第一報告 勇者の性能と動向について

第一レポート:現状と今後の対応について

 人族。


 この大陸で最も大きな勢力を誇るその種の能力は魔族や他の種族と比較して非常に低いが、その特徴として非常に高い成長力を誇る事で知られている。


 大神とも呼ばれる秩序神アズ・グリードはその御子たる人族の非常に弱い力を哀れみ、飛躍のための権能を与えた。

 それが俗に呼ばれるレベルアップ――闇に与する者を滅ぼした際に発生する存在のフィードバック現象だ。人は他の生命を殺す事により、その生命エネルギーとも呼べる何かを吸収する事ができ、身体能力を初めとした様々な能力を強化する事ができる。

 人間は生まれてそのまま成長した状態ではとても弱い。成人男性でも他種の子供に敵わないくらいに弱い。如何な才覚ある人間であってもレベルアップなくして闇の軍勢と戦う事は出来ない。

 戦ったりしなかったとしても、低レベルの状態ではあまりにも生命力が低いため、人の子供はある一定の歳になったら親の付き添いである程度レベルを上げるのが習わしだった。レベル5程度あれば日常生活で困る事もない。


 アズ・グリードの秘術で呼び出された勇者は別世界の人間だ。

 その世界には驚くべきことに、レベルというものが存在しないらしい。その地より召喚された勇者はつまるところ、レベル1の状態という事になる。

 反面、この地の人間と比べても比類無いほどの高い成長力、精霊、聖霊の加護を持つが、それでも所詮はレベル1。そのままでは魔王は愚か、低級の魔族にすら勝てない。だからこそ、光栄にも勇者の仲間に選ばれた俺達が初めにやるべき事は勇者のレベル上げという事になる。


 勇者として召喚されたのは藤堂直継が初めてではない。

 教会に秘蔵される資料には前回、前々回、さらにそのまた昔より、勇者を召喚した際のノウハウが積み重ねられている。

 俺達はそのノウハウを元に、効率的に勇者のレベルを上げなくてはならない。勇者召喚の際に発生する波動は魔族達も察知しており、レベル上げに時間がかかればかかる程に刺客が送られる可能性が高くなってくるからだ。現に、過去の記録ではちんたらレベル上げをしている間に高位魔族を送られ死亡した勇者の情報が残っている。


 人の能力は才能に大きく左右されるが、レベル上げは完全に努力が反映される。どれだけ才能がなかろうと、生き物を殺し続け、その自身の存在を補強していく事で人は強者になれる。

 かと言って、小動物を殺し続ける事によって最強になれるわけでもない。レベルは上がれば上がる程に上がりにくくなっていく。そして、生き物を殺した際に得られる存在力は決して一律ではない。


 故に、俺達は段階を踏む必要があった。

 魔王は邪神の加護を受けており、聖霊の加護を持つ一部の特別な者の攻撃でなければまともにダメージを与えることは出来ない事がわかっている。俺一人レベルが高くても意味がないのだ。


 幸いな事に、1から上げろなどと言われているわけでもない。

 仲間である魔術師リミスも剣士アリアも最低以上のレベルは持っている。それでもその家柄を考えると低すぎるレベルではあるが、きっと箱入り娘だったのだろう。俺は自身をそう納得させる事にした。どうせ文句を言った所でやる事は変わらないのだ。


 俺を除いた三人の平均レベルは十五。

 戦士のアベレージで言う、下の中から上くらいだが、この世界に存在する全ての精霊、聖霊から加護を受けている勇者の成長補正はただでさえ高い人族のそれを遥かに超えており、そして由緒正しい魔術の家門であるリミス、剣王の子女であるアリアについても才能がないわけがないだろう。これで仲間二人の才能がなかったらそれは……詐欺だ。

 今はまだ俺の方が強いが、俺は特別な家系でもなければ特殊な加護を受けているわけでもない。才能は考慮するまでもなく俺が一番下、きっとそう遠くないうちに、三人は俺のレベルを越えていく事だろう。


