第三十一レポート:どんな聖職者だよ

「ああ、そうだ。悪魔だよ。適性レベルもわからないし、種類もわからないが、討伐適性50レベルの亜竜種を追い立てられる程度には強力だ。尤も、力を蓄えれば勝てると思ったらしいからそれほど強力なわけでもないだろう」


 グレシャについてはアメリアに任せ、俺は報告しながら村の中を歩き回っていた。


 既にグレシャからの事情の聞き取りは完了している。

 どうやら、森の奥底で慎ましやかに生活していた彼女はある日突然現れた強力な悪魔に縄張りを追い立てられたらしい。

 力量差を感じ取り一時縄張りを離れた彼女は力を蓄えリベンジするために森の浅部で魔物を喰らい、上位個体に進化したそうだ。一度目に現れたグレイシャル・プラントについては何も知らないようだったが、恐らく同様だろう。


 悪魔デーモン。紛うことなき魔族の一種である。


 魔術に高い適性を持ちあらゆる種の魔術を自由自在に操り、知性と強靭な身体能力を併せ持つ人類の天敵。低位の悪魔でも一般の人族が束になっても敵わない程の力を持ち、高位の悪魔となると邪神からの高い加護を持つ者さえ居る強力な魔物だ。

 その力はピンからキリまであるが、一体の存在が確認された時点で騎士団や教会の応援を呼ぶ、そういうレベルの魔物である。上位の悪魔によって滅ぼされた国は数えきれない程存在し、それの撲滅は教会の一つの目的でもあった。


 村を囲む壁を検分する。頑丈な石材で作られ、ぐるっと村を囲む防壁。ただの村ならばただの壁である事が多いが、もともとヴェールの森が近いこの地の防壁はただの防壁ではない。

 専門の魔導師が掛けた魔術的な加護によりあらゆる攻撃行動に対して耐性がある他、壁が存在する限り門からしか入れないよう呪術的な仕組みが施されている。基準としては、ヴェールの森で確認されたあらゆる魔物が一斉に襲いかかってきても一週間程度は持つ、そういうレベルの頑丈さ。尤も、魔物避けの魔術も施されているので本能で生きる魔物はそもそもこの村に近寄ろうとすら考えないだろう。


 懐から小さな袋を取り出す。中に入っているのは貴重な聖銀ミスリルの粒だ。それを、村の地図を確認しながら、それぞれ街の四方に埋めていく。

 神聖術の中でも結界プリズムの奇跡は特に才能が必要とされる。ヴェール村の結界はその才能あるプリーストの施したもので、施してから十年は経過しているはずだが大きな綻びはない。が、あくまでこの結界はヴェールの森に生息している魔物に対するもの。

 ヴェールの森に生息する魔物は主に動物型が殆どであり、闇の眷属は殆ど生息していない事もあって悪魔に対する対応能力は高くない。低位ならば防げるが中位以上の悪魔が相手では防ぎきれないだろう。


 長くは持たないが、俺の結界術ならばそれよりも強力な結界を張れる。今の段階で村に攻め入ってくる可能性は低いはずだが、万全を期した方がいい。


 魔王クラノスの配下に強力な悪魔たちが存在している事は既に周知の事実だ。

 いつか相手をしなくてはならない事はわかっていたとはいえ、まだ藤堂のレベルは27。あまりにも早過ぎる出現と呼べるだろう。聖穢卿にとっても予想外だったのか、その声はいつもよりも心なしか暗かった。 


『悪魔、か……勇者の出現がばれたか?』


「わからない、が、可能性は高くないだろう。もし勇者の存在がバレたのならば、亜竜をけしかけるなんて消極策は取らないはずだ」


 ましてや今回の手法はけしかけるより追い出すと表現したほうがいい。明らかに目標を絞っていない。


 勇者の歴史は魔族にも広く知れ渡っている。

 歴史を省みても、勇者の出現とは魔族との熾烈な戦いの開始を意味していた。もし存在を確信し、その居場所まで知れ渡っているとするのならば強力な魔族が直接狙ってくる事だろう。


『ふむ……可能性はあるが高くない、か』


 上層部が魔王側に勇者召喚がバレると想定した期間は一月。

 一匹目のグレイシャル・プラントがこの村の付近で出てきた理由も今回と同じ理由だとすると、想定よりも遥かに早く勇者召喚がバレているという計算になる。しかし、それにしては手が緩い。


