第一報告 聖勇者の弱点克服について

第一レポート:聖勇者の弱点について

 ルークス王国王都から南東に数百キロも進むと、荒野地帯に入る。

 草木も生えぬ荒涼とした地のその中央に、それはあった。


 ユーティス大墳墓。


 何が埋葬されているのか、今もまだ盛んに議論が交わされている古代の遺跡である。 

 ルークス王国が建国される以前から存在していたとされているその遺跡は、今ではアンデッド系の魔物が多数生息する事で有名な地であった。


 過去、ルークス王国から正式な調査隊が送られ何度かその墳墓の調査に挑んだらしいが、地下に広がるその墳墓は迷宮のように無数の分岐が存在し、その全容は未だ明らかにされていない。一説では荒野地帯、三分の一以上の広さを占めているのでは、とされているが、その真偽は定かではない。

 結局、調査隊は内部に生息する厄介なアンデッドたちと墓荒し対策らしき無数の罠によって大きな被害を受け、無期延期された。


 今では立ち入る者は殆どおらず、レベル上げのために魔物狩りハンターや教会の者がたまに侵入するくらいだ。たまに宝飾品の類が見つかるらしいが、侵入者を撃退するためのトラップも健在であり、効率は酷く悪いとの事。

 上げる事のできるレベルは25から50くらいまでと言われているが、ハンターの中でここでレベルを上げるものは極小数だった。

 この国には、ユーティス大墳墓よりもよほどレベルを上げるのが楽なゴーレム・バレーがあるので、皆そっちに流れるのである。



 ヴェールの森程有名な場所ではない事もあり、ユーティス大墳墓から一キロ程離れた場所に存在する唯一の村、『ピュリフ』は寂れていた。


 石造りの塀で囲まれた中規模の広さの村だ。だが、村の広さに対して人口はかなり少ない。ピュリフはまだ王国がユーティス大墳墓に調査隊を送っていた頃の拠点となっていた村であり、人口密度の低さはその名残だった。


 宿屋もそれなりの大きさのものがたった一つしかないが、教会は三つ存在し、村の周囲に張ってある結界も頻繁に張り直されていて、アンデッド系の魔物が村に襲撃をかけてきても撃退できるようになっている。武器屋も道具屋も一つしかないが、品揃えは揃っており、特にアンデッドへの対策は十分できるようになっていた。ユーティス大墳墓にはアンデッドしかいないので当然である。

 例え、ユーティス大墳墓に挑むための準備が出来ていなくても、この村の中で準備できるようになっている。物資の補給、人材の確保。例え人気がなかったとしても、大墳墓に挑む者達の拠点である事に間違いはないのだ。


 俺は、無残な勇者たちを教会に届けると、重い身体を引きずるように宿に向かった。

 肉体的疲労ではない……はずだ。勇者を引きずって荒野を横断した程度で疲れたりはしない。


 無言のまま、事前に取っていた部屋に戻る。深刻そうな表情をしていたのか、誰にも声はかけられなかった。


 アメリアには、藤堂のパーティに入れられる女僧侶がいないか、教会に再度確認してもらっている。まだ戻ってきてないのか、部屋の中には誰もいなかった。いなくてよかった。あまり、部下に愚痴りたくない。


 結局使わなかったメイスを立てかけ、落ち着くために水差しから水を汲む……が、その時に気づく。

 手が震えていた。


 そんな馬鹿な……例え上位の魔族を相手にしてさえ冷静に戦える俺が動揺している……だと!?


 震えを止めようとするが、どうにも止まる気配がない。駄目だ。この状態は駄目だ。せめて、俺だけでも冷静さを取り戻さなくては。


 浴室に向かい、シャワーを浴びる。頭を空っぽにして、冷水で頭を冷やす。


 藤堂たちは今頃目が覚める頃だろうか。いや、多めに仕込んだので藤堂のレベルだと少なくとも今日一日は眠ったままだろう。レベル上げは急を要するが、対策を練る時間が必要だ。夢だと思いたいが、間違いなく夢じゃない。あいつら……いや、アリアと藤堂の奴……アンデッド相手に恐怖を感じていた。悪い傾向である。すこぶる悪い傾向である。くそっ。


