第七レポート:あらゆる手法を講じ
村長の厚意で取ってもらった宿を眺める。
大通りに面した場所に建てられた三階建ての宿屋だ。元々はここで宿泊する予定はなかったが、強力な魔物が出ている以上仕方ない。
さすがに王都の宿程綺麗ではないが、駈け出しのパーティが宿泊するには立派すぎる宿である。風呂も付いているし、蟲の湧いていないベッドもある。
この贅沢に慣れてしまうときっとこれから苦労する事だろう。だが、そこまでは俺の関知する所ではない。
フロントで部屋の場所を聞き、部屋に入ってまず目に入ってきたのは、どこか昏い勇者の顔だった。
部屋は二部屋取ってもらったようだが、今は全員が俺と藤堂の部屋に集まっているようだ。
俺が入ってきた事に気づき、丸テーブルを囲んで地図を広げていた藤堂が顔をあげる。
「……話はついたのかい?」
「ああ……おかげ様でな」
俺にできることは全てやった。
依頼したハンターパーティのリーダー、トマス・グレゴリーは勝利を約束してくれた。
逆に、彼等に倒せなかったら王都に騎士団の派遣を依頼しなくてはならないだろう。
「凄腕のハンターのパーティに快諾してもらった。明日には討伐されているだろう」
「そう……か」
聞きたいこともあるだろうに、色々言われると思っていたのだが、藤堂は何も言わなかった。
それをメリットと取っていいものか悪いものか、後で一気に爆発させるくらいだったら少しずつ不満を出してもらった方がいいのだが……。
一方で、その隣のリミスの方はあからさまに不満を隠そうとしない。
杖の持ち手を忙しなく布で拭きながら今更な文句を言う。
「……私達で討伐するってナオが言っていたのに……他のパーティに頼むなんて……」
「……ナオ?」
聞き慣れない名前に首を傾げると、その隣に座っていたアリアがため息をついた。
先ほどの確執のせいかどこか空気が重い。リミスに食って掛かった事で全てが狂っているような予感がする。あれがなければ村長が依頼を切り出した瞬間に止められて、雰囲気ももう少し柔らかかっただろう。
いや、変わらないか?
「……藤堂直継殿の事だ。直継殿の世界では藤堂が苗字、直継が名前になるらしい」
「ああ。それで
どうやら俺が見ない間に随分仲良くなったらしい。藤堂はどこか薄ぼんやりとした表情で俺の方をちらりと見た。
「……ああ。好きにするといい」
「ちょっと! 無視しないでよ!」
何が気に食わないのか、険しい表情のリミス。相手にするのも面倒臭い。
ため息をつき、持ってきた布袋をテーブルの上に投げ出し、法衣の上から着ていた上着を脱いだ。
目の前に投げ出された袋に、藤堂がこちらを見上げる。
「アレス、これは何だ?」
「そこのお嬢様が使うための武器だよ。まさか杖でぶん殴らせるわけにはいかねえだろ」
もし万が一、公爵閣下のご令嬢を殺してしまったら間違いなく消し炭にされてしまう。
コート掛けに上着をかけると、残された椅子に腰をおろし、布袋の中からそれを取り出した。
L字型をした機械だ。細長い筒にトリガーを持つ中距離武器で、火薬の力を借りて金属の弾を飛ばす。弓よりも力の弱い者でも扱えるため、最近では人気があるらしく、行商人が扱っているのはもちろん、武器屋にも何種類も置いてあった。俺が買ってきたのは、その中でも一番非力な者が使えるものだ。
ナオの表情が、目の前の機械に一変する。
目を大きく見開き、ぽつりと呟いた。
「銃……?」
「……なんだ、ナオは知ってるのか」
「そりゃ、知ってる……けど……」
博識だな。
変な所でスペックの高い藤堂を眺めながら、武器屋で購入したばかりの銃――回転式拳銃のグリップを握って持ち上げてみせた。
金属でできているが故の重量感と、黒塗りの銃身から感じるなんとも言えない不吉な見た目。
使い方は武器屋に教えてもらってきた。以前から噂では聞いていたが、俺もこうして自らの手で持つのは初めてだ。
慣れない手つきで銃身の手前にあるシリンダーを振り出し、別売りで買ってきた弾を丁寧に込める。
リミスが気味が悪そうな表情で俺の所作を見ていた。
「……何よ、それ?」
「回転式拳銃と呼ばれる武器だ。こうして金属製の弾を込め、引き金を引くことによって火薬の爆発の力を利用し射出する。弓よりも力が要らず、素人でも簡単に使える。命中するかどうかは話が別らしいが……」
だが、威力は大したことがないらしいのであくまで護身用だろう。杖で殴るよりはマシ程度のレベルだ。
火薬の力程度では魔物を倒せない。弾丸を魔性に有効な祝福された銀で作るなど、工夫はしているらしいがそれでも威力が足りていないとは武器屋の談。
火薬の力を借りている故に大きな音もあがり、射程距離も弓以下。速さはそれなりなので避けづらいが、あたっても致命打にならないのならば意味がない。
尤も、この辺の魔物ならば頭蓋に連続で撃ちこめば何とか殺せるという話である。まぁ、牽制くらいには使えそうだが、基本的にはとどめを刺す用だ。杖でぶん殴るくらいじゃ死にかけの魔物も倒せないだろうからな。
「……それをどうするって?」
頬を引きつらせながら尋ねてくるリミス。
「お前が使うんだよ」
「は? 何で私が!? 嫌よッ! 私は
火系統の精霊としか契約できてねえくせに文句言うんじゃねえ、この似非魔導師がッ!!
