第十七レポート:地下墳墓の歩き方

 魔物が生息する地は数多くあるが、地下墳墓を初めとした人工施設型のフィールドはその中でも危険な部類に入る。


 例えば、打ち捨てられた遺跡。

 例えば、人の住まわなくなった古い城。

 例えば、繁栄の跡の残る滅ぼされた都市。


 森や洞窟など自然からなる場所を探索する場合と比較し、それらを探索する場合は外敵を撃退する事を意図して仕掛けられたトラップの類に注意しなくてはならない。例え前住民がトラップを仕掛けていなかったとしても、そういった人の臭いの残る地には知恵ある魔物が棲みつくパターンが多く、それらがトラップを仕掛けている可能性もある。


 ユーティス大墳墓は地下墳墓だが、その例には漏れない。

 特に墳墓系の場所には墓荒らしをターゲットとした極めて致死性の高いトラップが仕掛けられている可能性が高いとされており、ユーティス大墳墓にも知らなければ危険な罠が幾つも存在する。


 とは言え、この地は元々幾度も王国から正式な調査隊の派遣された地であり、他にも埋葬されているであろう宝を求めたトレジャーハンターや、修行のために教会から派遣されたパーティなど、何度も人が足を踏み入れた地だ。

 浅い層のトラップの殆どは解除済みであり、性質上解除出来ないタイプのトラップについても、地図に注意書きとして書き込まれているので、地図のない場所まで行こうとしない限り危険性は低い。


 グレゴリオが倒した鬼面騎士の像もトラップの内の一つだろうが、浅い層にあるにも関わらず形を保っていたあのトラップはとても稀有な例と言えるだろう。


 灰色の石で出来た回廊には俺とアメリアの足音だけが響き渡っていた。


 藤堂達に先んじて、俺達はユーティス大墳墓に突入していた。

 実は俺は過去この地を訪れた事はなかったので、これで三回目である。俺が先頭に立ち、アメリアが後ろからついてくる。

 前方には俺の浮かべた『浄化の光』が擬似的な明かりとして周囲を満たしており、十分と視界は確保されていた。


 頭の中に叩き込んだ地図と現在位置を確認しつつ、周囲の気配を探る。万が一にも強力なアンデッドが現れ、藤堂達に襲いかかったりする可能性を下げるためだ。

 基本的にその手の魔物は深層に行くほど強力になっていく傾向があるが、地下深くから強力なアンデッドが地上部に乗り出してきたパターンも決してなくはない。本来ならば懸念する程の可能性でもないが、こと藤堂に関わるとなると出来ることは全てやっておいた方がいい。


「過保護過ぎませんか?」


「そうかもな」


 アメリアの言葉にそっけなく返す。

 否定はしない。魔物を狩るのは基本的に自己責任だ。勇者もそれは同じ。魔物の間引きは安全性を高めるが同時に奴の適応能力の成長を妨げるだろう。

 だが。だが、それでも。


「だが、パーティの平均レベルを30にするまでは今の方針で行く」


「何故ですか?」


「大体レベル30で出来る事が変わるからだ」


 傭兵や魔物狩りはレベル30未満と以上で大きく死亡率が変わる。

 だからこそ、出来ることならば一月以内にレベルを上げさせてやりたかった。


 入り組んだ通路。角から剣を持った人骨、『歩く骸骨ウォーキング・ボーン』が襲い掛かってくる。

 目の前に浮かべた光球を避けるように迂回して飛びかかってきたそれを、無造作に蹴り飛ばす。

 骨が壁に叩きつけられ、床に甲高い音を立てて散らばると、空気に溶けるようにして薄れて消えた。持っていたぼろぼろの剣も、その身を覆っていた朽ちかけた甲冑も同じように消える。


 床に残ったのは唯一、小指の先程の大きさの禍々しい紅蓮をした結晶のみ。アンデッドの力の根源、物質化した思念にして魔力の塊。アンデッドが死して残す数少ないアイテムである『魔結晶』だ。

