第三報告 聖勇者の起こすトラブルとその対応について
第十八レポート:アレスさんのレポートは冗長なので今度からは私が書きます
この世界の主人公は自分ではない。
物事は物語のように万事上手くは進まず、常に俺の想定の斜め上を行く。
教会の思想では、全ての物事は神の導きによるものだとされているが、俺は運命なんざ信じていないし欲しくもない。
だから、今までは立ちふさがる全てのものを力づくでねじ伏せてきた。
腕力、神力、権力、思想、金。使えるものは何でも使ってきた自負がある。
ストレス耐性が上がったおかげか、復帰には時間が掛からなかった。
腕を組み、派遣されてきたばかりのシスターを見下ろす。
凶悪な俺の視線を受けても、アメリアは表情一つ変えなかった。
それほど多くの会話を交わした記憶はないが、俺の事はわかっているのだろう。もしかしたら事前にクレイオの奴から何かを吹きこまれている可能性もある。
万感の思いを込めて、聞き直す。頬が僅かに引きつったのを感じた。
「……嫌?」
「はい。嫌です」
それが何か? とでも言わんばかりのすまし顔。腹が立つ。
嫌、嫌、かぁ。なるほどなるほど……確かに俺がアメリアの立場だったら嫌かもしれないな。
って、言ってる場合か!
これはビジネスだが、ちょっとばかり測りきれない程度の人の命もかかっている。
「何故だ?」
「……アレスさんは、藤堂さん達のパーティに選ばれたのがリミス嬢とアリア嬢、あの二人だった理由について考えた事はありますか?」
問いに対して返ってきたのは一つの質問だった。
当然、ある。むしろ、藤堂のパーティに入ってそれについて考えなかった日はない。
藤堂直継という召喚された聖勇者に対して、リミス・アル・フリーディアとアリア・リザース――ルークスの重鎮の息女があてがわれた理由。
例え才能はあったとしても、同時に彼女たちには欠陥もあったし、そもそも現時点での実力が足りていなかった。いくら藤堂が女を望んだとは言え、代わりはいくらでもいたはずだ。
どう考えても効率的ではなく、大国ルークスがそれに気づかないわけもない。
通信でメンバーチェンジを求め、事情ありで断られた瞬間に何となく予想がついていた。ヒントはいくらでもあったのだ。
アメリアの表情を観察する。さすがエリート、頭がいい。知識が深いとかホーリー・プレイが使えるとかではなく……常に考えている。
小さく舌打ちして、端的に答えた。
「ある」
「言って下さい」
「……予測の範疇を出ない」
「言って下さい」
まっすぐとこちらを貫く視線。
冷たい視線に俺は全面的に降伏した。
俺が言わなくても、この女はきっとその理由に気づいている。
周囲を覗い、こちらに注意を払う者がいない事を確認する。いや、それはただの時間稼ぎだった。アメリアの視線はじっとこちらに釘付けになったままだ。
元より、どうせ今の時点で気づいていなかったとしてもいずれはわかることだ。
覚悟を決め、アメリアの方に向き直る。乾いた唇を舐め、ただ一言で答えた。
「血だ」
「……」
「『
あのルークス王国の宝物庫で眠っていた聖剣エクスも、その他の強力な武具もそれが理由だ。
男をコントロールするのならば色を使うのが一番手っ取り早い。
沈黙するアメリア。だが、その眼に動揺は見えない。
現在のルークスの王室に王女はいない。だから、ルークスでも屈指の名家であり、王室に高い忠誠心を持っており、年頃の娘がいるフリーディア公爵家と、リザース家に白羽の矢が立ったのだろう。
旅の途中でどこぞの馬の骨や、他国の手の者にたぶらかされてしまっては目も当てられない。藤堂はルークス王国が多大なリスクを背負って召喚した『財産』なのだ。魔王を倒すだけでなく、それ以降の国益にまで影響するような、そんな財産。
思えば、リミスとアリアの性格を知った時点で疑問に思うべきだった。あいつらが、貴族の家柄で蝶よ花よと育てられたリミスと武人であるアリアが、聖勇者とはいえ会ったばかりの男が寝所に入ることを許容するだろうか?
