第五レポート:自らの身の上への思慮も足らず

 ヴェールの森の近郊の村の名をそのままヴェール村と呼ぶ。


 その名の通り、その村はヴェールの森でレベル上げをする傭兵達、そしてそれらと商売を行う商人達という人的需要を見込んで発足された村であった。

 ルークス王国内でも屈指のレベルアップフィールドであり、中堅まで通うことになる森と、その内部に潜む数々の魔物の需要は何年経っても尽きる事がない。

 この村にとって、ヴェールの森は一つの資源なのだろう。


 村と言っても、その規模は辺境にある一般的な村とは異なる。

 近くに魔物が蔓延っているという特性上、その村の周辺は並の街などよりもよほど強固な壁で囲まれている。

 本格的に森でレベル上げをする事になれば、森の中でキャンプを張ることになるが、それでもすぐ近くで物資の補給や休憩を取れるのはありがたい。


 魔物が嫌う特殊な石材で出来た壁、その門を潜ると王都のものとは異なる喧騒が視界に広がった。


 魔物を狩る傭兵に、それに対する需要を見込んで村を訪れる商人たち。

 道行く人々の中に普通の村人の数は少なく、その代わり完全装備の屈強な傭兵たちが広々とした道を歩いている。

 血と汗の匂いが混じった臭気に、狩った巨大な魔物を載せた荷車が騒々しい音を立てて通る。その空気は戦場のそれとどこか似ていた。


 入村の際に、門番に勇者である旨を告げた所、村長の家まで案内された。

 王都と比べ、やはり全体的に質素で飾り気はないが、質実剛健という名が相応しい広々とした屋敷だ。

 盛んに行われる取引にたいする税金と王都からの補助金で潤っているのだろう。この村がなくなったら王国としても困る事になる。


 背丈の低い髭の生えた壮年の男――ヴェールの村の村長が藤堂に頭を下げる。


「王都から、お話は伺っております、お待ちしておりました、聖勇者ホーリー・ブレイブ様」


 自分より年上の男に頭を下げられるのに慣れていないのか、藤堂が困ったように頬を掻いた。


 今の平均レベルを考えると、取り敢えず森の二分程度の所でキャンプを張ってレベルを上げる事になるだろう。

 効率的なレベルアップの際に推奨されるのはそのメンバーよりも三から五程度レベルの高い魔物だと言われている。

 それ以上と戦うのは実力的な意味で危険だし、余剰として吸収しきれない存在力が出てくるので無駄が大きい。


 今日は狩場まで言ってベースキャンプを張り、試し斬りをする程度で終わるだろうか。


「あ、いや……頭を下げる必要はないよ。勇者なんて言っても、僕まだ何もしてないし……」


「や……そういうわけにも――」


 謙虚な態度を取り、逆に困らせる藤堂を眺めながら、俺はその後ろで物珍しげに辺りを見回していたリミスに声を掛けた。

 数時間の馬車でやや疲れている様子だが、恐らく王都から出る機会はあまりないのだろう。そのテンションはわかりやすく上がっている。


「おい、リミス」


「ん……何よ?」


 声を掛けた途端不機嫌な声色になる女魔導師。

 馬鹿でかい紅蓮の水晶のついた金属の短杖をぐっと握り、それでもこちらを向く。


 普通プリーストというだけで大体の者は礼儀を持って接してくれるので、距離感が取りづらいが、その辺はおいおい解消していけばいい。

 俺は一度咳払いをして、リミスに尋ねた。


「お前の得意な魔術の系統は何だ?」


 『魔導師メイジ

 それは、戦場の花型である。


 魔導師の扱う攻撃魔法は他の職とは比較出来ない凄まじい威力と範囲、そして射程距離を誇る。

 戦争では魔術師の数と質により全てが決まると言われているくらいにその存在は華々しい。


 統計では、十歳の男の子のなりたい職業一位が騎士、女の子のなりたい職業一位が魔導師。二位以下は時勢によって変動するが、第一位だけは数十年の間不動の順位である。


 同時に、魔導師と一口に言ってもピンからキリまである事もまた有名であった。

 魔導師の力量は才能に大きく左右されそして、使える魔術についても、魔術と一口に言っても数えきれない程に多彩に分かれている。


