誰にでもできる影から助ける魔王討伐

槻影

第一部 ヴェール大森林

Prologue:集まる英雄たち

 おいおい、まじかよ。

 テーブルを囲んだ面子を見て、俺は途方にくれた。


 テーブルの前方。テーブルを囲んでいるメンバーでは俺を除いた唯一の男が立ち上がって、どこか照れながらも口を開いた。


「初めまして、僕の名前は藤堂直継。えっと……自分でこういうのもどこか、小っ恥ずかしいんだけど、一応『勇者』という事になってる。ちょっと事情があってまだこの辺りの文化にも慣れていないし、剣も訓練だけで殆ど振るった事はないけど、魔王を倒すために如何なる苦難にも立ち向かうつもりだ。これからよろしくね。レベルは15だよ」


 黒髪黒目の中性的な風貌の優男だ。年齢は十八だと聞いているが、童顔のせいかもっと幼く見える。騎士団による訓練を十日ほど受けたとは聞いているが、その佇まいはまだ戦士のそれと呼ぶにはいささかお粗末に過ぎた。

 レベルというのは戦闘能力を測る指標のようなものだが、15というのは初心者から中級者になるかどうかというレベルだ。

 だが、彼の本質は決してそこではない。


 聖勇者ホーリー・ブレイブ。それが彼が擁する運命の名前。


 仮にも人族領内で随一の信者数を誇るアズ・グリード教会の一員である俺はある程度の事情を聞いていた。

 闇を司る者。魔王クラノスが人族に宣戦布告をしてから既に十年が経つ。

 魔王の軍は精強だ。その配下には多種多様の魔族が一丸となり、人に牙を向く。天敵が現れて尚、内輪の揉め事がなくならなかった人族がそれに対抗出来るわけもなく、年々明らかに劣勢となっていた人族はとうとう禁断の魔法に手を出した。


 英雄召喚。異世界から英雄の器足る人族を召喚するアズ・グリード教の秘奥。


 闇を払う者。

 魔に抗う希望。

 人類の最終兵器。

 聖勇者ホーリー・ブレイブ


 秘術により召喚された世界最強となる器を持つ人族。それがこの藤堂直継である。

 この世に存在する八種の精霊王と三柱の聖霊から加護を受けた選ばれし存在だ。


 その佇まいは確かにまだ戦士のものではないが、彼は元々平和な世界から召喚されたという事なのでやむを得ないだろう。むしろ実践も経ずしてよくもまあ十五というレベルに達せたものだと感心すら出来る。本来ならば魔物を倒さなくてはレベルというものは上がらない。そういう意味では信じられない程の祝福が成されているのだろう。


 だから、俺が唖然とした原因は未熟な英雄の卵ではない。

 問題は、他の二人の勇者パーティのメンバーにあった。

 勇者パーティ。そう、勇者パーティだ。俺を含めたこのテーブルに座っている四人は神命により、魔族を統率し人類の絶滅を狙う大魔王クラノスを討伐せねばならない。


 ぐるりと全員をもう一度品定めした後、勇者が座る。

 それを待っていたかのように右隣に座っていた女が立ちあがった。


 金髪碧眼。胸はないが、とても面がいい女だ。年月は藤堂と同じくらいだろうか。

 ややキツ目の眼に強張った表情は怒っているからではなく、緊張しているからだろう。

 先ほどまで被っていた魔道士御用達の三角帽はテーブルに置かれ、輝く髪がはっきり見えた。手入れが完璧に行き届いた背中まで伸びた髪はまず平民では見られない。

 纏ったブラウンのローブも最高級品。値段の関係でただの魔道士には手の出ない垂涎の品である。中に着込んだインナーもまたシルクで誂えられた品で、恐らくオーダーメイドだろう。

 テーブルに立てかけられた少女の身長ほどの長杖には拳大の紅蓮の宝玉が嵌めこまれており、それもまた魔導師の力を跳ね上げる一品であった。


 最高級じゃないのは少女の実力だけだ。血筋は一応最高血統ではある。

 

「リミス・アル・フリーディア。フリーディア公爵家の第三子。魔導師よ。一通り、魔物を倒した経験はあるわ。よろしく、勇者様」


「レベルは?」


 思わず口を出した俺の方にリミスが睨みつけるような視線を向けたが、あって然るべき質問だと思ったのか、ぶっきらぼうに答える。


「……10よ」


 何で実践経験がない勇者様よりレベル低いのおおおおおおおおおおおおおおおおおおお?

