第三十八レポート:黒き血の民を討伐せよ③

 藤堂の表情がはっきりと引きつった。自分の行動により何かが変化したのがわかったのだろう。

 邪悪な気配が煙のように揺らめき、俺から数メートル離れた位置で再度固まった。


 『霧化フォーム・ブラックウィンド


 自らを霧と変化させるヴァンピールの能力の一つ。


 そこに立っていたのは、完全な吸血鬼であった。血の気のない肌に、それに対比したような濁った血のような瞳。汗ばみ張り付いた前髪と解れた黒衣を除けば、最初に出会ったその時の姿と何ら変わりない。俺が苦労して与えたダメージは、復活した高い再生能力により一瞬で消え去ってしまった。


 マジかよ……。


「あははは……あはははははははははははははははははははははは!」


 今の今まで白目を向いていたヴァンピールが嘲笑する。


 即座にナイフを抜き、投擲する。ザルパンは人差し指を立て、その爪で手の平を浅く傷つけた。傷口から溢れた血がその念動力により薄く形を取り、ナイフを包み込むように絡めとる。

 二度は通じないか。結界を張るには時間がかかるし、張り終えるまでは媒体は無防備だ。


 俺の考えを読んだかのようにに、血が蠢き、先ほどまでの結界の媒体となっていた地面のナイフを抜き取り絡めとる。結界を張るには四本の媒体が必要とされる。あいにくもう一度結界を張るだけの予備はない。詰んだ。


「はーはーはー、いやぁ――」


 哄笑がぴたりと止まり、その目が細く窄められる。傍らのメイスを握りしめ、俺はゆっくりと立ち上がった。メインウェポンは戻ったが代償はあまりに大きい。


「死ぬかと思ったよ」


「死ねよ」


 本音だった。

 くそっ、これは……逃げられるな……失敗した。結界の媒体もバレてる。機動性はザルパンの方が圧倒的に上だ。転移魔法を使われればもう追いつけない。


 藤堂の方に視線を向ける。結界に封じられていない本物の黒き血の民の力を感じとったのか、藤堂は怯えたように目を見開き、後退った。死ねッ!

 アリアが剣を抜きリミスをかばって戦闘態勢を取るが、ヴェールの森程度でダメージを受けるなんちゃって剣術じゃこいつ相手には十秒持つまい。


「くくく……ふふふ……馬鹿な仲間を持つと苦労するねぇ……」


「……まったくだな」


 もう仲間ではないのだが、何も言えない。敵にまで指摘されてしまった。何も言えない。

 考えを切り替える。こうなってしまった以上、最悪は藤堂たちを殺される事だ。倒すのは無理。もう無理。逃げられる。逃げられたら追いつけない。追いつけないのだ。


 出来るのは最悪を回避する事くらい。まだこいつには藤堂が勇者だとバレてはいないはずだ。

 ため息をつき、額を押さえザルパンを睨みつける。


「仕方ない、逃がしてやるよ。とっとと尻尾巻いて逃げろよ、ヴァンピール」


「……は? 君は何を言ってるんだ」


 血にとらわれていたナイフが消失する。転移魔法でどこかに送ったのか?

 そのまま血液が空中でぐるぐると渦巻くと、一本の細剣を形取った。


 ザルパンが頬を引きつらせるようにして笑う。冷静さを装っているが、明らかに怒っていた。


「力が戻ったんだ。第二ラウンドといこうじゃないか」


「……まぁ、どうしてもやりたいなら別に……構わないが……」


 再度ため息をつき、メイスを持ち上げる。

 もう俺の中からはやる気が失せていた。負けそうになったら逃げられるというのに、どうして本気になれようか。転移魔法を使われたら止めようがない。ナイフ消してみせた腕前から見るに、素人ではないだろう。


「……僕が力を取り戻したからって、随分とテンションが低いじゃないか……」


「はいはい」


 ため息をつきながら、一歩で数メートルの距離をつめる。同時に、握ったメイスに神聖術を使って加護を降ろす。ダガーとは異なり、メイスとは俺の信仰心そのものである。加護の通りが違うので『裁き光』を放つよりも直接光の力を付与してぶん殴った方が効率がいいのだ。


 油断していたのか呆然と開かれる眼。とっさに放たれた申し訳程度の数の血のナイフをメイスの一撃で全て払う。操作する血にまではルシフの加護が下りていないらしく、また力そのものが殆ど込めていなかったのだろう、メイスに触れていないものも含め全てが全て、邪悪な力を払われただの血液に戻った。手に握られていた剣も例外ではない。油断しすぎ。