 そう思えば、今の状況もまだ許せる。






§§§







 ルークス王国は人族の治める国としては屈指の大国だ。

 その住民の八割が純粋な人族であり、残りの二割が亜人デミ・ヒューマンを始めとした人と共存できる知的生命体となっている。

 今代の国王であるアラン・ルークス十八世は各地で収まる事なく発生する戦火と三つの友好国が滅ぼされた事により心を痛め、魔王クラノスの討伐を国是と発表し、アズ・グリード神聖教の聖都であるアズ・グリードに英雄召喚サーモニング・ヒーローの秘奥の行使を要請した。三つも国を滅ぼすまで何をやっていたのだと言いたくなるが、それはまぁしょうがない。秘奥の行使には寄付金という名の膨大なる金と責任が発生するのだ。いざ人という種が滅ぼされる段階になっても世界は割りと世知辛いのである。


 英雄召喚によって召喚される聖勇者ホーリー・ブレイブはまさしく教会の権威を背負っている。

 アズ・グリードの秘奥を使っている以上、その存在に敗北は許されない。秩序神からの加護を背負って召喚された以上、勇者には勝利が約束されており、もし万が一、億が一にでもその存在が敗北する事になればそれは――要請した国の悪徳のため神からの加護が届かなかったという判断がなされる事になる。


 教会側の人間である俺が言うのも何なんだが、非常に馬鹿らしい話だ。勇者が弱ければ死ぬしレベルアップが遅れても死ぬし魔族が迅速に手を打っても死ぬ。加護は沢山持っていても勇者は決して不死ではないのだ。

 だがしかし、恐ろしい事に人族の八割が秩序神を称える敬虔な信者でもあった。

 宗教とは恐ろしい。仮に教会の総本山に睨まれたら冗談抜きで国が滅びかねない。実際に滅んだという記録もある。


 自ずと、召喚された勇者は国に取って命と同義になってくる。


 そう。勇者は最強の剣にして両刃の剣でもあるのだ。アラン・ルークス十八世がどうして切羽詰まるまで秘奥を行使しなかったのか、わかっていただければと思う。


 そして、故に勇者にはあらゆる保護が与えられる。

 前代の勇者が過酷な旅の末に手に入れた強力な武具。

 旅を容易くするための便利な魔道具の類に、一流の武芸者による武芸の伝授。

 そして何よりも頼りになる――優秀な仲間。


 魔族と戦う際、一人での戦闘は当たり前の話だが推奨されない。

 一人での戦いとは多分、一般的に考えられている以上に過酷だ。

 いくら個体として強力なレベルを持っていても、相手の数が多くなってくるとそれだけで不利になってくる。事故の可能性も高くなり、特に麻痺や毒などで倒れた際に誰にも助けて貰えない。


 だが何よりも恐ろしいのは――孤独だ。


 頼れる仲間もなく、たった一人で戦い続けるというのは人の精神に大きな負担になる。

 もし珠玉の才能を持っていたとして、仮に性能面では戦い続けられたとしても……人の精神は脆いのだ。過酷な戦場で人は人のままでいられない。手を差し伸べてくれる仲間がいなければ、人は容易く鬼になる。勇者を殺人鬼なんかにしてしまえば、それを止められなかったルークス王国は間違いなく神への背信と断定されるだろう。


 閑話休題。


 では何人で組むことが推奨されているのか?

 一般的に、魔族や魔物と戦う際は四人から六人のグループを組んで戦う事が推奨されている。

 このグループは最小単位の群であり、パーティとも呼ばれるが、グループを組むのは大半な役割が必要とされるためだ。


 前衛と魔法使い、そして……回復や補助を担当するプリースト。


 それは、今回国から派遣された三人の役割とも一致している。

 攻撃魔法の使い手であり、パーティの攻撃の要となる魔法使いのリミス・アル・フリーディア。

 ミクシリオン流剣術の使い手であり、戦線維持の要となる近接戦闘職、剣士のアリア・リザース。

 そして、後衛職であり戦闘時の補助と戦闘後の怪我の回復を行うプリーストの俺。アレス・クラウン。


 この三種の役割は基本的に代わりが効かない。

 俺はプリーストが使える回復や補助、結界などの神魔術は使えるが、リミスのように一般的な魔術師が扱う高い威力を発揮する精霊魔術は使えないし、剣も振ったことくらいはあるがド素人だ。今の状態ならばレベル差でアレスの代わりに前衛を務める事もできるだろうが、やはり本職には及ばないしそもそも俺が前衛を担当すれば補助が覚束なくなる。