 極小さく、売ったとしても微々たる額にしかならないそれを踏み砕く。

 そのまま放置していくと、墳墓に満ちる瘴気を吸って再びアンデッドが復活してしまう。復活には週単位の時間がかかるので利用も出来ない。


 アメリアを連れてきたのは随時スピカと連絡を取るためだった。グレゴリオの動向も探りたかったが、やはりどうしても人数が足りない。

 以前、クレイオに依頼したステファンの派遣はどうなっているのだろうか。


 後で確認しようと心に決めながら、アメリアに問いかける。

 薄暗い墓地であるにも関わらず、アメリアの様子はいつもより変わらない。いや、いつもよりやや上機嫌にも見える。表情は浮かんでいないが。


「スピカ達はどこにいる?」


「まだ墳墓に入っていませんね」


 昨日スピカに話を思い出す。

 スピカに出された課題はたった一つ。

 三日以内に墓地のアンデッドを千体討伐する事だ。普通に考えて、まだ神聖術の使えない僧侶見習いに与えるような課題ではない。


「数だけはいるみたいですけど……大丈夫でしょうか?」


「普通なら無理だな」


 無理だ。絶対に無理だ。

 恐らく、藤堂たちがいることを考慮して与えた課題なんだろうが、そもそも課題を与えるだけでは教えるとはいえないし、まだ見習いのスピカではアンデッドの気配を感知することすら難しい。

 千体という事は一日三百体強のペースで狩り続けなければいけない。いくら墳墓とはいえ、奥まで行かなければそれだけのペースでアンデッドと出会う事は難しいし、瘴気の満ちる地は人の身を徐々に蝕んでいく。


 その課題は、奇跡でも起こらなければ達成出来ない課題だった。そして、恐らくグレゴリオはそれを望んでいる。


「何を考えてるんでしょうか?」


「俺にグレゴリオの思考が理解出来るわけがないだろう。だが――」


 上空から襲い掛かってきた悪霊レイスをメイスで散らす。


 下位のアンデッドなど、今の俺ならば例え眠っていても殺せる。

 だが、昔はそんなことはなかった。


 グレゴリオの与えた課題は頭おかしいが、同時に苦難なくして成長しないのもまた間違いのない事なのだ。


「――もしも、スピカがこのグレゴリオの課題を達成することが出来たのならば、大きく成長できるだろう」


「……達成出来なかったら?」


「俺達が達成させるんだよ」


 達成できなかった時にグレゴリオがどんな反応をするのか、考えたくもない。


 特に想定以上の強力なアンデッドが出る事もなく、道中は順調に進んだ。


 ユーティス大墳墓は神の敵が多すぎる。僧侶プリーストの感覚は闇の眷属の気配を見逃さないが、墳墓においてそれは過剰に反応する。

 レベルの高い俺でも余程神経を集中させないとアンデッドの位置を詳細に察知出来ない程だ。だが、でかい気配が近づいてきているかどうかくらいはわかるだろう。

 例え、仮にザルパンのような魔王配下の魔族が勇者を狙って侵入してきたとしても十分対応出来るはずだ。


 歩いていると、アメリアがいつもと何ら変わらない表情で話しかけてくる。

 藤堂達にもアメリアを見習って欲しいものである。


「しかし、この墳墓、何が埋葬されてるんでしょうね……強い邪気を感じますが」


「知らん。知りたくもないね」


 作られた年代も不明。王国が解明することを諦めた墳墓だ。地下に広がる迷宮のその規模から言っても、小国の王の墓地だとかそういうレベルではない。

 人ではなく、忘れられた邪神やら悪魔やらが封じられていても何らおかしくない。


 そんなことをしている間に、目標地点である鬼面騎士の間の前までついた。


 墳墓などで長期間魔物を狩る際に必要なのは安全性の確保だ。

 今回の場合、藤堂達には鬼面騎士の間で滞在させるつもりだった。もちろん、前回の事もあるので問題があったら場所を変更するつもりだが、神聖術の通りやすいこの部屋は格好である。


 黒い錆びついた扉が軋む音を立て開く。中の光景に、俺は眉を顰めた。


 鬼面騎士の間は以前入った時と比べて何一つ変わっていなかった。

 広々と取られたスペース。石造りの祭壇に、その上の――鬼面騎士の像。


「アメリア、下がれ」


「え?」


 俺に続いて入ろうとしたアメリアを制止する。バトルメイスを強く握り直し、像に近づく。


 像に不自然な点はない。以前見たとおり、東方の鬼に似た凶悪な容貌に腰に下げた大太刀。今にも飛びかかってきそうな精緻な作りで、今では実際に飛びかかってくるパターンもあるという事までわかっている。

