第五報告 ピュリフにおける勇者のサポートとその顛末について

第二十一レポート:アンデッドの討伐をサポートせよ

 藤堂一行の戦闘地点からの直線距離は凡そ三百メートル。

 距離だけ述べると近いように思えるが、大墳墓は入り組んでおり、間には角や壁が存在する。見つかる心配はない。

 通路内を反響し、遠くから聞こえて来る激しい戦闘音には悲鳴が混じっていなかった。


 まるで犬の散歩でもするかのように、次に送るアンデッドを縛った光の鎖を引きながらアメリアが言う。


「調子、良さそうですね」


「そうだな」


 アメリアの言葉は端的だったが、現状を正確に示していた。


 一晩で何とか使えるようにしたスピカの神聖術、『導く灯リーディング・トーチ』は非常に初歩的なものだ。周囲のアンデッドを遠ざける効果を持つスキルで、一応攻撃力はあるが例えぶつけた所でアンデッドを殺し切る事はできないし、そもそもスピカの今の神力ではそれも長くは持たない。


 だが、それでも藤堂の精神的支柱にするには十分だったようだ。


「どうやって神聖術を使えるようにしたんですか?」


「簡単な暗示だよ。子供騙しみたいなものだ。一応、最下級のものは使えるようにしたが、今後成長するかどうかはスピカ自身の努力次第だな」


 気弱な事や純粋な事がメリットとして働くパターンもある。所詮、師としての教育を受けたわけでもない俺に言える事はない。


 アメリアは俺の答えに、腑に落ちない表情をしていたが、何も言わなかった。


 一夜が明け、藤堂がユーティス大墳墓に入って二日目。アンデッドを討伐するその速度は前日の比ではなかった。

 リーダーである藤堂が立ち直ればアリアの負担も減り、アリアの負担が減ればリミスが魔術を使う機会も少なくなる。グレシャは……あいつはまぁレベル上がるかどうかもわからないし割りとどうでもいいが、落ち着いて最小限の動きで魔物を倒すことが出来れば体力の消耗も少なくて済む。


 多少、スピカの成長で気を持ち直せるとは思っていたが、正直、この結果は予想以上だ。


「何体目だ?」


「ん……実際の討伐数は三百二十三体目、証の残っているものだけなら二百五十一体ですね」


「そろそろ慣れてきただろう。悪霊レイスを送ろう」


 最初は恐怖を感じづらい『歩く骨人ウォーキング・ボーン』を送り、それにある程度慣れた所で続いて強烈な臭いとグロテスクな姿形を持つ生ける屍リビングデッドを送る。それもある程度倒せるようになった所で、最後に精神攻撃を得意とする悪霊レイスを送る。

 最初にレイスを送っていたら最初に全滅した時のように『嘆きの叫びバッド・スクリーム』で意識を奪われていたかもしれないが、恐らく今ならば耐えられるだろう。


「……まだ歯を食いしばって戦ってるみたいですか?」


「知らん。俺は藤堂達に楽をさせるためにここにいるんじゃない」


「……わかりました」


 最終的にはアンデッドを送るのをやめ、俺達は見守るのみで藤堂本人に大墳墓を探索させてアンデッドを探させ、戦わせるつもりだった。

 効率をあげるためとはいえ、いつまでも俺達が手を入れるのはそれはそれで後々に悪影響が出る。俺達はあくまで……補助でしかないのだ。


 アメリアが、束縛していたアンデッドの内の一匹――悲哀と怨嗟の混じった表情で声にならない叫びをあげるレイスを開放する。まるで揺蕩うような動きでこちらに襲い掛かってくるそれを、アンデッドの忌避する『導く灯リーディング・トーチ』を利用して上手いこと藤堂達の方向に差し向ける。


 レイスは獣の鳴き声のような怖気の走る叫び声をあげたが、すぐに逃げるように藤堂たちの方に消えていった。




§





『そうか、解決に向かっているか……』


 久方ぶりの良い報告に、クレイオの声にもどこか安堵の響きがあった。


 二日目は特に何事もなくあっさりと終わった。

 特筆すべき問題はない。追加で送ったレイスについても、多少まだ苦手意識はあるようだが倒すことができている。アンデッドに対する恐怖が着々と克服されているという証だ。


 藤堂達は既に眠りに入っており、今日はアメリアが俺の代わりにスピカの神聖術の教師を引き受けている。アメリアは既に藤堂達の眠る部屋に向かっており、側には誰もいない。


 レベルもいくつか上がり、藤堂が28、アリアが27、リミスが19、スピカが10だ。スピカはまだアンデッドを倒せる程の退魔術を使えないのでレベルが上がっていないが、グレゴリオの課題も何とか明日中には終了するだろう。

 そうすれば、彼らとグレゴリオの縁も切れる。スピカへの残りの神聖術は随時俺が教えてやればいいだけの話だ。レベル上げだけは……何もしてないのに上がったら不自然なので、藤堂たちに任せるしかないが。


