第二十二レポート:交渉・妥協・デジャヴ

 手首を握り連行する。

 リミスの身体がもう少し小さくて軽かったら首根っこを掴んで連行していたんだが、例え子猫程の脅威しかなくとも人間であるリミスにそれは不可能なのだ。


「ちょ……な、何するのよッ!」


「……お前らが何してるんだよ」


「……か、関係ない……でしょ」


 声では抵抗しながらも、手を引かれるままに連れて行かれるリミス。


 リミス・アル・フリーディア。

 脳内で情報を整理する。


 フリーディア公爵の第三子。

 意志が弱くプライドが高く逆境の経験がなく、恐らくは……怒られたことすら殆どない。


 フリーディア公爵家はルークス屈指の旧家であり、現王室とも密接なつながりを持つ精霊魔導師の家系である。

 その魔術の腕は王国でも随一と言われており、現当主は王国の魔導師を管轄する魔導院のトップでもあった。


 なるほど、肩書だけは最高だ。金も権力もある。魔王さえ現れなければ、大国ルークスの公爵の子女というこの上ない生まれの恩恵を十分に享受し、まっとうな人生を送れていた事だろう。

 アリアの生家、リザース家は武家だが、フリーディアは厳密に言うと、武家ですらない。


 アリアはお嬢様でも、剣の振り方を知っていたが、リミスはそれすら知っていない。


 恐らく、俺達四人の中で一番運が悪かったのは――この眼の前の少女だ。

 俺には経験があった。アリアには戦人としての覚悟があった。藤堂には狂気的なまでの正義(といってもあれを正義と呼べるかは甚だ疑問だが)があったが、彼女には何もない。


 その経歴は同情するに足る。

 蝶よ花よと育てられ、そのままだったらどこかいい家に嫁ぎ幸せに暮らすはずだった人生にいきなり現れた魔王の影は彼女にとって絶望を感じさせるに十分だったはずだ。


 例えそれが英雄の妾という、ある意味栄光のある道に繋がっていたとしても――彼女は恐らく、ただのお嬢様だった。


 透き通った肌はここ十日あまりの強行軍で日には焼けているがしみ一つなく、その手の平も傷一つ、たこ一つない綺麗なものだ。長く背中まで伸ばされた金の髪は昨今の強行軍で多少傷んでいるがよく手入れされており、ちょっと遠目で見るだけで彼女がただの魔導師でない事がわかる。

 生粋の傭兵ならば髪を伸ばしている暇などないし、手入れする暇などもない。例え勇者のパーティに参加したとしても、リミスは貴族のご令嬢そのままだった。


 だが、今その表情はぱっと見てわかる程に狼狽している。


 死人のように蒼白の表情。

 前髪が汗で額に張り付き、やや引きつった双眸と痙攣する頬からその心中の欠片が垣間見える。


 彼女はお嬢様だ。綺麗なものばかり与えられて生きてきた生粋の公爵令嬢。

 魔物を殺した経験はあったとしても、人の斬られる姿など見たことがなかったのだろう。人殺しと魔物狩りは違う。


 掴んだ手を通して心音が伝わってくる。荒げられた息。

 緊張、恐怖、動揺、彼女は善人だ。多少我儘であったとしても、世間知らずだったとしても。

 一人で戻ってきたのは彼女の性によるものか、アリアの入れ知恵か。剣を抜いた藤堂の命令という事はないだろう、あいつだったら戻るんだったら自分が戻るだろうし。


 何にせよ、あまり頭のいい考えとは言えない。様子を見に戻るとしても、顔くらいは隠すべきだ。


 いきなり腕を切り飛ばした男の仲間がたった一人――おまけに華奢な女――が怒れる傭兵たちの中に入っていくなんて馬鹿げている。

 あいつらは決して善人ではない。中には犯罪者崩れの者だっている。報復に手段は選ばないだろう。


 引っ張ること数分、斡旋所が見えなくなるまで離れた所でようやく思考が再起動したのか、リミスが無理やり俺の手を振り払った。


「ッ……はな、しな、さいッ!」


「ああ」


「ッ!?」


 遠慮無く手を離すと、覚束ない足運びでふらふらと回転し、盛大に尻もちをついた。


 涙目で睨みつけてくるリミスを見下ろし、考える。


 使えるか? 使えないか? 信頼出来る性質か?