 がら空きになった胴体にメイスを思い切り叩き込む。骨が、肉が軋む手応え。まだ本来のそれよりも遥かに軽減されているが、先ほどと比べれば雲泥の差だ。棘に貫かれ皮膚が破れ血が噴き出す。

 吹き飛ぶザルパンに一歩で追いつき、そのままメイスを振り下ろし地面に叩きつける。手応えが、手応えが違う。やはり、短剣だけではダメだな。メイスじゃないとダメだ。


「ッ!?」


 ダメージは与えられているが、吸血鬼の再生能力は折り紙つきだ。防御は低く攻撃力が高く回復力が高い。それが吸血鬼の特性なのだ。

 飛散した血液が形を変え、薄い壁になる。こいつは俺を馬鹿にしているんだろうか? 遊んでいるんだろうか? 目の前に発生した血の防御壁を気にする事なく、俺は無言でメイスを二度三度振るった。

 一度目で壁が消失し、二度目で身体に到達、皮膚を貫き、三度目で肉に到達する。ザルパンが苦痛に呻く。何故か霧に変化する気配がない。


「? 逃げないのか?」


 思わず口から思っていた言葉が出てしまった。


 手が振り上げられるが、そんなの気にせずにメイスで叩き潰す。本来の力が戻ったとしても、所詮は闇の眷属。それを専門として戦う異端殲滅官クルセイダーの敵ではない。退魔術エクソシズムは闇を祓うために生み出された力なのだ。もともと、問題は如何にして逃さないかの一点だった。


 倒せなかったのもただ単純に邪神の加護が強すぎただけで、ヴァンピールとしての能力がハードルだったわけではない。身体能力は確かに高いが、一級の補助を掛けた俺程ではないし、ヴァンピールの防御力は対して高くないのだ。こちらの攻撃力が上がれば差異も縮まって当然。


 重力を乗せた一撃一撃がその身体に確かに命中している。その生命を少しずつ削っている。霧に変化すれば避けられるにも拘らず、何故躱そうとしないのか。やられる寸前に霧化して逃げ出し、俺を苛つかせる作戦なのか。もしそうであるのならば、さすが意地の悪い魔族としか言い様がない。


 丹精だった顔つきがあっという間にぼこぼこになる。歪んだ真紅の眼が一瞬輝き、力を放った。


 『生命吸収エナジー・ドレイン


 生ある者の命を吸収するその能力が発現し、俺に掛けられた光の加護に弾かれて消える。周囲に疎らに生えた草が余波を受けて枯れるがその程度では回復もできないだろう。一般人や加護のない剣士などならともかく、僧侶プリースト相手に『生命吸収エナジー・ドレイン』など効かない。


 まるでサンドバックでも殴るかのようにメイスを振るう事十数秒、ようやく手応えが消える。黒い霧が流れ、数メートル離れた所で再構築される。

 ザルパンが跪き涙目で咳き込んでいた。黒衣のそこかしこには穴が空き、黒に染まっている。


「げほっ、げほっ、あ……な、どうな、なんだ君はッ!?」


 答えずに距離を詰め、メイスを振り回す。今度は命中する寸前にその身体が霧に変化し、避けられる。逃げるならさっさと逃げろよ。俺は暇じゃないんだよ。やることが沢山あるんだよ。


 霧は樹の上高くまで舞い上がると、枝の一つで人の形に戻った。

 咳き込むように荒く呼吸をする。傷が少しずつ回復しているのがわかる。


「はぁ、はぁ……化物……め……」


 失礼な奴だ。メイスを肩に担ぎ、ザルパンを見上げる。逃げるならさっさと逃げろよ。俺は暇じゃねーんだよ!


 藤堂はまるで麻痺したようにその場にとどまったままこちらを見ている。ストレスに胃がキリキリと傷んだ。頼むから安全な場所に行ってくれ。


 ザルパンの傷が九割方再生した所で、今度はその全身が大きく震える。

 血の気のない白の皮膚に黒の毛がぞわりと生え、その背から影が飛び出る。


 『動物化フォーム・アニマル


 動物に自由自在に变化するというヴァンピールの特殊能力の一つ。特に狼と蝙蝠に変化する傾向が強いので、恐らく変化先は蝙蝠だろう。飛んで逃げるつもりか。まぁ、それならそれでいい。転移だろうが飛行だろうが逃げられる事に代わりはない。レベルはあっても俺には翼がない。