 くそ、こんなの聞いてねーぞ。


 装備は最高級だが動作の一つ一つが素人だ。箱入り娘っていう表現がしっくりくる。


 頬が強張るのを止められない。リミスは不気味なものでも見るかのような表情でこちらをちらちら見ながら腰を下ろした。

 俺だってしたくてこんな表情してるわけじゃねーよ!


 フリーディア公爵家は王国屈指の魔導師の家系だ。

 始祖は魔導王とも呼ばれた男であり、代々その血筋は精霊魔術に対する高い適性を示してきた。

 今代の三子の内、女子に精霊に頗る愛された神童がいるという噂は聴いたことがあった。恐らく、彼女が件の精霊の申し子なのだろう。

 才能があるのはわかる。わかる。わかった。わかったけど……


 微妙な空気のまま、三人目のメンバーが立ちあがる。


 胸がやたらでかい女だ。

 青髪で……そして、胸がでかい。胸がでかすぎて面よりも先に胸元に視線が吸い寄せられてしまう。というかそれ以外は割りとどうでもよくなってくる。近接戦闘職が好んで着る硬めのインナーを着込んでいるのに明らかに盛り上がっているのだ。

 勇者の視線も俺と同様に胸元に吸い寄せられている。リミスが呪わんばかりに凝視している。まさしく、魔性である。


 その女自身、ずっとその視線と付き合って今まで生きてきたのだろう。ちょっと眉をしかめるが、すぐに自己紹介に移ってみせる。


「アリア・リザース。剣士だ。流派はミクシリオン流。まだまだ修行中の身だが、魔王討伐の一員として選ばれて光栄だ。何分迷惑をかけるかと思うが、よろしく頼む。レベルは20だ」


