第三レポート:体調を崩したリミスの話

「なんか異国って感じがするよね」


 広々とした宿の一室。ピュリフの教会とはまた違った質感の壁を眺めながら藤堂が呟く。


 宿のランクは王都のそれよりも遙かに落ちるが、ファーストタウンの宿は高地に存在するにも関わらず現代人である藤堂を納得させるだけの設備を備えていた。

 水の魔導具を活用したトイレや浴室はもちろん、部屋の広さも家具の類も申し分ない。

 扉やら家具は木製だが、壁や床などは全てクリーム色の岩石であり、藤堂の眼にはそれが酷く新鮮に映る。


 鎧と剣を外し、部屋着に着替え終えたアリアが答えた。


「土地柄ですね。この辺りには――岩石しかありませんから」


「うーん……どうやって作ってるんだろう?」


「土属性の精霊魔術で加工してるんでしょ、多分。この辺りには……土の精霊が多いから」


 外套を壁にかけ、リミスがベッドの上に腰を下ろす。ガーネットがまるで主人の意見に同意するように頭の上で首を左右に降った。


 その言葉に、藤堂がにわかに目を閉じる。


 藤堂直継が召喚に際して得た加護、八霊三神は八種の精霊と三柱の加護を指す。

 火、水、土、風、木、金、闇、光。この世界に存在するとされる八種類の精霊の加護は藤堂に精霊に対する高い知覚能力を与えており、未だその力を有用に使えてはいないものの、感覚を集中すれば周囲に存在する精霊の力を感じ取ることができた。


 目を開けた藤堂が感心したように唸る。


「全てが全て魔術で説明がつくんだね」


「まぁ、精霊の力なくして人の発展はありませんからね。むしろ私にはナオ殿の世界がどうして発展したのかわかりません」


「……科学の力だよ。僕も別に詳しいわけじゃないけど、もしかしたら地球に精霊と神の奇跡が存在していたらこっちの世界のように発展していたのかもしれないな……」


 といっても、今更考えても仕方のない事である。

 レベルの存在、魔術に神聖術。あるものはあると考えるしかない。藤堂にとって現在この世界は紛れもない――現実なのだから。

 科学の方が優れているのか魔法の方が優れているのか、藤堂は既に半分くらいどうでもいいと思っていた。何しろ、本当に地球とこの世界の物理法則が合致しているのかも怪しいのだから。


 藤堂の思いを知ってか知らずか、アリアが話を変える。


「魔導人形は頑丈なことで有名です。物理的な攻撃よりも魔術的な攻撃が適している、と。もっとも、エクスならば装甲も切り裂けるでしょうが……」


「うーん……僕も魔法は使えるけど……どっちかというと、剣の方が適している感じがあるんだよなあ」


 己の手の平を見下ろし、藤堂が呟く。

 魔王討伐の旅に出て既に二月が過ぎようとしていた。その間ずっと藤堂は剣で戦っていたが、他の技術を疎かにしていたわけではない。

 魔術スペルはリミスに教わっていたし、神聖術ホーリー・プレイだって最低限のものは使用できる。

 だが、その中でも一番手にあっているものを言えと言われたら藤堂は迷わず剣術をあげるだろう。神聖術はともかくとして魔術は実用に耐えうる段階ではない。


 藤堂の表情に、リミスが深々と重いため息をついた。


「まぁ、いくら八霊の加護があったとしても精霊と正式に契約をかわさなければ人の身で強力な精霊魔術を使うのは難しいわ」


 精霊の力借りずして大きな神秘を現すのは難しい。

 精霊の加護はあくまで精霊に対する適性を与えるもの。それは、藤堂が最初にリミスから魔導について教授してもらった際に教わった言葉であり、魔術が二ヶ月経った今でも実用段階にない理由でもあった。


 精霊魔術の威力は契約した精霊の力に比例するものなので、適当な精霊と契約するわけにもいかないのだ。精霊同士の相性だってある。


 火種を作ったり飲料水を得るくらいならば現在の藤堂でも出来るが、そもそも火種を作るならばガーネットを使えばいいだけの話で、飲料水も指輪の力で無制限の荷物を持ち運べる藤堂にとって余り意味のある力ではない。