 恐らく、確実にバレているわけではない。


 人と同様に、悪魔も強力な個体は少なく、それらの殆どが魔王軍を指揮しており各国の軍と熾烈な争いを繰り広げている。

 俺の考えもクレイオと同様だった。

 何となく勘付かれているが百パーセントではない、その程度。現在、前線は拮抗していると聞く。向こうも低い可能性に手を裂く程余裕はないのだろう。


 媒体を埋め終え、結界を張り終える。神力が大きく消費される力が抜けるような気持ちの悪い感覚を、俺は首を左右に振って追い払った。

 ミスリルは貴重だ。またこういう機会が来ないとも限らない。手持ちがなくなる前に補充しなくては。


 一仕事終えると、壁に背をつけ息を整えた。

 結界神法プリズムは消耗が激しい。特に村一つという規模となると、レベルが高い俺でもかなりの負担が生じる。


「どの道、悪魔を捕らえて尋問すればいいだけの話だ。悪魔殺しエクソシスト異端殲滅官クルセイダーを派遣してくれ」


『勇者とぶつけるのは?』


「つまらない冗談だ。まだ早い。せめてレベルが倍はないと……」


 グレイシャル・プラントがその脅威を認め縄張りを捨てるレベルの魔族である。グレイシャル・プラントの討伐適性レベル50、しかもそれはパーティで挑んだ際の話だ。それに脅威を感じさせるレベルなのだから、それと真正面からぶつかるのならば藤堂のレベルは60……いや、欲を言うならば70は欲しい。


 まぁ、リミスがイフリートを完全に使いこなす事ができればまた話は別かもしれないが……せっかく事前に情報を得られたのだから、有効活用したい。

 悪魔の存在は近づけばわかる。森を探索していた頃も、俺の知覚にそれらしい存在は引っかからなかった。その悪魔がまだヴェールの森に潜んでいるとすると、相当奥にいるはずだ。


 事前準備さえしっかりすれば悪魔と言えど恐るるに足らない。


『悪魔、悪魔、か……手が空いている者がいないな……』


殲滅鬼マッド・イーターが空いてるって言っただろ。あいつでいいよ」


 グレゴリオ・レギンズ。戦闘狂の異端殲滅官。レベルも高いしキャリアもある。

 あいつ、悪魔大好きだしぴったりだろ。唯一の心配は尋問する前に殺してしまわないかどうかだけだ。


 耳元で意外そうな声が聞こえる。


『……君は彼が嫌いなんじゃなかったか?』


「嫌いじゃない。苦手なだけだ」


 聖職者としては認められないが、奴が優れた戦士なのは否定しようがない。むしろ何故傭兵にならずプリーストの道を選んだのかが謎である。

 悪魔デーモン不死者アンデッド悪霊レイスを見つけ次第、何も考えずに飛びかかっていくその姿を想像して眉を顰める。仲間に入れると非常に面倒だが、けしかけるだけならば問題ない。


 ……しかし、冷静に考えると、まるで爆弾みたいな奴だな。


『わかった。手配しよう。ちょうど彼は本部で待機している。二、三日もあればそちらにつくだろう』


「わかった。俺と勇者たちはさっさと次の街に行くから後は任せた」


 そもそも、顔をあわせなければ苦手も嫌いもない。俺にできる事はその悪魔の冥福を祈る事だけである。


『……離れるのか? レベル上げはどうする?』


「悪魔の生息する街に残るよりもさっさと次の街でレベルを上げたほうが早いし安全だ」


 勇者の居所がバレた可能性がある以上、一処にとどまるのはリスクが高い。

 藤堂とアリアは兎も角、リミスのレベルの低さだけが懸念だが、まぁ何とかなるだろう。


 次に想定しているゴーレム・バレーはヴェールの森と異なり見晴らしもいいのでいざという時のフォローもし易い。

 頭の中で情報を整理しながら報告を続ける。


「グレシャを取り込めたからそっちから行動をコントロールするつもりだ」


 何か思う所あるのか、今回この村での成果が想定よりも低かった事が気になっているのか、クレイオはしばらく沈黙していたが、やがて深い溜息をついて言った。


『……了解した。悪魔についてはこちらで何とかしよう』


 色々あったが、何だかんだ上手いこといきそうだ。


 額を手の平で抑え、天を仰ぐ。

 相手も知らずに亜竜に挑もうとした事。パーティを追い出された事。傭兵を半殺しにした事。倒しに来たはずの亜竜を治療しようとした事。亜竜が人化した事。


 まだここに来て十日ちょっとしか経っていないのに思い返すとイベントが大量に発生している。


 ……これから大丈夫なのだろうか?