『魔王からの追手は?』


「現状、その気配はないな。まぁ、例えやってきたとしても問題ないだろう。俺が相手をしてもいいし、グレゴリオだっている」


 そもそもどういう手法で魔族共が勇者の気配を追っているのか、まだわかってないのだ。そうである以上こちらは常に受け手に回る事になる。

 この地に長期間滞在するつもりもないので、今回はあまり心配していなかった。


『勇者はまだ手がかかりそうか?』


「ずっとつきっきりになるつもりはないが、ある程度レベルが上がるまでは今の形を続けるつもりだ」


 影から助けると言っても、出来ることには限界がある。

 こんな事を続けた所で藤堂が魔王を倒せるようになるとは思っていないし、純粋培養の勇者など冗談にもならない。

 今は死ぬリスクが高いからついて回っているだけで、僧侶も育ちある程度心配いらなくなったらフィールドを先行するのはやめて他の方面に手を回すつもりだった。何しろ、考えるべき事は山ほどあるのだ。


 部屋の扉をすり抜け、一体のレイスが侵入してくる。

 それを無言で『光の矢』を放って消し去り、確認する。


「グレゴリオの様子を教えて欲しい。奴の狙いなどがあれば」


『ああ。彼からは……まだその地でやる事があるという報告を受けている』


「……」


 あまり聞きたくなかった情報だ。

 説得はしたが、基本的に奴に関わると碌な事にならないし、何が起こるのか予想も難しい。やはりあまり長居はせずに、さっさとこの地から去った方がいいだろう。


 クレイオが詳しい情報を教えてくれないという事は、クレイオ自身がそれを聞いていないという事である。クレイオが確認しないわけがないので、グレゴリオ側の問題だろう。報告はちゃんとしろよ、グレゴリオッ!! 

 運命とかふわふわした言葉じゃんくて、ちゃんと明確な言葉で説明しろ!


 叫ぶ代わりにため息一つで感情を封じ込め、頭を切り替える。現実逃避ではない。これは断じて現実逃避ではないが、あまりグレゴリオに構ってもられない。

 未来を見なくてはならない。ずっと気になっていた事を聞く。


「そういえば、新たに派遣してくれると言っていたステファンの件はどうなった? 頼んでからもう十日近く経っているが……」


 アメリアの時はほんの数時間で派遣してきたのに……まぁ、もしかしたらアメリアの時は元々派遣するつもりで準備してくれていたのかもしれないが。

 派遣を依頼した次の通信から、交換手が変わったのですぐに来てくれると思っていたのだが、既に要請から結構な日数が経過している。いくらなんでもちょっと遅い。


 俺の質問に、クレイオが珍しく疲れたような声で言った。


『迷子だ』


「……悪い、もう一回頼む」


『迷子になったため、遅れている』


 ??????????????????


 首をまわし、周囲に視線を投げかける。誰もそれを受け止めてくれる者はいなかった。

 ……迷……子? 全然わからない。意味がわからない。

 その意味を真剣に考える。誰もいない、静かな部屋は考え事にはもってこいだ。


 眉を潜め、考える俺に、まるで言い訳でもするかのようにクレイオが続ける。


『誤ってそちらに行く馬車とは逆方面の馬車に乗ってしまったらしい。付き人をつけるべきだった。ああ、私のミスだ。アレス、すまない。すまない……が、付き人をつけてもう一度送ったので……もう間もなくそちらにつくはずだ』


 謝罪すべき所、違くね?

 怒りとか悲しみとかではなく、純粋に疑問を抱く。


「ステファンって何歳だ?」


 数える程度しか話していないが、声はそれほど幼くはないはずだ。


『十六だ。アレス、歳はまだ若いが……彼女は神童だよ』


「十六で……迷子?」


 十六。この国では既に成人済みの年齢である。激しく嫌な予感がした。


 必死に自分に言い聞かせる。自己暗示を掛ける。

 別にいい。道を間違えるなど、誰にでもあることだ。乗る馬車を間違えるのは……確認不足が過ぎる気もするが……。

 神童って……神って一体何なんだろう……。

 

「……方向音痴……なのか?」


『まぁ……狭義の意味では異なるが、広義の意味ではそうとも言えるかもしれない。恐らく、目に映っている風景が私達のそれとは違うのだ。アレス、彼女は……人生の方向音痴なのだ。ははっ』


 誰もうまいこと言えなんて言ってないんだが……。ははって……お前、そんなキャラじゃなかっただろ。

 別にちょっと話した分ではそれほど問題のある人格には見えなかったが……。


「もしかして問題児?」


『そう言ったはずだ、アレス。君が言ったのだ。問題があったとしても一度試用してみたいから派遣して欲しい、と。そうだろ?』


「教会碌な人材いねぇな」


 そんな事はないはずなのだが、グレゴリオと遭遇した後、更に迷子とか言われるとちょっと……。

 おまけにステファンは俺の方から頼んだのであからさまに文句を言う事もできない。


 アメリアもあれはあれで……癖が強いし。別に嫌いじゃないが。


 思わず出た俺の本音には触れず、まるで誤魔化すかのようにクレイオが言った。


『アレス・クラウン、神のご加護があらん事を』


「……その言葉は免罪符じゃねーんだぞ」


 事あるごとに使うんじゃない、トラウマになるだろ!

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