第二報告 地下墳墓の怪物について

第六レポート:慣れてはいるな

四級回復神法ヒーリング


 祈ると同時に、手の平から緑の強い光が放たれる。

 最も一般的な回復魔法だ。五級回復神法ミニ・ヒーリングの回復力はかなり低いので、この魔法を使えて初めて僧侶は一人前と言えた。

 スピカがきらきらした眼でその様子を見ている。慣れない大人と二人きりでいたせいか俺の目つきのせいなのか、先ほどまではおどおどしていたが元来こういう性格なのだろう。

 使えるようになるかどうかはわからないが、回復魔法を使えるようになれば孤児でも将来職に困る事はない。才能がなくても、数年間每日祈祷すれば最下級の物は使えるようになるだろう。


「これが基本的な『四級回復神法ヒーリング』だ。日常生活で負った傷ならばこれで十分回復出来る」


「わ、私も出来るように……なりますか?」


「なる」


 しかし、世の中にはなかなかどうしてどうしようもない事もあるものだ。

 例えばそれは、俺の信仰厚かった両親が神聖術を使えず、俺が使える事だったり、藤堂が勇者として世界の命運を背負っている事だったりする。

 スピカが僧侶として大成出来るかはわからない。


 スピカが手の平を見下ろし、開閉する。

 やれとは言わない。彼女には藤堂のように強力な加護がない。あいつがたった一度教えられただけで祝福ブレスを使えたのは間違いなく奴が特別だったからだ。


「スピカ、お前のレベルは3だと言ったな?」


「……」


 俺の問いに、スピカが目を伏せて頷く。


 普通、一般人でも十歳くらいまでに5レベルまでは上げるが、それも保護者あってのものだ。

 今の時代、孤児は少なくない。教会にもレベルを上げさせる程余裕がないのだろう。知っている。よくある話だ。

 だが、仮にも勇者のパーティに入るかもしれないのにこれではまずい。

 ため息をつき、手を差し伸べる。


「レベルを上げる」


「……え……でも――」


 スピカが驚いたようにその眼を大きく開き、俺の顔を窺うように見上げた。

 幸いな事にここの魔物は俺と相性がいい。本来ならばレベル3で倒せるような魔物ではないが、やり方はいくらでもある。

 藤堂が辿り着くまではまだ時間があるだろう。それまでに10くらいまでは出来る限り上げておきたい所だ。



§ § §



 僧侶プリーストの戦闘能力は他の職と比較し、一部の殲滅鬼とか殲滅鬼とか殲滅鬼とかを除いてとても低いが、不死者アンデッドを相手にした場合のみ、その戦闘能力は跳ね上がる。

 退魔術は闇の眷属を相手取るために下された奇跡であり、退魔術を修めた僧侶にとって下位のアンデッドは恐れるに足りない。上位になるとまた違ってくるが、ユーティス大墳墓の浅層にいるアンデッドは知性もなく本能だけで動くような奴らばかりだった。


 鬼面騎士の間を中心に結界を張る。アンデッドを遠ざけるためのものではない、光を求めるアンデッドを引き寄せる性質を持つ『誘魔結界』だ。アンデッドは生者の魂や光に引き寄せられる性質を持つ。その性質を利用したこの結界は本能に従うアンデッドをおびき寄せる。


 結界を張り終えると、スピカに短剣を渡した。金の装飾がされた柄と黒の鞘。一目で高価だと分かるそれを受け取り、こちらに戸惑うような視線を向けた。


聖銀ミスリル製のダガーだ。ミスリルは闇を遠ざける効果がある。貸してやる」


 それと非常に軽い事で有名だ。子供の細腕でも振る程に。

 俺がずっと使っていたものだが、メンテナンスは怠っていないので斬れ味に支障はない。

 俺にとってはそれほど大きくない短剣も、スピカと比較するとショート・ソードのように見える。ゆっくりと鞘を抜き、その研がれた刃の輝き、白銀の光にぽかーんと口を開けた。


 ミスリルの装備は闇の眷属に大きな効果があるが、レベル3では不十分だ。佇むスピカの頭に人差し指と中指で触れ、神聖術を掛ける。


「『一級守護神法ノーブル・セイクリッド・プロテクション』」


 白銀の光が頭頂から全身に流れるように広がり、燐光となって煌めいた。

 人を一時的に聖域に変える補助魔法。上位のアンデッドには通じないが、下位のアンデッドならば触れただけで浄化出来る。今の状態ならば、短剣で一突きしただけでアンデッドを倒せるだろう。


