ロック・ゴーレムの憂鬱

 黒の金属で出来た巨大な門。それが、ゴーレム・バレー内部への唯一の道だ。


 高さ数メートル、一メートル近い厚さの金属製の門はその見た目も相まって地獄への門のようにも見える。

 今は、ゴーレム・バレーに挑む傭兵達のために開け放たれているが、夜間は閉じられ厳重に警備がなされる。警備兵は対ゴーレムを想定した部隊であり、レベルも経験も装備も、この地にやってきた歴戦の傭兵に引けをとらない猛者だ。


 その門を見上げ、ステイがぴょんぴょんと飛び跳ねる。洗濯していた法衣は乾き、ステイの格好はいつものやたら丈の短いスカートのような法衣だ。飛び跳ねるんじゃねえ!

 隣には、ステイと共に行動する事を伝えてから妙に機嫌の悪いアメリアが無表情で門を見上げていた。


「ええ!? こんなの初めて見ました!?」


「ルークスの王都の門もここほど頑丈ではないだろうな」


 ルークス王都周辺と比較してゴーレム・バレーの魔物は強すぎる。

 王都を囲んでいた壁も硬度がないわけではないし、結界での補強もされていたが純粋な物理攻撃に対する耐性はここほどではない。

 アメリアが俺の言葉に小さく補足する。


「無生物系の魔物には結界が効かないですからね……」


「へぇ……結界の効かない魔物なんていたんですね」


 教会でその手の勉強しているはずのステイがアメリアの言葉に、感心したよう目を瞬かせた。


 術には相性がある。神聖術ホーリー・プレイの一分野、結界術プリズムはアンデッドや悪魔を始めとした闇の眷属に対して強い効能を発揮し、その他の魔物に関してもある程度遠ざける効果を持つが、魂なき無生物系の魔物、魔導人形ゴーレムはそれが効かない数少ない存在だった。

 この巨大で頑丈な門はその証だ。遠ざけることではなく防ぐことのみを考えた門は世界的に見てもそれほど存在しない。

 ゴーレム・バレーはとことんまでに僧侶プリーストにとって相性の悪い地なのである。内部に無数の町が存在するのもそれが理由である。結界の効かないゴーレム・バレーで野営するのはリスクが高いのだ。


 後ろのステイとアメリアの方を確認し、もう一度念押しする。


「アメリア、ステイの手、ちゃんと掴んでろよ」


「……はい」


「大丈夫ですよ、アレスさん! お任せ下さい」


 無意味に自信満々に告げるステイ。その自信が俺の不安に繋がっているのがわからないのだろうか。

 視線を向けると、アメリアはため息をついてステイの手をぎゅっと握った。


 巨大な門をくぐる。他の傭兵パーティやここに訓練に来たらしい騎士装束の男達が僧侶三人で中に入る俺達を見て目を見開いたが、全て無視して、俺達はゴーレム・バレーに進入した。




 ゴーレム・バレーの構造は簡単だ。

 崖を歩く外のルートと内部に開いた無数の洞窟を進むルート。どちらも道は狭いが、戦いやすいのは外のルートだとされていた。

 洞窟のほとんどの道はファースト・タウンで売っている地図に描かれているが、生息するゴーレムの中には洞窟を掘り進む性質を持つ者が存在し、地図にない洞窟が見つかる事も少なくないし、そもそも磁力を帯びた鉱物が存在するゴーレム・バレーの洞窟では磁石が効かない。道の細い外では巨大なゴーレムが現れないというのも、外の方が戦いやすいとされる理由の一つだ。


 今回は、外はステファンにとって鬼門となりそうなので(といっても、中も別に安全ではないのだが)、一番手近な洞窟の中に入る。

 ファースト・タウンに近い場所では他の傭兵たちの姿も見られるが、峡谷地帯は広大であり、しばらく歩くとすぐに人気がなくなった。

 ごつごつした岩石質の地面は起伏が多く、歩きづらい。ただの平地でも転びやすいステイは何度も躓き倒れそうになり、そのたびにアメリアに引っ張り上げられている。


 洞窟の中は薄っすらと光り輝いており、墳墓の中とは異なり光を浮かべる必要はない。

 アメリアが洞窟内部を注意深く観察して言う。


「ここがゴーレム・バレーですか。空気中に強い魔力を感じます」


「まぁ、元々そういう土地らしいからな。ゴーレムの動力源は魔力だ。魔力の満ちる土地でもなければ長くは生き延びられない」


 ゴーレム・バレーに門が出来る前は、ゴーレム・バレーのゴーレムがその下の平原地帯にまで進出することがあったらしいが、そのほとんどが一月程度で自然に倒れたらしい。

 勿論、それまでの過程で何人もの被害が出たらしいが、存在力の高いゴーレムは動くだけでも相応な魔力が必要とされるのだ。


 洞窟内に響き渡るのは風の音とステイの躓く音だけだった。

 ゴーレム・バレーの洞窟の多くはゴーレムが掘ったもので、自然に出来たものは余り多くない。サイズも、全長二メートルから三メートルのゴーレムを規準に掘られており、三人並んでも十分なだけのスペースがある。

 洞窟の探索に光源を必要としないのも、ゴーレムが洞窟を掘り進める上で処置を施しているためらしいが詳細はわからない。


 藤堂達はまだファースト・タウンに滞在している。アメリアとステイを連れてゴーレム・バレーに一足先に進入したのは、藤堂達が活動を開始する前に一度ゴーレムを彼女達に見せておいた方がいいと思ったからだ。

