第十九レポート:アンデッドの倒し方②


「うわぁぁぁあぁぁあああぁぁあぁあああああああああああああああああああああああああッ!!」


 聴覚を刺激する気味の悪い音。

 現れたのは数え切れない程の人骨の集団だった。その数に、別にアンデッドに対して苦手意識を持たないリミスもさすがに表情が変わる。


 藤堂は、その真っ只中に涙を流しながら踏み込んだ。

 魔力が過剰に乗せられた『咆哮』にビリビリと空気が震え、一番前にいた骸骨が崩れ落ちる。その後ろの骸骨も同じように崩れる。しかし、その後ろの骸骨は一瞬動きが止まっただけで、すぐに体勢を立て直し向かってきた。


 魔力とは元々形のないものだ。

 魔力を乗せた咆哮は距離が離れれば大きくその威力を減衰させ、また、障害物があればあるほどその威力を減衰させる。その減衰率は明確な現象として世界に神秘を発現する『魔術』の比ではない。

 アンデッドは倒して数秒で世界から消える。もっと世界に明確な形を刻む力の強い上位のアンデッドならば話は別だが、ウォーキング・ボーン程度では倒した側から消えてしまい、障害物にもならない。


 泣きながら盾と剣をがむしゃらに振る藤堂に続き、アリアもまたそれに続き、及び腰で剣を振るう。

 アリアに振るわれる剣もまた魔性のそれだ。火の精霊と土の精霊の力を借りて鍛えられたとされる魔剣ライトニングハウルはルークス王国が剣王に授けた由緒正しい剣であり、精霊の力を借りて生み出されたが故に強い神性を持つ。

 神聖な力を持つ剣はウォーキング・ボーンをその振るう剣ごと両断し、塵に変える。


 しかし、それでも数は全く減る気配がない。後から後から現れる骨人はまるで波のようで、後方から冷静に眺めても、尽きる事がないかのような錯覚さえ感じさせる。

 幸いなのは前方からのみで後方からは敵が現れていない事。リミスが苛立たしげに藤堂とアリアに叫んだ。


「ナオ、アリア! 邪魔よ! 混戦してたら魔法が使えないでしょ! ちょっと下がりなさい!」


 リミスの声にしかし、焦りのあまり剣をがむしゃらに振るい、前に出続ける藤堂とアリアは反応を見せない。

 強く押し出した盾が骨を砕き、剣がその肋を斜めに両断する。一体一体は強くないが、何しろ数が多い。


「うわああああああああぁぁぁぁああああッ!! ああああああああああああッ!」


「ナオ、うるさいッ!」


 無我夢中に繰り出された攻撃は隙だらけだったが、碌な技も持たず、そもそも回避する様子すらないウォーキング・ボーンには効果抜群だった。そもそも、敵が振るう剣の速度はそれほど速くはない。例え相手に攻撃する暇を与えたとしても、視認してから反射的に躱せただろう。


 だから、心配なのはその体力だけだった。藤堂は無駄に叫びながら突撃しているし、アリアにもいつもの精細が見られない。


「これ、何体いるのよッ!?」


「え? おかわり? 無理、無理ですッ!」


「? スピカあなた、何言ってるの?」


 突然変な事を言いだしたスピカに、リミスが訝しげなリミスは訝しげな視線を向ける。

 スピカは首をぶんぶんと横に振った。


「な、なんでもないですッ!」


「なんでもないって……しかし、どうすればいいのかしら、これ」


 一端スピカの方に注意を向けた事で、リミスが落ち着きを取り戻す。


 藤堂とアリアが暴れているため、ウォーキング・ボーンの魔の手は後方にまで出ていない。いや、後衛を狙う程ウォーキング・ボーンには知恵がない。


 一度深く深呼吸すると、改めて戦場を見た。


 カタカタと鳴らす骨とその中を嵐のように暴れる勇者の姿。


 力も敏捷も耐久もアリアと藤堂が圧倒的に上。レベル差故に今のところその風景に危うげはない。


「後何体いるかわかる? いや、そもそも……何体倒した?」


「……わからないです」


 予想外に多いその数に慌ててしまい、スピカには数を数える余裕すらなかった。

 しかし、その視線が地面に転がる魔結晶に向けられる。


「でも……後から結晶を数えれば何体倒したかはわかると思います」


「そうね。一端仕切り直しましょう。ナオもアリアもちょっと気が高ぶってるみたいだし……」


「え……でもどうやって――」


 リミスが握った杖を今なお尽きることないウォーキング・ボーンの群れに向ける。藤堂とアリアが押しとどめるその先に向けて、精神を集中させた。

 杖の宝玉が、リミスの込めた魔力により煌々と光を放つ。その光はガーネットの纏っていたものに酷似していた。


 そして、リミスが短く唱えた。


「ガーネット、『炎の風フレイム・ガスト』ッ!!」


 宝玉で増幅された火の魔力が藤堂の頭の上にしがみついていたガーネットに送られる。瞬間、ガーネットが膨れ上がった。


「ッ!?」


 発生した強い熱に反射的に藤堂が数歩後退る。真っ赤に輝いたガーネットがその頭から前方に飛び降りる。

 アリアも藤堂と同様に後ろに下がった、それと同時に、その前方に炎が吹き荒れた。


 それは指向性を持った炎の嵐だ。紅蓮は今まさにこちらに向かってこようとしていた三体のウォーキング・ボーンを容易く飲み込み、通路全体を奔流のように駆け抜け、隙間なく満たす。