 自分にまとわり付く光の粒に、自分がどうなっているのか、背中を見ようと、スピカがくるくると回転した。

 ついでに各補助魔法を重ねがけし、万全に万全を期す。


 ちょうど最後までかけ終えた所で、結界に引き寄せられたリビングデッドが部屋の入り口に姿を見せた。

 その数三体。スピカが強張った表情で、道中何度か見たそのアンデッドに視線を見つめた。


 倒すのと見ているのとでは勝手が違う。リビングデッドは動きが遅いので倒せるはずだが、念には念を押して、祈りを捧げる。

 人差し指から放たれた光が蛇のようにリビングデッドに絡みつき、その動きを縛る。

 アンデッドの動きを縛る『聖者の鎖ホーリー・バインド』の退魔術エクソシズム。全身を光で縛られたアンデッドが地に伏せ、びくびくと痙攣した。

 これなら子供でも倒せる。赤ん坊でも倒せる。


「さー、倒せ」


「は……はい……」


 促すと、スピカが恐る恐る倒れ伏すリビングデッドに近づき、短剣の先端でリビングデッドの頭部を少しついた。

 リビングデッドが爆発するように弾け消える。完全に浄化されたので麻痺毒なども残さない。これで……レベル4。


「残りも倒せ」


「はい」


 今度は怯えた様子もなく、短剣の端っこでちょんちょんと残り二体のリビングデッドを浄化した。

 新たに引き寄せられてたリビングデッドとレイスのグループをすかさずバインドで縛る。視線で促すと、スピカがちょこちょことそちらに近づいていった。


 その時、村で教会の神父たちと交渉し、藤堂の誘導にあたってもらっていたアメリアから通信が入った。

 ここの教会の神父はヴェール村のヘリオスとは違い、融通が利かない真面目な爺さんだ。うまく騙して藤堂たちをこちらに送ってもらわなくてはならなかったが、どうやらうまくやってくれたらしい。


『こちらは終わりでした。どうですか?』


「準備は出来た。今はスピカのレベルを上げている」


『へ? なんでですか?』


「そのままでは危険だからだ」


 空中で動きを止めたレイスを一生懸命ジャンプして突こうとしているスピカを眺めながら答える。

 さすがにレベル3だとアンデッドの存在力でもさくさくレベルが上がる。元々ここの適性レベルはゴーレム・バレーと変わらないのだ。


 アメリアはしばらく黙っていたが、ふと声色を落として奇妙な事を言ってきた。


『アレスさん……アレスさん、なんかスピカに甘くないですか?』


「甘くしているつもりはないが……」


 普通だ。普通。


「スピカを囮にする案も渋ってたし……冷血漢なアレスさんらしくありません」


 アメリアは一体俺を何だと思っているだ。冷血漢って……。


 通話を続けながらもどんどん引き寄せられてくるアンデッドを片っ端からバインドで縛る。数はかなり多いが、下位のアンデッド程度、俺の敵じゃない。

 最初に硬い表情だったスピカもいつの間にかリラックスしたようにとどめを刺していっている。

 一気に上げられる限界である3レベル分くらいの存在力を得たので近づき、レベルアップの儀式をする。


 これでスピカのレベルは6になった。次のレベルアップまで後152の存在力が必要なようだ。


 何が気に食わないのか、憮然とした様子でアメリアが繰り返す。


『絶対、贔屓してますって』


「贔屓なんてしてない。……が、確かに孤児の扱いには慣れてはいるな」


 もしかしたら、それが贔屓しているように見える原因なのかもしれない。


 満面の笑みを向け始めたスピカの頭を撫で、新たなアンデッドを指指す。

 レベルはどんどん上がりにくくなっていくが、10くらいならばすぐに到達出来るだろう。例え藤堂のパーティに入らない事になっても、レベルが高い事は無駄にはならない。

 まだ夢中になっているので気づいていないが、今のスピカの能力はレベル3だった頃よりも大分上がっているはずだ。


『慣れてる?』


「俺の親は孤児院を経営していたからな」


 周りにはスピカみたいな連中が大勢いた。兄弟が大勢いるようなものだ。

 もう十年近く会っていないが、今も元気でやっている事だろう。


『アレスさん、孤児だったんですか?』


「違う。親が『孤児院を経営』していたんだ。手伝いをやっていたから慣れてるんだよ」


 大分古い記憶だが、感傷がないというと嘘になるだろう。

 存在力が溜まったのかこちらを向くスピカに親指を立てた。俺は褒めて伸ばすタイプである。

 ある程度レベルが上がったら最下級の神聖術も使えるようになるかもしれない。神聖術の力は感じているはずだ。奇跡を身に受けた時、人の信仰は深まるものなのだ。


 アメリアが釈然としなさそうにぶつくさ続ける。


『なるほど…………やっぱり贔屓じゃないですか?』


「贔屓じゃねーよ」


 どこがどう贔屓なのか教えて欲しいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る