ステファン・ベロニドに憂鬱
それは一部の
魔導人形を生み出す魔術は現代も残る高度な魔術の一つであり、護衛や助手として多くの高位魔導師が行使している。身体能力が貧弱な傾向がある魔導師にとっての強い味方だ。
魔導回路に組み込まれた主には絶対服従であり、その魔力が切れない限り寿命もなくいつまでも動き続ける。魔族と戦う上でも極めて有用な術と呼べるだろう。
だが、どれほど有用な術であっても使い手次第で善悪が決まるものだ。
かつて、まだルークス王国が王国としての形をなしていない頃、『
馬鹿で、しかし同時に天才でもあった。
男は魔導師だった。その二つ名の通り、魔導人形を扱う事には右に出るものはいない、正真正銘の天才だったらしい。そして、変態でもあったらしい。
男は自分の生み出した
それだけならば、ただの人形偏愛の男がいたというそれだけの話だっただろう。だが、天才でもあった男は長年に渡り魔導人形を作り続けた末に、一つの新たなシステムを生み出してしまう。
それが、魔導人形を生み出す魔導人形。その手の魔導師の間で『マザー・システム』と呼ばれるシステムである。
男はそれを行使し、自分の愛してやまない魔導人形の楽園を生み出そうとした。本来人に使われるために生み出した魔導人形が自分自身の事を考えて生きる事ができる場所を。
魔導人形は魔導師と異なり、自ら魔力を生成する術を持たない。
男は、空気中の魔力が豊富で、魔導人形の核となる魔石が豊富に眠る峡谷地帯を訪れ、その地に、マザー・システムを組み込んだ複数体の
男は魔導人形たちに魔導師のメンテナンスを必要とせずに動作し続けるためのシステムを組み込んだ。
自衛のシステム。消耗した魔力を空気中から吸収するシステム。並大抵の魔導師ならばそれでも途中で無理が出たことだろう。それはもはや生命の模倣で、神の所業に近い。だが、男は紛れもなく魔導人形製造に関しては卓越した天才だった。
何年もの年が過ぎ、術者が死んでからも、魔導人形たちは動くのをやめなかった。何十年も、何百年過ぎても止まらなかった。
ルークス王国の調査隊が峡谷地帯に踏み入ったその時にもまだ止まっていなかった。
男の生み出した魔導人形のシステムには人間に対する攻撃の抑制が含まれていなかった。それどころか、辺りを制圧し次第その領土を広げる侵略のシステムが組み込まれていた。
自動で生み出された魔導人形たちは魔導人形製造の天才が設計したシステムとボディを持って生まれてくるため、総じて多くの存在力を有していた。
故に、王国はその地を危険地帯であると同時に有用な土地と認定し、魔導人形たちが自由自在に跋扈するこの峡谷地帯は現在、こう呼ばれている。
『
ゴーレム・バレーに存在する無数の道や洞窟はゴーレム達が生み出したものだ。幸いなのは、生み出された多種多様なゴーレムの大部分が人工物の破壊に対して制限がかかっていた事だろう。それはゴーレム社会の秩序を保つために組み込まれた機構だったのだろうが、そのお陰でたった一枚の門で町が保たれている。
かつて、その魔導師が何を考えていたのかもはや知る術はないが、人形への愛がこうしてレベルアップのフィールドを生み出してしまうとは皮肉としか言いようがない。
ファースト・タウン周辺で一通りのゴーレムと戦い、手応えを確認する。
ゴーレムはここでもなければ野生で出てくる魔物ではないので戦うのも久しぶりだったが、特に問題ない。適当な所で切り上げ、町に戻る。
自分より大きなゴーレムが暴れまわっているというのに、終始はしゃいだ様子を崩さなかったステイが頰を紅潮させて息を弾ませる。
アメリアがずっと手を掴んでいたので手首が若干赤くなっているが、気にした様子もない。
スキップのような浮かれた足取りで接近して俺を見上げる。
「凄い! アレスさんって強かったんですね!」
黒の瞳はきらきら輝いており、どこかスピカのことを思い出すが、ステイはスピカとは違って僧侶として修練をつんでいるはずであり、端的に言うならばもう少し落ち着きを持って欲しい。
恐らく褒めてくれているんだろうが、今後の事を考えると力が抜けてしまう。
だが、ステイの能力は役に立つ。ゴーレムの場所を察知する能力に通信魔法。どちらも俺が持っていない物だ。俺はステイを使って藤堂のサポートをやり遂げてみせる。
決意を新たにしていると、ステイが何を感じ取ったのか満面の笑みを浮かべる。この性格の差、よくもまぁアメリアと気が合うものである。
そんなことを考えていると、アメリアがちょんちょんと肩をたたいてきた。眉を顰めて深刻そうな表情で聞いてくる。
「アレスさん、私もステイみたいにした方がいいですか?」
「どういう意図で聞いているのかわからないが、絶対にやめてくれ」
「そうですか……」
何故か少しだけ残念そうなアメリア。
一人でも持て余しそうで怖いのに、アメリアまであっぱーになったら俺は……どうすればいいんだ。
必要十分なだけの能力を確かめ、町に戻った時にはすっかり日が暮れていた。
ステイとアメリアを連れて教会に向かう。マダムに顔合わせをさせるためだ。
マダムの王国での力は絶大だ。俺のいない時――万が一にコンタクトがとれなくなった際にその力は役に立つだろうとか色々思惑はあるが、一番の理由は仲間を連れてこいとマダムに言われたからだったりする。
世話になっているので無碍にも出来ない。
昼間とは違い、教会の前には余り人がいなかった。裏から回ると、扉の前に
跪いている時点でも巨大だったが、両足で立っていると輪をかけて大きく見える。彼からすれば俺など子供みたいだろう。
純粋な人間ではない人種を
といっても、彼は彼で寡黙だが頼りになる。ウルツはこの教会における力仕事を担当しており、同時にマダムの護衛でもある。場合によっては町で活動するアメリアのサポートを頼めるはずだ。粗暴な傭兵であっても、生来人を大きく越えた体力と膂力を持つ半巨人を軽く見る事はない。
目を丸くするアメリア。
「ほえー。おっきーです……」
気の抜けるようなステイの声。自分の身長の倍はある厳つい男を前にしても、ステイの表情は何一つ変わらなかった。アメリアでも少しは表情が変わるのに、物怖じしないステイの性質は割とメリットになるかもしれない。
ウルツはそちらに視線をちらりと向けたが、直ぐに俺の方に向き直った。
目を合わせるようにして膝を落とす。澄んだ茶色の虹彩が俺を見下ろしている。
「マダムがお待ちだ」
案内されたのは先日も訪れたマダムの居室だった。
シスターの部屋とは思えない無骨な家具。ガラス棚にはどこから手に入れたのか、無数の酒瓶が並び、壁にはかつてここを訪れたのであろう、傭兵の写真が何枚もピンで止められている。
中には見覚えのある異端殲滅教会のメンバーの写真もあるし、若かりし頃のクレイオが写っている物もある。それは恐らく、カリーナ・キャップというシスターが積み上げてきた歴史そのものなのだろう。
マダムはいつも通り、椅子に深く腰を掛けていた。左手薬指の白の指輪――僧侶の証を擦りながら、その視線を俺と後ろの二人に向ける。
アメリアがその見た目不相応に鋭い視線に一瞬眉を顰める。
「よく来たね、アレスや。それが今のあんたの仲間かい」
「ああ。アメリア・ノーマンとステファン・ベロニドだ」
「くっくっく、女二人連れて任務とは、随分といい身分になったもんだ」
本当に、最近では藤堂を女好き呼ばわりしてはいられないと思い始めているが、藤堂と接触させる可能性がある以上この選択肢は正しいのだろう。
力仕事が出来るメンバーもいずれは欲しいところだが――。
