第五レポート:
「実は僕……ホラーは苦手なんだ……」
憔悴した表情で藤堂が言った。もう大墳墓から脱出して数時間経っているのに、その頬は少しやつれて見える。
ヴェールの森では現れる魔物を意に介す事なく、一騎当千の働きを見せた勇者の言葉に、リミスが額を押さえた。
「その……剣で切れない者は……少々、苦手で、な……」
アリアもまた、とても言いづらそうにそう呟く。
「
「……面目ない」
珍しく歯切れの悪い回答に、リミスは頭を振った。まるで悪夢でも見ているかのような気分だった。
藤堂たちがピュリフについたのはつい一日前の事だ。
教会に到着の報告を入れ、試しに大墳墓に挑む事にしたのが数時間前。教会から直々に必要なアイテムの類と地図を分けてもらい、プリーストこそ見つからなかったものの、それを除けば万全の体制だった……はずだった。
そもそも、ユーティス大墳墓に現れる魔物の戦闘能力はそれほど高くない。厄介なだけだ。状態異常にさえ気をつければ、ヴェールの森の魔物よりも戦いやすい。そう聞いていた。
それがまさかこんな結果になるとは……。
「信じられない……何なの、あなたたち!」
場所は教会の一室である。
宿として貸してもらった広めの一室に、リミスの声が響き渡った。杖でばんばんとテーブルの縁を叩き、詰問する。
藤堂とアリアは顔を見合わせ、情けない表情をした。
「いくらなんでも、アンデッドが怖いって……どういう事よ?」
「いや、だって……」
「だってじゃない!」
「……はい」
消沈する二人に更なる追撃をかける。グレシャは一人、椅子の上で膝をかかえて、我関せずと硬いパンを齧っている。
その様子に、リミスは少しいらっとしたが、すぐに思い直す。今回は叱る筋合いはない。むしろ、大金星である。不甲斐ない前衛二人に向き直り、ぎろりと睨みつける。
木製のテーブルに思い切り手を叩きつける。上に乗っていた水の入ったグラスがぐらぐらと揺れた。
「グレシャが街まで運んでくれなかったら全滅していたかもしれないのよ!?」
「わ、わかってるよ」
藤堂が深いため息をつく。倒れる前の記憶は残っている。ぞっとするような恨みに満ちた表情をしたレイス。身体の芯が凍りつくような絶叫。
事前に情報を得ていた、その『
「でも、リミスも結局気を失っ――い、いや、なんでもない……です」
睥睨するような視線に、藤堂は口を噤む事にする。
魔導師は基本的に前衛がいてこそ活きる。前衛である自分たちが先に倒れてしまった事に関しては言い訳のしようがない。
気持ちを落ち着けるべく一口、水を含み唇を湿らせ、アリアが重い溜息を漏らした。
「問題はこれからどうするのか、だ」
当初の予定ではプリーストを仲間にする予定だったが、やはりここでも見つからず、その上試しにダンジョンに挑んでみれば新たな弱点が発覚する始末。
藤堂も日々、
頭を抱え込むようにして、藤堂がもごもごと言い訳をする。
「僕の住む世界では……アンデッドがいなくて、ね」
「……何が怖いのよ?」
眉を顰め、尋ねるリミスに、藤堂が目を伏せ、ぽつりと呟いた。
「……全部」
「……全部って……あなたねえ……」
思い出しただけでもう駄目なのか、藤堂の白んだ顔色に魂抜けるような深いため息をつく。
藤堂は頬をテーブルにつけながら、ばんばんとテーブルを叩きながら主張した。
「見た目も色も臭いも音も何もかもダメなんだ……あれは……良くないものだよ」
「そりゃ魔物だし……」
「逆になんでリミスは平気なんだよ……意味がわからないよ」
「私も……剣で斬れないのはちょっと……」
情けない表情で藤堂に追随するアリア。その様子は、ヴェールの森の獣を容易く屠った戦士にはとても見えない。
これは……重症だわ。
二人の様子に、本格的にまずい事を悟る。苦手なんていうレベルではない。このままでは戦えないかもしれない。
聖勇者に、剣王の娘。それはただの『称号』である。が、そのような来歴を持っている勇者パーティに、誰がアンデッドが苦手なんていう弱点があると思おうか。
実際にユーティス大墳墓を次の目的地にするといったのは、真っ先に気絶した藤堂直継その人だったのだ。
