第二報告 藤堂一行の戦力向上について
第七レポート:藤堂達の戦力について
俺が腕試しに倒したロックゴーレムを始めとしたパワーに特化したタイプ。
繊細な操作が可能な長い四肢を持つスピードに特化したタイプ。はたまた硬い装甲を持つ防御に特化したタイプに、炎を噴出して攻撃してくるタイプ。
全てのゴーレムの生みの親、マザーゴーレムは環境に応じてゴーレムを発展させてきた。そのどれもがこの地で戦う事に特化した恐るべき兵器だ。
ゴーレムの種類の豊富さもまたゴーレム・バレー攻略の難易度を上げている一つの要因であり、ここをクリアできれば大きくレベルを上げられると言われている理由でもあった。
恐らくその事を知っているのだろう、遙か眼下、崖を歩く藤堂達の表情には緊張があった。
編成は藤堂を先頭に、眉間に皺を寄せた表情のアリア、復調したリミス、仏頂面のグレシャと続く。いつもと異なるのは、グレシャの背中にやたらでかい金属の鎚が背負われている事だろう。
どうやら交渉がだいぶ効いたようで、いざという時は戦うために武器を買ってもらったらしい。鎚は酷く使いこなすのが難しい武器だ。リーチは短く取り回しも困難で重量もある。果たして亜竜にその武器が使いこなせるのかどうかは知らないが、俺はひとまず静観することにした。
やる気があるのはいい事だ。
「うぅ……ここ、風が強いですねぇ……」
「……」
ゴーレムは強力だ。藤堂達のレベルは適性レベルを遙かに下回っているし、本当に倒せるのか確認する必要がある。
俺は、藤堂が進む道の一つ上。頭上十数メートルの崖の上から藤堂達の様子を観察していた。
洞窟に入られると観察する手段が限られてしまうのだが、ゴーレム・バレーの魔物は外よりも中の方が強い事で知られているので、そこそこ慎重なアリアがいれば相手の戦力を確認するまで中に侵入したりしないだろう。
藤堂の動きに応じて、俺もまた重い
「いたッ……あ、アレスさん。痛いんですが……」
「……」
神経を研ぎ澄ませる。藤堂の様子を観察すると同時に、俺が進む道も決して安全な道ではない。
道は細いし、ゴーレムがどこから襲いかかってくるかわからない。視界は良好だがゴーレムの中には短時間だが空を飛ぶ種もいるし、切り立った壁の上から転がり落ちてきて襲いかかってくる可能性だってある。ゴーレムは外敵を排除する事に余念がないし、魔獣などと違って彼我の実力差を感じて退いたりもしない。
そして何より――
「あ、そうだ。しりとりでもしますか?」
「……」
しっかり手を引かれていたステイが無駄に明るい表情で提案してくる。
それ流行ってんのか!? しねーよ!
「残念です」
「俺はお前が残念だよ」
正真正銘の本音に何を感じたのか、ステイがにへーっと笑顔を浮かべた。
「よく言われます」
「そうだろうなッ!」
藤堂達の観察に魔物の警戒にステイの警戒。一つならばともかく、三つもとなると激しく精神を削られる。
ましてや、優先度こそ違っても三つとも放っておけるようなものでもない。
手を握られたまま、ステイが距離を詰めてくる。まるで慰めるように俺の顔を見上げて言った。
「頑張りましょう。ね? アレスさん。ね?」
「……頑張れ」
絶対に……絶対に手を離してはならない。
徐々に馴れ馴れしくなってきているような気がするステイを見下ろしながら、俺は改めてそれを心に刻み込んだ。
シルヴェスタ・ベロニド。
このルークス国内でその男の名を知らない者は恐らくいないだろう。
それはルークス出身の商人の名であり、
俺はルークス出身ではないし、あまり教会の組織体系について詳しいわけでもないが、それでもその男の名前くらいは知っていた。ステイと全く結びつかなかっただけで。
曰く、枢機卿の中で最も僧侶として相応しくない男であり、しかし同時に教会にいなくてはならない存在、と。
俺の上司、クレイオ・エイメンの役割が教会戦力の統括であるのならば、シルヴェスタは教会の財務を管理する最高責任者だ。
俺が僧侶になるずっと前の話だが、大国ルークスでも屈指の大商人だったその男は僧侶に転向すると、清貧を尊ぶが故に経済観念が薄い者が多かった教会内部で瞬く間に頭角を現したという。
いくら僧侶だなどと言っても、金がなければ信仰は保てない。法衣もメイスも経典も、その何もかもにはコストがかかっている。
