第十レポート:備品の調達について

 ふと空気が微細に震えたのに気づき、俺は顔をあげた。

 壁に掛けられていた盾が本当に僅かに震える。武器を見に着ていた他の傭兵達の中にもそれに気づいた者がいるようで、訝しげな表情で辺りをきょろきょろしていた。


「やってんなぁ……」


 皮膚が微かに引きつるような感覚。大墳墓で藤堂も使った『咆哮ハウル』の衝撃が遠く離れたここまで届いているのだ。

 恐らく、ウルツが訓練中に使ったのだろう。咆哮は距離による威力の減衰率は激しい。純粋な人間ではここまで衝撃が届いたりしない。


 ウルツは半巨人ハーフ・ジャイアントだ。人族ヒューマン巨人族ジャイアントの混血であり、両者の力をバランスよく受け継いでいる。

 レベル上昇により能力を大きく向上させる人族の力と、基礎能力が著しく高い――特に耐久力と筋力に秀でた巨人族の力。

 一般的に、人と亜人デミヒューマンの混血は優秀な戦士の資質を持つ。ウルツはその好例だった。遠くまで届く咆哮は巨人族ジャイアントの代表的な資質であり、あまりにも威力が違うので『咆哮』と区別される形で『巨鬼の咆哮ギガース・ハウル』と呼ばれたりする。


 ウルツが僧侶になる前――まだ傭兵だった頃に得意としていた戦術でもある。

 どうやら数年経ってもまだ本質は変わっていないらしい。


 眉を顰め、神経を集中させるがさすがにこの距離では何もわからなかった。


「そこまでやれとは言ってないんだけどな」


 俺が頼んだのは力の使い方を教える事だけだ。まぁ、だが頼んだ以上向こうに任せるべきである。

 ウルツとの戦闘に慣れればここのゴーレムを相手にしても五分以上に戦えることだろう。


 半ば現実逃避気味に考えたところで、カウンターの奥から武器屋の店主が戻ってきた。


「待たせたな。探してみたが……とりあえずうちにあるのはこれだけだ」


 節くれだった指が親指の先程の弾丸をつまみ、カウンターに置く。

 独特な光沢を保つ白銀の弾丸。一度見ればわかるだろうそれは世にも珍しい聖銀製ミスリルの弾丸だった。

 銀の弾丸というのは聞いたことがあったが、それ以上に希少な聖銀を消耗品である弾丸に成形するなんて正気の沙汰ではない。


「ミスリルの武器は滅多に持ち込まれねえし、持ち込まれてもすぐに売れちまう。うちにあるのはサンプルとして持ち込まれたこれだけだ」


 弾丸を確認する。別に俺は上位結界の媒体としての聖銀を求めているだけなので何でもいいのだが、その弾丸は弾丸と呼ぶには歪に過ぎた。

 元々聖銀は加工に難のある金属なのだ。弾丸として使えるとは思えない。


 一通り観察した後に弾丸を机に置き、なんとなく聞いてみる。


「これを撃てる銃はあるのか?」


「ねぇよ。そもそも、撃てたとしても弾を量産できねえ。ただの道楽の産物だ」


 苦々しい表情で武器屋が言う。魔族に優れた効果を発揮する聖銀に余剰はない。特に、魔王が侵攻している現在では聖銀は最もグラム単価の高い金属の一つでもある。

 ザルパン戦で四本失い、現在手持ちの聖銀のナイフは二本。結界には四個媒体が必要だが、メイスとこの弾丸でちょうど四個になる。

 結界を張ると無手になってしまうが、新たに教会から補充ができるまでのつなぎとしては十分だろう。十分か?


「……オーケー。それを貰おう」


「物好きだな、あんたも」


 弾丸としては破格の値段だったが、背に腹は変えられない。財布から金貨を取りだし、カウンターに丁寧に置く。

 正直、ミスリルが手に入るかは五分だと思っていたのでラッキーだった。最近は本当に貴重なのだ。魔族に高い効果を与える戦略物資は戦線に優先して補給される。


「他に必要な物はあるか?」


 鍛冶師が金貨を数え、俺の方を見上げて尋ねてくる。

 その言葉に、グレゴリオの様子を思い出した。……一度試してみようと思っていたんだ。


「そうだな……頑丈な悪魔の皮とかあるか?」


「悪魔の皮ぁ? 何に使うんだ?」


「巻きつけて引っ張ってぶん投げるんだ……メイスを」


「何言ってんだ、お前」


 まるで異常者でも見るような眼で睨まれた。


 まぁ、武器屋においてあったりはしないか……悪魔の生体素材は一般的に忌み嫌われる。今度悪魔が現れた時に手ずから剥ぎ取るしかないだろう。


 どこか余所余所しくなった店主に礼を言い、外に出る。


 ちょうど外に出た所で、アメリアとステイと出くわした。


 彼女達には物資の補給と教会本部への連絡を頼んでいた。ステイが俺の姿を見つけ、アメリアに掴まれていた手を解くと、たったか駆け寄ってくる。その背中には自身と同じくらいの大きさのリュックが背負われていた。

 さすがレベル72……見た目に反してけっこう力があるようだ。今更だが、こちらの体制が三人になると物資も三人分いるんだよなぁ……


「あー、アレスさんだぁ。お疲れ様です」


「本部はなんと言っていた?」


 ステイを無視してアメリアの方に聞く。アメリアは自分の手を抜けて俺の方に駆け寄ってきたステイを苦々しい表情で見ていたが、すぐに答えた。


「特には……魔王軍との戦線は未だ厳しい状況らしいですが、ここ一月は停滞しているようです」


 一月は停滞、か。一月前――俺がザルパンをぶっ殺した時期と一致している。関係の有無はわからないが、その程度本部が考えていないわけがない。

 魔王軍の侵攻が激化し、国がいくつも滅んだ今、人族の国々はかつてないくらいに結束している。元々は圧倒的な戦力を誇り人族の国を攻め滅ぼしていた魔王軍もさすがに連合軍相手だとなかなか押しきれないのだろう。

 藤堂が正しく成長し、その名が表に出れば人の士気は更に高まる。魔王側もそれを警戒しているのかもしれない。


「70……いや、80まで上げれば……」


 今いくつだっけ。29……?