 浴室から出ると、ちょうどアメリアが戻ってきていた。浴室から出た所で出くわし、きょとんとした表情で俺を見上げる。

 深く息を吐き、目頭を揉みほぐす。頭を冷やしたかいがあって、何とか指先の震えは止まっていた。


 ああ、仕方ない。仕方ない事だ。障害はどうしたって起きる。ああ、仕方ない事なんだ。


「……チッ。アメリア、作戦を……立て直すぞ」


「ッ……はい」


 ビクリと肩を震わせ、アメリアが小さく頷いた。




§§§





 藤堂がその目的地を俺が想定していたゴーレム・バレーからユーティス大墳墓に変えたと報告を受け取ったのは、つい一昨日の事だ。


 理由は、強力な僧侶プリーストを仲間に入れるため。


 どうやらヴェールの森でザルパンとの戦いの余波で気絶した件が多少は効いたらしく、ちゃんと教会を経由してやってきた情報は……まぁ、許容範囲だった。


 俺がゴーレム・バレーを次のターゲットとして設定したのは、そこが一番効率のいい場所だからであって、レベルさえ上げられて、それなりの効率を出せればどこだって構わない。

 また、藤堂たちが目的としているプリーストを仲間にするという判断も間違ってはいない。仲間にできるかどうかはまた別の話だがまぁそれは置いておく。


 さて、魔物には種類や個体によってグレードというものが存在する。


 それらは肉体的強度、攻撃手法、生態、知能指数、加護、存在力の高さなどの様々な要因によって決定されるが、必ずしもそれは『厄介さ』と一致しない。


 強くないにも拘らず、存在力も大して得られないのにも拘らず、非常に厄介で、対策必須な魔物というものも、時には存在する。


 その代表が……状態異常系の攻撃を仕掛けてくる魔物である。


 誰が、一体何のつもりでそんな呼称にしたのか俺は知らないが、状態異常とは毒、麻痺を初めとした、正常な身体や精神の働きを妨げる影響の総称を指す。対策をしないとレベルの高い者でも簡単に倒れてしまう、そういう類の攻撃だ。だから、魔物狩りを生業にする大抵の傭兵はそういった攻撃を持つ魔物を警戒の必要のある魔物として『イエロー』などと呼び、戦う際は準備を怠らないし、そもそもなるべくそういう魔物のいないフィールドを狩場として選択する。


 状態異常を与えてくる魔物の代表的な種がアンデッドであり……設定されるグレードがその厄介さとは裏腹に低くなりがちな魔物の代表であった。


 面倒臭い敵である。

 屍鬼グール悪霊レイスを初めとした、その種の魔物は大抵が毒や麻痺などの肉体的状態異常、恐慌フィアーなどの精神的状態異常を与えてくる事を得意とし、奴らの大半が、墓地などに満ちる瘴気が怨念を取り込み実体化した魔物であり肉体的強度を持たず、存在と言うものが『薄い』。

 おまけに、ヴェールの森の魔物はその身体やら骨やらが素材として売れたが、アンデッドから取得できる素材は基本的に安価である。どれくらい安価かというと、拾わないほうが効率がいいくらい安価である。

 例え、状態異常を回復できる優秀な僧侶がついていたとしても、消耗する回復アイテムの量は他の魔物を狩る場合と比較し遥かに多く、そこまでデメリットが揃っているとハンターもなかなか狙わない。


 何が言いたいかというと、ユーティス大墳墓は今の藤堂たち一行にとって鬼門だという事だ。俺がゴーレム・バレーを選択した大きな要因の一つでもある。



 ――だが、考えてみれば、それはそれで……悪くない話。



 状態異常系の攻撃は魔物と戦う者にとっての一つのハードルだ。今後、魔王討伐の旅を続けていけば確実にそれを持つ敵と出会う事になる。レベルが上がれば耐性がつくので、ある程度レベルを上げてから体験させるつもりだったが、先に体験させても特に問題はない。藤堂には初級だが状態異常回復の神聖術も教えてあるし、教会経由で回復アイテムを渡せば大事には至らないはずだ。