シルヴェスタは信仰で成り立つ教会に商業主義の側面を組み込む事に成功し、それまではあまり良好ではなかった教会の財政を立て直した。
主に寄付で活動が成り立っていたアズ・グリード神聖教会に他の金銭獲得の道を築き、その活動を活発化させたのはシルヴェスタの商人として培われた鋭い嗅覚と広いネットワーク故であり、教会内部では好かれてはいないしいい噂も聞かないが、影響力はかなり大きい。
そんな人物とステファン・ベロニドがどうして結びつこうか。
だが、事実らしかった。親子らしかった。
シルヴェスタはもう老年だったはずだ。親子にしては年齢が合わない気もするが、アメリアもクレイオもそういう事は初めに言うべきだと思う。後自分でも自己紹介でちゃんと説明するべきだと思う。
大体、あり得ない。世界最大宗派の最高幹部の娘ともなればその命の価値はアリアやリミスを越える。俺の精神衛生のためにも、断じて魔王討伐の旅に参加させていいような女ではない。ましてや色々頭のネジが吹っ飛んでいるのだから。
すぐさま通信をつなぎ、上司にクレームを入れた俺に返ってきた言葉は辛辣なものだった。
――アレス。ステイは可哀想な娘なのだ。シルヴェスタも匙を投げている。
クレイオから掛けられた慈愛に満ちた声。
つまり、なんてことはない。皆が投げ出した匙が巡り巡って俺の手に収まった、ただそれだけの事だったのだ。アメリアも文句を言うはずである。
――まぁ、彼女にもいいところはある。シルヴェスタも承知の上だ、アレス、君ならばうまく彼女を扱える事を私は……確信している。
クレイオから授かったとてもありがたい言葉が頭の中でリフレインして、昨日は寝付けなかった。
結局、ただでさえ無駄にスペック高いのに変な付加価値までついてしまったステイをどうするのか迷った結果、他にいい方法を思いつくまで俺の側においておく事にした。アメリアと町で待機させるという案も考えたのだが、アメリアにはアメリアで色々やってもらう事があるのだ。
どうせならば、最悪抱えて持ち運べる俺が負担を負ったほうが効率がいい。
幸いな事に、色々匙を投げられたステイもずっと手を掴んで歩けば迷ったりはぐれたり崖から落ちたりしないらしい。今のところ大きな問題などは起こっていなかった。たとえステイが足を踏み外して落ちかけたとしても、俺のレベルならばそれに引きずられたりしない。
片手が塞がってしまうが、ゴーレム・バレーの魔物程度ならば片手で十分だ。
「あのー……アレスさん? もう手を離しても大丈夫ですよ? 気をつけるので」
「駄目だ」
恐らく純粋な善意なのだろう。身の程知らずな事をほざくステイの言葉を一刀両断しながら、藤堂の追跡を続ける。
左手でステイの手を引きながら右手でメイスを振るい、時折現れる魔物を粉砕していく。
「アレスさんは心配性ですね~」
「黙れ」
頼むから黙ってくれ。緊張感が続かないから。
藤堂達の通る道は俺達が進む道とは異なり、ファースト・タウンから出た傭兵の大部分が通る道だ。
ゴーレム側も警戒しているのか、なかなか魔物が出現しなかったが、しばらくステイの要請を却下しながら歩いていると藤堂達の進行方向からゴーレムが姿を見せた。
ステイがそのゴーレムを見て何故か少し嬉しそうに呟く。
「あ……可愛い」
どこがだよ。
現れたのは人の頭程の大きさの魔導人形だった。数は三体。
一見、ボールに四肢が生えているような形をしているゴーレムだ。
耐久やパワーよりもスピードに特化した型であり、四肢に生えた鋭い鉤爪で絶壁を自在に登る事が可能。
五匹から十匹程度の単位で行動するゴーレムであり、巷ではその見た目からボール・ゴーレムなどと呼ばれる種だった。
その身体は軽く、空を飛ぶことはできないので、崖下に弾き落としてしまえば数を減らせるが、それでは存在力が入らない。レベル上げのために倒すには多少コツがいる魔物である。
藤堂の場所からその進行方向まで俯瞰する俺に遅れる事数秒、藤堂達がボール・ゴーレムの接近に気づいた。
藤堂が罅の入りかけた盾を取り出し、剣を抜く。アリアが一歩前に出て藤堂に並ぶ。どうやらとりあえずグレシャには手を出させないつもりらしい。
そして、戦闘が始まった。
