第八レポート:戦力の向上について
レベルは人を表す上で極めて精度の高い指標だ。
基本的にレベルの高い者は低い者よりも強い。強さには他にも色々な要素があるので一概には言えないが、もしもレベル違いで他の要素が完全に同一の人物が戦えば余程運が悪くない限りレベルの高い方が勝つだろう。
だが、同時にレベルが上がってもその性能をすぐに完全に出せるようになるわけではない。
向上した腕力や敏捷などは、少しずつ慣らしていかなくてはならないし、そもそも存在が上位に上がる事で新たに出来るようになることだってある。それらは実戦の中で身につける事ができるが、それは日々の鍛錬を怠っていいという事ではない。
藤堂達のレベルはゴーレム・バレーの適性を大きく下回っているが、それを補って余りあるだけの装備を持っている。本来ならば下級のゴーレムなど相手にならない、そんな武器だ。
下級のゴーレムは今のポテンシャルをすべて出しきれば間違いなく勝てる相手なのだ。
藤堂達のパーティの問題の一つは、パーティ内にレベルの高い者がいない事だ。手本がいないのだ。
一般的な傭兵や魔物狩りは仲間や先輩から力の使い方を学ぶが、たった四人で旅をしている藤堂達にはそれもいない。国に申請すれば与えられるはずだが、申請する気配がないのは、足りないものが何なのか、そしてもしかしたら足りていないという事実さえも――彼ら自身が理解していない証拠だった。
アリアやリミスは実家でレベルの高い者を見てきただろうが、実際にレベルを上げてみてからでないと実感出来ない事だってある。
レベルが上がるというのは生物としての格が上がるという事。存在の格が変わるという事。極端に言うならば――常に地面に足を付けて生活していた人間に突然翼が生えたとしてもすぐに空を飛べるようになったりしないだろう。
手本があるのとないのとでは技能の向上に大きな差が発生する。
俺がまだ藤堂のパーティに参加していた頃は、時が来たらさり気なく誘導するつもりだった。
抜けてからは昔の友人に頼むつもりでいた。俺にはまだ昔レベル上げをした時に一緒のパーティを組んでいた高レベルの
結局、ゴーレム・バレーまで何もできずに来てしまったが、何も考えがなかったわけではない。
ここにはマダム・カリーナというこの上ない味方がいる。
戦士にとって一流への登竜門。どこにでも俺に協力してくれる者がいるわけではない。
マダム達の協力が得られるこの地で奴らをある程度――仕込む。
藤堂達はその後、何度かゴーレム達と交戦すると、体力を消耗したらしく、ファースト・タウンへの道を進んでいった。
交戦の内容は初戦と大して変わらない。
力の強い魔物。速度の高い魔物。何よりも硬い魔物と戦うのに慣れていなかったのだろう。ユーティス大墳墓での初戦と比べれば遙かにマシだが、眼下に小さく見えるその表情には疲労が滲んでいた。
「なんだかまずそうですねー」
「いや、まだマシだ」
藤堂達を含めた面々で一番やばくてどうしようもないステイが俺の言葉を聞いて、口元に人差し指を当て首を傾げる。手を握っていてもちょくちょく躓きかけるので、結局ずっと手を握りっぱなしだった。
一般的な72レベルなら崖から落ちても生存できるかもしれないが、ステイだと多分無理だろうなぁ。
こいつ、今までどうやって生き延びてきたんだろう……いや、付き人がいたと言っていたな……。
少しげんなりしながら答える。
「藤堂が苦労しているのはレベルが低いんだから当然だ。技能やレベルを向上させれば解決する」
逆に、苦労しなかったらそれはそれでどうかと思う。
しかし、藤堂は問題ないがアリアは……けっこう厳しいかもしれない。ゴーレム相手でも攻撃力が不足気味になっていた。まだ何とか戦えているが今後どんどん攻撃力が不足していく事になるだろう。魔力ゼロ体質のハンデは努力で簡単に解決出来るような類のものではない。
アリアがパーティから抜けたら今より酷い事になりそうだが……
崖の上を何事か会話を交わしながら慎重に進む藤堂達を見下ろす。
どうしてルークスはハンデ持ちのメンバーを藤堂パーティに斡旋したのか。その理由はまだ分かっていない。
§
宿に戻るなり、町の方で仕事にあたってくれていたアメリアが部屋に入ってきた。
引き連れていたステイがアメリアの姿を見て満面の笑顔になる。アメリアの彼女への対応はかなりおざなりな気がするが、どうしてそんなに懐いているのかわからん。
アメリアはステイの方に一瞬目を向けるが何も言わず、俺に食って掛かるように聞いてきた。
「アレスさん、ステイはどうでしたか?」
本人の前で聞くなよ。
ステイがそんな言葉を何ら意に介すことなく、にこにこしながらアメリアの方に抱きつく。アメリアはそれを仏頂面で受け入れていた。……先輩後輩?