 だが、根本的な点がおかしい。眉を顰め、その像にもう一歩近づき観察する。


 確認するが、鬼面騎士の像には傷一つない。


「……何故直っている?」


 鬼面騎士の像はグレゴリオが確かにばらばらにしたはずだ。奴らが去った後に実際に俺はその残骸を確認している。

 頭はえぐり取られ、腕は砕け、動く気配のない残骸を。直すのが難しい程に砕かれていたし、例え誰か物好きが修理したとしてもこうも完璧に元の状態には戻せまい。石像だから回復魔法も効かないだろうし。


 罠の中には自動的に再設置されるものがあるのは知っているがこれは……参ったな。


「どうしました?」


 アメリアが俺の隣に立ち、鬼面騎士の像を見上げる。

 参った。この手の遺跡の作り手が独自の文明を持っているパターンが多い。

 このギミックもその手の類だろう。復活型の罠だったのだ。


「参ったな……俺には解除出来ないぞ」


「ああ……グレゴリオさんが壊したと言っていた……あれですか」


 察しのいいアメリアが慎重に手を伸ばし、像の表面に触れる。


 この手のトラップは俺と相性が悪い。物理的なギミックならば何とかなる事もあるが、元々俺はレベルが高いだけの人間なのだ。知識も浅ければ技術も高くない。トラップが魔術的な力によるものならば解除する術がなくなる。そして、ここまで復元するとなるとそれは間違いなく魔術的な力に寄るものだろう。


 無表情で何事か検めるアメリアに藁をもつかむ思いで尋ねる。


「何かわかるか?」


「ただの石像ですね……ゴーレムなどではないようです」


「そうか」


 それは知っている。リミスも言っていたし、グレゴリオも言っていた。

 魔導人形じゃないという事は、恐らく失伝した文明、ロストテクノロジーの産物だろう。もしかしたら像がそのまま残っていたのも、今までここに来たハンターが壊したりしなかったからではなく、自動的に修復されたからだったのかもしれない。


 ……となると、この部屋は避けるしかないか。先に来ておいてよかった。


 アメリアがふとこちらを見て、首を傾げる。


「攻撃をしかけると動くんですか?」


「知らん。まぁ前回はグレゴリオの攻撃をスイッチに動き出したように見えたが」


 もしかしたら攻撃ではないのかもしれない。異教への憎悪がスイッチになっているのかもしれないし、人数や男女の比率がスイッチになっている可能性もある。あまり興味もない。

 この部屋を使えればベストだったが使えないのなら使えないで代案を考えるだけだ。


「……試しに攻撃しかけてみていいですか?」


「ダメだ」


 いいわけないだろ。何故わざわざあると分かっている罠を踏まなくてはいけないのか。


 アメリアが言葉に詰まる。そしてもう一度口を開き変えたその時――


「……あー……悪い、違ったな。攻撃をスイッチじゃない。攻撃の前に動き出してたんだ。正確に言うのならば攻撃意志をスイッチ、か?」


 ため息をつき、自身に補助魔法を掛ける。

 軋むような音。上空から舞い落ちる細かな破片に、地鳴りに似た振動。


 アメリアが目を見開き、数歩後退る。


 まるで冗談のように動き出した鬼面騎士の石像がその視線をアメリアと俺の間に動かし、俺の方で止まる。


「攻撃意志のスイッチか。数あるトラップの中でもかなり曖昧なスイッチだな。グレゴリオが初めて起動させたとも思えないな。それにしては情報がなかったが――」


 全員死んだか? このフィールドで効率よくレベルを上げられる適性レベルは高くても50前後であり、そしてこのあたりの――浅い層ならば更に低くなる。可能性はまぁ……なくはないだろう。


「アレスさん、来ます」


「ああ」


 その手が腰の太刀に掛けられる。抜き放たれ頭上から襲い掛かってきたそれを、メイスの頭で受け止めた。

 音と衝撃。彼我の距離は一メートルない。台座の上から出された打ち下ろされた斬撃は彼我の身長差もあり、あまり力を込めることができていない。

 台座の高さも含めると、自身の膝くらいの身長の人間を斬ろうとしているようなもので、その体勢は酷く不安定だ。

 そのまま頭上から降って来る斬撃を二度、三度と受け止める。四度目の斬撃を受け止めたその瞬間、刃が翻る。首を狙い右から放たれた横薙ぎを止めると同時に、素早く数歩後ろに下がった。