 魔物の中には物理攻撃に強い者、魔法攻撃に強い者、それぞれ存在するため、魔法使いと剣士、両方揃えないと安定して魔物に対応する事が出来ないし、パーティに傷を回復できるプリーストがいないとそもそも誰もパーティに入りたがらない。

 大抵の場合は戦線を維持する前衛職が二人、魔法使い一人、プリースト一人でパーティを組むが、今回の場合はまた少し異なる。


 聖勇者ホーリー・ブレイブ、藤堂直継。

 八種の精霊と三種の聖霊の加護を持つ彼は、この世界では酷く稀な万能選手だ。

 精霊の加護がある以上攻撃魔法が使えるし、そもそも身体能力も加護で底上げされている。恐らく、習えばプリーストの扱う神魔術も使えるようになるだろう。その上に成長速度が非常に高いともなれば、勇者という名も俄然信憑性を帯びてくる。

 彼にはこの世界でも最高峰の戦士になる素質がある。途中で死ななければ、だが。


 藤堂は既にルークス国王から前代、ルークスが呼び出した勇者が使っていたとされる武具を受け取っている。

 羽毛のように軽く、しかし物理攻撃にも魔法攻撃にも高い耐性を持つ魔法の鎧、『フリード』

 岩をバターのように切り裂き、特に魔物に対して高い威力を発揮する破魔の剣、『エクス』

 一個売るだけで一生を遊んで暮らせるような、一般的な戦士の手にはとても届かない、そんな宝具の類だ。


 前代勇者は魔法も使える前衛――俗に言う魔法剣士だった。

 魔族は基本的に高い魔法の耐性を誇る。高位の魔族を相手とするのならば魔法と剣技、両方が必要とされる。

 藤堂も恐らくは前勇者と同様に、魔法剣士として前衛を担当するのが一番だろう。


 宿での今後の進め方や戦闘態勢についての話し合い。

 藤堂は何故かその端正な顔を僅かに顰めながら俺の言葉を聞いていた。

 足を大仰に組み、指輪をいじってはいるが余計な口を挟む気配はない。


 今現在の勇者パーティの中で一番経験が豊富なのは間違いなく俺だ。専門分野の知識ならリミスやアリアの方が上だろうが、俺には今まで活動してきたという実績があった。

 リミスもアリアもそれがわかっているのだろう。ただ黙って俺の話を聞いている。


「――というわけで布陣は前衛としてアリアと藤堂、中衛として俺、後衛としてリミスという態勢にするといいだろう。俺はそれなりに耐久力もあるし、アリアか藤堂が怪我をした際には代わりに前に出ることもできる。まぁその際は回復魔法を使う余裕はないので、薬なり何なりで回復してもらうが……」


 少なくとも、藤堂は勇者の鎧を預かっているし、盾もある。アリアの装着している鎧も剣王の娘だけあってかなりの業物だ。

 平均レベル15程度のレベル上げの相手ならば、例え正面から攻撃を受けても大怪我をする事はないだろう。

 まだレベルは高いが、装備は各々最高級だ。これもまた負けるわけにはいかない勇者パーティの特権と言える。


 勇者は俺の言葉を聞き終えると小さく頷き、


「話はわかった。ある程度城の騎士さん達に訓練してもらったから前衛も務まると思う。だけどさ……」


「だけど?」


「パーティは普通四人から六人なんでしょ? なら、後二人メンバーを入れたほうがいいんじゃないの?」


 藤堂のこの地方では珍しい黒の眼がくるくると動いている。

 予想外の台詞。新たに大きな力を得たにもかかわらず人を入れるなどという言葉が出てくるとは思わなかった。


 大抵の人間は増長するものだ。ましてや、彼は本来戦えなかった人間。この世界に召喚されて得た精霊や聖霊の加護は大きすぎる力、切れすぎる刃だったはずだ。得体のしれない万能感を感じざるを得ない程に。


 机に置かれた藤堂の指をぼぅと眺める。たこの一つもない綺麗な指に白い肌。まずこの世界では貴族でもない限りありえない苦労をした事のない手だ。


 いや、違うな。

 内心で首を振って考え直した。


 戦士ではない。苦労をした事がないからこそ、これから魔物や魔族の類と戦わねばならないという脅威に対して慎重になっているのだ。


「追加メンバーについても一考の余地はあるが、取り敢えずはこの四人で進めたい」


「? なんで? まさか他の男を入れるのが嫌だとかじゃないよね?」


 何を言っているんだ、この男は。

 本来ならばアリアとチェンジで山のような、全身が筋肉で覆われた歴戦の剣士が欲しいくらいなのに。


 藤堂の口元がややにやけているが、その眉目は微塵も笑っていない。まさか警戒されているのか?

 その表情に冗談を言っているような様子もなく、こんな始まったばかりの段階で不和を起こすのもごめんだ。俺達は魔王を倒さなくてはならないのだ。


 テーブルの上で指を組み合わせ、若干背中を落として藤堂の眼を見上げ、はっきりと答える。


「勿論違う」


「ならなんで?」


「レベルアップの効率化のためだ」


 一つのパーティで四人から六人が推奨されている理由の一つがそこにある。

 水を口に含み、続きを説明しようとした俺に、藤堂が納得の声を上げた。


「ああ、なるほど……そういう事か」


「ん? まだ説明していないが、これだけでわかったのか?」


 勇者が召喚される前の世界でレベルは存在していないと聞いているが……。


 いや、召喚されてからしばらく、ルークスの城内で剣の扱いや基礎知識などを勉強したと言っていたな。もしかしてそこで説明も受けたのかもしれないな。


 勇者のレベルアップは急務だ。

 教会内部では大体、魔族は一月程度で英雄召喚の痕跡を発見すると言われている。

 まだ召喚されてから一週間しか経っていないので、殆ど時間がなかったはずだが、どこまで聞いているのか確認する必要があるかもしれない。


 じっと視線を向ける俺に、勇者がしたり顔で言った。


「倒した魔物の経験値は人数で分割されるから、人数が多いと効率が悪いんでしょ?」


 自らの正解を確信している表情。

 リミスが困惑の視線を俺と藤堂、交互に彷徨わせている。


「? ……経験……値? って何?」


「……え?」


 経験値。経験値。

 聞いたことがない言葉ではあるが、想定くらいならばできる。

 文脈から察するに、魔物を殺した際に取得できる存在力の事を指しているのだろう。


 アリアも険しい表情で腕を組む。

 いや、険しい表情じゃない。多分生来、そういう顔なのだろう。

 胸の前で腕を組むものだから、でかい胸がより強調されて視線の置き場に困る。


 俺はそっと藤堂に視線をずらした。胸眺めている場合じゃない。


「私も聞いたことがないな……」


「え!? レベルって経験値を得ることによって上がるんでしょ!? 普通ゲームとかだとそうじゃん」


 どうやら藤堂の世界にも似て非なるものが存在するようだ。

 一瞬の視線を感じたのか、今度こそ射殺さんばかりに睨みつけてくるアリアから顔をそむけ、咳払いした。


「違うな。この世界では魔物を倒す際に得られる魂――存在の力によってレベルが上昇する。経験値と言うものは存在しない。まぁ、何となくニュアンスは伝わるが……」


「存在の……力?」


 今度こそ聞き慣れなかったのか、困惑の表情の藤堂。

 この世界においては子供でも知っている事だが、勇者は異邦人だ。知らなくて当然。


「ああ。魔物を殺した際に、魔物の力の一部が殺した者に吸収されると思ってくれればいい。一定数の力を吸収した際に人はレベルが上昇――能力値が大幅に上昇させる事ができる。藤堂もレベルが15なら既に体感していると思うが……」


 それは、1レベル違っただけでも体感できるだけの違いだ。

 勿論、身体を鍛える事によっても筋力などは上げることはできるが、レベルアップによる能力上昇はそういう次元ではない。

 まさしく、存在が高次元のものになるのだ。だから、魔物を倒した際に吸収される力を存在の力と呼ぶ。


「うん、確かに凄い身体が軽くなったけど……でもそれって経験値と同じようなものだよね?」


 まだどこか納得のいかなさそうな表情で俺を見下ろす勇者。


「まぁ、軽く聞いた限りだと概念的にそれほど差異はなさそうだが、今聞いた限りでも致命的な差異がある」


「……致命的な……差異? 何?」


 威圧するような視線に負けじとばかりに視線をぶつけ、俺はレベルアップという作業が根本的に面倒臭い理由、そして、今の段階でメンバーを増やす事に対して反対する理由を言った。


「存在力は……分割されない。殺した者にしか入らないんだ」


 つまりそれは、パーティで行動していても魔物を殺したその本人しかレベルアップしない事を示している。

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