「お父さんは剣王ノートン・リザース?」


 胸をガン見しながら質問する。いや、ガン見したくないのだがどうしてもそちらに視線が……

 アリアは自らの胸を隠すかのように腕でかき抱き、強めの口調で答えた。


「ああ。だが、父と私の実力とは無関係な事だ。偉大な父だとは思っているし、尊敬もしているが私と接する時は一人の人間として接して欲しい」


「……ああ」


 何だこのメンバー。悪意が見えるぞ。


 剣王の娘でレベルが20? 中堅レベルじゃねーか。

 親父連れて来いよ、親父。しかも、剣王の娘なのにプラーミャ流剣術ではなくミクシリオン流。

 剣術の二大流派とはいえ、プラーミャ流の最高師範が父親なのに異なる流派を選んでいる辺り、どこか臭う。

 あのたった一人で魔族の軍勢数百と対等に戦ったという馬鹿げた伝説を持つ剣王の実子だ。才能自体はあるんだろうが、魔王を討伐するという重責を負うには……弱すぎる。


 貴族の第三子に剣王の娘。

 勇者のレベルが低いのは仕方がないといっても、やる気がないと判断せざるを得ない。

 三人の平均レベルが15、15である。王都で探してもそれより平均レベルが高いパーティはいくらだっている。

 そして、それら長年、魔境を探索して研鑽したパーティが手も足も出ないのが魔王という存在なのだ。


 いくらなんでも、この平均レベルで魔王討伐は自殺行為のようにしか思えない。


 俺がレベルを聞いて水を差したのが悪いのか、リミスがつり上がった目つきでこちらを見上げた。


「で……あんたの自己紹介は?」


「すいません、ちょっと電話してきていいっすか?」





§§§





 アズ・グリード神聖教。

 特殊異端殲滅教会アウト・クルセイド


 秩序神アズ・グリードを奉る、人族の中で最盛を誇る宗教体系。

 その中でも一風変わった魔族の殲滅を請け負う独自組織の名前である。

 組織の都合上、ある程度情報は隠されているがその存在は決して非合法なものではない。

 主な仕事は人に仇成す闇を払う事。

 アズ・グリードの教義には魔族の殲滅が含まれており、秩序神の加護を持つ俺を含む特殊僧兵は闇と戦うための術を持つ。


 聖勇者、藤堂直継がこの世界に来るそもそもの発端となった、異界からの召喚を可能とする『英雄召喚』の秘奥もその中の一つであり、人類の天敵であり闇の親玉である魔王を倒す以上教会からそのための人材を派遣するのは当然であった。


 特に一般のプリーストというのは回復魔法や人体強化を含む加護術式、魔境において一時的に闇を遠ざける聖域生成を初めとした結界術を得意としており、一般の傭兵パーティでも最低一人は参加させるのが常套手段である。神の加護を持たない魔導師にも回復の術はあるが、それは神の加護を持つ僧――プリーストに一歩も二歩も劣る。いるのといないのとではパーティの士気にも関わるのだ。


 ある意味パーティの肝となる存在であり、だからアズ・グリード神聖教が魔王討伐に際して、数あるプリーストの中でも特に絶対数の少ないアウト・クルセイド――戦闘経験豊富なプリーストを一人派遣したのも道理と言える。


 顔合わせをしていた酒場から一歩出る。昼間とはいえ、熱気と酒気が混ざった空気から新鮮な空気に変わり一息つく。

 そのままポケットから黒の石のついたイヤリングを取り出し、右耳につけた。


 通信用の魔道具である。耳につけて魔力を通す事で特定位置にいる待機メンバーと会話を交わす事が出来る非常に便利な魔導具だ。高価な魔導具ではあるが、基本的に野外活動がメインとなるアウト・クルセイドには各々配布されているものだった。

 ネーミングが電気とか使わないのに『電話』な理由は不明。発明者の故郷にある似たようなアイテムがそのような名前だからだとか噂はあるが真偽は定かではない。どうでもいい。


 魔力を通すとほぼ同時に、通信が繋がった事を実感する。

 教会総本山で待機しているオペレーターだ。機械じみた抑揚の少ない声は、俺がアウト・クルセイドの一員となってから何度もやり取りしている馴染みの声である。

 常在戦場、いつ何時死んでもおかしくない職務のため、二十四時間いつでも繋がるようになっている。


「おはようございます、アレス」


「クレイオ枢機卿に繋いでくれ」


「……了解しました。しばしお待ちください」


 枢機卿カーディナルは教会で第二位の地位を誇る役職だ。

 五人存在する教皇に直接お目通り出来る数少ない人物だが、中でもクレイオ枢機卿は教会が保持する僧兵モンクを始めとした戦力管理の責任者だ。英雄召喚を決定したのは教皇だが、それの段取りや実行はクレイオ枢機卿が全て一手に受け持っていた。

 立ち位置があやふやなアウト・クルセイドの統括者でもあり、勇者のお供として俺を派遣する決定をした男である。


 程なくして、クレイオ枢機卿――聖穢セイアイ卿、クレイオ・エイメンの声が聞こえた。

 一部を除いて平均年齢が六十近い枢機卿位の中では極めて若い男だ。恐らくまだ三十になっていないだろう。その声色は温和であり、話していると安心感を抱きそうになるが、魑魅魍魎とする教会の派閥争いの闇を後ろ盾なく駆け上がった才覚は決して常人のものではない。

 落ち着いた低めの声。


「何かあったのか? アレス」


「何かあったのかもへったくれもない。何だあのメンバーは!! 本当に王国は魔王を倒す気があるのか!?」


 実践未経験の勇者……は仕方ないとしても、仲間であり攻撃の要である魔導師メイジ剣士ソードマンが弱すぎる。

 あんなのではせいぜい中級クラスの魔物……オークくらいが精一杯だ。


 いや、正直に言おう。

 あいつらに比べた補助や回復を主とするはずの『プリースト』の俺の方がまだ強い。装備こそかなりの業物だったが、装備で実力は決まらないのだ。

 リミスもアリアもまだ十代半ばくらいだろう。年齢にしてはレベルは高めかもしれないが、そんなものは何の慰めにもならないのだ。戦闘技術の向上には経験が必要だ。今の彼女達はただの原石だった。磨けば光るが磨くだけの余裕はない。


「ふむ……魔導院も剣武院も人類最高の才能を派遣したと言っていたが……」


 間違えていない。俺は別に剣にも魔導にもそれほど詳しくはないが、間違えてはいないのだろう。

 だが……


「まず魔導師がフリーディアの娘だった」


「ふむ……リミス・フリーディアか……公爵も思い切った事をするものだな……」


 返ってきた冷静な口調に怒りを噛み殺す。


「レベルが……たった10だったんだ……」


「ロイダー・フリーディア公爵の一人娘……箱入り娘だから、そりゃレベルは低いだろう。彼は親ばかだな。会う度に散々自慢される。確かに子を可愛がる親の気持ちは一種の美徳ではあるが――」


 ちょ……箱入り娘なら箱から出すなよ!!


 プリーストが回復の要だとしたら、メイジは攻撃の要だ。いかに回復能力が高くても攻撃力が足らなければ魔族は倒せない。特に上位の魔族は高い再生能力を持つことも多いのだ。

 だから、大抵のパーティでは僧侶の次に魔導師が求められる。その二つの役割にどの程度練度の高い使い手をオファー出来るかがパーティリーダーの腕の見せ所とも言える。


「しかしそうか、リミス・フリーディアを出して来たか……予想外だな……あの男が一人娘に魔王討伐に向かわせるとは……」


「いやいやいやいや、いくら装備がよくたって後ろ盾があったって、あんな雑魚を持ってこられても……勇者が危険だ!」


 公爵の血族であったとしても、地位で魔王は倒せない。

 リミスやアリア、そして俺には変えがあるが、勇者には変えはないのだ。

 異世界召喚とはこの世の摂理を捻じ曲げる秘術。藤堂直継を召喚するのに十年単位で貯めこんだ大量の魔力を使ったと聞いている。二度目は恐らく――ないだろう。


 俺自身は世界平和がどうとか言う程の善人ではないが、藤堂直継が死んでしまったらそれは勇者パーティの回復役ヒーラーを担う事になるだろう、俺の責任となる。勿論、藤堂が死ぬような状態になったその時は俺も死んでいるだろうが、世間の非難の目は俺の家族にまで飛び火するだろう。それだけは避けねばならない。

 クレイオ枢機卿が窘めるような穏やかな口調で言う。


「申し訳ないが、勇者パーティのメンバーはそれぞれ、剣武院、魔導院、教会で一人ずつ選出する約束だ。利権の関係でな。こちらから口を出す事はできない。足手まといがいるのならばフォローしてやれ」


 違う。それは違う。

 足手まといがいるのではない。足手まとい『しか』いないのだ。


「剣士の方はどうだ? 剣王ノートン・リザースが自信を持って一級の才能を持つ剣士を送り出すと言っていたが……」


 だから才能じゃなくて現段階の実力を重視して欲しい……


「ノートンの娘だった……」


 それを言った瞬間、電話の向こうで咳き込むような音がした。いつでも冷静な男が珍しい。


「むふぁ……げ、ごほっごほっ……す、まん……そ、そうか。そう来たか……」


「ああ、レベル20で……胸がでかかった」


 むしろ胸しか見てなくてちょっとどんな人物だったか覚えていない。

 あんなのぶら下げて動きが鈍くならないのだろうか? いや、そんな事言われても本人は困るだろうけど……


「そうか……いや、知ってる。会ったことがあるからな」


「もっと詳しい情報が欲しいんだが」


「……そうだな。先入観に囚われるのも不味いが、情報がないのも不味い……か。アリア・リザースは一言でいうと……お転婆娘、らしい……」


 お転婆……娘!?