 その言葉に頷いていると、ふと藤堂はリミスのため息にいつもと違う色を感じ取った。

 ベッドに腰を下ろし、瞳を伏せるリミスに視線を向ける。もともとリミスの肌は白いが、いつにもまして蒼白に見えた。どことなくその動作も重い。


「? リミス、ちょっと疲れてる?」


「……ちょっとだけ……身体が重いわね」


 いつも強気な発言を欠かさないリミスの、珍しく気怠げな答え。


「大丈夫か? ……最近は強行軍だったからな」


 ヴェールの森。ユーティス大墳墓でのアンデッド討伐。移動時間を除けばほとんど休憩を取っていない計算になる。


「休憩、取ったほうが良かったかな……」


「そうですね……魔導師メイジは私達と比べて体力が低いですから……」


 藤堂やアリアは前衛である。常に身体を動かしており、訓練も欠かしていない。リミスの体力が低いわけではないが、どうしても差は出てきてしまう。

 リミスが朦朧とした眼で藤堂とアリアを見て、最後に椅子に座って我関せずな表情でぶらぶら足をぶらつかせているグレシャを見た。


 アリアがそっとリミスに近づき、その額に手の平を当てる。それに対して、リミスは何も言わなかった。

 しばらく様子を確認して、アリアが顔をあげる。


「……少し熱があるようです」


「……状態異常回復神法リカバリーをかけようか?」


「いえ……恐らく、体力の消耗が原因でしょう。神聖術は――決して万能ではありませんから」


 神聖術は術者の力量に大きく左右する。怪我も病気もある程度万能にカバーできるが、医者や薬師という職業があるのはそのためだ。


 藤堂はその言葉に、じっと心配そうにリミスを見る。

 自分よりも小柄な少女。いつも強気で弱音を殆ど吐かなかったリミスの姿が、今はとても頼りなく見えた。


 半分だけ瞼を開け、小さく囁くような声でリミスが呟く。


「大丈夫……少し、疲れただけよ」


 力のない弱々しい声。リミスの頭を一度慈しむように撫で、アリアが藤堂に言った。

 いつも明確に指示を出してくれるその声にも心配そうな響きが混じっている。


「二、三日休ませて様子を見ましょう。無理をさせるのは良くない。王都を発って二ヶ月、慣れない旅です。気づいていないうちに疲労が溜まっていた可能性もある。私達の中でもリミスが一番レベルが低いですから……」


「あぁ……そうだね。すぐに……良くなるといいんだけど」


 ふらふらと頭をふらつかせ、リミスがゆっくりとその背をベッドにつける。そのまま這いつくばるようにしてベッドの中に潜り込むと、リミスが最後に藤堂の方に視線を向けた。

 ご主人の頭から飛び下りたガーネットがその枕元に伏せる。


「少し……寝るわ」


「ああ……ゆっくりおやすみ。何か欲しいものとかある?」


 リミスはゆっくりと首を左右に振ると、静かに眼を閉じた。





「私がリミスの看病をしますので、ナオ殿はリミスが倒れた旨を教会に」


「ああ……そうだね。医者とか呼べないかも聞いてくるよ」


「リミスはゴーレム・バレーの適正レベルを考えるとかなりレベルが低いですからね……私達もですが、ここで体調を万全に整えましょう」


 アリアがその眼を小さな魔導師に向けられる。

 ゴーレムに物理攻撃は効きづらい。足場の悪い場所も多いゴーレム・バレーで戦うにはリミスの力が必須だ。


 その時、今の今まで我関せずの様子だったグレシャが突然立ち上がった。

 その首がきりきりと動き、藤堂の方に向けられる。その余りにもいつもと違う様子に藤堂は思わず一歩後退った。


「ど、どうしたの? グレシャ」


「……用事、できた」


「用……事?」


 思わず聞き返す藤堂に、グレシャが仏頂面で首肯する。

 いつも滅多に話さない、話す際も最低限の言葉しか出さないグレシャに、アリアが呆気にとられ、しかしすぐに我を取り戻して聞き返す。


「用事……用事って、何の用事だ? グレシャはヴェールの森出身だろう?」


 傷ついた氷樹小竜が少女の姿に変わる奇跡は今でもアリアの頭に鮮明に残っている。


 グレシャは何もない答えない。

 藤堂は困惑したように目を瞬かせ、ふと思いついた事を尋ねる。


「もしかして……お腹減ったの?」


「!!」


 その言葉に、グレシャの眼がやや大きく見開かれた。エメラルドグリーンの虹彩が大きな窓から取り入れられた陽光にキラリと光る。


 グレシャの食べる量は他の三人を遙かに超える。食糧には余裕があったのでゴーレム・バレーまでの移動中も藤堂はグレシャに割り振る食糧をかなり多めにしていたが、グレシャが事あるごとに空腹そうにお腹を押さえているのを藤堂は気づいていた。


「あれほど食べてまだ食べ足りないのか……」


「もとの姿が姿だから……ねえ……」


 ため息をつき呟くアリアに、藤堂がその肩を叩く。


「まぁ、街にいる間くらいはお腹いっぱい食べさせてもいいんじゃないかな?」


「……残金にだけは気をつけてください。国からバックアップを受けられるとはいえ、無限ではありませんから」


 グレシャの食べる量は藤堂とアリア、リミスをあわせた量よりも多い。

 今のところ金には余裕があるが、大墳墓でアンデッドを倒して手に入れたアイテムは殆ど金にはならなかったし、もし国から支度金が出ていなければすぐに困窮することになっていただろう。


 藤堂がニッコリと笑ってグレシャに言う。


「じゃあ、リミスには申し訳ないけど、一緒に行ってどっかでご飯でも食べようか」


「…………………………………………………………………………用事、ある」


 唇を噛み、今にも泣きそうな表情でグレシャが答えた。

 珍しく感情の篭った表情に驚く藤堂。グレシャはふらふらとその隣を通り抜け、部屋の外に出る寸前に藤堂の方を向いて言った。


「用事、終わったら、すぐ、戻る」


「あ……ああ……いってらっしゃい……」


 扉が音を立てて閉まる。

 完全に閉まった扉に数秒視線を向け、藤堂とアリアは互いに顔を見合わせた。


「用事って何なんでしょう?」


「さぁ……僕に分かるわけないじゃん。……まぁ、グレシャにも色々あるんじゃないかな」


 そもそも、何故人の姿に変わっているのかもわからなければその理由も不明なのだ。

 何度かグレシャのいない所で話し合ったが結論は出なかったし、グレシャにも聞いてみたがついてくる理由になると黙り込んでしまうのでお手上げの状態なのだ。


「……ま、まぁ、僕は……聖勇者ホーリー・ブレイブだし、そういう事もあるんじゃないかな」


「……そうですね。竜を連れて旅をした英雄の伝説もあったはずですから、そういうものなのかもしれません……」


 その場に妙な沈黙が広がる。

 変な話だよなぁと思いながらも、藤堂は自分を納得させるべく一度大きく頷いてみた。微塵も納得できなかったが。

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