第二十三レポート:是正・挑戦

 何故、どうしてそこまであいつは安請け合いするのか。


 受けるのをやめろと言っているわけじゃない。俺は、勝ち目のある勝負をしろ、と言っているのだ。

 勝てるかどうかわからない勝負に挑むのは勇気ではなく無謀である。せめてすぐに受けるのではなく、敵の情報を調べてから受けるようにしてもらいたいものだ。


 試練などいらない。

 ある程度の余裕を持って戦いレベルを上げて必然で魔王を倒すのがベストのプランだった。奇跡やら秘めたる力の覚醒に賭けるのはごめんだ。

 なにせ、如何に勇者と言えど、藤堂には命が一つしかないのだ。命がけの遊びは全て終わった後にやってくれ。


 一方で、勇者に依頼する側も依頼する側である。


 あの男……なめやがって。村長という立ち位置、勇者の情報を知っているからといって、その力に頼ろうとするとはどれ程愚かな事か。

 一度目で何だかんだ上手く解決してしまったから味をしめたのか。藤堂のパーティには時間がない、その上今は……プリーストすらもいないというのに。


 ずきずきと痛む頭をあえてそのままに、村長の屋敷に急ぐ。

 敏捷上昇の補助魔法を掛ければ疾風の速度で動ける。人の間は全速力で駆け抜けながら、アメリアからの通信に意識を傾ける。


『どうやら、二匹目が現れたようで、偶然村長の家を訪れていた藤堂さんに白羽の矢が立ったようです』


 偶然……?

 藤堂が村長の屋敷を訪れたのは本当に偶然か?


 この村で藤堂の身分を知る者は村長と神父のヘリオスのみ。ヘリオスがそれを知っている事を、藤堂は恐らく知らない。

 反射的にとはいえ、傭兵を切り刻んだ後に村長の屋敷を訪れたとは思えない。相談に行ったと考える方が妥当だろう。となると、依頼というその行為にも打算じみたものが見えてくる。


 だが、そのまま放っておくわけにもいかない。今の藤堂の地力では竜種を相手にするのは早過ぎる。


 村の中央部にある村長の屋敷。門には屋敷の警備のための兵が二人立っていた。

 怒りを一時沈める。一度目に立ち入った時に顔を覚えられていたのだろう、門を警備している兵に頭を下げると、すぐに応接室まで通してもらえた。最悪、阻まれたらぶちのめしてでも通らなければならないと思っていたので嬉しい誤算だ。


 出迎えてくれたのは、にこやかな表情の村長だった。


「これはこれはアレスさん。どうなさいましたか?」


「どうなさいましたかじゃない」


 一度深呼吸をして感情を整える。穏やかな村長の表情を見ていると底知れない怒りが湧き上がってくる。

 暴力は最後の手段だ。わかってはいるが、定期的に抑えないと手を出してしまいたくなってくる。例え手を出しても証拠は教会が片付けるだろう。そういった分野は異端殲滅教会アウト・クルセイドの十八番の分野だった。


 深呼吸しても何ともならなかったので、仕方なく『鎮静カームダウン』の術をかける。額に人差し指を当て唱えると、視界が一瞬青く明滅した。

 怒りが波が引くように治まり、冷静さが戻ってくる。なるべく精神に影響する神聖術は使いたくないが、背に腹は代えられない。


 しっかりと冷静さが戻った事を確認した所で、村長に向き直った。


「藤堂に依頼をしたそうだな」


「……ああ。その件ですか」


 村長が困ったようにため息をつくと、髭に触れながら答えた。


「こんな事はそうないんですが……どうやらグレイシャル・プラントがまた森の奥地から出てきたようで」


 村長から詳細な話を聞く。

 内容自体はそう難しい事ではなかった。


 何故かグレイシャル・プラントが再び現れた。藤堂がちょうどいたので討伐を頼んだら快く受けてもらえた。要約するとただそれだけ。前回、村長には時間がないから受けられないと言ったはずなのだが、一体こいつは何を考えているのだろうか?