 立ち止まって見守る中、变化したのは予想どおり蝙蝠の姿だった。闇を切り取ったような巨大な蝙蝠。牛程の大きさはあるだろう、それが甲高い声で鳴く。そしてこちらに襲いかかってきた。


 逃げるとばかり思っていたので、思わず目を見開いてその光景を見返してしまう。

 複雑な機動、野生の蝙蝠よりも遥かに速い速度で旋回を繰り返し襲いかかってくる。それをメイスを振るって叩き落とした。キーキーというどこか哀愁漂う悲鳴が森に響き渡る。明らかに人の方が強い。何故戦闘力の落ちる蝙蝠で襲いかかってくるのか。


 これはボーナスステージか……? ヴァンピールの形状変化は連続で使用出来ない。一度人の姿に戻らなければ霧化して逃げる事も不可能だ。


 内心、首を傾げながらも、その翼を踏みつけ動きを止め、その小さな頭蓋骨にメイスを叩きつける。もはやストレス解消に近かった。何度も何度も叩きつける。人の形に戻ろうとするが、構わずにメイスを振るう。数秒で人の形に戻るが、その時には既に頭はぼこぼこに腫れ上がっていた。


 思い切り振り下ろしたメイスが空振る。霧化か……痛みはあるはずだが逃げずに向かってくるとは、こいつもしかしてマゾなのか……?


 少し離れて、霧が再び人に戻るが、ダメージはそのままである。

 戦闘中に会話を交わすなんて馬鹿のやる事だが、思わず問いかけてしまう。


「……お前、何がしたいんだ?」


「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な、この、この僕が、暗黒神より加護を頂いたこのザルパン・ドラゴ・ファニが、万全の状態で人間になんて、負けるわけが――」


 俺の問いかけが聞こえているのか聞こえていないのか、それとも独り言の癖でもあるのだろうか?


 いや、違うな……もしかしてこれ、殺せちゃう? 


 馬鹿だ。こいつは馬鹿だ。

 プライドを擽ればいけそうである。俺は考えを改めた。こいつは馬鹿だ。絶対に逃げられると思っていたが、やれるのならばやってしまった方がいい。


 言葉を選びながら、ザルパンに宣言する。


「……ザルパン・ドラゴ・ファニ、全力でかかってこい。その身に流れる王の血に誇りがあるのならば、正々堂々と決着をつけよう」


 ザルパンが俺の方に表情の抜け落ちた顔を向ける。


「の……望む、所だ。あは、あははははは……この僕が、負けるわけがない……」


 声に力はない。緊張かあるいは武者震いか、その身体は震え、身のこなしはお世辞にも見れたものではない。だが、その意志はこちらに向いていた。殺せる。殺せるぞ、これは。


 想定外の展開に気力が湧いてくる。

 藤堂は愚かだがザルパンも同じくらい愚かだ。心変わりされる前に……殺す。面倒な事は後回しにしない。ビジネスのコツである。


 ザルパンがぱちりと指を鳴らす。空中に、先ほど撃った時とは比べ物にならない無数の闇の矢が発生した。その数、百本近く。これが本来の実力か。一本一本が致死の威力を秘めている。藤堂なら一撃だろう。アメリアでも危ないかもしれない。

 無言で祈りを捧げ、同数の光の矢を生み出す。何度も神聖術を行使したが、俺は神力だけは人並み外れているのだ。力にはまだまだ余裕があった。


 闇の矢が射出される。光の矢がそれを迎え撃つ。それを皮切りに、身を低くしして地面を蹴った。

 もはや動物に変化して迎え撃つ事は諦めたのだろう。ザルパンも同じように、両手に血の剣を握り突進してくる。光と闇の矢がぶつかり、夜の森に破裂するような音が断続して響き渡った。


 血の剣を確認する。今度は先ほどよりも力を込めているだろう。メイスで打ち払っただけで消せるかわからない。だが、問題ない。打ち消せないのならばそれはそれでやりようがいくらでもある。


 一体奴は何を持って勝機を見出したのだろうか。それとも、もうその勝利は諦めたのだろうか。

 答えは出ない。接敵、左右の手に握った血の剣が形状を変え刺突の勢いで伸びる。読めていた。血流操作ムーブ・ブラッドの基本的な戦法だ。ヴァンピールなら皆やってくる。初見ならばまず受けるが種が割れていれば、警戒していれば回避は難しくない。


