第二レポート:機嫌の悪いアメリアの話

「まずは立ち位置を定めましょう」


 テーブルを囲み、アメリアが至極真面目な表情で言う。そうか、そこからなのか……。

 その隣では何を考えているのかわからないステファンがふわふわした笑顔で行儀よく座っている。何が楽しくて笑っているのだろうか。まだ参入したばかりだと言うのに何故かその笑顔からは不安しか感じられない。


 酷く機嫌が悪そうなアメリアに一応報告する。


「ちなみにクレイオに返品申請したが却下された。返品したいならば本部まで連れてこいと」


「……その件については私が後で聖穢卿に文句言っておきます」


「文句言えば解決するのか?」


「しませんね。でも多少溜飲は下がると思います」


 そうか……好きなだけ文句を言うといい。止めはしない。

 ステファンが俺たちの言葉を聞いて、テーブルを一度手の平で叩いた。


「先輩……に、アレス、さん。私はお仕事があると言われて来たんです……けど……いや、なんでもないです、はい」


 アメリアが向ける冷たい視線にステファンの言葉は小さく消えていく。どうやら力関係は出来上がっているらしい。

 泣きそうな表情でステファンが俺を見上げる。

 だが、なるほど。ステファンの言う事ももっともである。今回は俺が請うて来てもらったのだ。予想とはかなり異なるキャラだったが、ステファン自体が悪いわけではない。話をちゃんと聞かなかった俺が悪い。


「ステファン、お前は何が出来る?」


「アレスさんッ!?」


 アメリアが俺に咎めるような視線を向ける。


 まぁ、話くらいは聞いてもいいだろう。少なくとも交換手としての能力はあるのだ。


 ステファンは俺の問いに花開くような笑顔を作った。人懐こいというのは本当なのか。最初に通信した時に聞いた、焦っているような様子は欠片もない。まだ顔を合わせてから数日しか経ってないのに。


「アレスさん……私の事はステイとお呼び下さい。お父様からも、友達からもそう呼ばれているので」


「……ステイ、お前は何が出来る?」


「アレスさん、凄い表情してますが大丈夫ですか?」


「気のせいだ」


 アメリアの指摘に平静を装い返す。

 余計な事言わずにさっさと答えて欲しい。効率的じゃないのは余り好きではないのだ。が、それを指摘したらそれはそれで引き伸ばされてしまう。


 ステイがにこにこしたまま指折り言葉を続ける。まるで歌うかのような声で。


「お掃除、お洗濯、お料理はお任せください」


「……アメリア、お前より高性能だ」


 って違う。俺が聞きたい事はそうじゃねえ。

 なんだ? 白魔導師ホーリー・キャスターの中では家事の技能が重要視されてるのか!?


 アメリアがステイを絞め殺しかねない表情で睨んでいる。いや、表情自体は変わらないがその視線からは憎悪に似た何かが感じられた。やばい。

 その視線に気づいているのか気づいていないのか、ステイは笑顔を崩さずに更に続けた。


「後は……神聖術ホーリー・プレイは一通り使えます。怪我とかした際はお任せ下さい!」


「一通り……中位までか?」


 白魔導師って本当にエリートなんだな……ゴーレム・バレーにまでこれる僧侶は皆、中位の神聖術は修めているだろうが、全体の総数の比率で考えると、中位の神聖術を使えるプリーストはかなり優秀な部類に区分される。

 おまけにこいつ、通信魔法も使えるんだろ?


 表情を変えずに感心していると、ステイが小動物のように首を傾げて言った。


「? いえ、上位までですけど?」


「……どうしよう、アメリア。お前より高性能だ」


「ちょっとアレスさん、そのコメントやめてもらっていいですか?」


 いや、だって……どうしよう。


 げんなりしながら、アメリアとステイの方を交互に見る。


 シスターが嘘をついたりはしないだろう。という事は、この迷子になったり何もない所で転んだりするステイは僧侶の中でも極めて優秀な部類に入る事になる。

 おそらく、僧侶の中でいえば上位一%とか二%に入るだろう。トップクラスの傭兵パーティの中でくらいしかお目にかかれない存在だ。


 頭を掻きむしる。よもや僧侶として優秀だという点が俺の精神をさいなませる事になろうとは。

 確かにその笑顔は世界の善性を心の底から信じ切っているかのような……悪く言えば何も考えていない笑顔に見える。

 もしかしたらそれがいいのか? 何も考えていないのがいいのか?


 そして、更にステイが衝撃的な言葉を続けた。


「後は……えっと――レベルは70くらいです」


「……はい?」


 70? こいつ今、70くらいって言ったのか?

 そんな馬鹿な……。呆然としながらも腕を伸ばしてその頭に手を乗せる。

 手を乗せられ、きょとんとしているステイ。無言で、そのレベルを測定する。


 その身に溢れた輝きに、俺は目を疑った。


「馬鹿な……レベル72……だと!?」


 アメリアが55だからそれよりも17も高い事になる。レベルは上がれば上がるほどに上がりづらくなっていくのだ、そのレベル帯で17の差というのは尋常ではない。


 ゴーレム・バレーで上げられる適正レベルも超えている。……こいつ一人で帰れるんじゃね?

 72もあればその戦闘能力も計り知れない。というか計り知れない戦闘能力がなければ72までレベルを上げられない。


 というかアメリア、全部ステイに負けてるんだが? 本当にどうなってるんだ? アメリアも普通に優秀なはずなのに……。

 アメリアが呆然としている俺の眼の前で手を振って無表情のまま言った。


「アレスさん、アレスさんの言いたいことはわかります。わかりますが……無理です」


「何故だ?」


「ステイのレベルが高いのは、そのくらい上げなきゃちょっとした事で死にかねないと判断されたためだからです」


「理解……できない。理解できないぞ」


「理解しなくていいです……受け入れて下さい」


 どこの世界に72までレベルを上げなきゃ死にかねない人間がいると言うのだ。そんな恐ろしい世界ならばとっくに人間は絶滅してる。

 しかもこいつ今、くらいって言ったんだぞ! 『くらい』って。自分のレベルを把握していなかったという事だ。


 騒いでる俺たちをステイは意に介すことなく、じっと窓の外を見ていた。釣られるように窓の方を見るが特に何もない。


 どうしよう、これ……。


 確かにクレイオは優秀と言っていた。言っていたが……素朴な疑問がある。どうやってステイは72までレベルを上げたんだ?

 まだ十代で72レベルだ。普通に戦っているだけじゃそこまで上げるのは至難のはずだ。


 ……藤堂の倍以上レベルあるんだがッ!?


「アレスさん、全ての期待は――捨てて下さい。レベル高いし、能力は優秀そうだから使おうとか考えてはいけません」


「いや、もう期待していないが――藤堂のパーティに派遣するのはどうだろう?」


 藤堂パーティの僧侶の枠はいずれ戻ってくるスピカの枠だ。だが、たとえグレゴリオの修行を乗り越えたとしてもスピカが成長するのには時間がかかるだろう。

 それまでのつなぎとして彼女の能力は完璧だ。

 問題は、ステイもアメリアのように藤堂パーティへの派遣が禁止されていそうだという点だが、彼女を見るに口先で何とでも誤魔化せそうである。


 そんな俺の半ば本気の言葉に、アメリアが馬鹿でも見るかのような眼をこちらに向ける。


「アレスさん……貴方は勇者パーティを壊滅させるつもりですか?」


「……やめておこう」


 賢く尽くしてくれるアメリアちゃんの言う事は聞いておいた方がいい。

 ため息をつき、アメリアから視線を反らして前を向く。目の前に座っていたはずのステイは影も形もなかった。


「……なるほど……こうやって消えたのか」


 なまじレベルが高いせいで無駄に隠密性があるのだろう。


 いつの間に移動したのか、ステイは部屋の窓を開けて下を覗き込んでいた。話してる最中に席を立つんじゃねえ。

 アメリアが慌てて席を立ちステイの首根っこを捕まえる。


 そりゃ勇者パーティにいれられないわ、これ。


「ひゃ!? せ、せんぱい!? 大丈夫ですよ、子供じゃないんですから!」


 ステイがアメリアに掴まれたままわたわたと言い訳する。子供でもしねえよ!?


 だが、ステイの事ばかり構ってもいられない。俺達の仕事はあくまで藤堂の魔王討伐のサポートなのだ。


「アメリア……ステイの事はもうほんとお前に任せた。何かあったら報告してくれ、俺は藤堂のレベル上げ計画を考える」


「貸し一つです。今度お酒をおごって下さい」


「わぁ……先輩、私も! 私も飲みたいです! 私、とっても強いんですよ、アレスさん!」


 神は二物を与えないとはこの事か。

 どうやら秩序神はステイにあらゆるものを与えたが唯一、最も人間として重要なものを与えなかったらしい。理性か愼みか落ち着きか、そういった類の何某かを。


 アメリアが珍しく額を押さえ、暗い声で言う。

 俺はその瞬間、初めてアメリアに強い仲間意識を抱いた。


「アレスさん……機会はないと思いますが、絶対にステイにお酒を与えちゃダメです。彼女は一口で頭があっぱーになりますから」


 以前、たった一口であっぱーになったアメリアが言うあっぱーとはどれほどあっぱーなのか。

 普段でもけっこうあっぱーに見えるのに……一転回って正常に戻らないものか。そうすれば色々使いみちが思いつくものを。



「そんな先輩……久しぶりに会ったのに。冷たくないですか? 私、とっても先輩と会いたかったのに」


 その言葉に、ステイが懇願するような声をあげ、アメリアの身体にすがりつく。

 まるで捨てられた子犬のような眼をするステイに、アメリアは冷徹な眼で一言言い放った。


「ステイ……『待てStay』」


「は、はいぃ!」


 弾かれたように佇まいを正すステイ。


 ちょっと待て。ステイの愛称ってまさか――。


 ふとよぎりかけた考えを振り払う。

 駄目だ。詳しく考えちゃいけない。詳しく考えるとストレスで倒れてしまいそうだ。

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