 一年……二年……三年……いや、五年……? うーむ……。


「アレスさん、どんどん基準高まっていません? そんな待ってる場合じゃないと思いますが」


 その通りである。恐らくルークスも教会もそんなに待ってはくれないだろう。長くて二年といったところか……だが不安だ。不安なんだ。

 三ヶ月弱で29までしか上がっていないんだ、あいつは。


 だが、それもここで終わりだ。終わらせる。ここでレベルを上げる――そう、一月で50くらいにしたいところだ。恐らく相当無理を重ねればいけるだろう、一人か二人死ぬかもしれない。残念だがグレシャにはここで死んでもらおう。


 決意を新たにする。

 その時、無意味に死亡候補ナンバーワンのステイが俺の腕を掴んできた。その視線が俺の手の中の物に注がれている。


「あれぇ? アレスさん、何持ってるんですかぁ?」


「……結界の媒体にする聖銀ミスリルだよ」


「手に入ったんですね」


 アメリアが目を丸くする。ミスリルの希少性は周知である。聖銀のほとんどを握っているとされる教会内部でも異端殲滅官を除いた僧侶に聖銀製のアイテムが与えられることは滅多にない。

 反面、俺に質問してきたステイの方は不思議そうに首をかしげていた。


「まだ足りないけどな。なるべくメイスを結界の媒体にするような真似はしたくない」


 特にここだとやばい。

 『神の怒りラース・オブ・ゴッド』は教会の粋を尽くされ生み出されたメイスなのだ。替えはない。もしも崖の下に落ちてしまったら俺は崖を駆け下りなければならない。

 そういう意味でザルパンに飛ばされたのがナイフの方で本当によかった。


 ステイが首を傾げ、黒い純真そうな眼で俺の顔を見上げている。


 しかしこいつ、なんか徐々に遠慮がなくなってきてるな。


「何か?」


「ミスリルがいるんですか?」


「……そうだな。教会に届け出は出しているが――」


 そこまで言った所で、ぶちっと、何かをちぎるような音をした。

 目を丸くする。ステイがにこにこしながら法衣の一番上のボタンを引きちぎっていた。一シスターの法衣とは思えない特注の法衣。天秤の細かな細工がされた白のボタンだ。ボタンがなくなったことで胸元が僅かに開く


「……何をやってる?」


「はい。アレスさんに、あげます!」


 白い目で見ている俺の手を取り、ステイがボタンを握らせてくる。

 冷たい金属の感触。無言でそれをゆっくりと目の前につまみ上げた。

 細工がされた白いボタンだ。俺は自分の頰が引きつっていくのを感じた。


「……ッ……ミス……リルだ……」


「へ?」


 アメリアが間の抜けた声を上げる。

 間違いない。本来の光沢は処理されているのか、消されているが、聖なる銀に間違いない。

 にへらと嬉しそうな笑みを浮かべているステイを上から下まで見直す。


 黒いスカート。ニーソックス。黒の法衣にはボタンが一、二、三、四……おい、袖にもついてるぞ、こいつ!?


 ステイが、以前アメリアあたりから聞いたような情報を照れたように再度繰り返す。


「私の法衣……特注なんですよ」


「アメリア、こいつを裸に剥け。こいつの装備……ミスリルだ」


「え……? あ、はい」


 特注な事は知っていてもミスリル製なことは知らなかったのか。アメリアがぽかーんとしている。


 まぁ、普通は思わない。俺だって言われるまで気づかなかった。どんな馬鹿ならボタンをミスリルで作ろうと思うだろうか。なまじ光沢を消されているので注意深く観察しなければ気づけないのだ。


 そういえば、アメリアがステイの派遣についてクレイオに文句を言った時に言われたらしい。

 ステイは……俺に必要なものを持っている、と。




 それってまさか――。



 さすがに今の命令は不服なのか、ステイが恐る恐る尋ねてくる。


「あ、あのー……その……私の着るものなくなっちゃうんですけど?」


 俺はその肩を両手で掴んだ。ステイに真剣な表情で命令する。


「ステファン・ベロニド。お前にお前にしかできない命令を与える」


「な……なんですか?」


 ステイがごくりと唾を飲み込む。



「……お前の父上――枢機卿に頼むんだ。法衣の予備が欲しい、と」


「え……パパに?」


 緊張に強張っていたステイの表情が緩んだ。思ったような任務とは違ったのだろう。


「そうだ。パパにだ」


「別に……いいですけど」


 ステイがどこか不満げに唇を尖らせる。

 匙投げられたと言っても仲が悪いわけではないのだろう、その表情には陰がない。というか陰があるステイとか想像つかないけど。


 そして、会ったことはないが、シルヴェスタは多分親ばかだ。普通どうでもいい娘にミスリルボタンつきの法衣なんて渡さない。というか、今の服装、正規の法衣だって言ってたけどステイのために正規にしたんだろうな……この分だと。


 さすが元大商人……金持ってやがる。


「しかも三着だ」


 そして届いたら裸に剥く。

 うまく使えることを確信している? ああ、そうだ。俺ならばうまく使える……!


「アレスさん、貴方鬼ですか……」


 俺の意図に気づいたアメリアが愕然とした表情で体を震わせた。

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