 とてもそんな佇まいには見えなかったが……というかそんな情報、別にいらないんだが……


「ノートンも手を焼いているらしくてな……プラーミャ流正統剣術を継ぐのを嫌がって、ミクシリオン流に鞍替えしたらしい。ノートン曰く、才能はあるらしい。……プラーミャ流の、な」


「……は?」


 意味がわからない。

 プラーミャ流正統剣術とミクシリオン流剣術は王国でも一、二位を争う剣術の流派だが、その体系は全く異なる。

 一言で違いを言うのならば、護る剣と攻める剣だ。剣術何て何でも同じだと思うかもしれないが、その二つは全然違う。

 プラーミャ流では盾が剣と同じくらい重要で、訓練時も常に盾を使うが、ミクシリオンは盾を使わない。それだけの差異で、足運び一つとっても大きく違いが出て来る。王国で推奨されているのはプラーミャ流である。


 別にミクシリオン流がプラーミャ流に劣っているとは言わないが、それにしてもプラーミャ流の開祖の家系だというのにそれを嫌がり鞍替えするというのはどういう事なのだろうか?

 そして、そんな女を勇者パーティに送り込んできたのはどういうつもりなのだろうか? しかも、強いならばまだわかるがレベル二十、レベル二十である! 駈け出しである!


 召喚されたばかりの勇者はしょうがない。しょうがないが、後の二人は許容できない。


 魔導院も剣武院も何を考えているんだ!?

 原石なんぞ出さなくても、経験を遥かに積んだ優秀な武芸者がいるだろ!!

 これから突入するのは草木すら瘴気に当てられ魔物と化す正真正銘人類未到の魔境なのだ! ピクニックに行くわけじゃないんだぞ!? わかっているのか!? わかっているならもっとマシなの寄越せ!!

 そんなに人手不足なのか!!


 そして、また元々、回復役ヒーラーというのは割にあわない職だ。どんなに頑張っても回復が間に合わず仲間が死んでしまえばそれはヒーラーのせいになる。

 今回の場合は尚更ひどい。メンバーが勇者と公爵の娘、剣王の娘だ。

 一人でも死んだら多分、俺即ギロチン刑。

 クレイオ枢機卿は実利を重んじるから、俺を守ってくれるかは微妙な所だ。それで責任を負わずに済むんだったら俺一人平気で見殺しにする男である。


「ど、俺は……どうすればいい?」


「……まぁ、足手まといが一人から二人に変わった所で大差はないだろう。圧力をかけてみるが、教会と魔導院、剣武院は完全に分権されている。結果は期待しないでくれ」


「え? マジで? このままやらなきゃならないの!? 倒せる気がしないんですけど!?」


 今の平均レベルだとオークの群れに出くわしたら全滅するような気がする。


 通信が切れてしまったイヤリングを擦る。が、クレイオが再度出る事はなく……

 呆然としたまま、イヤリングを外してポケットに入れた。額を揉んで表情を解す。


 マジかよ……。

 ある程度は予想出来ていたが、まさかレベル上げからやらなきゃならないのか……。


 

§§§




「……お待たせ……はぁ……」


「あ、お帰り。どうしたんだ? 疲れているみたいだけど……」


 先ほどの自己紹介より少しフランクな口調で藤堂が話しかけてくる。

 そうか。俺は疲れているのか……そりゃ疲れるわ!


 俺がいない間に何か会話していたのか、テーブルの空気は先程よりも若干緩んでいる。

 生意気そうな箱入り娘が偉そうな口調でこちらに僅かな険の混じった声を上げた。


「ほら、用事が終わったんならさっさと自己紹介しなさい! 日が暮れちゃうわ!」


「ああ……俺の名前はアレス・クラウン。アズ・グリード教会の神父でこの旅にはプリーストとして参加する事になる。レベルは――」


 そこで口を止める。不審そうな三人の顔。

 正直に言うのは不味い。なんたって三人の平均値は十五なのだ。俺とはあまりにも差がありすぎる。正直に言ってしまえば引かれるだろうし、勇者達の自信を損なってしまうだろう。何より、いざという時に頼れると思われてしまうと、精神的な隙が生じる。避けねばならない。