 鬼面騎士が台座から飛び降り、その前に仁王立ちになる。図体の差もあり、頭上からくだされるプレッシャーはかなりのものだ。


 ただし、独自の理論か何かは知らないが、魔導人形としての質はそれほど高いものではない。

 アンデッドではないので退魔術は効かない。それだけだ。ただそれだけだ。


「下がってろ」


 後ろに控えていたアメリアに短く指示を出す。

 長い間戦っていると数太刀交わすだけで様々な事がわかる。特に相手が魔導人形だとそれはわかりやすい。動きが機能により成立しているものだからだ。

 意気も何もなく、まるでそれが当然であるかのように鬼面騎士が突撃してくる。

 踏み込みの重さ、刃の速度、フェイントも何もなく放たれたそれは、それほど剣士との戦闘経験を持っていない俺でもとても捌きやすいものだ。アリアが技のある『魔導人形』と言ったが、それは違う。こんなもの構えだけである。


 鍔迫り合いすら必要ない。俺はその行動法則と基本的な性能から鬼面騎士のゴーレムの討伐適性レベルを40前後と推定した。


 右上空から放たれた刃をメイスで弾き、勢いそのままに左から旋回してくる刃を数歩踏み込んで回避する。

 基礎性能で勝っていれば奇策はいらない。俺はそのまま、石像を粉々に砕くつもりでメイスをその胴に叩きつけた。


 石像が壁に叩きつける。壁に大きな亀裂が入り、石像が地面に伏した。

 アメリアがぱちぱちと拍手し、無感動に言う。


「アレスさんの攻撃。会心の一撃。鬼面騎士に150のダメージ。鬼面騎士をやっつけた」


「……さすがに硬いな」


「鬼面騎士が起き上がって、まだ戦いたそうにこちらを見ている」


 アメリアのナレーションの通り、鬼面騎士が腕をつき、起き上がっていた。アメリアのナレーションの通り、やる気満々のようだ。アメリアのナレーションの通り。


 やっつけてねーじゃねーか。


「鬼面騎士の攻撃。鬼面騎士は鬼神斬を使った」


 なんだそれは。と突っ込む間もなく、爆発的な勢いで鬼面騎士が踏み込み、居合に近い姿勢で刃を放ってきた。本来の居合と異なるのは鞘ではなく自らの手の平で刃を滑らせているところだろう。人ならば指が落ちるので魔導人形ならではといえる。


 そのリーチを計り、後ろに大きく跳び、それを回避する。


「ミス。アレスさんには当たらない」


 鬼面騎士が再び台座の前で正眼の構えを取る。硬度が高い。ただの石ならば砕けていたはずだ。

 ザルパンの持っていたルシフの結界と比べれば手応えは雲泥だが、結界に似た頑強性を高める何某かの処理がされていると見える。つまりは防御力が高いだけの雑魚だ。


 アメリアが続けて呟く。


「アレスさんの攻撃――」


「悪い、ちょっとそれやめてもらっていいか?」


「やることないのでアレスさんの応援していたんですが」


 やめろ。気が散るからやめろ。



§



「わかったことがある」


「私もわかったことがあります」


 ばらばらに砕け、動作を停止した鬼面騎士を傍目に、台座の上に腰を掛ける。

 硬いだけのゴーレムなど敵ではない。これは自信ではなく、純粋な性能比較である。厄介な特殊能力があるだけまだグレシャの方が強い。


 散々変なナレーションしくさったアメリアが今は真面目な表情で俺を見上げている。

 いや……ナレーション中も真剣な表情していたな……感情が読みづらいというのがこうも厄介なものだとは思わなかった。ふざけているのか、あるいは天然なのか……。

 一言文句を言う前に弁明を聞く事にした。


「言ってみろ」


「『箱庭ワールドハート』です」


 何を言っているんだ?