 藤堂への信奉の程度は? 実力は? 内偵は可能か?


 俺の中でリミスの評価は決して高くない。魔導師としての実力はなかなかのものだが、彼女はまだ若すぎる。接触した印象もあまり良くない。

 彼女では二重スパイになりかねない。妙なフィルターの掛かった情報は不要だ。


 ……恐らく、無理だ。いや、ダメ元で提案してみるくらいはいいか?


「ッ……な、なによ。何であんたがいるのよ!?」


「傷は全て治した。死人はいない」


「ッ!! そ、そう……」


 リミスがほっとしたような息を漏らす。


 藤堂が今回の件をどう思っているのか気になるな。故意的なものなのかあるいは反射的なものなのか。反射的に斬りつけるとか完全に危険人物だし、だからといって許容できるような内容でもないが、こんな事を何度も繰り返されると非常に困る。


 最終的には彼が勇者である事は全世界に公表される事になるだろう。多少の情報操作はなされるだろうが、最低限のモラルは必要だ。 


「これは貸し一つだ。事情は聞いた。斡旋所を訪れたのはだ。だが、もし俺が行かなければ死人が出ていたかもしれない」


「……そ、そう……」


 死人を強調してやると、リミスの眼がまるでその感情を隠すかのように僅かに伏せられる。


 やはり甘い。


 十日間のレベルアップの作業で、俺達は一度も危機的状況に陥らなかった。それはまさしく作業であり、魔術を使えず戦闘に殆ど参加できなかったリミスにとっては尚更だ。果たして今後苦戦するような状況に陥った際に、リミスはそれを乗り越えられるのか?

 藤堂が英雄になるという事は、その仲間であるリミスやアリアもまた英雄になるという事でなる。英雄はタフでなくてはならない。


 ……まぁいい。それはまた別の話だ。


 周囲にそっと視線を向け、藤堂たちが見ていない事を確認する。尻もちをついたリミスとそれを見下ろす俺。面倒な誤解が生まれそうだ。

 藤堂たちがいない事を確認し、そしていくつかこちらに向けられていた視線を視線で牽制してからリミスに尋ねる。


「一つ聞きたいんだが、リミス、お前何で斡旋所に戻ったんだ? 藤堂の指示か?」


「え……や、いや――」


「まぁいい」


 藤堂じゃなかったらアリアの指示かあるいは本人の意志か。アリアが仲間にそんな危険な事をさせるとは思えないので後者か。

 戻ってきた理由だってどうせ大した理由ではないだろう。様子を見るためか釈明のためかあるいはただのエゴか。


 言いよどむリミスの言葉を遮り続ける。


「藤堂に伝えろ。ああいった事は二度とするな、と。今回は偶然俺がいたから治療できたし死人も出ていなかったが、死人が出てしまえば無駄な遺恨を残すことになる。聖勇者ホーリー・ブレイブの格だって落ちかねない」


「ッ……ナ、ナオだって……わざとやったわけじゃ――」


 言い訳するようにリミスが叫ぶ。それに冷たい視線を投げかける。


 わざとやったわけじゃないのか。わざとではなく、傭兵達を切り刻んだのか。

 だが、そんなことは関係ない。どの道酷い危険人物だ。あいつは一体前の世界でどうやって生きていたのだろうか。そして、何故召喚の術式はあいつを勇者として選んだのか。


 尤も、過去の勇者にだって問題のある人物はいた。魔王を倒せれば全てチャラにできる。


「俺が言える事は二つだけだ。二度とやるな、そして万が一やってしまった場合は――ちゃんと口封じしろ」


「……は? 口封……じ?」


 きっとこの言葉は受け入れられないだろう。だが、言っておかねばならない。

 リミスやアリアも二度目からは十分に警戒する事だろう。藤堂に対する牽制にもなる。


「お前の家は何のためにある、フリーディア公爵令嬢。少なくともこの国ではお前やリザースの名は有効だ」


 何度も使えるような手ではないだろうが、公爵の名や剣王の名を使えば一方的に傭兵側を悪にする事も出来るだろう。犯罪者として拘束する事だって可能だ。斬られた上に拘束される傭兵側には可哀想だが世界のために犠牲になってもらう。