しばらく考え、一言だけ答える。
「まぁまぁだ」
「ッ! ま……まぁまぁ……ですか……」
一瞬絶句し、釈然としなさそうな表情でステイを見下ろすアメリア。
俺はプロだ。プロなのだ。対策を取れれば大抵の事は何とかなるものなのである。手間ではあったが問題は起こらなかったし、通信機としての役割はちゃんと果たしてる。
誰もが匙を投げた問題児にこれ以上望むのは酷というものだろう。期待しなければ絶望だってしない。
「では……明日からも?」
「通信で伝えた通り、マダムへの連絡はしたな?」
「はい。了承頂いてます」
アメリアが眉を顰め、小さく頷く。
この地にきてマダムに久しぶりに会ったその日の内に、俺はマダムに一つの頼み事をしていた。
藤堂の戦闘訓練である。
この地のゴーレムは強靭だ。レベルを適性まで上げてからやってきた傭兵の中にも、ここまで来たはいいが雑魚ゴーレムを倒せない者がいる。そういった者達のために、ファースト・タウンには訓練の場が存在している。
その施設の利用申請と高レベルの戦士の師の融通。マダムはしかめっ面を作りながらも、その時が来たら協力してくれる事を約束してくれた。
無駄になる可能性もあったが、話を通しておいてよかった。
「明日から藤堂達は訓練に入る。外に出る事はないだろう。次、外に出るまでは基本的にステイに関してはお前に任せる」
そもそも、手を引かないと何をしでかすのかもわからないのだ。町中でずっとステイの手を引いて引きずり回すわけにもいかない。すごい目立ってしまう。
最近出現するゴーレムの傾向。傭兵たちへの情報収集。物資の補給に外部への連携。やることは腐る程ある、如何にシルヴェスタの娘とはいえ、ステイ一人に構っている暇はない。魔族側の動きについても確認しなくてはならない。
アメリアには苦労をかけてしまう事になるが……
俺の言葉に顔を上げたアメリアの表情は何故か心なし明るかった。
しっかりと俺の目を見て、アメリアが唇を舐めて言う。
「わかりました。ステイの方は私に任せて下さい。しつけておくので」
「……程々にな」
ステイの性質は言って治るようなものではないだろうに、一体何をしつけるつもりなのか。
とても気になったが、詳しく言及するのをやめ一言だけかける。
多分ステイ相手ならそんな酷い事にはならないだろう。
アメリアを信用しているのもあるが、ステファン・ベロニドにはなかなか無碍に出来ない空気を持っている。さすが枢機卿の娘ということなのだろう。あるいはその空気こそが彼女がこれまで生き延びる事ができた理由なのかもしれない。
§ § §
「……訓練、ですか?」
藤堂の言葉に、アリアが目を瞬かせた。
数時間の戦闘を終え、先程宿に戻ってきたばかり。食事を終え、予想外に厳しかった戦闘に今後の戦闘の布陣について考えていたところのことである。
ゴーレムは聞きしに勝る難敵だった。
まだゴーレム・バレーの適性レベルに達していないので仕方ないといえば仕方ないが、ゴーレムとの戦闘は今までレベル上げで戦ってきた魔物達とは比べ物にならない手応えを藤堂達に与えていた。
足場の悪い崖という環境に吹き荒ぶ冷たい風。固く素早く多種多様のゴーレム。
何よりも今までと異なる点は、ゴーレムがアリアの一撃で倒せなかった事だ。
今まで藤堂とアリアは現れる魔物のすべてをほぼ一撃で屠ってきた。大森林で並の傭兵を遙かに越える効率を出してレベルを上げられたのはそれが理由だし、グレゴリオの課題をクリア出来たのもそれが理由だ。
アリアの持つ剣。ライトニング・ハウルは雷の力を宿すとされる紛うことなき魔剣である。王国が保有している剣の中でもトップクラスの性能を持つ魔剣であり、巨大なドラゴンの心臓を貫いたという伝説すらある。本来ならばいかに『硬い』と称される魔導人形の装甲といえど、耐えきれるような斬れ味ではない。