 存在力についても、ユーティス大墳墓のアンデッドはそれほど強くないし、わさわさ出てくるので数さえ倒せれば十分レベル上げを行える。


 藤堂たちにとってはかなり疲れるレベル上げになるだろうが、彼らの目標は魔王である。精神的な苦痛にも慣れさせておいた方がいい。


 そう思ったのだ。ああ、そう思っていたのだ。

 藤堂一行のレベルはまだまだ高くないが、ユーティス大墳墓浅層のアンデッドはヴェールの森の魔物よりも弱く、十分戦える。はずだった。


 誰が予想できるだろうか。聖勇者ホーリー・ブレイブが……まさかアンデッドが苦手だなんて。どんな勇者だよ。


 勿論、事前知識としては知っていた。魔物狩りの中にはアンデッドを苦手とする者もいるという事は。


 アンデッドは基本的に不快な見た目をしている。リビングデッドはその名の通り、腐乱死体が動いているかのように見えるし、レイスもまぁ……宙を浮くし半透明だし物理攻撃は効きづらいしで、嫌う者は少なくない。

 だが、それはあくまで個人の嗜好の問題であって……藤堂は今まで何が相手でも一刀両断にしてきたのだ。ヴェールの森で戦った枯木の精バッド・トレントだってそんな愉快な見た目はしていないし、狼やら猿やら魔獣系の魔物だって悪臭を放っている。藤堂はそいつらを捌き、血しぶきを浴びても顔色一つ変えていなかったのだ。動きはヴェールの森の魔物の方がずっと速いし、藤堂の持つ聖剣ならば物理攻撃の効かないレイスだって一刀両断にできる。


 何故、どうして今まで戦闘能力に関してはそれほど不満がなかったはずの藤堂が……リビングデッド程度相手に怖気づくというのか。何故、どうしてレイスの『叫びスクリーム』で意識を失うというのか。精神ダメージも緩和するはずの聖鎧を装備してるはずなのに……。


 お前、ヴァンピール相手にした時もそんな風にならなかっただろ!? あれの方が千倍強いから。



 テーブルを挟み、アメリアが姿勢を正してじっとこちらを見ている。俺の言葉を待っている。

 さて、なんと声をかけるべきか……。


 とりあえず、軽く質問してみる。


「アメリア。お前、アンデッドとかいける?」


「? いける、といいますと?」


「……怖くないか?」


 俺の言葉に二、三度目を瞬かせ、アメリアが呆れたように言った。


「何言ってるんですか、貴方は」


 だよな。そうだよな。アンデッドが怖い僧侶プリーストなんていないよな。というか、傭兵の中でもそんな奴ら少数である。そもそも、そういう心臓の奴は戦士として……向いていない。

 特にプリーストにとって、アンデッドは格好の的である。どっちかというと俺たちはナマモノの方が怖い。


 ……現実逃避はこの辺にしておくか。


 俺は、なるべく冷静な声を作ってアメリアに言った。


「藤堂たちが全滅した。どうやら……藤堂とアリアは……アンデッドが苦手らしい」


「……?」


 アメリアが不思議そうな表情で首を僅かに傾げる。

 まるで俺の顔に答えでも書いてあるかのように、俺の顔をじろじろと見てくる。いや、別にクイズとかじゃねーよ。


「最下級のレイスの『嘆きの叫びバッド・スクリーム』を受け、意識を喪失したので教会に運んだ。勿論、全員命は無事だ」


「えっと……誰がですか?」


「……藤堂たちだ」


「???」


 正確にはリミスとグレシャは除くが、まぁ奴らも奴らで問題山積みである。


 そこまで言っても、アメリアは眼を丸くしたまま首を傾げている。冗談とかではないだろう。本気で分からないのだ。意味が。安心するといい。俺もわからん。


「藤堂とアリアは今のままではアンデッドと戦えないだろうな」

 

「……なんでですか?」


「……多分、怖いから」


「……誰がですか?」


「……藤堂とアリアだよ」


 ループしてるループしてる。


 アメリアが沈黙する。人差し指で唇をなぞり、真剣な表情で考えている。

 やがて、呟くような小さな声をだした。


「藤堂さんはゴミクズですが聖勇者ホーリー・ブレイブですよ?」


 ……お前、藤堂の事そんな風に思っていたのか。


 ただ頷いてやると、アメリアは無表情のままもう一度首を傾げ、きょろきょろと落ち着かなさそうに視線を室内にやり、最後に俺の方を見て立ち上がった。


「……すいません、シャワー浴びてきていいですか?」


「……行ってこい」


 頭冷やしてこい。理解出来たら対策を話しあおう。

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