第六レポート:冷静に考えたらこれ報告でも何でもねえな

「リミスさんが、ですか……」


「まぁ魔術師は体力がないからな。いつかはこうなると思っていた」


 教会で新たに得た情報を告げると、アメリアは目を丸くした。


 元々、命のやり取りは精神を消耗させる。

 ある程度の訓練は受けているはずのアリアや、意味分からないくらい無謀に強い精神を持つ藤堂はともかく、リミスが体調を崩すのは時間の問題だった。

 恐らく今までほとんど休みを入れずにやってきたツケが今になってやってきたのだろう。

 彼らにストッパーはいない。使命感があるのはけっこうだし、急がなくてはならないのも間違いないが、体調の管理は戦を生業とする者に取って必須だ。命に別状はないだろうし、今回の件は彼らにとっていい薬になる。


 病気ではないようだし、恐らく数日も休めば回復するだろう。


「藤堂達はリミスの体調が戻るまでは街から出ないらしい。この隙に次のプランを立てよう。まぁプランと言っても、特に問題が発生しているわけじゃないから出来ることは限られているが……」


 俺の言葉にアメリアが小さくため息をついた。若干の呆れ顔だ。


「……そうですね。高所恐怖症でもないみたいですし」


 ……どうやらアメリアも同じようなことを考えていたようだ。

 まぁ、藤堂達の動向を見ていればそうも思うだろう。


「ゴーレム・バレーの魔導人形の存在力はかなり高い。できればここでぎりぎりまでレベルを上げたいな」


「適性幾つでしたっけ?」


「60まではそれほど時間はかからない。無理をすれば65くらいまでは上げられるな」


 ルークス王国はいくつか騎士団の持っている。

 その中でも最も強力な戦力に『光輝騎士団』と呼ばれる騎士団があるが、そこの団員の平均レベルは60強らしい。つまり、ここを卒業すれば王国の守りの要として一人前という事だ。


 傭兵でも65もレベルがあれば一流とされる。

 それ以上のレベルにするには死と隣合わせの更なる過酷な戦闘が必要だ。恐らく、ルークス王国領から出ることになるだろう。


「更に粘れば70までいけるらしいが、かなり時間がかかるから60まで上げたら次の土地に向かうのがいいだろう」


 実際、俺がここでレベルを上げた時も60までだった。

 アメリアがその言葉に少し考え、俺を見上げて言う。


「私のレベルも上げられますかね?」


 アメリアのレベルは55。レベルだけならばこの地は適性だが、正直相性が悪い。

 打撃武器は効くがアメリアの細腕でバトルメイスが振り回せるとは思えないし、元々普通の僧侶に魔導人形ゴーレムは厄介だ。

 剣士や魔導師をして『硬い』と言わしめる相手だ。存在力が高いのには相応の理由がある。


 アメリアの平静とした表情。彼女は間違いなく優秀だが、戦闘能力が高いようには見えなかった。


「メイスは振り回せるか?」


「……恐らく無理かと」


「攻撃魔法は?」


「……ゴーレムに効くような物は使えませんね」


 となると、俺がゴーレムを瀕死にまで追いやり、とどめだけアメリアに任せるという形になる。

 ゴーレムの弱点は硬い装甲の中心に存在する核だ。核自体はそれほど硬くないので、装甲さえ崩して動けなくすればアメリアでも倒せるが、かなり手間だな。

 そもそも、レベル55にもなると一体や二体魔物を倒したところでレベルが上がったりしない。


「……藤堂の様子次第だな。余裕がありそうだったらレベルを上げよう」


 できれば上げておきたいところではある。藤堂のレベル上げはここが最後ではない。

 アメリアのレベルもそれなりにないと、いざという時に不安だ。


 俺の言葉に、アメリアが小さく頷く。その時、隣で椅子の上で膝を抱えて座っていたステイが手を上げた。


 ステイはずぶ濡れな法衣ではなく、藍色のワンピースに着替えていた。

 どうやらアメリアの私物らしく、サイズがあっていない。どうも予備の法衣は全て洗濯してしまい、着替えがなかったらしい。

 確かに洗濯しろとも言ったが、着てもいない服洗濯するなよ。お前は言ったことしかできねーのか。


 身長に大きく差があるのでぶかぶかだ。胸元だけがやけにきつそうである。

 だが本人は気にしていなさそうだった。余った袖をくたくたやりながら首を傾げる。


「アレスさん、私のレベルは……」


「……72もあれば十分だ。むしろアメリアに分けてやって欲しいくらいだよ」


 完全に無駄なレベルだった。逆だったらよかったのに、世も末である。

 俺の言葉に、ステイが眼を見開き、笑顔で隣のアメリアの腕をつっついた。


「先輩。レベル、分けてあげましょうか?」


「……どうやって?」


 アメリアが眉を顰める。


 存在力を分ける技術など存在しない。本当にどうやって分けるつもりなのか。

 ステイはしばらく考えていたが、ぽんと小さく手を叩き、はにかむように笑った。


「あ……そっか。レベルって分けられないんでしたっけ。あは」


「……アメリア、煽られてるぞ」


「……残念ながらこれは『素』です」


 当のアメリアは怒りを抱いた様子もなく、ただため息をつく。


 本当に残念だ。本当に残念だよ、俺は。

 どうやって使えばいいのかわからないのがとても残念だ。そもそも、俺が欲しかったのは通信魔法であってレベルは低くても最低限ちゃんとしているメンバーが――。


 そこでふと気づき、ステイの方を見た。

 対面したインパクトがでかすぎて肝心なことを忘れていた。


「……そういえば、お前、通信魔法……使えるのか?」


「? 勿論使えますが?」


 藤堂の眼よりも若干明るい黒の眼が不思議そうな表情で俺を見る。


 なるほど……必要最低限の能力は備えているわけだ。


 俺がステイを要請したのは、通信魔法を使えるメンバーが欲しかったからだ。


 今まではアメリアが側にいないとグレシャに指示を出せなかったので、分かれて行動することがなかなかできなかった。分かれて行動した時も、俺は通信魔法を使えないので、いざという時に俺からアメリアの方に連絡することができなかった。