 突然伸びてきたそれを跳躍し躱す。ついでにつま先でその顎を蹴り飛ばした。鈍い感覚。本当に霧に変わらないのか。着地すると同時に、メイスを一瞬放し、腕の開いたその身体の鳩尾に手の平を当てる。ザルパンの腕が伸び、手の平が爪を立てて肩をぎりぎりと掴む。握力に肩が軋み、しかし中に着込んだチェインメイルのおかげで爪は肉にまで至っていない。


裁き光フォトン・オーダー


 手の平から放たれた何度目かわからない光、衝撃に腕が離れ身体が後ろに吹き飛ぶ。メイスを掴み、それを追う。

 遠心力を利用してメイスをぶん回す。一撃に全力を込める。徹底的に全て壊す。横薙ぎに払われたそれを、ザルパンがとっさに腕を固めて防御する。が、悪手である。肉体的にそれほど強くないのに受けようなどとは愚の骨頂。


 ザルパンが勢いよく吹き飛び、樹木に叩きつけられる。倒れたそれに追撃をかける。伸し掛かり、ただ夢中でメイスを振るう。血が飛び散り、頬にかかるが気にしない。武器を通してザルパンの生命力が落ちているのがわかる。意識が半分飛んでいるのがわかる。頭を重点的に狙ったのがよかったのだろう。司令塔が脳である点は人間も黒き血の民も変わらない。十数度程叩きつけた所でその身体が霧に変わる。生存本能が働いたのだろう。反射みたいなものだ。それは、後少しで殺しきれる事を示している。


 それを証明するように、少し移動した所で霧が元の人の姿に戻った。血まみれの頭。満身創痍の姿。だが、意識は戻っていた。逃げられないように挑発する。


 メイスを二、三度振り、血を振り落とす。


「どうした、ザルパン? 俺はまだ一撃も食らっていないぞ。遠慮せずに本気を出して見せろ」


 若き吸血鬼ヴァンピールがその言葉に大きくふらつく。そしてふと上げられた頭、その眼光が俺を貫いた。


 死にかけの男のものではない、怨嗟と悔恨のないまぜになった眼、怖気の奔るような眼だ。油断など微塵もしていなかったが、こういう眼をする魔族は厄介な事が多い。

 ちらりと引きつったような忘我の表情で観戦している藤堂の方に視線を向ける。何故さっさと逃げないのだ。いや、まぁいい。リミスとアリアは諦めよう。最悪藤堂だけ何とか助ける事ができれば――。


 ザルパンがまるで地獄の底から這い出る亡者のように、低く呻いた。


「あ……あ……ま、けだ……」


 耳を疑う。こいつ、今、『負けだ』と言ったのか?

 傲慢な、誇り高い魔族が敗北を認める? ありえない。


 警戒を更に強める。周囲に視線を投げかけ、いざという時の行動パターンを脳内に浮かべる。

 ぶつぶつと呟くようにザルパンが続ける。


「化……物……ああ、あはは、はは、今回は……僕の負けだ。ああ、認めよう。あは、はははははは……今の僕じゃ……敵わない。あんたには敵わない……『勇者』ッ!!」


 逃げるのか。


 その言葉、喉まで出かかった所で俺はに気づいた。

 ザルパンが一歩こちらに近寄く。殺意ともなんとも取れない理解不能の気配。逃亡ではない。何のつもりだ?


 さらに一歩こちらに近づく。今にも倒れそうな状態にも拘らずこちらに近づいてくる。俺もまた、一歩前に出た。彼我の距離は二メートル。相手は満身創痍だが一撃で殺せる程ではない。だが、もう一度マウントを取って何十度か殴れば殺せるだろう。


 眼が輝いている。深く、昏く、爛々と。

 悍ましい。例えプリーストでなくとも、人族ならば誰しもが感じる神の敵。


 そして、ザルパンがそこで弱々しく笑みを浮かべた。


「勇者……次は……負けない。殺す。この血に賭けて」


「次があるとでも?」


「ある……さ」


 なんだ……この自信は?