 魔物には縄張りがある。グレイシャル・プラントは本来ヴェールの森の最奥に生息するとされる魔物だ。それが森の浅い部分に現れるというのは確かに稀有な出来事ではある。困るのもわかるし、二回も現れたとなればそれはご愁傷様という他ない。


 だが、それならば取るべき手は、本来取らなくてはいけない手は、勇者に解決を依頼するなどという事ではないはずだ。


 村長を睨みつける。

 恐らく、戦闘とは無縁の男なのだろう。視線を受け、村長がびくりと身体を震わせた。


 初めから、最初に藤堂に依頼した時から、釘を刺すべきだった。これは俺のミスだ。

 唇を舐め、落ち着いた声を意識して問いただす。


「ならば何故、騎士団の派遣を依頼しない?」


「それは……」


 ルークス王国にはルークス王国のルールがある。

 勿論、ある程度の自治権は各町村の長に認められているが、今回の村長のやり口は異常事態発生時のノウハウに反している。


 本来、こういった地方の村で強力な魔物が発生したり、異常事態が発生したりした場合は王都に騎士団の派遣を頼むのが筋なのだ。


 本来、森の浅い部分では見られないはずの強力な魔物の出現。


 一度目は偶然で片付けても良いかもしれないが、この短期間で二度目となると異常事態と呼んでいい。その解決策を取るのは村長として、このヴェール村を治める者としての責務の一つであり、それは勇者への依頼ではない。


「王都には知らせたのか?」


「え、ええ……勿論です」


 わかりやすく目を逸らす村長。明らかに怪しい挙動に、一歩前に出てもう一度尋ねる。


「一度目じゃない。二度目の方だぞ?」


 俺の言葉に、村長の顔色が変わる。一瞬口ごもり、言いづらそうに答えた。


「そ、それは……これからです」


「何故だ? 二度目ともなれば調査隊の派遣を依頼し、原因を調べるべきだろう」


 たまにとは言え、竜種が現れれば傭兵たちのレベル上げも滞る。傭兵の平均レベルの低下は国力の低下を意味する。レベル上げの場はここだけではないとは言え、それは憂慮すべき事態だ。

 俺の言葉に、村長が眉を顰め、答える。


「……仰る通りですな。勇者殿に依頼を――」


 舐めてんのかこいつはッ!!


 反射的に出そうになった手を額に当て、もう一度『鎮静』の術をかける。

 くそっ、どいつもこいつもこんな奴ばかりか。


 何故レベル27の藤堂にそこまで頼れるのか、理解できない。


「ふざけるな。勇者に時間がない事はわかっているはずだ」


「……そうは言いますが、アレスさん」


 冷静さを必死で取り繕う俺に、村長が乾いた笑みを浮かべて見せた。





「――貴方はもう聖勇者のパーティメンバーではないのでは?」


 




 ……ああ、もう駄目だ。

 こいつ、俺を


 やむを得ない。任務遂行のためにはあらゆる手段が許容される。


 大きくため息をつき、拳を握る。

 そして、そのまま、その場に立ったまま、数メートル離れた壁に向かって拳を振るってみせた。


 空気が振動し、屋敷全体が大きく震えた。衝撃が腕を通りぬけ、空気を奔る。

 世界が爆発したかのような轟音。壁に掛けてあった絵が落ち、棚が倒れる。


「ッ!? な――」


 村長が弾けるようにしゃがみ込み、耳を抑える。

 衝撃はすぐに治まる。俺が拳を向けた壁は衝撃で完全に崩れ去り、瓦礫に塗れた廊下を露わにしていた。


 ぱらぱらと落ちてきた破片を払い、蹲る村長の腕を掴みあげて無理やり立たせる。


「確かにお前の言うとおり、俺はもう藤堂のパーティメンバーではない」


 初めからこうしていればよかった。やるならば徹底的に。勇者の敵は魔物だけではなく、そして俺の敵もまた魔物だけではない。

 震える村長の目に視線を合わせ、淡々と続ける。


「だが、俺には教会所属のプリーストとして、あらゆる手法を用いて聖勇者ホーリー・ブレイブの使命を助けるという責務がある。障害は全て打ち砕く。崇高な使命を阻む者は人魔関係なく全てが神敵だ」