 リミスの生家であるフリーディアは、数ある魔術分野の中でも『精霊魔術エレメンタル』と呼ばれる最も高名な魔術を扱う一門――『精霊魔導師エレメンタラー』の大家だった。


 エレメンタルはその名の通り世界に存在する各種精霊の力を借りて奇跡を体現する魔術で、消費する魔力と比較し、高い威力を発揮する事で知られている。

 パーティに魔導師を入れるのならば、取り敢えず精霊魔術エレメンタル術者スペルキャスターを入れておけば間違いない、というのはその筋では有名な話だ。


 俺の問いに黙ったまま何も言わないリミス。その表情にふと嫌な予感が頭をよぎる。


「……まさか、アリアみたいに、エレメンタルで有名な家系なのに死霊魔術ネクロマンシーしか出来ないとか言うつもりじゃないだろうな?」


 これ以上の問題はごめんだ。勇者の仲間が死霊魔術しか使えないとかなったら、教会上層部が何と言うか……。


「!? お、おい! それはどういう意味だ!」


 藤堂の側で佇んでいたのに俺の言葉が聞こえたのか、食って掛かってくるアリア。


 やかましい! プラーミャ流剣術の家元なのに別の剣術やってんのはてめーだろ!

 レベルが低いとかそういうのの前に常識で考えろや!


 リミスが顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる。


「ば、馬鹿にしないでッ! ちゃんと精霊魔術エレメンタルを使えるわよッ!」


「そうか……よかった」


「おい! アレス! それはどういう意味だ!」


 剣を抜きかねない勢いのアリアを完全にスルーし、リミスの杖を観察する。


 後ろが透けて見える程に透明度の高い紅蓮の水晶。

 その輝き、炎の精霊が好む『焔紅玉フレア・ルビー』の最高級品に間違いない。

 精霊の力を増幅するのに最適の逸品である。貴重品なので偽物も多いが、公爵の出であるリミスの杖についている宝玉が偽物であるというのは考えづらい。


 精霊魔術は精霊と心を通わせる事によって行使する魔術だ。武器もそれに準じて最適な物を揃えていく事になる。

 となると、リミスが得意とする属性は十中八九、炎精霊と契約を交わして行使する火系統の魔術。数ある精霊魔術の中でも最もポピュラーで最も威力の高い系統という事になるだろう。


 別に自分の得意分野を言いたくないのならば言わなくてもいいが、一言だけ言わせてもらう。


「森で火系統の術は使うなよ」


「ッ!?」


 リミスがわかりやすく頬を引きつらせて俺を見る。やはり図星だったか。


 魔導師の術は剣士の剣術や僧侶の破魔の力と比較し威力と範囲が高く、一流の魔導師が本気で術を行使すると四方数百メートルを焼け野原にできる。

 そのため、環境などを考えて行使する術を選択するなどの自制が強く求められるのだ。


 ヴェールの森など、延焼の危険がある場所で火系の術を使う際は細心の注意を払う必要がある。というか、魔術系の学校では使ってはならないと教えるらしい。

 さすがに命の危険がある際は躊躇ってはいられないと思うが、そもそも味方を焼き殺してしまう可能性もあるので使うなら水系や風系の術の方が無難だろう。


 杖が炎精霊用のため、別系統の精霊の術を扱った場合は威力が出ないだろうが、まぁそれはしょうがない。背に腹は変えられん。


 当たり前の事を当たり前に忠告した俺を、リミスが射殺さんばかりに睨みつけていた。

 だが、そんな視線を向けられる覚えはなく、


「ん? どうかしたか?」


「……ょ」


「え? もう一回」


 特に何の覚悟もなく、再度問いかけた俺。

 ネクロマンシーじゃないと言われ、安心していた俺に、リミスはあろうことか信じられない事を言った。


「せ、精霊なしで、どうやって戦うのよッ!!」


「は?」


 部屋が震える程の怒声に、まだ何事かやり取りしていた藤堂と村長がばっとこちらを振り向く。


 リミスの長い睫毛が怒りでふるふると揺れている。杖を掴む腕も、肩も、脚も同様に。


 一方の俺は、何を言われているのかわからない。何でリミスが怒っているのかもわからない。

 俺がリミスの立場を奪おうとしているように見えたのだろうか?

 そんなわけがない。魔導師はパーティの攻撃役アタッカーの要、レベルアップには欠かせないのだ。


「どうやってって……他の系統の精霊に力を借りればいいだろ」


 精霊魔導師エレメンタラーは幼少時に各種の精霊と契約を結び、一通りの精霊を扱えるようにする。

 何故ならば、魔物や状況によって精霊を使いわける必要があるからだ。

 精霊にも相性があるのでその中で得意不得意が出るのは仕方ないとしても、火が使えないから戦えないなど、ただの子供の我儘でしかない。


 今までに出会った数々のエレメンタラーを想像しながら述べた言葉に、リミスが涙目で一言小さく呟いた。


「ない」


「……は?」


 リミスの様子を見ながら首を傾げる。アリアも藤堂も村長さんも固唾を呑んでコチラを見守っている。

 何の話をしてるんだリミスは。


「何の話をしてるんだ? 俺はただ、火系統以外の魔法を使えばいいって言っただけで――」


「ない」


 ……何の話をしてるんだ、リミスは。


 俺は空笑いをあげながらレベル10の魔導師を見下ろす。

 何故か冷や汗が頬を垂れた。


「あは、あははははははは。何を言ってるんだ。俺は知ってるぞ。フリーディアはエレメンタラーの中でも三指に入る旧家だ。その血は代々受け継がれ、今代の当主は最上級――神霊級の精霊二種と契約を交わせたらしいじゃないか」


「それは……お父様よ!」


「おい冗談抜かすんじゃねえ」


 気がついたらその華奢な腕を掴み、至近距離から見下していた。

 喉から自然と恫喝するような低い声が出る。リミスの碧眼に薄っすら映った俺の表情、眼はかなり甘めの評価をしても闇の眷属を相手にした際の眼をしていた。


「お、おい! やめろっ、アレス! な――こいつ、何て力だッ!」


「精霊王から加護を受けた公爵閣下の、事もあろうに直系が火以外の系統を使えねえだと? はぁ!?」


 馬鹿な。そんなのありえん。最低基準すら満たせていない。どうやって魔王を倒すんだ。お守りやってんじゃねーんだぞ、俺は!

 後ろからアリアと藤堂が俺の身体を抑えようとしているが、レベル差がある現在、抑えられるわけもなく。


 吐息を感じる程の至近から、アリアのその眼をじろじろと見下ろす。その中に答えが眠っているかのように。


「笑えねえ。全く笑えねえな。リミス・アル・フリーディア。てめえ、どうやって戦うつもりだ?」


「だ、だから言ったでしょッ! どうやって戦うのかって!!」


「しらねーよッ! 最低でも基本系統の精霊と契約してから出なおせ! エレメンタラーはそれでようやく半人前だろうがッ!!」


 信じられん……公爵閣下は何を考えておられるのだ。

 火系統の魔法しか使えないエレメンタラーなんて……逆にレアだぞ。


 あまりにも現実味がなさすぎて、燃え上がった怒りが、波が引くかのように鎮静する。

 アリアと藤堂の腕が俺の手をリミスから引き離し、後ろから両腕を拘束される。両腕を拘束されながら、ぼんやりとリミスを見た。


「おい、アレス! やめろッ! 落ち着くんだッ!」


 アリアの声も藤堂の声もまるで夢幻のようだ。

 ……オーケー、落ち着け、落ち着こう。


 リミスの言葉の意味をじっくりと考える。何度も頭の中で反芻する。


 大丈夫、ただ単純に、ダメだった状況がもっとダメになっただけだ。ああ、平気平気。大丈夫。何の問題もない。

 強いて例えるならば達成率が五パーセントだったのがゼロパーセントになっただけの話。どうせ百パーセントまで上げなくてはならないのだから、五パーセントくらい大した違いではない。


「……ああ、もう大丈夫だ」


 何度か腹式呼吸をする事で息を整え、拘束している二人に顔を向けると、ようやく腕が解放された。

 警戒される中、やや怯えた顔を向けるリミスに顔を向け、謝罪する。


「悪かったな、リミス。取り乱した」


「え……ええ……」


「ちょっと頭を冷やしてくる。すぐ戻ってくるから……待っていてくれ」


 ショックのせいか、まだ頭がくらくらする。

 小声で自分に精神安定用の魔法をかけると、皆の視線の中、村長の家を後にした。




§§§




 大丈夫、まだ焦るほどの段階ではない。

 必死に息を整えながら、屋敷の門の内側まで来ると、イヤリングに魔力を通す。

 接続すると同時に、開口一番に言った。


「アレスだ。クレイオ枢機卿を繋げ」


「大分、お怒りですね。了解しました」


 いつも通り、取次者の感情の見えない声に、やや情動が治まる。

 すぐに聞き慣れた軽薄な声が俺を迎えた。


「何かあったか、アレス」


「ああ。リミス・アル・フリーディアの事だが――」


 現状を、なるべく感情的にならないようにつぶさに報告する。


 さすがに火系統しか使えないエレメンタラーはチェンジできるだろ。出来なかったら上層部の頭がおかしい。

 何だ? 勇者のレベルを上げながらエレメンタラーの契約精霊探しをやれとでも言うのか?

 馬鹿な。俺の役割は魔王討伐それだけのはずだ。連れのレベル上げくらいは手伝ってやってもいいが、それ以上に手をかけるつもりはない。


「ふむ。まぁ、君の言うことはわかった。結論から言うと――」


「結論から言うと?」


 息を飲み応えを待つ俺に、クレイオは言った。


「このまま進め」


「この……ま、ま……!?」


 この……まま? このままってどのままですか?


 混乱する俺に、更に憎たらしい上司が続ける。


「向こうにも事情があるのだ、アレス。機密故に君には言えないが、代替はいない」


「代替は……いない……」


 代替は……いない!?


 おいおいおい、どういう事だ。そこまでルークス王国の層は薄いのか!?

 いやいや、アリアとリミスをその親父とチェンジするだけで戦力は段違いだ。まぁ、重要人物である当主本人を魔王討伐のような勝ち目があるのかないのかもわからない旅に送り出すのは問題かもしれないが、それならば、その次に強い戦士を出してもらえばいい。

 まるで縋り付くような気分で進言する。


「平均レベルが……15なんだ」


「頑張れ。なに、可愛い女の子達との旅だ。楽しめばいいじゃないか。君、女好きだろ?」


 もし万が一襲ったりしたら、後から俺が粛清されるし、そもそもそれは聖職者が言うような言葉でもない。

 大体、男は俺以外にもいる。夜もリミス達の部屋で寝るような奴がいるのに、どうしろというのだ。


 息を飲み込み、はっきりと言う。


「俺は……真面目な話をしている」


「私も真面目な話をしている」


 枢機卿の声色には躊躇がない。

 その声色で、全てを理解した。


 駄目だ。こうして話していても埒が明かない。下っ端風情が何を言おうと決定は覆らないだろう。覆るわけがない。くそったれ。


 無意識に力を入れていたのか、いつの間にか握っていた屋敷の門の上部に指がのめり込んでいた。

 ボロボロと溢れた石の欠片を指先でつぶしながら、最後に質問する。


「……枢機卿、最後に一つだけ聞くが……それが神の思し召し――アズ・グリードの神命なのか?」


「ああ。その通りだよ、アレス・クラウン。アズ・グリードのお導きがあらん事を」


「アズ・グリード、死ね!」


 子供みたいな言葉を吐き捨て、俺は通信を切断した。

 空は快晴。俺の心情も知らずに、眩いばかりの陽光が地上を照りつけている。


 額を抑え、十秒程目を瞑り瞑想、俺は思考を一新した。

 そうだ。命令が出た以上は……やるしかない。


 もともと、魔導師の攻撃魔法は威力が高すぎる。

 藤堂のレベル上げがメインである以上、リミスの自重は必然であった。それがただ、自重からゼロになっただけの事だ。

 問題は、藤堂のレベルを上げた後、どのようにしてリミスのレベルを上げるかだ。術を使えない以上、場所を変えるかあるいは杖で撲殺でもしてもらうか。

 それと、他の精霊との契約をどうするのか。


 まだ思考のどこかを焦がす得体の知れない焦燥感を感じつつも、俺は屋敷の中に戻っていった。





§§§





 部屋に戻ると、先ほどの空気は既に切り替わっていた。

 涙を滲ませる村長と、どこか自信に満ちた表情の藤堂。


 俺の姿を見つけると、藤堂が気力十分と言った様子で宣言してきた。


「アレス、最近この近郊でレベルの高い魔物が現れ、皆、迷惑しているらしい。僕達で倒す事にした」


「本当にありがとうございます、藤堂様! 即座にご了承頂けるとは……貴方様こそまさしく伝説の聖勇者です」



 ……こいつらは一体、何を言ってるんだ?

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