 俺の言葉の意味を察したのか、リミスの顔が徐々に赤く染まる。

 頭に血が上っているのか。だが、使えるものは全て使わないのは馬鹿だ。既にリミスやアリアや魔導具や金銭という形で実家の力を借りている。


「お、お父様に、ふ、不正を、しろと!?」


 不正か。不正という認識はあるのか。

 リミスの中では、先ほどの件は藤堂が悪いことになっているようだ。


「しろと言っているんじゃない。そういう方法もある、と言っているんだ。斬ったままで放っておけば問題になる」


 腕っ節で食っているあいつらが虚仮にされて黙っているわけがない。

 今の藤堂ならばもしかしたら返り討ちにできるかもしれないが、それはそれで問題になる。


 視線が集まってきた。尻もちをついているリミスの手を握り引っ張り上げ、立たせる。

 軽い。筋肉のついていない身体。一撃受けたら木っ端のように吹き飛びそうな身体だ。


「まぁ、そうなる前にお前が藤堂を止めればいい。お前やアリアの仕事は藤堂についていく事だけじゃない」


「言われなくたって……わかってるわよ」


 どこか力なく答えるリミス。その眼には僅かに後悔が見えた。


 必要なのは結果だ。だが、今はその思いがあれば十分。レベルの低いリミスにはあまり期待していない。

 今回の事は俺にとっても、アリアやリミスにとっても、そして恐らく藤堂にとっても予想外だった。


「ならいい」


 この程度のレベルならばまだ俺でも止められる。

 だが、これ以上になれば、俺一人の手で負えなくなれば、上に連絡を取って本格的に証拠を隠滅しなくてはならなくなる。場合によっては全員殺さねばならない。


 狂っているとは思うが、神の名の下に全ては正当化される。

 俺は無辜の民を傷つけたくはないし逆に……勇者を殺すのもごめんだ。


 ようやく人心地がついたのか、リミスが顔をあげた。やや憮然とした様子で尋ねてくる。


「……あんた、今何やってんの?」


「はぐれプリースト」


「……そう」


 それ以上続ける言葉を持たなかったのか、再び沈黙。


 しかし、俺の脱退が藤堂だけの意志だったのか、それともリミスの意志も入っているのか若干気になるな……。

 思い当たる節はないが、彼女と俺では性別も国籍も職も育ちも違う。どの行動が地雷となるのかもわかったものではない。

 まぁ、火精霊しか契約していないと知った時に詰め寄ったのはまずかったかもしれないが……でも、なぁ。


 眉を顰め、大きく深呼吸して再び袋小路に入りかけた思考を何とか立て直す。

 駄目だ。最近考えこむことが多い。


 ――どちらにせよ俺のやることは変わらないというのに。


 考えるのは後だ。


「こうして会ったついでに藤堂に伝えて欲しい事がある」


「……な、何よ?」


 一歩後退り身構えるリミスを品定めする。


 そうだな、この女にどこまでの事ができるのか。


 スパイは無理だろう。彼女に演技など出来るわけもない……が、世間知らずというのも腹芸が出来ないというのもメリットにもなりうる。

 特に……利用する側からすれば。


 どの程度の頼みならば聞いてくれるか。どの程度の頼みならば俺の影を感じさせないか。

 言葉を選んで伝えた。


「引き継ぎ忘れていたんだが、定期的に動向を教会に知らせて欲しい」


「動……向?」


「ああ」


 指針だけでもあれば俺も対策を立てやすい。

 リアルタイムで知らせてもらうのは無理だろう。それほどの信頼があれば、俺を抜くという案を出された際に反対してくれていたはずだ。

 そもそも、手段もないし、俺の持つ通信用の魔導具には予備がないのでそれを渡す訳にもいかない。


「藤堂の旅の進捗はルークスにおいても教会においても重要度の高い案件だ。旅の状況、レベル、これから何をする予定なのかや、現時点での問題点などを伝えて万全のバックアップ体制をとっておく必要がある」


 わかっているのかわかっていないのか、リミスは真剣な表情で小さく頷いている。


 そもそも、藤堂には報告の任務は課されていなかったのだろうか? 俺が同じパーティにいる限りでは何もしていなかったようだが……。


「教会に定期的に報告を入れてくれ。各地の教会経由で国に伝わる。もともと俺の仕事だったが、俺にはできなくなったからな」


「……ええ、わかったわ。伝えておく」


 後援者からの要請という事にすればさしもの藤堂も拒否すまい。……しないよな?