「熱っ!?」


 炎こそ飛んでこなかったが、全身に感じた強い熱風に慌てて藤堂がリミスの所まで戻る。

 魔術は現実の物理法則を超えた力だ。それなりに制御されていたからその程度で済んだが、もしもこれが魔術によるものでなかったならば藤堂は丸焦げになっていただろう。


 炎の嵐は数秒間吹き荒れ、唐突に消失する。そこには何も残っていなかった。

 『歩く骸骨ウォーキング・ボーン』はもちろん、それが落としたはずの魔結晶も何も。黒く焼けた床と壁、乾ききった空気と上昇した温度だけがその魔法の威力を物語っている。


 リミスが左手でぱたぱたと胸元に風を送り込み、


「あっつ……やっぱり狭い所で使っちゃだめね……一応、殆ど熱は残っていないはずなんだけど……」


「凄い……」


 呟くスピカに、リミスがにっこりと笑った。力を行使し終えたガーネットがリミスの杖から登り、その杖頭まで上がる。

 再び戻った闇の向こうから、新しいウォーキング・ボーンが現れる気配はない。

 全身に感じる特有の感触に、自身の手の平を見つめ、リミスが呟いた。


「あ、レベル上がったみたい」


「上がったみたいじゃない。危ないだろッ!」


 息も絶え絶え、抗議してくるアリア。

 炎が直接当たったわけではないので大きなダメージはないが、至近から浴びた熱風で顔が真っ赤になっている。

 藤堂も同様に、唐突に放たれた魔法とその威力に顔色を失っていた。


「あんた達が下がらないから悪いんでしょ! 巻き込まなかっただけいいと思いなさい」


「いやいやいや、巻き込まれたからな! 大体、屋内で炎の魔法を使うのは――」


「ならどうしろって言うのよ? ずっと戦い続けてみる?」


「いや……それは……」


 その言葉に言い淀むアリアに透かさず人差し指を突きつけ、微笑みかける。

 その眼にアリアは本気を感じ取った。


「下がれって言っていったらすぐ下がりなさい。次は燃やすわよ?」


「ああ……解った」


 青ざめ頷くアリアに満足げにすると、リミスが藤堂の方を見た。


「一端、作戦を立て直しましょ。少なくとも、『歩く骸骨ウォーキング・ボーン』を倒せる事はわかったんだから」


「……そうだね。一端どこかの部屋で休憩して作戦を立て直そう」




§





「威力がレベル17の精霊魔術師のものじゃないな……さすがフリーディアの系譜と言うべきかなんというか……」


 精霊魔術師の実力は契約した精霊と術者の練度に比例する。上級の精霊と契約してもその魔術の威力は必ずしも強くはならないが、本体の能力の方もどうやら普通ではないらしい。

 一度咳き込み、熱の残った空気を吸い込む。振り返るが、せっかく集めた『歩く骸骨ウォーキング・ボーン』は一匹も残っていなかった。


『大丈夫ですか?』


「問題ない」


 近くの部屋で待機させていたアメリアからの通信に答える。

 効果範囲も広く威力も十分だったが、こういう状況を想定して事前に自身に炎耐性を付与してあった。まぁ、付与してなかったとしても死にはしなかっただろう。如何に優秀であっても所詮はレベル17の魔術師の魔法だ。

 元々、法衣もそう易易とは燃えない素材でできている。髪の毛一本焦げちゃいない。


 少し驚いたが、ただそれだけだ。


「取り乱しすぎていたが、前には進んだな。この調子で行くか」


『そうですね』


 人は慣れる生き物だ。苦手を得意にしろとは言わない。何とか、まともに戦えるようになって欲しい。できれば……正気を保ったままで。


 張られた簡易な結界に釣られるようにして、再びアンデッドが寄ってくる。大墳墓は広大だ。強い瘴気により定期的にアンデッドは発生するため、リミスがいくら焼き尽くしても尽きる心配はない。


 リビングデッド、ウォーキング・ボーン、レイス。リビングデッドが腐りかけぶよぶよになった手を俺に伸ばし、俺に掛けられた加護に弾かれ反射のように手を離す。

 下位のアンデッドに知恵はない。まるで絡繰り人形か何かのように同じ行為を繰り返すリビングデッドを横目に、寄ってきたアンデッドの数を数えてアメリアに伝えた。


「もうとりあえず『歩く骸骨』をもう一セットいっておくか」


『了解です』

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