考え込んでいると、俺の反応がつまらなかったのか、マダムは気が削がれたかのように鼻をならした。皮肉好きな所はマダムの数少ない欠点でもあるが、俺は既にスルーできるようになっている。
二人でいる時は坊や呼ばわりしてくるのに、今してこないのは俺の部下がいるからだろう、なんだかんだ気を使っているのだ。
しかし、アメリアはマダムのその言い方に少し思う所があったのか、頰を強張らせたが直ぐに一歩前に出た。
そのまま、法衣の裾を摘んで優雅にお辞儀をする。無表情じゃなければ完璧だ。
「アメリア・ノーマンです。マダム・カリーナ、お噂は……かねがね」
「ああ……聖穢卿から話しは聞いているよ」
一体どんな話を聞いているというのか。ちょっと気になったが、マダムは詳しくは語らなかった。
ただ、うんうんと二度三度頷き、嗄れた、しかし慈愛を感じさせる声で言う。
「その子を助けてやっておくれ。いくらレベルが高くたって、この世にはどうにもままならぬ事があるもんだ」
「……それが、私の仕事なので」
そっけない様子でアメリアが答える。
その後ろから、レベルが高いがままならないステイが浮足立った足取りでアメリアの隣に立った。アメリアもたまに状況を弁えない事もあるが、あからさまに偉そうなマダムの前でそんな浮かれた様子を取れるのは純粋に凄いと思う。
そして、ステイが頭が腹につきそうなくらいに深々とお辞儀をした。
その瞬間、立ち止まっていたはずなのに大きくよろけ、そのまま数歩つんのめってマダムの上に倒れ込む。
思わず唖然としてしまう。アメリアも呆気にとられている。どうなってんだよ。
マダムは特に気にした様子もなく倒れ込んできたステイをキャッチする。
ステイがマダムの膝の上に倒れ込んだまま呟いた。
「……ステファンです」
違うだろ! まずすべきは膝の上からどけることだろッ!
ステイをどかそうと前に出たその時、マダムが深々とため息をつき、呆れたように言った。
「……ステイ。あんたは全く変わらないねぇ」
「マダム……まさか知り合いなのか?」
旧知の者に対する言葉。マダムがその指で倒れたままのステイの髪を梳く。その光景は一見、祖母と孫娘であるかのように見える。
アメリアも知らなかったのか、目を瞬かせていた。
確かに、ステイのレベルだったらゴーレム・バレーでのレベル上げを経験していてもおかしくない。ゴーレムを見て物怖じしなかったのも納得がいく。普段の行いから無意識の内にその可能性を排除していたが……。
やるせない思いでいっぱいの俺に、マダムが予想外の事を言った。
「アレス。この子は……あんたも知ってるベロニドの娘だよ」
「ベロ……ニド……」
そう言えば、クレイオも言っていた。ベロニドの姓に聞き覚えはないか、と。
聞き流していたが冷静に考えて72レベルというのは尋常ではないし、上位の神聖術を使えるというのも――。
ステイが起き上がり、涙目で額をこすっている。ある意味頭おかしいシスターを観察しながら必死に心当たりを探す俺の耳元で、アメリアが囁く。
「アレスさん。ベロニドです。ステイは……かのシルヴェスタ・ベロニドの娘です……クレイオさんから聞いているとばかり思っていたのですが……」
「シル……ヴェスタって……」
そこまで言われ、ようやく思い当たる。俺は確かにその瞬間、自分の血の気の引く音を聞いた。
アメリアがダメ押しするかのように言ってくる。
「アズ・グリード神聖教会の
馬鹿な……教会には碌な人材がいないのか。勘弁してくれ。
俺は脳内に湧き上がった激しい疑問の全てを封じ込め、頭痛も胃痛にも気づかない振りをして、とりあえずクレイオにクレームを入れる事にした。
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