 眉を顰める俺に、アメリアが淡々と続ける。


「『箱庭ワールドハート』の魔法です。空間操作系の魔術の一種でしょう」


「……それはつまり、このトラップの正体か?」


「はい」


 何でもない事のようにアメリアが頷く。


 この短時間でトラップの正体を見抜いたというのか? いや、確かに魔術を使えるとは聞いていたが、魔術と一口に言ってもその種類は本当に多岐に渡る。様式も理論も異なるので、自分の分野ならまだしも他の分野の魔術を解析するのは至難のはずだ。


 だが、アメリアの口から出てくる言葉には迷いはない。


失われた秘術ロスト・テクノロジーの一つです。空間を切り取り、独自の法則を付与したミニチュアの世界を生み出す術です。非常に高度で……とても強力な魔法です」


 何故アメリアがそんな事を知っているのだ?


 不思議だったが、そのまま聞く事にする。元々俺はクレイオからアメリアの出自を聞いていないし、何よりも有用ならばそのまま使った方がいい。

 聞き入る俺にアメリアが説明を続ける。


「詳細は省きますが、範囲はこの部屋の内部でしょう。効果は恐らく、その石像を動かし特定行動を取った外敵を撃退する事。魔導人形ゴーレムの気配がしなかったのは、魔術の対象がこの部屋そのものだったからです」


「グレゴリオが倒したそれが元に戻っていたのは?」


「世界が保たれているのです。一定期間で世界は元の状態に『リセット』される、それが『箱庭ワールドハート』の魔法の本質と言ってもいい。砕いた石像も……壁や床などの破壊の跡も」


 アメリアの視線が亀裂の奔った壁に向けられる。そう言えば確かに、グレゴリオの戦闘時に破壊されたはずの壁も元に戻っていたな。


 リセット。リセット、か。それが真実なら恐ろしい術である。罠としては打ってつけだし、何よりも無限の戦力を作り出す事ができる。失われていてよかったと言うべきか。


「デメリットは消費魔力の激しさです。箱庭の魔法の魔力消費は付与する法則の複雑さとリセット間隔に比例します。今回の場合は付与された法則も石像一体動かす事、世界を保つ間隔もそれほど……早くないようですね」


 破壊した石像が元に戻る気配はない。そもそも、グレゴリオが破壊した時も……俺が見に行った時はまだ破壊されたままだった。

 と、そこまで考えたところでふと思い出した。


 アメリアの方に顔を向ける。暗闇の中で石像を見下ろすアメリアのその眼には驚くほど色がない。


「リセット間隔を短くする事も出来るのか」


「はい。今回は……設置型なので、間隔を相当絞っているようです。仕掛けを施した術者は恐らく既に死んでいます。何処かに魔法を発動する魔力の源があるはずですが……」


「術者がいればリセット間隔は更に短く出来る?」


「はい。間隔も短く出来ますし、法則それ自体も複雑化する事ができるでしょう。例えば――」


 アメリアが思案げに視線を上に向ける。


「そう、例えば、単純に動かす石像の数を……二体、三体と増やしたり」


「……なるほどな」


 その言葉でようやく確信した。


 この魔法を俺は――知っている。正確に言えば、随分前に任務で倒した事があるのだ。

 相手は歴史の深い魔術の名門出の男で、他者を害する魔術を深く研究し家を追い出された魔術師。その男の使う魔法に区間限定で『無限の兵隊』を生み出す物があった。

 その時は石像ではなかったが、単体でもそこそこの能力を持つ兵隊が尽きることなく現れたのには肝を冷やした覚えがある。


 研究結果は教会が回収したので、アメリアが知っているのもそれを確認したためだろう。


 思わぬ再開に、もう一度崩れ去った石像を見下ろす。一体で良かった……。


「『失われた秘術ロスト・テクノロジー』、か……」


「……正確に言えば『元』ですね。十数年前にある魔道士が復元しましたが、広くは広まっていないはずです」


 広まり悪用されたら酷い事になる。

 このクラスの戦闘能力ならばまだいいが、更に強力な兵隊を大量に用意されるとたった一人では対応仕切れない。


 謎が解けた所で本題に入る事にした。


「解除できるか?」


「難しいですね……箱庭の魔法を解除するにはその魔力源をどうにかする必要があります」


「無理か」


「少なくとも一日二日じゃ無理です。この広さの箱庭を長期間維持するには半永久的な魔力供給源が必要で――」


「わかった、無理ならいい。助かった」


 また説明を始めたアメリアを止める。無理なら無理でいい。原理なんてどうでもいいし、俺には理解できないだろう。


「……どういたしまして」


 説明を止められたアメリアは憮然とした様子で一言呟く。


 しかし、原理がわかったとしても解除出来ないのであればこの部屋を使う事はできないだろう。藤堂がなにやらかすかわからないし……部屋の内部のみのトラップだと解っただけマシだろうか。