罵倒を声に出さずに封じ込め、リミスをじっと見つめる。努めて冷静を装う。
「じゃあ、お前、森の中でどうやって戦うつもりだ? まさか森の中で炎の魔術を使うつもりじゃないだろうな?」
「え……そ、それは――」
何も考えていなかったのだろう、あたふたとナオとアリアに視線を投げかけるが、二人が答えを持っているわけもない。
元々、それを考えるのは本人の役割だ。
「ヴェールの森を燃やしたら間違いなく問題になる。高名な勇者様に森への放火などという罪を背負わせるつもりか? ええ? リミスお嬢様はどうお考えで?」
「え……ええ……っと……そ、そう! 契約、契約すればいいのよ、他の精霊と! そうすれば他の系統の魔法も使えるように――」
苦し紛れに凄い事を言い始めるリミス。
俺はなるべく素っ気なく聞こえるように言い放った。
「じゃーさっさと契約してこいよ」
「……」
俺だって物の道理は知っているつもりだ。
エレメンタラーの大家であるフリーディアのご令嬢が火精霊としか契約していないという事実。
馬鹿げた案件ではあるが、冷静に考えてみると、そこに理由が存在しないわけがない。むしろ、ルークス王国公爵の権力と金を使っても何ともならない理由があると考えるのが道理である。
逆にこれがお嬢様の我儘が理由だったらどれほどよかったか。
黙って腕を組み見下ろす俺に、リミスは何も言わず唇を噛んでこちらを睨みつけている。
ナオがそこで大きなため息をついて俺達を止めた。
「アレス、口が悪いよ。リミスも、武器を持たずに魔物と相対するのは危険だ。使う使わないは置いておいて、持ち歩くくらいはいいだろう。せっかく手に入れてきてくれたんだから」
「……ナオがそういうなら……」
さすがにリミスも、勇者様の言葉は聞き入れるらしい。
ふくれっ面でひったくるかのように俺の手から回転式拳銃を取り上げると、予想以上に重かったのか、腕が宙で大きく泳いだ。
こいつ……本当に力がないんだな。
その様子に、ナオが慌てて手を伸ばす。と同時に、リミスの人差し指が偶然、銃のトリガーを引いた。
「ひゃ!?」
「あ……」
「ッ!?」
青ざめ悲鳴をあげるナオにぽかんと口を開くリミス。ナオの悲鳴に、短く息を飲むアリア。
三者三様の反応に、俺は一つだけ説明し忘れていた事に気づいた。
「……いい忘れたが、撃鉄を上げてからトリガーを引かないと弾は出ないらしい。まぁ、使うにしても使わないにしても一度撃ってみた方がいいかもな。使うにしても使わないにしても」
「……はぁ……はぁ……び、びっくりしたぁ」
ぜえぜえ肩で息をして、床に這いつくばる勇者。
大した武器でもないらしいが、随分と大げさな反応だな……。
弾は取り敢えず百発程買い込んできた。矢よりも安いが矢とは異なり一度使った弾丸を再利用は出来ない。
金食い虫なので、できるだけ早くリミスには戦力になって欲しいものだ。
ナオが落ち着きを取り戻し、席についた所で続ける。
「最初はヴェールの森の浅い層で戦う。リミスが役立たずでも、アリアと藤堂……ナオで十分戦えるだろう。怪我をしても大抵の傷ならば俺が回復できる」
防具は上等だ。よほど奥まで行かなければ大きな傷を負う可能性は少ない。
藤堂直継の戦闘力は完全に未知数だが、アリア・リザースの剣術はそれなりに期待できる。リザースは武家だ。剣術の習得は女と言えど必須だろう。別の家の流派を使っているというのが不安材料だが、今考えても仕方ない。
唯一、初戦で完全に役立たずになりそうなリミスが猛犬のように唸った。
「や、役立たずなんて、失礼ね!」
「じゃー何か役に立つのかよ」