もちろん、対面で確認したわけではないが、恐らく親からそういう命令を受けていたのだろう。俺がクレイオから命令を受けていたように。
それでもいきなりリミス達の部屋で眠る事を自分から選んだ藤堂は間違いない色ボケというか傍若無人だが、それもまた国側としては都合がよかったに違いない。
そして、その意図に気づいていないわけでもなかろうに、そんなハーレムパーティに、魔王討伐最優先という名目で俺という男をねじ込んだクレイオ枢機卿はかなり性格が悪い。
アメリアは俺の言葉に聞き入っていたが、やがて一度呆れたようにため息をつき、
「アレスさん、貴方は恐ろしい人です」
音に出さずに舌打ちする。
「俺の負けだ」
「通信越しで会話していた時から気づいていましたが効率重視で――自分がそれを出来るから他の者も出来ると思っている。他の者もすると思っている」
「俺の負けだって言ってるだろ」
舐めていた。戦力の一つ、ユニットとしか見ていなかった。
気づかれなければそれでも良かったのだが、気づかれてしまった以上、教義的にも道徳的にも強制することは出来ない。
「もう一度聞きますが――」
降伏する俺に、半ば身を乗り出し、アメリアが口撃を続ける。
突き貫くような鋭い眼光、その声から感じられる肝が冷えるような覇気はつい先日まで内勤をやっていた女のものではない。
「『神の花嫁』である私にどうしろと命令しましたか?」
声色は静かで顔色も変わっていないが、怒っている事だけはわかった。
「お前、性格悪いな」
「貴方程ではありません。アレスさん、貴方まさか――私を勇者の贄にするつもりですか?」
贄。言い得て妙だ。本質を掴んでいる。
参ったな……どう弁明していいやら。
別に贄にするつもりはなかった。だが、同時になるかもしれないとは思っていた。
俺がいる間に、隣の部屋や馬車の中で事がなされていた気配こそなかったが、今のパーティの現状がどうなっているのかは予想がつく。
「レベル55なら襲われても対抗出来る。藤堂のレベルはまだ27だ」
「それは『今は』ですよね? 前線で魔物と撃ち合える男を相手に、か弱い私がいつまで抵抗出来ると?」
どう考えても『か弱い私』の言うような台詞ではないと思ったが、その言葉を口に出すのはやめた。
俺の負けだ。身の危険に対して反対するのは当然の行い。ましてやこの女は内勤だったのだ。
淫行が教義で悪徳とされている以上、無理強いする事は出来ない。
処女を失えば奇跡が使えなくなる事を話せば襲われないだろう、などという提案も、こうなってしまえば意味をなすとは思えない。こいつはきっと全てを理解して俺に問うているのだ。
私に教義を破る事を命令するのか、と。
俺が無条件降伏したのに気づいたのか、満足気に一度鼻を鳴らすと、席に座り直した。
まるで定規で測ったかのように乱れのない綺麗な姿勢。
「私が嫌な理由はわかっていただけたでしょうか?」
「……オーケー、俺の負けだ」
「ちなみに……」
こほんと小さく咳払いし、アメリアが続ける。
「クレイオさんからも、君の役割はあくまでアレスさんのサポートだという命令を受けています」
「それはつまり……藤堂のパーティに入れるのはNGだって事か」
「はい。私はそのように受け取りました」
理解できない。全くもって理解できない。
シスターの派遣。
仁義には反していても、効率的な事は間違いない。それを自ら潰すとは……というか、そういう命令を受けているなら先に言えよ。
……聖勇者よりも身内のプリーストの方が大事だという事なのか。否、あいつはそんなタマではない。
奴は俺よりもよほど残酷で、手段を選ばない。俺のビジネスの進め方は少なからずその影響を受けている。まさか本当に試練だと考えているわけでもないだろう。もし試練だと考えているのならば、俺も撤退させねばおかしい。
くそっ、それぞれの思惑が絡み合い過ぎてよくわからない。
混乱しかかっていた頭を沈める。一端考えを打ち切る。
現場の人間である俺にできる事はその指示に従う事だけ。例え意味のわからない柵があろうと行動しなくてはならない。
「アメリア、お前は何が出来る?」
勇者パーティに入れられないとなると、有用性は随分と減ってしまう。
今は猫の手も借りたい状態なのでいないよりは全然マシだが、神聖術の腕は俺の方が上だ。皮肉なことに、藤堂のパーティとは違ってプリーストは間にあっている。
アメリアは糞真面目な表情で答えた。
「そうですね……掃除、洗濯、料理――」
「おいッ!?」
「――は出来ません」
……こいつ、俺の事を馬鹿にしてるのか?