 教会の一門に悪魔殺しエクソシストと呼ばれる者達がいる。

 悪魔や不死者アンデッドなど、闇に傅く者を祓う、戦闘する僧侶プリーストだ。

 ならば、それらと異端殲滅官クルセイダーに何の違いがあるのか。


 単純な話だ。



 ――異端殲滅官クルセイダーの敵は



 殺意を込めて目の中を覗き込む。

 思考は冷静に、怒りを沈め、意志を束ねる。


 俺の任務は藤堂を助ける事。これはビジネスだ。

 あらゆる障害は取り除く。あらゆる手段を使う。殺しも厭わない。世界のためには全てが許容される。


「二度目だ。これで二度目だ。今回は、今回だけは許そう」


 発生したトラブルを国の助けを借りずに解決できれば、確かにそれは村長の『功績』になるだろう。

 だが、許さない。次は許さない。絶対に許さない。打算は秩序神アズ・グリードの神敵として消す。


 己の命とどちらが重要か、存分に天秤に掛けるがいい。


 村長の目の中に映った俺の表情には怒りが浮かんでいなかった。無表情。

 ああ、俺は冷静だ。冷静に問いかける。


「なぁ、お前は……神の敵か?」


「ッ……」


 青褪めた村長は答えず、ただまるで出来の悪いからくり人形のように首を左右に振った。





§§§





 氷樹小竜グレイシャル・プラント


 亜竜種の中でも珍しい植物型の竜である。

 植物型とは言っても、でかい図体と極めて硬い皮膚、ブレスを初めとした強力な攻撃手法は何も変わっていない。

 討伐推奨レベルはおよそ50の六人パーティ。まぁ、魔物の中でも特に強い『竜種』としては、弱い方だ。


 他の竜種とは異なり、植物型なので炎が効き(といっても、竜種にしては、という注釈が付くが)、飛行能力を持たない点もイカしてる。


 そんな、竜種にしては最弱と呼べるグレイシャル・プラントだが、藤堂が戦った場合はどうなるか。


 十中八九、敗北するだろう。ただの敗北ならばまだ良いが、殺される可能性が高い。


 藤堂には苦戦の経験がなく、物理攻撃以外の攻撃をしてくる魔物との戦闘経験すらない。

 リミスが炎の魔精イフリートを十全に扱えるのならば話は別だが、顕現してみせたイフリートは境界があやふやだった。レベル17で十全に扱える可能性はまずゼロだろう。魔力のないアリアなんて話にならない。


 だが、状況は最悪ではない。最悪は、俺が知らない内にグレイシャル・プラントと戦い、知らない内に死ぬ。そういう事だ。まだ今の段階ならばリカバリが効く。

 

 また、トマスたちに補助魔法を掛けて討伐を依頼してもよかったが、今回は別の方法を使う事にした。


『どうするつもりですか……?』


「藤堂たちに苦戦というものを味わってもらう」


 リュックを宿に置いて、姿を隠すのに使っていた防御力のない外套の代わりに、各種耐性を持つ戦闘用の外套を羽織る。

 メイスに施された加護に綻びがないか確認し、闇を祓う力がある銀製のナイフの代わりに物理的な攻撃力の高い金剛神石オリハルコン製のナイフを懐に忍ばせる。


「俺がいくら事前に障害を排しても、藤堂の意識が今のままではまずい」


 藤堂には危機意識が足りていない。

 彼は今まで枝葉の如く魔物を屠ってきた。適正以上の魔物を軽々と屠れるその実力は驚嘆に値するが、世界には更に強力な魔物がごまんと存在する。俺も最善を尽くすつもりだが、俺の手に負えない魔物だって存在するだろうし、いつも事前にキャッチ出来るとは限らない。藤堂の意識を変える必要があった。


 事前に強力な祝福を施したガラス性の瓶に入れた聖水を五本、傷を癒やす回復薬を五本、いつでも使えるように腰のベルトに吊るす。神聖術を妨げない特殊素材で作られた手袋を嵌める。

 

「ポジティブに考える。物理攻撃以外の攻撃手法を持つ格上の敵。攻撃力が高く表皮も堅牢。藤堂の鼻っ面を折るのにうってつけだ」


 ついでに、とどめを刺すことができれば藤堂のレベルも、今上げられる上限――5レベルくらい上げられるだろう。

 負ける可能性も十分にあるが、殺されそうになったら影からサポートしてやればいい。




「グレイシャル・プラントを藤堂が苦戦して倒せるレベルまで弱らせる」


 期限は藤堂が討伐を決行するまでの間。つまり――今すぐだ。

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