 アメリアもステイもゴーレムは見たことがあるらしいが、この地のゴーレムは魔導師が作るような精巧なものではない。


 既に魔物の生息域に入っているのに、ステイの様子は町中を歩いていた時と変わらなかった。

 にこにこしながら手を取ってくれるアメリアに言う。


「えへへ、先輩。なんかピクニックしてる気分ですね」


「……もっと緊張感を持って下さい」


 まったくである。

 いや、確かにレベル72もあればゴーレム・バレーの殆どの魔物は敵ではないんだが……しかし、なぁ。


 洞窟の中の空気は冷たく、乾いていた。

 しばらく歩いていると、アメリアが急に立ち止まる。


「強い魔力反応が近づいてきます」


「了解」


 俺にはまだわからない。ゴーレムは生き物じゃないので気配というものが希薄なのだ。

 逆に魔力で動いているので、魔力を感知できれば遠くからその気配を察知できる。

 魔導師は魔力に敏感だ。僧侶が闇の眷属の気配を遠くから感じられるように、魔導師はゴーレムの核の気配を察する事ができる。


 その隣のステイもきょろきょろと当たりを見回し、何の気負いもない声で続けた。


「あー、ほんとだ。三体くらいいますね」


 その言葉とほぼ同時に、ゴーレムが姿を見せた。

 全長3メートル。人型を模したその身体はごつごつした黄土色の岩石で形作られており、目がある場所には黒い石が治まっている。

 人と比べて腕が長く、地面につきそうな程に長いその手の先には太い指が五本生えていた。


 ロックゴーレムと呼ばれるゴーレムである。表層を覆う岩石はただの岩石ではなく、魔力による強化が成されており、強靭な腕力と高い耐久力を併せ持つ最もポピュラーなゴーレムである。

 弱点は水か土の精霊魔術。近接戦闘ならば打撃武器を使うのが好ましいとされているが、聖剣エクスならば装甲も簡単に切り裂けるだろう。魔力の通った岩石は確かに硬いが、藤堂の持つ、万象を切り裂く軍神プルフラス・ラスの加護はこういった結界や魔力障壁を持つ魔物を相手にする上で有利に働く。藤堂にとってロックゴーレムはただの岩くれと変わらない。


 目のみがついた頭をこちらに向けてくるロックゴーレムを指差し、アメリア達に解説する。


「ロックゴーレムだ。適正討伐レベルは30から35といったところか」


「……それ、藤堂さんに勝てるんですか?」


「絡め手は使ってこないし、でかくて硬くて力が強いだけの戦い易い部類の魔物だ、何とかなるだろう」


 適正討伐レベルは30からだが、倒すだけならばもっとレベルが低くてもいけるし、藤堂達は三人なのだ。安全は担保出来ないがちょうどいいリスクだろう。


 腕を伸ばし、アメリアと、「すごーい」とか言ってるステイを下がらせる。それとほぼ同時に、ロックゴーレムが突進してきた。

 道は広いが、ロックゴーレム複数体が横に並べる程の広さはない。地面を砕き凄まじい勢いで突き進んでくるロックゴーレム。真上から振り下ろされた腕を一歩左に踏み出し回避する。

 地面が砕け、礫が足を打つが攻撃と呼べる程のものでもない。そのままがら空きになった懐にメイスを叩きつけた。


 ロックゴーレムの巨体が吹き飛び、その後ろから続いていた二体のゴーレムも巻き込んで壁に叩きつけられる。

 轟音に洞窟が震える。恐らく、衝撃で核が壊れたのだろう。ロックゴーレム三体分の存在力が身体に流入してきた。

 メイスの底でとんとんと地面を叩き、アメリア達の方を振り返る。補助魔法を掛けるまでもない。


「まぁ、こんなものだ……大した強さじゃないな」


「一撃で三体ですか……イカれてますね」


 アメリアが辛辣な言葉を出す。

 まぁ、俺のレベルは適正を遙かに超えているのでこの程度出来て当然だ、何の自慢にもならない。


「ロックゴーレムはゴーレムの中では余り硬い方ではないからな」


 例によってこの地も深く踏み入れば踏み入る程に強力なゴーレムが出てくる。ロックゴーレムは入門編と言えるだろう。

 辛辣なアメリアとは真逆にステイがやたら黄色い声を上げる。


「わー、凄い。アレスさん、格好いいです!」


「……いいからステイは、はぐれないようにだけ注意してろ。意識を散漫にするんじゃない」


「大丈夫ですよ……! ちゃんと先輩の手、掴んでるので!」


 アメリアの手を掴み、これみよがしと指を絡めて上にあげてみせるステイ。アメリアは感情がなくなってしまったかのような無表情だがなるほど、先輩後輩の仲というのも本当らしい。

 アメリアがステイにある程度慣れているのと同じように、ステイもアメリアにある程度慣れているのだ。冷たい態度のアメリアに対してもステイは全く気にする様子がない。本当にそれでいいのかどうかは神のみぞ知る。


 巨大なゴーレムはそれほど強くないが、威圧感がある。ゴーレムと初めて対面する傭兵の中にはそれに呑まれてしまい動きが鈍る者もいるが、ステイとアメリアは大丈夫そうだった。ステイは能天気であるが故に、そしてアメリアはそもそも肝が据わっているのだろう。

 藤堂達もこんな感じであっさり適応してくれたらいいんだが。


「後何種類かゴーレムを確認したら町に戻るぞ」


 俺の言葉に、アメリアが小さく頷き、ステイが意味不明な歓声をあげた。

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