アリアも幼い頃から剣の道を歩んできたが、未だその魔剣に相応しい使い手になっているとは言えない。ゴーレムを一撃で両断できなかったのも腕の未熟故。その事をアリアは強く実感していた。
盾を持たないアリアにとって、一撃で殺す事は深い意味を持つ。そして、魔剣以上の装備が簡単に手に入らない以上、何とか腕を上げる必要があった。
藤堂の方はまだ何とか一撃でゴーレムを倒す事ができていたが、それも聖剣の斬れ味あってのものであり、強くならねばならないという思いは変わらない。
ベッドの上には、崖の上の行軍でだいぶ疲労したらしいリミスがごろごろと転がっている。
そちらに視線を向け、藤堂はつい先程宿の店主から受けた連絡について話し始めた。
連絡は、この町に来た直後に挨拶しに行った町長からだった。
危険地帯の町の長だけあって、鋭い目つきをした筋骨隆々とした男である。ひと目会った瞬間にこの人苦手だな、と感じ、簡単な挨拶だけして別れたが、町長からの伝言は今の藤堂達にとって渡りに船だった。
「ああ……町長から言伝があってね。どうも、来たばかりでまだこの地の魔物に慣れていない人達のために訓練場みたいなのがあるらしくて……ゴーレムとの戦い方についてレクチャーとかもしてくれるらしいよ」
「ほー。そんなものがあるんですね……」
「まぁ、お願いしたらいいんじゃない? 私はあまり参考にならないだろうけど、もしかしたら効率的な倒し方とか教えて貰えるかもしれないし」
「……そうだな」
リミスの言葉に、アリアがじっと自分の手を見下ろす。
ゴーレムを切りつけた、その瞬間の硬い感触がまだその手に残っていた。勿論それは訓練などで何度も味わった事のある感触だったが、魔剣を振るって痺れるようなそれを感じたのは初めてだった。
すぐに顔を上げ、藤堂の方にその蒼の眼を向ける
「明日にでも向かいましょう……レベル上げは急務ですが、この地のゴーレムはアンデッドと比べてあまりに強い。少し墳墓とは戦い方を変えなくてはいけないかもしれません」
先程まではしばらくの間ファースト・タウン近郊でゴーレムと戦い実戦の中で腕を慣らしていこうと提案するつもりだったが、せっかく町長がわざわざ言伝までしてくれたのだ。
ただでさえ本来想定していたレベル上げの速度を下回っている。効率を上げなくてはいけない。
効率。それを思い浮かんだ瞬間、アリアの頭に蘇ったのは二ヶ月程前に別れた
そう言えば彼も効率効率と言っていたな……今頃は何をやっているのだろうか。
他愛もない考えが一瞬浮かんだが、直ぐに打ち消す。
すでに別れたメンバーだ。冷たい言い方になるが、今のアリアには関係のない。
ふとその時、椅子にちょこんと腰を下ろし、ふらふらと頭を揺らすグレシャが目に入る。
深緑の髪に眼。今までもあまり会話をする方ではなかったが、その深緑色の眼からは今まで以上に感情が見えなかった。
唇が僅かに開閉し、細い息を吐き出している。
その感情のない瞳にぞくぞくするような得体の知れない何かを感じ、思わず肩を震えたが、グレシャに愛想がないのは今に始まったことではない。
もう一度グレシャの方を見直す。やはりいつもと変わったところは見られない。アリアは安心したようにため息をつきかけ、ぎりぎりで止めた。
グレシャも頑張っているのだ。戦おうとしてくれているのだ。スピカも今頃グレゴリオの元で修行をしている。消沈している場合ではない、私もやらねばならない。
ため息の代わりに決意を新たに、拳を握る。
そんなアリアの隣でグレシャはただひたすらに小さな唇を動かし、浅い呼吸を繰り返していた。
――頑張ってます。頑張ってます。本当です。頑張ってます。
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