般的な人族は、弱き者と同義だった。



 ――以前までは。



 膨大な殺気と魔力の乗った咆哮が大地を、空気を揺らす。

 咆哮ハウルは衝撃と同時に精神異常を引き起こすスキルだ。特に捕食者である巨人種のそれは多くの生き物に根源的な恐怖を抱かせ動きを縛る。


 戦闘態勢に入るといつも頭に血が上る。赤くちらちらと明滅する思考の中、ウルツはしかし前に出ることなく目の前の小さき者を見下ろしていた。

 痩身で黒髪の青年。藤堂直継。たったレベル29の――聖勇者ホーリー・ブレイブ


 戦闘中に動きを止めるのは自殺行為に等しい。レベル差の大きい現状、並大抵の人間ならば咆哮だけで終わっていたはずだ。

 嵐のような咆哮を受けて、後ろの仲間たちは青ざめている。だがしかし、目の前の青年の表情は軽く強張ったが、足は止まったが、その様子は大きく変化していない。


「聖勇者……聖勇者、か……なるほど」


 マダムから、召喚が成されたという情報は聞いていた。だが、まさか自身がその訓練を請け負う事になるとは思ってもいなかった。


 資質は十分か。戦士の資質とは恐怖に打ち勝つ事だ。死の恐怖に打ち勝ち、前に踏み出す事が出来なければいくらレベルを上げても意味はない。

 レベルは能力を上昇させても、心までは強化してくれないのだ。


 空気の震えが止まる。藤堂の強張っていた表情が和らぐ。

 熱い呼吸を繰り返し、脳を燃やす熱を冷ますウルツに、藤堂が不審そうに尋ねてきた。


「なんで……今の隙に攻撃を仕掛けて来なかったの?」


 その通りである。動きこそ完全に縛れてはいなかったが、『巨鬼の咆哮ギガース・ハウル』の効果がまったくなかったわけではない。少なくとも、今踏み込んでいれば万全の体勢で対応はできなかっただろう。


 高ぶる戦闘本能を静め、ウルツは笑みを浮かべる。


「これは……訓練だ、聖勇者殿。だが……私は決してお前を――侮ってはいない」


「侮って……いない……?」


 少しでも本能を静めるために拳を打ち鳴らす。金属の手甲ガントレットぶつかり合い高い音を立てる。


「ああ、聖勇者殿。私は以前……お前のように咆哮を耐える相手と戦った事がある。その時は――咆哮と同時に襲いかかりそして……手酷い反撃を受けたのだ。以来私は――警戒を忘れない」


「ッ……僕は……あなたのレベルの半分しかない」 


「レベルはただの……基準だ。聖勇者殿、絶対ではない。高ければ高いほど強いのは間違いないが……今のレベル差ならば負けようがないようにも思えるが、だが、絶対ではない」


 一歩足を踏み出す。地面が微かに揺れる。藤堂の眉がぴくりと痙攣し、その表情が再びこわばる。

 藤堂の胴程の太さもある腕を持ち上げ、拳を握る。その握力にガントレットが軋む。


「だから私は……お前に油断しない。腕が、脚が、五体の全てが力を振るえと唸っている。だが、私がそれを止めている。これは理性でありそして――私が臆病である証だ。笑ってくれ、巨人族ジャイアントは勇猛果敢で如何なる難敵にも立ち向かう事で知られているが、私は――」


 彼我の距離差、約二メートル。一歩踏み出し剣を振れば当たる程の距離まで詰めた所で、ウルツは目の前の小さきものを見下ろし、凶悪な笑みを浮かべた。


「――万が一にも負けたくないのだよ」


 その言葉に弾かれるように、藤堂が目を見開く。裂帛の気合を込め、咆哮と共に踏み込み、その剣を振りかぶった。





§ § §





「一応聞いておくが、死んでないか?」


「何いってんだい、あんた」


 今日の訓練の結果を聞くために教会を訪れた。開口一番に投げかけた俺の言葉にマダムが眉を顰めた。


 ウルツ……ちゃんと手加減覚えたのか。いや、マダムがいるのであまり心配はしてなかったが、何しろ巨人族は血の気が多い者が多い、戦闘に集中するとふとそのあたりがぽっかり抜け落ちる事がままある。