 ……もし拒否されたらその時はまた新しい方法を考える事にしよう。


 ふと、リミスが何かに気づいたように勢いよく顔をあげ、俺の眼を見た。


「そうだ、アレス! 新しい僧侶プリーストが見つからないんだけど、貴方心当たりの人とかいない?」


 追い出した側の癖によくもまあ顔を合わせて聞けるものだ。

 俺の脱退はリミスの中でどう決着が付いているのだろうか。


 全く悪いと思っていなさそうな表情で俺を見上げるリミス。


 だが、その貪欲さは悪くない。無神経さというのもまた、一つの才能だ。

 ……いつか誰かに刺されそうだが。


「探してみたが見つからなかった。悪いな、教会も人手が足りていないし、そもそも女のプリーストでハンターというのは数が少ない」


「……そう。そう、よね」


 何を言われたのかは知らないが、傭兵たちから散々笑われたのだろう。

 リミスが瞳を伏せ、深くため息をつく。


 果たして藤堂はこの後、妥協して男の僧侶プリーストを追加することになるだろうか、それとも奇跡を信じて女の参加を待つだろうか?

 前者の可能性は高くないし、後者が成功する可能性もまた高くない。藤堂が僧侶プリーストの代わりをするなど以ての外だ。


 ならば、できるだけリスクを下げるためにどうすべきか。

 手は並行して打って置くべきだ。女僧侶シスターの募集については俺も少し探してみることにして、それまでの回復手段の確立は急務だった。


「リミス、お前、妖精魔導師ドルイドって知ってるか?」


「……ええ。名前だけは……植物の妖精を使用する魔術よね?」


 ちなみに俺はプリーストなのであまり詳しくない。

 が、職務上、ドルイドと組んだ経験はありそして、その力は知っていた。


 怪訝な表情を作るリミスに続ける。


「あれには僧侶プリーストとは異なる摂理で傷を癒やす力がある。初級でもいいからそれを修めれば、プリーストの真似事くらいは出来るだろう」


 どうせ森の中で火の精は使えないのだ。ただつったっているよりはよほどマシだろう。

 少なくとも、これから女の妖精魔導師や僧侶を探すよりは目がある。


「……は? 私は妖精魔導師ドルイドじゃなくて精霊魔導師エレメンタラーよ!?」


「別に精霊魔導師が妖精魔導師の技を使っちゃいけないなんてルールはないだろ」


 複数種の魔術を使用出来る魔導師だって存在する。

 藤堂のパーティ――少人数で魔王を倒すのならばある程度の万能性は必要だ。


 リミスは一瞬眉を歪め激高しかけたが、それでも思う所があったのか、一度ため息をつくと目尻を下げて気弱げに呟く。


「それは……そうかもしれないけど……」


「精霊魔導師の家系としてプライドでもあるか?」


「……やった事ないし……教科書も持ってないし……」


 道具の問題。経験の問題。下らない。それは世界を救わない理由にならない。

 誰にも倒せなかった魔王を倒すには、リミスが世界最強の魔導師になる必要がある。


「本や道具は魔法屋に売ってるだろ。あるいは家に連絡して送ってもらっても良い」


 女は男に比べて高い魔力を持つ傾向が強い。

 僅かレベル10で『炎の魔精イフリート』と契約をかわせるような女に魔術の才能がないわけがない。

 最後に残るのはやる気の問題だけだ。


 やる気を出させるような言い方は知らない。だからせめて、しっかりとリミスに視線を向けてはっきりと言う。


「試してみないと出来るかどうかもわからないだろ。試してみろ。


 どうせ彼女が妖精魔術ドルイド・マジックを使えるようになったとしても、僧侶プリーストは必ず必要になる。使えるようにならなかったらならなかったで、その時はその時だ。

 プリーストが入ったとしても、彼女の努力は無駄にはならない。選択肢が多い事はいい事だ。

 まぁ、そんな暇あったら火以外の属性精霊と契約しろって言われたらその通りなんだが。


 リミスは少しの間戸惑うように視線をあちこちに投げかけていたが、ようやく覚悟が決まったようで、顔をあげた。


「……わかった……やってみるわ。使えるようになるかどうかはわからないけど……」


