第四報告 アンデッドの克服状況について

第十四レポート:サポートするのに必要なもの

 俺達、異端殲滅官はその職務を全うするため、一般的な僧侶としても高い地位――司教位を受けている。

 アズ・グリード神聖教は基本的に縦社会であり、例えそれが外様の神父だったとしても、位の高い神父を無碍に扱う事はない。


 俺達がピュリフの教会に出した僧侶の装備を欲しいという要求も、スピカを僧侶としてパーティに参加させるという要求も、表向きは好意的に承諾された。


 ピュリフの孤児たちの世話をしていたという初老のシスター。スピカの育ての親とも呼べるシスターヨランデが心配そうな目、すがりつくような声をあげる。


「しかし、アレス司教。スピカは……あの娘は僧侶プリーストとして全く何の訓練も受けておりません。本当に大丈夫なのでしょうか?」


 血の繋がった娘ではなくとも、彼女にとってスピカは娘みたいなものなのだろう。


 大丈夫なのかと言われると割りと大丈夫じゃないが、既に賽は投げられてしまった。


 できるだけ穏やかな声色を作る。

 藤堂のパーティに参加するスピカを、この先のスピカの未来を彼女が確認する事は……まずない。


「シスターヨランデ。例え僧侶となるべく修練はなくとも、スピカは教会で育てられ……敬虔なシスターを見て育っている。必ずやその土壌は彼女を優秀なシスターにするでしょう」


 すらすらと思ってもいない事が口から出てくる自分に若干の嫌悪を覚えながらも、しかしこの工程は必要なものだ。不安を残すと碌なことにならない。

 薬指に装着された黒の指環を擦る。異端殲滅官たる証を。


 あらゆる罪悪は教会の名の下に許容される。


「ご安心を、シスターヨランデ。秩序神は間違いなく彼女を祝福しています」


「……はい。スピカを……よろしくお願いします」


 頭を深々と下げるシスターに、やるかたない気分でため息をついた。


 シスターに別れを告げ、教会の倉庫に入る。スピカでも使える道具を確かめるためだ。

 法衣の予備も必要だし、他にも有用な物があるかもしれない。


 倉庫の明かりをつける。定期的に掃除はされているようだったが、倉庫の空気はどこか埃っぽい臭いがした。


 ざっと確認するが、辺境の教会の倉庫らしく貴重な物は殆どない。


 基本的なメイスに教会指定の法衣。聖水用の瓶などはあるが、もしあったらいいなと思っていた聖銀ミスリル製の道具も無ければ、ただの銀製のアクセサリーなどもないようだ。ピュリフの教会は財政的に厳しいそうなのでそれらは教会の運営に回されているのだろう。しかしこれならば、教会総本山に申請し取り寄せてもらった方が余程質のいいものが手に入る。

 既にアメリアにはその申請はやってもらっているので別にそれはそれで構わないが、期待はずれな感は拭えない。こういった辺境の教会などに宝が眠っているパターンもまあまああるのだが、都合良くはいかないという事だろう。


 棚から子供向けの新品の法衣を数着取り出し、机の上に積み上げる。箱の中からアズ・グリードの教えを綴った新品の教典を一冊取り出す。

 アズ・グリードの教典は本来、僧侶ならばどんな見習いでも持っているものだが、スピカの場合形だけ急遽整えたのでまだ持っていない。

 神聖術の源、神力は信仰に比例する。教典を読み解くだけでそれなりの神力は得られるし、後は訓練の具体的な方法を書いた紙をここに挟んで渡せばいい。

 できれば手ずから教えてやりたいが、いちいち来てもらうのも不自然だ。俺にできるのは隙を見て習熟度を確認するくらいだろうか。


 棚を漁っていると、その奥にあった小さな箱の中にアクセサリーを見つけた。

 アズ・グリードのシンボル。天秤を模した十字架のついたネックレス。細かな鎖に下がったそれを持ち上げる。

 本来僧侶の装飾具は闇の眷属が忌避する聖銀製、あるいは最低でも銀製である事は望ましい。僧侶のつけるそれらは、自身でかあるいは上位者の僧侶が神聖術による祝福を込めたもので、ほんの少しだが闇の眷属の攻撃から身を守る効果がある。

 そのネックレスは安価な赤銅製で、祝福を込めるにしてもあまり適した素材とは言えないが、だからこそ倉庫に残されていたのだろう。


 スピカの装備は藤堂達の装備よりも遥かに弱く、スピカに藤堂達並の装備を用意する事も難しい。奴らの装備の質は最上級の傭兵の装備に匹敵している。

 だが、繋ぎとしては十分か。あまり高級な装備を与えると、逆にそれを目印に闇の眷属に襲われやすくなる可能性もある。特に僧侶は闇の眷属に狙われる。自分でそれを退けられるようになるまで、あまり高級品を与えるのは逆効果だ。