 

 まだ一個目の村、まだレベル27。今後マシになっていくと思いたいが、今の所その傾向は見られない。

 戦々恐々としながらも今後の展望を考えていると、クレイオが尋ねてきた


『そういえば、アメリアの調子はどうだい? 随分と張り切って行ったんだが』


「……ああ。今の所……特に問題はない」


 元内勤とは思えない鋼のメンタルと高い魔法のスキルを持つ少女の姿を思い浮かべる。

 藤堂のパーティに参加してくれないのだけが残念だったが、それを除けば特に文句はない。俺の出来る事と彼女の出来る事、うまい具合に噛み合っているので非常に使いやすい。愛想はないが今の所問題にはなっていない。


 てか、張り切ってたのか……。


 俺はアメリアが張り切っている姿をイメージしようとしたが、すぐに諦めた。全くイメージ出来る気がしないのだ。

 だが、張り切っていようといまいと実績は出している。


「彼女は優秀だな。神聖術やレベルもそうだが、特に、魔導師スペルキャスターとしての能力が素晴らしい。むしろ何で教会に所属しているのかが不思議なくらいだ」


 プリーストは貴重だが、レベルの高い魔導師も同じくらいに貴重だ。プリーストはあくまで清貧を尊ぶのが教義なので、地位や名誉、富を求めるのならば魔導師になる方が効率がいい。


『そうか……彼女は古くからの魔導師スペルキャスターの一族の直系でね。まぁ、役に立っているようならば結構だよ』


 魔導師の一族か。

 魔導師の能力は血筋に大きく影響する。能力の高い魔導師がプリーストになる機会は多くない。何か事情があるのだろうか。


 若干気になったが、すぐに考えを改めた。

 無闇に踏み込むのも良くないだろう。人にはそれぞれ知られたくない事情というものがあるものだ。俺にも事情くらいある。


 そこまで考えたちょうどその時、いい方法を思いついた。ダメ元でクレイオに話す。


「そうだ。一つ頼みがあるんだが」


『? 何か?』


「……今の交換手いるだろ? ステファン・ベロニドと言ったか?」


「ああ」 


 アメリアと比べて、まだクレイオに繋ぐのに数十秒の時間をかける未熟な交換手だ。

 だが、実際に組んでみてわかった。交換手の通信の魔術、これは――使える。伊達にエリート、白魔導師ホーリー・キャスターを名乗っていない。


「一度断った手前申し訳ないんだが、彼女を追加で派遣して欲しい」


『……え? ……本気か?』


「ああ」


 未熟だという話は聞いている。だが同時に、アメリアと比べればまだまだだが、ちゃんと交換手としての役割も果たせている。

 こちらからは通信を繋げられないとはいえ、いつでも会話出来るのは大きなメリットだ。眼と耳が増えているようなもんである。何か会った時に即座に情報を流してもらえる。

 会話した感じ、性格はかなり怪しいが、その辺りも考慮したその上で現在、エリートな交換手に付いているという実績がある。


 アメリアの予想外の使いやすさに、俺の中で交換手のイメージは鰻登りだった。

 もう一人いれば、こうして俺が結界を張り、アメリアが藤堂たちを見張り、もう一人が村長への口止めをする、そんな役割分担だって出来るのだ。アメリアを休ませる事だって出来るだろう。


 少なくとも、二人でこの先やっていくのはかなり厳しい。ならば、まだ何とかなっている内にメンバーを育成するのも悪くないだろう。


 クレイオが深刻そうな口調で言う。


『アレス、君は誤解しているかもしれないが……彼女は、酷いぞ?』


「……え?」


 酷い……だと?


 初めて聞くクレイオの声色に、思わず肩を震わせ、尋ねる。


「実力が低いのか?」


『いや……実力はある。が、酷い。酷いのだ、アレス。性格と能力は必ずとも比例しない』


 性格と能力が比例しない事は藤堂でとっくに知っている。

 実力があって性格が悪いならば実力がなくて性格が悪いよりもマシだろう。


 クレイオの声色に冗談を言っている様子はなかったが、アメリアを見て感じた優秀さは、それを加味してでもステファンを受け入れる価値があると思わせた。

 しばらく迷い、答える。


「……わかった。あんたがそこまで言うんだ。相当に酷いんだろう。それを加味した上で一端研修という形で派遣してくれないか? 使えなかったら返す」


 任務には適性がある。一度使ってみなければどの程度使えるのかもわからない。

 何より、猫の手も借りたい気分だった。


 数秒の沈黙後、クレイオが深くため息をつく。


『……わかった。アレスがそこまで言うなら、派遣しよう。だが、文句は言ってくれるなよ?』


「使えなかったら返すと言ってるだろ」


『……わかった。返してくれていい。そちらに向かわせよう。だが……後悔するぞ?』


 おいおい。どんな聖職者だよ。

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