ボール・ゴーレムは機動力は高いが、強さとしてはゴーレムの中で下位に位置する。
なにせ身体が鉱石で出来ているのでそれなりに硬いが、聖剣エクスならばその装甲を貫く事も難しくないだろう。数が多いのだけが多少懸念ではあるが、冷静に対処すれば問題はないはずだ。
跳ねるように飛びかかってくる一体のボール・ゴーレムを藤堂が盾で受け止める。
その衝撃に藤堂の身体の軸が僅かに揺らぎ、しかし直ぐに踏ん張り直した。受け止めたボール・ゴーレムに対して聖剣が振るわれる。しかし、それが当たる寸前にボールゴーレムは盾を足場にして大きく飛び退った。
聖剣が空を斬る。その隙に斜め右下から飛びかかってきた別のボール・ゴーレムの前にアリアが立ちはだかる。
魔剣ライトニングハウルがその銘の通りの、雷光のような剣閃を描きボール・ゴーレムを正面から打ち据える。鋭い金属音が峡谷に響き渡った。
「がんばれー、がんばれー!」
打ち付けられたボール・ゴーレムが地面に叩きつけられ大きくバウンドする。刃は確かにゴーレムを正面から捉えていたが、その装甲には見てわかる程の傷ができていたが――まだ殺せていない。
地面をバウンドしたボール・ゴーレムはそのまま道の外に弾き飛ばされ、崖下に落ちていった。
これじゃ存在力が入らない。
「がんばれー、がんばれー!」
盾を足場に退いたゴーレムに、最後に残ったゴーレムが体当たりをかける。次の瞬間、ぶつかったゴーレムを足場にゴーレムが急加速をかける。群れを作るゴーレムにはこういった連携する機能が搭載されているのだ。
思いもよらぬ手法で制動したボール・ゴーレムを、アリアが一歩踏み出して袈裟懸けに切りつけた。
ゴーレムが壁に叩きつけられる。しかし、ゴーレムの数は一体ではない。
足場にされたゴーレムがすかさず、隙の出来たアリアの脇腹に体当たりする。その小さな見た目に反してボール・ゴーレムの攻撃力は決して低くない。
無防備に体当たりを受けたアリアの身体が吹き飛んだ。小さく押し殺すような悲鳴をあげ、勢いよく壁に衝突する。
まぁ鎧もあるので大きな傷ではないだろうが、体当たりされる方向次第では道から弾き飛ばされて崖下に落下していただろう。
「おーおーおー」
藤堂がアリアの名を叫び、再び体当たりを仕掛けようとしていたボール・ゴーレムに斬撃を放つ。予備動作に入っていたゴーレムが避けられるわけもなく、聖剣エクスが甲高い音を立ててボール・ゴーレムを両断した。崩れたゴーレムに視線を向けることなく、呻くアリアの方に駆け寄る。
だが、魔物はまだ残っている。アリアの剣では、ボール・ゴーレムは斬れていない。
アリアの斬撃で壁に叩きつけられていた最後の一匹のゴーレムが壁を蹴りつけ、背を向ける藤堂に突進をかける。
その球体の身体が背中にぶつかるその寸前、後ろから放たれた炎がボール・ゴーレムを貫いた。
リミスの仕業だ。さすがフリーディアの娘、命中精度はかなりのものだ。
藤堂が今更気づき、背後を振り返る。リミスが呆れたように肩をすくめ、杖を持ち上げてみせた。
気の抜ける声で応援していたステイが目を見開き小さく歓声をあげる。
「おー、倒せましたね。さすが
「ステイ、アメリアに通信をつなげ。計画を変更する」
「……へ?」
黒の瞳を瞬かせ、首をかしげるステイ。
お前の眼は節穴か。何がさすがだ、どう考えても危なかっただろ。
ボール・ゴーレムは雑魚だ。しかも今回の数は三体で、本来作る群れよりも数が少なかったのだ。
それを相手にダメージを受けるようでは、ゴーレム・バレーで生き延びるのは難しい。
レベルが低いとはいえ、藤堂達の実力は俺の想定よりも下のようだった。
大墳墓のアンデッドと比較しゴーレムは正統派に強い。厄介な能力はないが、純粋に強い。動きのとろいアンデッドと戦い慣れたせいでギャップもあるだろう。
ある程度戦いの勘という奴をつけさせる必要がある。
勿論、この程度の事、想定の内であり、対処法についても考えてあった。
アンデッドに恐怖する聖勇者だとか、ステイが迷子になるだとか、くだらないアクシデントと比べてどれほど精神衛生にいいだろうか。
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