 隣にはいつも通り、ウルツが無愛想に立っていた。

 机の上には特注の巨大な羽ペンと数枚の紙。ウルツが紙を取り、こちらに放り投げてくる。宙を舞うそれを全てキャッチした。


 それは今日の報告書だった。現在の問題点や能力、長所短所などが詳しく書き込まれている。


 ウルツが小さく言う。今日一日付き合ってもらったはずなのにその表情には疲労が見えない。


「才能は……ある」


「負けたか?」


「アレス……お前がレベル29だったら、私に勝てると思うか?」


 なるほど、もっともな話だ。

 半巨人ハーフジャイアントはただでさえ身体能力に秀でているのだ、おまけにレベル差が倍もあるとなれば、正面から戦っても勝ち目はない。

 レベルは30、50、70、90を大体の区切りとして出来ることが増えていく。奇跡でもおきなければウルツには敵わない。


「だが藤堂は俺じゃない」


 奴は勇者だ。八霊三神の加護持ちと一緒にされては堪ったものではない。

 もっとも、それを加味してもかなり厳しい戦力差だというのは間違いないが……。


「そうだ。聖勇者殿はお前ではない。彼は……正々堂々を是としているようだ」


 正々堂々、か……。それは素晴らしい事だ、卑怯な勇者を民衆は勇者と認めづらいだろう、教会側で情報操作する必要がなくなる。勿論、勝利出来るならば、だが……。


 眉を顰める俺に、ウルツが慰めるように肩を叩いてくる。


「伸びしろはかなり大きい。しっかりと鍛えれば……強くなる、だろう」


「そうのんびりしてもられないんだがなぁ」


 伸びしろの大きさはとっくに分かっていた事だ。

 俺はできるだけさっさとレベルを上げて欲しいのである。あまり尖った性能にならずバランスよく成長してさっさと魔王倒して欲しいのである。ままならねえ。


 マダムが唇を歪め、軽く含み笑いを漏らして諭してくる。


「坊や、焦りは禁物だよ。なーに、人間だって強い。そう簡単に滅びはしないさ」


 険しいゴーレム・バレーを開拓したマダムが言うと無駄に説得力あるな……だが、こっちも仕事なのだ、仕事。


「マダム。俺の任務は――できるだけ早く、できるだけ安全に、奴に魔王を倒してもらう事だ」


「知ってるさね。しかし、あの聖勇者も……なかなか癖が強そうだ」


 マダムが使い古された高級そうなパイプを口に含み、燻らせる。

 他人事のように言っているが、マダムも割と癖が強いし、俺の周りには癖が強い奴が多すぎる。


 紫煙が緩やかに天井近くの換気口に消えていく。

 ウルツが言う。無愛想だが若干いつもよりも明るいようにも見えるのは、久しぶりに身体を動かしたためだろうか。


「ここにいる間は協力しよう。だが、最低限必要な事を教えたらレベル上げに移らせたほうがいい。訓練するにしても……レベル29では――出来る事も少ないからな」


「ああ……助かる」


 それだけでも、藤堂の戦闘能力は最低限向上できるだろう。

 金蔓――じゃなかった、物資の補給の伝手もついたわけで……あれ、なんか調子いい?

 運気が上昇してきた、か? なんか前は似たような事思った瞬間グレゴリオ来たんだけど、今回は大丈夫だろうな……。


 なんか毎回、変なオチついてるからなぁ……毎回。あまり疑いすぎるのも精神衛生上よろしくないが……


 報告書を眺めながらウルツに尋ねる。


「そういえば、全員分訓練はつけたんだよな? 誰が一番見込みがありそうだ?」


 アリアは無理だろう。もう魔力なしとか欠陥過ぎて無理。

 リミスは……精霊が強すぎる。他の精霊と契約結ぶ事さえできれば見込みはあるが、現状のままだとゴーレム・バレーで躓く可能性が高い。


 そういう意味で藤堂が一番バランスがいい。一番目を離せないが……。


 改めて考えるとひっでえパーティだな。考えているだけで変な笑いが出てくる。


 ウルツは元々戦闘欲求が強すぎるという問題はあるが、優秀な傭兵だった。戦人に対する目利きは確かだ。

 ウルツはしばらく難しい表情で唸り、そして教えてくれた。






「グレシャだ」


 そいつはただの内部情報収集用だから訓練つけなくていい。

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