「俺はレベル10でイフリートと契約している魔導師を他に知らない。才能はあるはずだ。練習すれば使えるようになるだろうさ」


 俺の言葉に、リミスが驚いたように僅かに目を見開く。

 そして、もじもじと指を弄りながらとても言いづらそうに礼を言った。


「あ……ありがと」


「礼はいらないからさっさと魔王を倒してくれ」


 早く倒してもらわないとストレスで倒れてしまいそうだ。


 しかし、道端で随分長々と話してしまった。藤堂たちもリミスの事を心配している事だろう。

 取り敢えず今回はこの辺りか。できれば定期的にアリアかリミスと顔を合わせたいものだが、流石に不自然、か。


「じゃあ、俺はもう行く。教会への報告の件、くれぐれも藤堂によろしく言っておいてくれ」


「……ええ。わかったわ」


 さて、これが凶と出るか吉と出るか……少なくとも、悪いようにはならないだろう、と思いたい。

 踵を返し、数歩歩いた所でふと背後からリミスの声が聞こえた。

 振り返ると、どこか泣きそうな表情のリミスが立っていた。


「アレスッ!」


 顔には日差しで陰ができていたが、それでもやはり整った眉目、ルークス人に多い鮮やかな金髪碧眼は可愛らしというよりは美しい。

 フリーディア公爵の用意した箱入り娘、箱はどうやら宝石箱だったようだ。

 でも、やっぱり戦いには向いていないよな……。


 リミスが感極まったように叫ぶ。


「ありがとう! 魔王は絶対に私達が倒すから……あんたは安心して教会でお祈りしてなさいッ!」


「……ああ。任せた」


 そのまま踵を返し、駆けていくリミスを見送る。

 軽快なステップだが、背丈の小さなリミスがやると小動物が逃げているようにしか見えない。


 眉を顰めて、リミスの言葉を脳内で反芻する。


 安心して教会でお祈り、か。安心していられるかどうかはまさにリミスたちに掛かっている。

 魔王討伐の旅、最短でも数年の旅になるだろうが、今俺が余裕を持てているのはまだレベルが高いからだ。


 俺の、アレス・クラウンの持つ才能は大した才能ではない。だから、俺の手助けはそれほど長くは続かないはずだ。

 恐らく後半、加護の数が少ない俺は足手まといになる事だろう。少なくとも、魔王と相対できるレベルではない。


 リミスの姿が角の向こうに消え、見えなくなった辺りで、ため息をつく。

 祈っているだけで藤堂たちの手助けになるのならばいくらでも祈る。だが、まだ俺には具体的に出来る事があった。


 せいぜい、彼等の旅が円滑に進むように手助けさせていただくとしよう。


 差し当たっては状況報告と、アメリアには藤堂たちの隣の部屋に入ってもらい情報の収集をさせるか。

 現状、プリーストの問題がどうにもならない以上、藤堂たちは森に出ることになるはずだ。そうなってしまえば、しばらくは街に戻れない。


 馬車も無ければ道具を収納するための魔導具もない。


 今後の事を考え、もう一度ため息をつく。ついた所で脳内に声が広がった。


『アレスさん、ご報告が』


 いつも冷静なアメリアの声がやや乱れている。凄まじく嫌な予感がした。


「ああ」


『村長が藤堂さんに依頼をしたらしいです』


 ……は?

 髭を蓄えた小男――この村の村長の姿が脳裏を過る。

 次から次へとよくもまぁ問題を持ってくるものだ。


 眼を凝らし、辺りを見回すが当然リミスの姿はもう見えなかった。


 くそっ……。覚悟を決める。


「……言ってみろ」


『なんでも、グレイシャル・プラントという魔物が現れたとか』


 俺はその言葉を聞いた瞬間、頭のどこかで何かが切れるのを感じた。


 そ、それ、一回やっただろうがッ!!


 くそがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 あああああああああああああああああああああああああああああいうえおおおおおおおお!!

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