 ステイを連れていればグレシャに随時連絡できるので、俺が藤堂をサポートしている間にアメリアが街で準備することができる。

 何かあったらアメリアの方に発信することも出来る。これは途方もないメリットだ。


 リスクにばかり目が言ってしまうのは俺の悪い癖だ。ヴェールの森とピュリフでの出来事が尾を引いているのかもしれない。


「なるほど……頭おかしいけどそれなりに使えるわけだ」


「えへへ……よく言われます」


 俺の言葉に、ステイが気を悪くした様子もなく微笑む。褒めとらん褒めとらん。


 となると、元々アメリアにステイを任せる予定だったが、俺がステイと一緒に行動した方が効率的である。なにせ、アメリアの方がレベルは低いがアメリアは迷子になったりしない。


 かなりの精神負荷が予想されるが、使えるものは使った方がいい。人だと思わず、通信機器だと思えばいいのだ。

 別れて行動出来るということは、手数が倍になるようなもの。背に腹は変えられない。


 アメリアが、何が楽しいのかにこにこしているステイを眺め、憮然としたように言った。


「何か私にとって都合の悪い状況が近づいている気がします」


「気のせいだろ」


「気のせいですよー」


 さて、問題はあっちへこっちへふらふらするステイをどう引き連れるかだが。


 ……首輪とリードでもつけるか。


 ふと思いついた考えにゲンナリする。

 見た目だけは整っているステイにリードなんてつけて引き連れたら周りからどう思われるか、考えるまでもないことだ。


 効率を取るか倫理を取るか。真剣に迷う俺に、当の本人はふらふらとアメリアにじゃれついていた。



§ § §




 夢を見ていた。

 炎の夢だ。


 暗闇の中に煌々と燃える意思ある炎の夢。


 暗闇の中にあるのはリミスと炎だけだ。

 そこに何気なく指先を伸ばす。その瞬間、リミスは目覚めた。


 日は既に落ち、部屋は薄暗い。視界には見覚えのない天井。


 状況がわからず混乱するリミスの頰に何か熱いものが当たる。

 リミスの契約精霊である小さな火蜥蜴の舌だ。こちらに向けられたその名の由来、石榴石ガーネットのような眼に、リミスはようやく現状を思い出した。


 まだ身体はだるかったが、ゆっくりとその身を起こす。胸の奥で燻る奇妙な感覚に、薄い胸を押さえつける。

 荒く息を吐き、自分の額に手の平を当てる。もう熱はだいぶ下がっているようだった。


 ガーネットがきいきい鳴きながら腕に上ってくる。それに向けて、小さく声をかける。


「あぁ……思い出したわ。私――『酔った』のね」


 リミスの家は精霊魔導師の家系だ。長い年月を掛けて蓄積された精霊魔術の知識は全て直系であるリミスに叩き込まれている。

 ぞくりと身体を震わせる。精霊魔導師として優秀な眼を持っているリミスには、一般人には見えない空気中に存在する精霊達の気配を感じ取れる。


 精霊とは自然の中でこそ多く存在するもの。大峡谷であるゴーレム・バレーは精霊で満ちていた。


 体調を崩した原因は疲労などではない。

 いや、疲労によって自身の力が落ちていたのも間違いないが、ゴーレム・バレーを満たす『土の精霊』に対して、身体が反応しすぎてしまったのが原因だ。


 俗に言う『精霊酔い』と呼ばれる現象


 同属性の精霊と契約を交わしていればそれがシールドになるので、全属性の精霊と契約を交わした一人前の精霊魔導師ならば起こり得ない現象だが、それは、火属性の精霊としか契約を交わしていないリミスは今までも何度か経験した現象だった。


 ガーネットがギョロリと宙に視線を彷徨わせる。

 リミスはため息をつき、その頭を人差し指で撫でた。


「ガーネット、あまり威嚇しちゃダメよ。ここは土の精霊の住む場所なんだから」


 精霊にも格が存在する。空気中に存在する目に見えない精霊は意思が希薄で力も弱いが、威嚇されれば反応するし、加護を持つものが望めば力を貸してくれる。

 ガーネットが舌を出し、リミスの身体に登ると、襟元から服の中に潜り込んだ。


 軽く身体をねじり、調子を確認する。

 まだ身体がだるい。影響が残っている証だ。経験から考えると、完全に体調が戻るには数日はかかるだろう。

 病気になったわけではないので動けないこともないが、また力を消耗すれば同じ状態になる可能性が高い。峡谷で戦闘中に倒れてしまえば目も当てられない。そして、それが十分ありえることだというのは、レベルは低くともプロの魔導師であるリミスが一番良く知っている。


 ……ナオ達に……謝らないといけないわね


 部屋の外から足音が聞こえてくる。

 扉が開くのをただぼんやりと見ながら、リミスは小さく頭を振った。

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