 よし、別に拠点にふさわしい場を用意しよう。適当に結界でも敷いといてやればいいだろう。

 さすがにこの瘴気の中じゃ即席の結界は長続きしないので何度か張り直してやらなければならないだろうが……。


「あ、もう一つだけ」


「まだあるのか」


「……アレスさん、冷たいですね」


 冷たいか? ……確かに冷たいかもしれないな。

 だが、ナレーションの件の文句を有用な情報提供で相殺してやったのだからいいと思って欲しい。

 ギャップが大きすぎるんだよ、お前は。


 黙ったままの俺を見て、アメリアが小さくため息を漏らす。そして、続ける。


「箱庭の魔法だという事は解ったんですが、何のためにかけられた魔法なのかがわからなくて……何分消耗の激しい魔法ですし、その魔法を長期間保つ仕組みを作るのは並大抵の事ではないはずなのですが……」


 やや眉を寄せ、少し不安そうな表情で報告してくるアメリア。なるほど……優秀だ。クレイオが派遣してきた理由がはっきりと分かる。わからなかった事を報告してくれるのはとてもありがたい。


「……なるほどな」


 そして危なかった。話に聞き入っていてすっかり忘れていた。


 台座から降り、アメリアの側に歩み寄る。

 至近距離からアメリアのその透き通るような藍色の眼を見下ろす。アメリアが珍しく動揺の滲んだ声をだす。


 さっきまで平然と喋っていたアメリアのその声がちょっと笑える。


「……な、なんですか」


「言うのを忘れていたが、俺もわかったことがある」


「……え?」


 大きく身体を回転させた。強く踏み込み身体を旋回、今まで座っていた台座に遠心力を借りてメイスを叩き込む。

 棘の生えたメイスの頭が石の台座をぶち壊す。轟音に部屋の空気が揺れる。


「ッ!?」


 唖然とした表情でこちらを見るアメリア。

 振り終えたメイスを持ち直すと、先ほどまで台座のあった場所をその先で指し示してやった。

 台座のあった位置にはぽっかりと穴が開いている。いや、穴ではない。それは人工的に作られた『入り口』だ。


「あの鬼面騎士だが、まるで台座を守るかのように立ち回っていた。絶対何かあると思っていたが、どうやら隠し部屋のようだな」


「な……ぁ……え?」


 そもそも、鬼面騎士の起動スイッチが像の破壊の意志だとすると、本来襲われるのはそのスイッチを押したアメリアとなるべきである。だが、実際には鬼面騎士は俺をターゲットに定めていた。

 となると、鬼面騎士のターゲットもなんとなく見えてくる。鬼面騎士の優先順位は恐らく『台座』に最も近い者、だったのだろう。確かにあの時、後ろに下がらせたアメリアよりも俺の方が台座に近かった。


 そもそも、戦闘中にも不自然な点はいくつもあった。台座の上にいる状態ではまともな一撃など放てる訳がないのに、台座の上から初撃を放ってきた事。一度壁際に吹き飛ばした後に再度台座を守るように立ち回った事。インプットされている行動理論はとても単純だ。それは恐らく、先程アメリアの言った法則を複雑にすると消費魔力が跳ね上がるという話に繋がっているのだろう。


 光球を操り、ゆっくりそれを床の穴の中に入れる。中の部屋はそれほど広くないようだ。

 集中して気配を探るが、特に闇の眷属の気配は感じない。いや、それどころか、下の部屋には地下墳墓全体を満たしていた瘴気が一切感じられない。


「恐らく、その魔法の目的は地下を隠すためなのだろう。隠し部屋としては杜撰と言えば杜撰だが、台座も完全に床と一体化していたし、砕かない限り開かない。まぁ、どっちみち藤堂達をこの部屋に留めるのはナシだな」


「……アレスさん、意地悪です」


 中を覗き込みながら話しかける俺に、アメリアが小さい声で言った。

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