 拝借するものをまとめ、箱にいれる。

 シスターを通してスピカに預けよう。事情はアメリアから通信で伝えればいい。

 

 箱を抱え、倉庫から出て再びシスターヨランデの元に向かおうとしたその時に、頭の中でアメリアからの通信が繋がった。

 聞き慣れた声に、足を一瞬止める。が、すぐに移動を再開する。


 急に頭の中で声がするのもすっかり慣れてしまったな……。


 アメリアは、挨拶を飛ばしすぐに本題に入った。


『藤堂さん達ですが、ここでしばらくレベル上げをする事にしたようです』


「そうか」


『アリアさんの案だそうです』


「そうだろうな」


 アリアの家は生粋の武家だ。アリアにもそのノウハウは十分に引き継がれているのだろう。

 経験がまだ浅いので酷い勘違いをしたり危機感が薄かったりするが、それでも彼女は自分に出来る事をやろうとしている。俺の個人評価でも、藤堂パーティでは一番評価が高い。未来ないけど。


 アンデッドが苦手だったとわかった時にはどうしようかと思ったが、判断に私情は挟まなかったようだ。


 基本的な行動方針として、勇者は一つの街に長く滞在出来ない。その存在を察知し、魔族が襲ってくる可能性があるためだ。

 ピュリフに滞在してもう既に一週間近く経っているので、長くても後二週間かそこらだろう。そのくらいならばグレゴリオも閉じ込めておける。いや、閉じ込める。


「スピカのレベル上げももちろんだが、都合がいい。最初にやろうとしていた藤堂とアリアのアンデッド克服も一緒に行ってしまおう」


 元々は大量のアンデッドを倒せば克服出来るだろうという作戦だったが、それ以上に目の前で自分達よりもずっと小さなスピカがアンデッドをぶち殺すのを見ればアリアと藤堂も流石に発奮するんじゃないだろうか。いや、俺が藤堂の立場だったらだったら間違いなくするね。


 藤堂の行動指針がわかったので、プランを立て直す。

 今回の相手はアンデッドだ。


 元々スピカには、習得する神聖術として回復や補助などを優先して習得させよう考えていたが、レベル上げをするのならば退魔術を先に教えた方がいい。補助と回復は藤堂も使えるし、ある程度はポーションで代用出来る。

 また、退魔術を使える僧侶がいれば藤堂達の恐怖も多少緩和するはず……。


「先に退魔術を教えよう。最初だけ対面でやってみせよう。スピカとのスケジュールの調整を頼む」


『あ……その事なんですが――』


 アメリアの言葉に、一端立ち止まる。


『藤堂さん達も含めて全員で教会の僧侶プリーストに教えを乞いに行くとの事です』


 教会の僧侶……?


 確かにピュリフの教会には大勢僧侶がいるが、彼らは傭兵じゃない。一通りの神聖術は使えても有象無象の類である。レベルが高いのも、本部から教会の管理者として送られている神父くらいだが、その神父もアメリアよりレベルが低い程度だった。

 最下位の退魔術を教えるくらいなら出来るはずだが、いい教師とは言えないだろう。


 神聖術を乞う相手として教会の神父を選ぶのは間違えていないが、今回はあまり適任ではない。ヴェール村の教会を管理していたヘリオスとかだったらそこそこ良かったんだが……。


「相手は誰だ?」 


『そこまでは……確認します』


 既にピュリフに存在する三つの教会全てに顔を出している。一通り神父にもシスターにも会ったが、藤堂たちは誰に教えを乞うつもりなのだろうか。


 何にしても、自ら問題を解決しようとするのはいい事だ。それは経験になる。


 だが、教会の僧侶と言ってもみんながみんな親切なわけではない。根回しはしておいた方がいいだろう。

 ただでさえ、奴らは新しい僧侶を派遣してもらえなかった件で教会に不信感を持っているはずだ。印象は向上させておいた方がいい。


 ピュリフの教会の面々を脳裏に浮かべる。場合によっては、教えを乞われた神父から別の神父を紹介させねばならないだろう。

 んー……俺が仮面を被って教えるのは……無理だな。アメリアでも不自然か? 偶然という事で押し通せるか?


 いや、スピカだけならば俺が別に時間を取って教えればいいだけの話だ。藤堂にはスピカを通して教えればいい。今回教えを乞う相手が誰だったとしても大きな問題にはならない。


 確認のため切断されていた通信が蘇る。

 そして、アメリアの驚くほど昏い声が言った。


『グレゴリオです』


「……」

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