しかも出来ねーのかよ。いや、別にそんな仕事ないんだが。
今すぐにでも叩き返してやりたい所だが、空気を読んでいるのか読んでいないのか、アメリアは全く恐れる様子もなく続ける。
こいつの度胸は一体どうなってるんだ。鋼の心臓か?
「
「ああ、それはいい」
教会本部で内勤をやっていたプリーストならば十分有り得る事だ。彼女に魔物を倒してもらおうなどとは思っていない。
もし戦線に出すとしたらそれは、外様の傭兵パーティのサポートで、という形になるだろう。
「魔物は怖いか?」
「怖いように見えますか?」
眉を僅かに潜め、まるで挑発するような言葉を吐く。
……こいつ、本当に度胸があるな。こんなキャラだったっけ? ……いや、最低限の会話しかしていないかったから気づかなかっただけか。まぁ、度胸はないよりも有るに越したことはない。
冗談めいた声で、アメリアが気づかない程僅かに微笑みを浮かべる。
「どちらかというと、魔物よりも人の方が怖いです」
「そりゃ奇遇だな。俺も同じだ。勇者のパーティに入らなくても尾行くらいは出来るな?」
「どちらかというと、魔物よりも人の方が怖いです」
……本当に大丈夫なのか……こいつで。
先ほどまで感じていた希望がしおしおとしぼんでいくのを感じる。上げて落とすとか最低すぎる。
思った以上にポンコツっていうか……質が悪いぞ。頭叩けば治るだろうか?
まるで、そんな俺の考えを見通したかのように、そのタイミングでアメリアが深々と頭を下げた。
「誠心誠意お仕えさせて頂きます、アレスさん」
「マッド・イーターはありえないが、もし無理そうなら、ステファンとチェンジするから言ってくれ」
オペレーター時代に築き上げたアメリア像ががらがらと崩れ落ちるのを感じる。
質の悪い冗談を言うこいつよりもまだステファンの方が面倒がないかもしれない。どの道、俺は孤立無援なのか。
割りと冗談抜きで出した言葉だったが、俺の台詞は次のアメリアの台詞で呆気無く打ち崩された。
「いえ。志願してきましたので……やる気はあります」
「志……願……?」
左遷じゃなく、自分から進んでこの任務についたのか……マジかよ……。
俺はその瞬間、とんでもなく厄介なパートナーを得てしまった事を知った。
これで実務能力が優秀だったらまだマシだが、これで能力が低かったら目も当てられない。……ないよな?
品定めするつもりで、じっとアメリアの方を見つめる。
俺の視線も何のその、当の本人は視線をあっちにふらふら、こっちにふらふらと彷徨わせている。
本当に……本当に大丈夫なのか? おい、その挙動は本当にやる気のある者の挙動なんだよな!?
エリート。こいつはエリートなんだ。
テーブルの下で拳を握り、必死に脳内で自分の言い聞かせる。だが、微塵も気分はよくならなかった。
くそッ、神よ……俺に力を与え給え。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます