第二十九レポート:部下は気が強いし

 正直に言わせてもらえば、まだ藤堂たちと顔合わせをする前、一番初めにクレイオから藤堂についての情報を聞いた際に抱いた感想は、これならば魔王に勝てるかもしれない、だった。

 レベルと性格も勿論重要な要素だが、何より奴が異常だったのは、この世界に召喚された際に習得した加護の強さである。


 八霊三神。


 この世界に存在する精霊、神々は数多くいるが、奴が得た加護はその中でも特別強力なものだった。

 複数の神から加護を受ける者は稀にいるが、その加護を授けた全ての神が最高位の神であるパターンは歴史を紐解いても殆ど例がない。


 即ち、この世界で最も多くの人族が信仰する神であり、神聖術を司る大神、秩序神アズ・グリード。

 人々に戦うための力を与え、絶対の勝利を約束するとされる、戦人に信奉者が多い軍神、プルフラス・ラス。

 そして、件の慈愛の神、シオン・グシオン。


 秩序神アズ・グリードは闇を祓い混沌を平定する力を、軍神プルフラス・ラスは万象一切の障害を打ち砕く力を与える。秩序神の加護は当然だが、軍神の加護は極めて強力な結界を纏う魔王とその眷属と戦う上で必須と言える。

 反面、慈愛の神は具体的にどのような力を与える、などという事もなく、デメリットもないがメリットも特にない、おまけのような神だと思っていた。

 現に、この三柱、位的には同格とされているが信仰者の面で言ってみればシオン・グシオンは他の二柱に二歩も三歩も劣っている。レムレース帝国が奉じている事から知名度はそれなりではあったが、誰が何の力も与えてくれない神を奉ろうと考えるだろうか。


 だが、それが藤堂に影響を与えるとなれば話は別である。


 情報を集めねばならない。見極めねばならない。

 シオン・グシオンは邪神の類ではない。悪影響は無いとは思いたいが、何しろ魔物は魔物である。自由自在に手懐けられるのならば強い味方になるだろうが、今まで数えきれない程の魔物を葬ってきた俺にはどうしてもそんな事が出来るとは思えなかった。


 娘の姿をとり油断させ、寝込みを襲う可能性だってある。各地に伝わる伝承の中にはそういう質の悪い妖魔が出てくるものも少なくない事を俺は知っていた。

 如何に勇者としての加護が強くても、寝込みを襲われてしまえば対応出来まい。古今東西、色が原因で死んだ英雄など腐る程いるのだ。


 疑い過ぎか? いや、油断して勇者を殺される位ならば疑い過ぎるくらいがちょうどいい。

 奴が他者を疑わないのならば俺がその裏の全てを洗う。


 唇を噛み、決意を新たにする。そうでもしなければやるせなさに全て放置してしまいそうだった。そのフラストレーションを解消する手段はまだ見つからない。


 藤堂にぶつけるわけにもいかないし……藤堂が死んでしまう。



§§§




 アメリアの魔法は本当に便利だ。彼女が派遣されてきたのはこの任務についてから随一の僥倖と言えるだろう。

 彼女がいなければ俺はたった一人身を隠しながら藤堂たちの動向を探る羽目になっていた。どれだけの手間がかかるのか、考えただけでも嫌になる。


 ほぼ丸一日ぶりにまともな朝食を取りながら通信する。若干硬い黒パンに焼いた肉と卵。食べなくても神聖術を常用すれば長時間活動できるし、繊細な舌を持っているわけでもないが、質素ではあっても食欲誘う香りは活力を取り戻させてくれた。


 食べながら、脳内に響くアメリアの声に答える。彼女たちも無事宿についたようだ。

 


『――はい。グレシャに服を購入後に村長に報告に向かう予定です』


「グレシャ……?」


『はい。いつまでも竜と呼ぶわけにもいかないので……名前を付けました。尚、まだ彼女が人語を話す気配はありません』


 グレイシャル・プラントだからグレシャか……安直だな。


 胸ポケットから癖で葉巻を取り出す。闇の眷属が嫌う薬草を使って作られた特別製。指で挟みしばらく眺めていたが、臭いがつく可能性を考え再びポケットにしまった。

 ため息をつき、水の入ったグラスを呷る。アメリアが頑張ってくれているのに俺が手を抜くわけにもいかない。


 まさか竜の姿でも人語を話せたのに人の姿で操れないという事もないだろう。操れなかったら何のために人化したという話になってくる。


 しかし、果たして奴らは村長にどのような報告をするつもりなのだろうか?