 幸いな事に、レベルの測定が出来るのは神職のみであって、このパーティならば俺という事になる。嘘をつこうと思えばいくらでもつける。

 アズ・グリードの教義では虚偽を悪徳と定めているので、本来の神父は心臓を握られても嘘などつかない。疑われる事もない。


 ちょっと迷って、下一桁だけ言うことにした。


「レベルは――3だ」


「3? たった3? ちょっと、そんなんで回復魔法ヒールが使えるの!?」


 ……まぁ、言ったレベルがレベルだから仕方ないとはいえ、たった10レベルの魔導師に言われると腹が立つな。


「ああ、回復ヒール状態異常回復リカバリーもレベル測定も、一通りヒーラーの役割はこなせる。安心してくれ」


「あ、そう……まぁ怪我しなければいいのよね」


 完全に信用していない眼だった。

 回復魔法については教皇のお墨付きである。そう言うと凄いように聞こえるかもしれないが、孤独に異端を狩り続けるアウト・クルセイドの面々に取って回復魔法とは最も重要なスキルの一つでもあった。


 藤堂が物珍しげに俺の隣に立てかけてある武器を見ている。

 握れる程度の太さの柄の柄頭に勇者の頭蓋程の大きさの棘付き鉄球が付いている武具。

 アズ・グリードの教義で僧は基本的に刃物を持てない。下らない教義だが、宗教とはそういうものだ。

 実はアウト・クルセイドには異端を狩るために刃が許可されているが、職務の都合上、大抵立ち位置は隠しているので基本、見えるように持つ武器はこの武器のような打撃武器……『メイス』という事になる。


 撲殺武器に見えて実は聖なる力が付与された金属で誂えられており、闇に潜む者には特に高い効果を発揮する武器だ。


「これはメイス……僧侶の武器だな……僧侶は刃物のついたものを持てないから。まぁ、打撃武器として使えるがどちらかと言うと回復魔法の効果を増幅する魔法使いの『杖』に近い。護身用の武器だから基本的には使わないと思ってくれ」


「そ、そうか……さすがファンタジーな僧侶だね……」


 棘だらけの鉄球を見て、藤堂がごくりと唾を飲む。


 何がさすがなのか、何がファンタジーなのか知らないが、まぁ良いだろう。

 甲冑ごと騎士を粉砕出来るくらいの威力はあるが、攻撃に使うつもりはない。回復魔法を増幅させるだけならばもっと持ち運びのし易い道具もあるんだが、武器を持っていないと魔物に狙われやすいからな……。


 リミスが「そんな撲殺武器、杖と一緒にしないでよ……」とか言っているが、杖だって本気を出せば打撃武器としても使えるのだ。筋力さえあれば鎧くらい簡単に破壊できる。杖が折れなければ、だけど。


 アリアが何か言いたげにこちらを見ていたが、そっちを向いてしまうとどうしても胸元に視線が吸い寄せられてしまうのであえて向かなかった。剣王の娘、欲望に負けて手を出したら、彼女の父親に悲鳴を上げる間もなく八つ裂きにされるだろう。


 藤堂がごほんと一度咳払いをして、締めくくる。大人しそうな顔をしていて、なかなかやる男だ。


「まぁ、ともあれ、皆で魔王を倒そう! これから宜しく」


「フリーディアの魔導の真髄をお見せしますわ、勇者様」


「未だ未熟な剣なれど、この力、勇者殿に預けよう。共に魔王を倒そう」


 やる気だけは満々な面々を見て、俺はため息をついた。

 まぁ、パーティ解散の最も大きい要因である人間関係の問題は起こらなさそうだ。

 そこだけは運がよかったというべきか。

 皆の視線を受けて、俺も一言だけ述べて所信表明とする。


「神の御心のままに」


 この時の俺は、今の状態が人生最低の状態だと思っていた。

 まさか、それ以上があるとは……俺が言える事はただ一言だけである。


 この世界は、クソッタレだ。

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