 悪寒を無視する。これ見よがしに鼻で笑い、メイスを強く握り直したその瞬間――目の前の気配が、膨れ上がった。

 違う。気配ではない。膨れ上がったのは――身体の中の『何か』。邪悪な力のその根源。


「あは、あはははははははは、ははははははははははははははははははッ!」


「ッ」


 今までの経験、勘が脳内で甲高く警鐘を鳴らす。


 次の瞬間、身体が自然に動いた。行動はほぼ反射だった。踏み込むと同時にメイスを強く振り上げる。

 狂ったように笑うザルパンの身体を全力で撃ち上げる。高く飛ばすと同時に、神に祈った。




 ――刹那の瞬間、大地が空気が震え、空が暗黒に染まった。




 世界が破壊されたかのような凄まじい轟音に脳が揺さぶられ、衝撃に身体が持っていかれそうになりぎりぎりで踏ん張る。

 嵐のような風に仮面が外れ、半ばぶち折れ、飛来してきた樹の幹をメイスで叩き捨てる。同時に理解した。


 あの野郎――自爆しやがったっ!


 後悔したが、もう遅い。歯を食いしばり耐える。

 数十秒か、数分か、衝撃が止んだ。状況を確認する。


 そこには、何もなかった。


 フレイム・リオンの死骸は勿論、火を消し止めるためになぎ倒したはずの樹は吹き飛ばされ、地面はまるで掘り返されたかのように何もかもが消えている、高く伸び生えていた樹は削られたかのようにごっそりと上部がなくなり、ザルパンの姿は……ない。気配も何もない。それはそうだ。爆発の起点はあいつ自身だった。如何に暗黒神の加護を持っていても、内部からあれほどの爆発を受ければ耐えられまい。


 空中広くにとっさに張った半円形の光の壁がかすかに瞬き、消えた。最上位の防御魔法の一つ。持続時間が短いがあらゆる攻撃を防ぐ高等術式である。それでも、衝撃の一部は防ぎきれていなかった。もし万が一展開が間に合わなかったら、俺でも大きなダメージを受けていただろう。


『アレスさんッ!? アレスさんッ!?』


「あ……ああ、生きてる。大丈夫だ」


 アメリアは……無事か。一度咳き込み、何とか答える。

 自爆魔法……暗黒術ダークネスの中にそのような術式があるというのは聞いたことがあったが、実際に見るのは初めてだった。術者が確実に死ぬ魔法など、普通は使おうとは思わない。


 ザルパンの最後の言葉は本気だった。次は勝つという言葉も。


 呼吸を整える。周囲に敵の反応はない。軽く手の平を握る。身体は動く。ダメージはない。感覚も正常。

 腕を上げ、顔を触れる。仮面は……ない。どこに飛んでいったのかもわからない。仕方ない。何とか精神を鎮め、アメリアに連絡する。


「脅威は消えた。アメリア、こっちに来れるか?」


『……はい。わかりました。……藤堂さんたちは?』


「……生きてるよ。藤堂は勿論、リミスもアリアも無事だ」


 生命反応は三。全員無事だ。

 本当によかった。防御魔法が間に合って本当に良かった。間に合わなかったら藤堂たちのレベルだったら塵一つ残らなかったはずだ。


 アメリアが来るまでの間に確認する。


 藤堂は地面にうつ伏せに倒れていた。側に跪き、念のため脈拍を確かめる。心臓も止まってはいない。音と衝撃で気絶したのか、意識はない。外傷は打撲痕と擦過傷。ちゃんと鎧を着てきたのがダメージ軽減につながったのだろう。飛んできた樹か石か頭を打ったのか。頭に大きなたんこぶができているが回復魔法を掛ければ問題ない。


 アリアは屈んだまま気絶していた。その手は飛ばされまいととっさに突き刺したのか、意識がないにも拘らず地面に深く刺さった剣を強く握っている。やはり細かな傷はあるが、生きていさえすればなんとでもなる。


 リミスはアリアの下にいた。押し倒されるような形で気絶している。いや、アリアが庇ったのだろう。意識はないが、外傷も殆どない。慣れていないだろうに、とっさに庇ったのは大したものである。軽装だし、一番死にやすいからな。


 全員無事。全員無事で、対象も消え去った。結果だけ見れば問題はないが、奇跡、奇跡である。奇跡だとしか思えない。


 ようやく戻った静寂が身を包む。どっと疲れが出て、その場で座り込んだ。

 肉体的にはまだまだ動けるが、精神的に凄くしんどかった。


 しかし、忘れてはいけない。ここは……一つ目のレベルアップのフィールドなのだ。藤堂を最強の勇者にするには、後五つか六つ、できるだけフィールドを減らしたとしても最低三つのフィールドを経由せねばならない。


 アメリアが合流するまでの間、俺は如何にして藤堂を導くか、疲れた頭で答えのでない問題に取り組み続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る