「大人しくしているか?」


『今の所は……しかし、警戒心が強く心を開く気配もありません。隙を見せれば襲ってくる可能性もあるかと』


「藤堂は何を考えている?」


『……藤堂さんは特に気にしている様子はありません。まだ慣れていないから警戒しているのだと言うのが彼の見解です。逆にアリアさんの方はかなり注意して見ていますね』


「……リミスは?」


『……興味を抱いてすらいません。ずっと本を読んでます』


 ずっと考えていた事だが、アリアが何だかんだ藤堂パーティで一番の良心なんじゃないだろうか?

 魔力がゼロの彼女が一番伸びしろがないんだが……。


 銀のナイフで肉をざくざく切り刻みながら考える。シオン・グシオンの加護をどこまで信用していいか。俺が手を出す事で問題が深化する可能性もあるが放っておくわけにもいかない。


 竜の人化は予想外ではあったが、メリットがゼロというわけでもない。使いようによっては、俺たちにとってもメリットになりうる。

 藤堂が竜……グレシャをこのまま放り出す可能性はないだろう。あまりに無責任すぎる。

 恐らく、仲間にしようとするはずだ。アメリアはパーティから抜けてしまうし、グレシャをこちらでコントロールできれば情報収集もサポートもかなり楽になる。問題は如何にしてグレシャと分かり合うかどうかだが。


 俺は既に彼女(?)を一度半殺しにしている。難易度がかなり高いな……。


 どちらにせよ、最低でもは話し合う必要はある。


「グレシャを一人に出来るか?」


『……難しいですね。少なくとも、今は一人にしない方針で動いています』


 人化した竜……さすがに危険性は理解しているか。


『……今は全員一室にいます。後で藤堂さんがグレシャの着る服を買いに行くのでその時ならば監視が薄くなりますが……』


 今は藤堂の着ていた外套を着せているようだが、真っ裸の見た目少女を連れ回すわけにはいかないのだろう。好都合だ。

 プランを立てながらアメリアに尋ねる。


「何人残る?」


 アメリアが珍しい事に憮然とした様子で答えた。


『何人残しましょうか?』


「……凄い自信だな」


 ある程度はコントロール出来るという事だろう。頼もしい事だ。


『アレスさんのサポートですから』


「出来るだけ少なくしてくれ。アリアと藤堂は最低でも外して欲しい。リミスは……どうにでもなる」


 確か、まだ彼女は十五歳だったはずだ。

 脳裏に映るは手入れされた金髪碧眼、矮躯と称するに相応しい凹凸のない身体。魔術のポテンシャルはあるし、俺の殺意を前に藤堂をかばった所を見ると意志もあるが、全体的に甘い所は否めない。


 俺の印象では、彼女は子供である。


 藤堂のポテンシャルは疑いようもないし、何をしでかすかわからない怖さがある。アリアは剣士らしく油断が薄いし、なかなかどうしてできるやつだ。リミスもポテンシャルでは負けていないが、彼女はまだ精神が未熟だった。年齢はアリアや藤堂とあまり変わらないはずだが、生家の方針によるものだろう。

 出し抜く方法など腐るほど思いつく。


 外部のメンバーであるアメリア一人にグレシャを任せるとは思えない。となると、ベストはアメリアとリミスのペアが残る事。俺が藤堂の立場ならば、身体能力の低い僧侶と魔導師を危険度未知数の竜娘の監視に使ったりしないが、その辺りはまぁ駄目だったら駄目だったで……上手いことやろう。


 人の一人や二人攫うなど……慣れてる。


『……了解しました』


「ああ。宿の側で待機している。タイミングが来たら速やかに決行する」


 ナイフとフォークを置き、空になった象牙色の皿を見下ろす。

 ナプキンで口元を拭き、グラスを最後まで呷る。立ち上がった所で、ふと再びアメリアから追加で通信が入った。


『……ところで、アレスさんは何故自分がこの任務につく事になったのか知っていますか?』


 予想外の問いかけだ。


「ああ、勿論知っている」


 答えながら準備を続ける。


 リュックの中から小ぶりのナイフを取り出す。濃緑色の鞘に修められた金と銀で装飾のなされた柄を持つ逸品だ。

 銀製のナイフが持つ闇を祓う効果も、竜を繋ぎ止めるのに使った金剛神石オリハルコン製のナイフ程の切れ味もない。一見、儀礼用のナイフにも見える。

 だがその実、それは俺が持つ数少ない魔導具の一つでもあった。対魔物では対して役に立たないが、対人では大きな威力を発揮する。


 異端殲滅官クルセイダーは時に著名人に化けた悪魔を退治しなくてはならない事もある。適当にメイスでぶん殴ればいいという話ではないのだ。


 まぁ、メイスでぶん殴るだけでいい方が楽なんだが……。


 しばらくの沈黙後、アメリアから返答が返ってきた。


『そのアレスさんの予想は……恐らく、この任務につく理由になった一端でしかないかと』


「……どういう意味だ?」


 躊躇うような気配。ただ、黙って答えを待った。


 アメリアに与えられた情報は俺が与えられた情報と違うのだろうか? 

 海千山千のクレイオの事だ。情報操作はお手の物だろう、可能性は低くないが……。


 全ての可能性は込みでここにいる。今更一つや二つ情報が新たに出た所で刃がぶれたりしない。俺のビジネスはたった一つだけだ。


 リュックを自室に置き、宿を出た所でようやくアメリアから答えがあった。


 ここ最近は天気が悪い日が多かったが、天には雲ひとつなく眩いばかりの太陽が地上を照らしている。


『アレスさん、この任務はただ藤堂さんをサポートするものじゃない。この任務は……アレスさんの弱点を克服するためのものでもあるのです』


「俺の……弱点?」


 弱点などいくらでも思いつく。

 魔力が少ない事。加護が殆どない事。

 俺の性能の殆どはレベルによるもので、きっと誰もがレベルを上げれば到達出来る程度のものでしかない。


 だが、アメリアの言葉は俺の考えるそのどれとも異なっていた。



『……ええ。アレスさん、貴方の弱点は――全て一人でやろうとするという事。他人を頼らないのは、何でも自分でやろうとする性質は聖穢卿にとって……大きな弱点です』


「……」


 他人を頼らない事。言葉の意味は理解出来るが、俺は何も答えられなかった。

 いや、答えられなかったのではない。俺は考えていた。そのクレイオが見出した弱点とやらが今の状況にどういう影響を及ぼしているのか、を。


 報告はしているし人が足りないとも言った。頼っていないかというと頼っているはずだ、が、彼女が言いたいのはそういう事ではないだろう。

 アメリアが淡々と続ける。


『アレスさんは私をパートナーとして使うとなった時、私の能力を詳しく聞かなかった。アレスさんにとっての私はただのレベル55の僧侶プリーストだった。そのレベル55のプリーストが可能である最低限の能力のみを見込んでいた。こうして魔法で通話が可能である旨も、私が言い出さなければ気づかなかったでしょう』


「……ああ、そうだな」


 確かに俺には彼女が何を出来るのかよく知らない。知っているのは最低限の事は出来るという事と、エリートだという事くらいだ。

 その程度で十分だった。残りは俺ならばどうとでも出来る。


『アレスさん、貴方は私に――殆ど期待していなかった。いや、今も期待していない。貴方にとってこの任務はどこまでも自分の任務で、私はただのちょっとした補助でしかない。疲労しても眠らない。指示は念には念を押し、常に万が一失敗した際の事も考える。手厚い対応と言えばそうですが、貴方は最終的には失敗しても成功してもどうにでもなると思っている。根本的に貴方は私を信用していない。疑心は悪徳でもあります』


 ただ平坦な声で告げられる分析。

 全くもってその通りである。しかし、気が強い女だ。


 知っている。ああ、知っているとも。自分の事、百も承知だ。俺の性格は神の寵愛を受けるに相応しくない。


 左手薬指の黒の指輪に視線を落とす。黒の指輪は神への叛逆の証。アズ・グリードの教えを反故にし、神敵を討つ異端殲滅官クルセイダーの証だ。

 だから、アメリアの指摘を受けても微塵も心は揺るがない。


「つまり、どうしろと?」


『改善を要求します。私は聖穢卿から貴方のサポートを承っている。中途半端な仕事で終わらせるつもりはありません』


 改善を要求する、か。

 道のど真ん中で足を止めその意味を考える俺に、アメリアが言った。


『これは私のビジネスです』


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