魔導師は基本的に筋力がない。原因はまだ解明されていないが、一節では強力な魔力が筋力の発達を阻害するからだとか言われている。
予想外だったとはいえ、銃の重さで手が泳ぐお嬢様には荷物持ちすらさせられないだろう。
ちゃんと森の中を歩ける体力があるのかがとても心配だ
俺の問いに、リミスは涙目で悔しそうに睨みつけてくる。
口の中で「火起こしとかできるし……」と口の中で呟いたのが聞こえたが、自分でもそれはエレメンタラーの本懐ではないと思ったのだろう。はっきりとは言わなかった。
あまり攻めると森の中で構わず火精霊を使いそうだな……。
「物資の補給はしたか?」
「……いや」
俺が傭兵たちと話をつけに行っている間、何をしていたのだろうか。
……まぁいい。言ってなかったからな。
「じゃあまずは物資の補給だ。森の中でもある程度は手に入るが、水と食料は最低限持っていく。今回は国から預かっているものが既にあるので補充の必要はないが、回復薬と解毒薬の類も切らさないように。毒も傷も俺の回復魔法で治せるが、戦場では何が起こるのかわからないから、それぞれ最低限の薬は常備する必要がある」
魔物狩りのイロハである。なりたての新人だって知っている知識を懇切丁寧に教えてやっていると、ふいにナオが呟いた。
「回復魔法……」
下を向いていた顔が僅かに上がる。
その目と目があった。陰りのない黒の眼はここから遠く彼方にある、とある国では神聖の象徴らしい。
そんな噂がふと頭をよぎった。
こちらをじっと見つめ、ナオが尋ねた。
「回復魔法って……僕も覚えられるのか?」
「覚えられる」
考えるまでもない。即答する。
一般人から見れば差異は感じないかもしれないが、
その本質は神に対する
恐らく、この世で最多の加護を持つ勇者の祈りは誰よりも神に届きやすい事だろう。
本来ならば、その奇跡を扱えるのは長年の祈祷により神との親和性を高めた聖職者だけだが、勇者の資質ならば魔術、祈り、武術、その全てを極められるかもしれない。
「興味があるのか?」
俺の問いに、ナオが目を静かに閉じる。
ゆったりした厚手の服が呼吸に従い僅かに上下し、やがて、ゆっくりと目を開けた。
まるで何か腹を決めたかのように。
「……ある。……教えてくれる?」
「断る理由はないな」
万能性は勇者の最も強い武器だ。
勇者本人が回復や補助をかける事ができたのならばそれは魔王討伐で強い武器になるだろう。
また、神聖術は射程が短い。中位までの回復魔法の射程はせいぜい十センチ程度だ。補助魔法も同じ。
祈りの担い手が増えればパーティ全体の安定性が段違いに高まる。
まぁ、俺の補助魔法は何時間も持つので使い道はないかもしれないが……。
俺の答えに、ナオが強張った表情で、唇の端を僅かに持ち上げた。
酷く歪なものだったが、それはもしかしたら俺が初めてこの勇者から向けられた笑みだったのかもしれない。
だが、それに対して俺の胸中に渦巻いたのは恐怖とも罪悪感とも呼べない得も知れない感情だった。
笑顔に圧されるように、神妙にこちらを見ている残り二人のパーティメンバーに視線をずらす。
「ナオはまだ召喚されたばかりの勇者で、まだ技術も力も未熟な状態だ。リミスもアリアも、教えられる事は教えた方がいい。俺達は……一蓮托生だ」
魔王の討伐に成功するか、その過程で志半ばで倒れるか。俺達に残されている道はその二つだけだ。
無意識のうちに、闇を払う者である証である左手薬指の指輪に触れていた。
それは俺の半生そのものでもある。
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