「アンデッドには魔法が効くから」
「……なら、リミス一人で倒してよ」
情けない事を言い出す勇者に、アリアが口を挟む。
「ナオ殿、ナオ殿の持つ聖剣エクスならば霊体種でも通じるはずです」
「えッ!?」
背後から撃たれたかのような表情を向ける藤堂。
聖剣エクスは万物を切り裂く光の剣。意志の強さによって斬れ味を増し、一振りで山を吹き飛ばしたという謂れすら持つその剣に斬れない者はない。
もちろん、既にその情報は知っていたが、藤堂がアンデッドが怖い理由は斬れないからではない。怖いものは怖いのだ。
リミスがジト目でアリアを見上げる。
「アリア、貴女の剣もレイスを斬れるでしょ」
「……」
図星を突かれたアリアが黙ったまま視線を逸らした。
藤堂一行に与えられた装備はルークス王国の秘宝だ。
そもそも、レイスなどの霊体種を斬れる武器は少なくない。アリアの剣もリミスの武器もかなりの業物であり、あらゆる魔物に対応出来るようにできている。
「で、怖いのはわかったけど……どうするの?」
「どうするって……」
藤堂が言い淀む。
もともと、リミスとしてはどちらでもいいのだ。聖勇者に弱点があるのは良くない事だとは思うが、リミスは別に怖くないし、大墳墓でのレベル上げに拘っているわけでもない。むしろ、火属性の精霊魔術しか使えないリミス本人としては、屋内で戦うよりも屋外で戦う方がずっと楽なのだ。
リーダーの答えを待ちながら、リミスは手の平を二、三度開閉し、確かめる。
リビングデッドとレイスの分の存在力が入っているはずだが、全く強くなった気はしなかった。アンデッドの存在力の低さは有名である。特に、先ほど遭遇したレイスやリビングデッドなど、思念が形を取ったタイプの下級アンデッドになると相当数倒さなければレベルが上がらない。
そして、威力が高い事で有名な火属性の精霊魔術は、アンデッド相手では例え最下級の魔法を使ってさえオーバーキルだった。沢山群がった所に一発ぶち込めばそれなりの存在力が入るはずだが、広いとは言っても屋内ではそれほどの数が一箇所に集まる事は見込めないだろう。
そもそも、昨日は現れたのがリビングデッドとレイスだったからまだ対応できたが、それ以上のアンデッドが現れる可能性だってゼロではない。中級以上の火属性魔術は狭い通路内で使うにはリスクが高すぎるし、昨日対応したように『炎の槍』などの下級の魔法で対応するにしても無限に使えるわけではない。
物心ついた頃から魔術的な訓練を繰り返してきた。決して自分の実力に自信がないわけではないが、お荷物を二人背負ったまま進むには流石にリスクが高すぎる。一時間しか入っていないが、リミスにそう感じさせるだけの危険な臭いを大墳墓は持っていた。
リスクが高く、リターンは少ない。
挑む必要があるのならばともかく、そうでないのならば挑まないに越したことはない。リミスの役割は魔王討伐のサポートである。最悪の時の覚悟はしているが、志半ばで倒れるわけにはいかないのだから。
戸惑うような眼差しを浮かべる藤堂に、何度目かもわからないため息をつく。
リミスが知るかぎり、藤堂直継という聖勇者はいつだって自らの判断で動いてきた。それなのに、今日の勇者はリミスからみればとてもくだらない理由でそれを躊躇っている。
「そもそも、ナオ、貴女、退魔術を覚えたいって言っていたけど、覚えることができたらアンデッドに立ち向かえるの?」
「それは……」
「プリーストがいれば立ち向かえるの?」
「……」
退魔術はあくまで一つの戦闘技術、手法でしかない。対抗手段を得ることで恐怖を和らげる事もできるかもしれないが、それも場合によりけりだ。特に、既に藤堂はアンデッドに対する対抗手段を持っているのだから。
プリーストについても同様。傭兵たちはプリースト抜きでアンデッドに挑む事は殆どないが、それは厄介な攻撃手段を持っているからであって、決して『恐怖』が原因ではない。
藤堂が恐る恐る、自分より頭一個分身長の低いリミスに尋ねる。
「リミスは……どっちがいい?」
「貴女の決定に従うわ、ナオ。私はどっちでも……戦えるもの」
眉一つ動かさずに、リミスがきっぱりと言い切った。
パンを齧っていたグレシャが空気の変化に気づき、藤堂とリミスの方に視線を彷徨わせる。
「……アリアは?」
「私も……ナオ殿の決定に、従います。ただ……知っての通り時間はもうない。出来る限り急いで力を強化しないと――」
もともと、教会の予測では、勇者の情報は召喚しておよそ一ヶ月で魔王側に伝わるという話を聞いていた。それももう数日前に過ぎ去っている。
実際に、教会経由で魔族側に勇者の存在がバレたらしいという情報も受け取っており、まだ具体的に被害が出ているわけではないが、出来る限り迅速にレベルを上げる必要があるという点でパーティ内の見解は一致していた。
アリアの言葉を聞き、藤堂は眼をつぶった。
結局、仲間になってくれる僧侶を見つける事は出来なかったし、今の状態ではこのままこの土地にいてもレベル上げは進まないだろう。
結果的に遠回りになってしまったが、本来行くはずだったのゴーレム・バレーとやらに行ってアンデッドじゃない魔物でレベルを上げたほうがいい。
藤堂はゆっくりと瞼を開け、パーティメンバーと視線を交わす。表情には苦笑いのような笑みが浮かんでいた。
「……明日の朝、ここを発つ」
「アンデッドは克服しなくていいの?」
「……ま、まぁ、もうちょっとレベルを上げてから、かな」
藤堂の最終討伐目標は『魔王』である。アンデッドと戦えるようになる必要はない。
思わぬ弱点が露呈してしまったが、人間誰にでも弱点はあるものだ。
聖勇者としてどうなのだろうとも思ったが、聖勇者が完璧な人間を指していない事は付き合いの中でわかっている。アリアはアリアで、ほっとしたように頬を緩めていた。
「夜明けを待って明日、ゴーレム・バレーに向かおう。各自、明日に備えて準備を」
グレシャが不思議そうな表情で、目をぱちぱちと瞬かせた。
§ § §
「子供が大墳墓に……?」
教会を管轄し、その一室を宿として提供してくれた初老の神父が縋り付くような眼で言う。
本人も戸惑っているらしく、礼拝堂は慌ただしい喧騒に満ちていた。
神父が憔悴した表情で説明を続ける。
「は、はい……この教会は孤児の面倒を見ているのですが……どうやら、昨日の藤堂さんたちが
言葉を聞いていく内に、藤堂の眼が険しく変わっていく。
事情は単純だ。藤堂が僧侶を探している旨を盗み聞きした娘が、自分が僧侶となって手伝うべく大墳墓に向かった。ただ、それだけの話。
「一体なんで大墳墓に……」
「さぁ……」
「さぁって……」
藤堂は呆れ果てるが、困惑したような神父の表情に嘘は見えない。
本人にも事情がわかっていない、そんな表情だ。
「その娘はまだ僧侶としての力を持っておらず……信仰は闇の中でこそ高まります。もしかしたら、力を身につけるために――」
「僧侶としての力を持っていない? 大丈夫なのか?」
「……」
沈黙に、今の状況が非常事態である事を悟る。
まだ藤堂は大墳墓にたった一度しか踏み入っていないが、そのフィールドがどれだけ危険に満ちているかは理解していた。
現れるアンデッドの能力は低いが、ただの子供が太刀打ちできるようなものではない。
「助けは?」
「それが……今、教会には人材が……」
教会の
アリアが青ざめた表情で口を結ぶ。
「ナオ殿」
「あ……ああ……」
アリアの言葉に、脳裏に過るのは大墳墓で出会ったアンデッドに対する――恐怖。
恐怖を押しとどめ、青ざめた表情で藤堂が呟いた。
「行かなきゃ……」
世界を救う事。子供一人救えずしてどうして世界が救えようか。
恐怖で思考が鈍る。考えこんでしまえばそれだけ、大墳墓に侵入してしまった子供の生存率は落ちるだろう。
恐怖と子供の命、天秤には掛けられない。それも、その発端が藤堂の言葉にあったのならば尚更の事。
藤堂直継は勇者だった。明確な理由があるのならば、例え相手がなんであれ立ち向かわねばならない
深く考える事なく、神父の方を見た。時間が経てば意志が鈍ってしまいそうだった。
今にも倒れそうな青ざめた表情に、神父の頬が僅かに痙攣する。
「僕たちが……行きます」
「え……あ……しかし……」
「……大丈夫です。任せて下さい」
感情を押し込み、安心させるように引きつった笑顔をつくり、藤堂が言い切った。
宿を貸してもらった恩もある。譲ってくれた対アンデッド用のアイテムもまだ残っている。
行く。行かなければならない。同じく、昨日酷い醜態を見せたアリアも意義を唱える様子はない。どうしてパーティメンバーを前に情けない様子を見せられようか。
唯一、アンデッドが苦手じゃないリミスだけが心配そうに二人の方を見ていた。
教会を出て、さっそく墳墓に向かう。子供がいなくなったのは昨日の夜。もう一刻の猶予もなかった。
空は晴天で、藤堂の内心とは裏腹に雲一つない。じりじりとした陽光が大地を照りつけていた。
「だ、大丈夫なの? ナオ」
「大丈夫じゃ……ないよ。でも、行かなきゃ……」
リミスの言葉に、藤堂が断言する。
幸いな事に、目的地には検討がついていた。置き手紙があったらしい。
大墳墓の浅層。入って一時間程の所にある鬼面騎士の祭壇。ユーティス大墳墓にはアンデッドが大量に生息するといっても、浅層はそれほどでもない。現に、藤堂たちが侵入した時には二度しかアンデッドに遭遇しなかった。二度目で気絶してしまったのだが、運が良ければアンデッドと遭遇せずに部屋に辿り着けるだろう。
同時にそれは、少女が生きているという可能性も示唆している。
馬車に乗っている間、藤堂とアリアは無言だった。
能面のような表情で御者台の隣に座る藤堂に、リミスが必死に話しかける。
「本当に貴方大丈夫!?」
「大丈夫だよ。ふふ……ふふふ……せ、聖水を作って投げればいいんだ……そうだ。聖水だ」
「大丈夫そうに見えないけど……」
「い、いざとなったら逃げればいいんだ。なるべく遭遇しないように、もし遭遇したら戦わない方向で行こう。時間がもったいない」
確かに通路は広いし、アンデッドの動きはそれほど早くないが、進行方向に現れたアンデッドを避けるのは至難に思える。特に、アリアと藤堂は身体能力が高いからいいが、リミスの体力は高くない。
「倒した方が早いと思うけど……」
「できれば頑張る」
藤堂の言葉に、リミスは現れたアンデッドを片っ端から焼き尽くす事を決意した。
魔力の消耗は激しいが、やるしかない。
魔力を回復させる薬は非常に高価で希少だ。いざというときのための切り札だったし、まさかもう使うとは思わなかったが、背に腹は代えられない。
既にパーティは満身創痍だった。後ろを振り向くと、膝を抱えてぶつぶつと呟いているアリアに、欠伸をしながら退屈そうにごろごろと転がっているグレシャの姿。アリアは今回使い物になりそうにないし、グレシャはもうどうしようもない。
程なくして、大墳墓にたどり着く。ユーティス大墳墓の地上部、遺跡には閑散とした雰囲気が漂っていた。
ヴェールの村とは逆に、ピュリフの村の中には傭兵の姿は殆どいなかった。それは、いざというときに助けを求められる相手がいないという事だ。
馬車を片付け、墳墓の入り口に向かう。
重い足取りの藤堂とアリアに代わり、リミスが先頭に立って歩く。ガーネットがちょこちょこと腕を上がり、リミスの頭の上に乗った。これが戦闘態勢。サラマンダーは身体の大きさこそ小さいが、その強さは下位のアンデッドなど歯牙にもかけない。この世界の生き物ではないので毒なども効かないし、最悪、殿を努めてもらう事だってできる。
今にも倒れそうな足取りでついてくる二人に、とうとうリミスが言った。
「……あんた達……外で待ってる?」
「……行くよ」
「……行く」
足手纏いはいらないんだけど……
どこからどう見ても、リミスには今の二人が使い物になりそうに見えない。せいぜい、壁になるくらいだろうか。
だが、行くというのならば連れて行くしかない。魔術師一人で突き進める程、大墳墓が楽な場所ではない事もわかっている。
入り口――地下に向かう階段の近くにたどり着いたその時、ふとその側に一つの人影を見つけた。
一瞬地下のアンデッドが這い出てきたのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。
リミスが眼を丸くする。
……僧侶?
それは、リミスと同じくらい背の低い男だった。
深い藍色の法衣を身にまとい、側に置いてある大きなトランクケースからは一見旅行者にも見えるが、大墳墓に旅行者が来るわけがない。
リミスが気づくと同時に、男が振り向く。
藤堂と同じ黒髪に黒の眼。見た目は藤堂よりも一つか二つ下だろうか。右耳に下げられた十字の形をした僧侶の証のイヤリング。まだ幼さの残る双眸が、リミスたちの姿に微笑を作った。
丁寧に切りそろえられた髪に、穏やかな表情は僧侶のイメージと一致していたが、反面、このような危険な場所にいるような男には見えない。
あまりにも場違いなその様子に、一瞬助ける対象である可能性が思い浮かんだが、大墳墓に向かったのは女の子だと言っていたはずだ。
リミスが口を開く前に、少年の唇が僅かに開く。耳障りのいい落ち着いた声。
「こんな所で、友に出会うとは……」
「……? 貴方、誰? どうしてこんな所にいるの?」
友? 会ったこと……ないけど。
思わず聞き返す。
少年が太陽を仰ぎ、深くため息をついた。
見かけによらない落ち着いた達観したような仕草に、リミスは目の前の少年の年齢がわからなくなる。
まだ顔色の良くない藤堂が、リミスの隣に並ぶ。
「ここは……危険だよ。逃げた方がいい」
「危険? いやいや……とんでもない。僕は……仕事が入る予定だったのですが、予期せぬ休暇を頂いてしまって……」
支離滅裂な言葉に戸惑う藤堂たちを置いて、少年が続ける。
「この墳墓はとても有名で、一度訪れて見たいと思っていたのです。ちょうど近かったので、来てしまいました」
戦場を戦場とも思わない言葉に、目を丸くする。
そういえば、神父も言っていた。信仰を深めるのにうってつけの部屋があると。
「? 修行に来たって事?」
「? ええ、まぁ……修行……そう、僕はまだ修行中の身でして」
目を細め、ぽっかりと開いた地下への階段を見つめる。その視線に恐怖は浮かんでいない。
その様子に、リミスはふといいことを思いついた。
「……貴方、まさかレベル高い?」
「いえいえ……まだ修行中の身なので、大した事は……」
「どっちでもいいわ。
リミスの言葉に、意図に気づいたアリアが目を大きく開く。
少年が照れたように僅かに唇の端を持ち上げた。
「いえ……ですが、似たようなものです」
リミスが藤堂の方を見る。男嫌いの藤堂はしかし、すぐにぶんぶんと首を縦に振った。
どうやら、男よりもアンデッドの方が嫌いらしい。
「私たち、これから中に入るんだけど、僧侶がいないのよ。もし良かったらついて来てくれない?」
リミスの提案に、少年が人差し指を顎に当て、首を傾げる。その指に嵌められた黒の指環に、リミスは強い既視感を感じた。
「構いませんが……僕は
「……
「お恥ずかしい話ですが、修行中の身でして……」
全く恥ずかしくなさそうに少年が言う。
不安になったが、選択肢はない。いないよりいいのは間違いないだろう。
何よりも、今回藤堂とアリアは使い物にならないのだ。リミスは深くため息をつき、少年の方をじっと見た。
飲み込まれそうな黒の虹彩がじっとリミスを見返している。
「それと……どこまで行かれる予定でしょうか? 僕はそれなりに深く潜る予定ですが……」
「私たちはそんなに奥まで行かないわ。片道で一時間くらいの予定だから」
「それならば、途中で離脱する形でもよろしいでしょうか?」
「……ええ」
リミスの答えに、少年がにっこりと笑った。笑い、手を差し出してくる。
血管が薄く浮いた華奢な手首に、傷一つない白い指先。
戦闘出来るようには見えないが、贅沢を言っている場合ではない。回復魔法が使えないプリーストに何の意味があるのかは知らないが、いないよりはマシだ。
リミスはため息をつき、藤堂に代わってその手を握る。握った手から感じた思わぬ力強さに、眉を緩めた。
「リミスよ。こっちの調子悪そうなのが、ナオとアリア。短い間だけど、よろしくね」
「ええ。申し遅れました」
少年が僅かに唇を舐める。
僧侶の証とは逆の耳に下げられた金のイヤリングに再び既視感。
その正体に気づく前に、少年が言った。
「僕はグレゴリオ。グレゴリオ・レギンズです、我が友。どうぞお見知り置きください」
「その、『我が友』って……何よ?」
「秩序神に従い、闇の眷属を討ち滅ぼす者を友と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょうか」
「……知らないわよ」
平然と言い放つ少年の姿に、リミスは底知れぬ不安を覚えた。
別に役に立たなくてもいいけど、邪魔だけはしないで欲しいものだ。
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