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◎◎


(ああ、融け合っていく)


 秕未銀華は、うっとりとそう感じた。

いま彼女は、スダトノスラム降臨教団本部ビルの地下で、【鉄扉】と呼ばれる存在と融合を果たしていた。

 彼女は地へと根を張り、暗黒の夜空へとその幹を、枝葉末節を伸ばしていく。

 ビルを突き破り、何処までも広がり、真火炉という名の街を呑み込み始める。

 その侵蝕の速度は、まだゆるい。

 教団前にいたあらゆる存在を呑み込んだだけで、それを全て栄養源シンビオントに変換しただけで、これから彼女は爆発的に広がっていくのだ。

 この世界すべてを、覆い尽くすまで。


(その為に――【鉄扉】が必要だった)


 幾つもの意識、摂り込んだシンビオントたちの感情を自らに溶かし呑み込み栄養に変えながら、彼女は思う。


(この力を、手に入れなくてはいけなかった)


 彼女の内部に、【鉄扉】はいま存在し、その錆び付いた扉を、何のしがらみをもなく解き放っている。

 【鉄扉】の向う側から、【真理】と呼ばれる類のものが流出し、そして銀華はその【真理】に干渉を始める。

 世界の真理――それは人間の集合的無意識そのものだった。

 【終焉王】。

 銀華に真っ先に融けた四方坂よもさか了司りょうじがそう呼んでいたものは、確かに世界を滅ぼしかねない代物だった。

 人類の総意がそれを望んだのなら、観測者すべてがそう願うのなら、世界の一つなど容易く消え去る。

 それを、他ならない銀華はよく知っている。

 銀華だからこそ、それを知っている。


(何故なら私は、秕未華蓮のかげだから)


 その意思は、既に銀華が完全に主導権を握り、一切表に浮上してくることはないが――あくまで表は秕未華蓮。

 秕未華蓮という人間の、その陰に咲く華――陰華いんかこそ銀華インファなのである。


(それを、秕未華蓮は忘れていた。それでいいのだけれど、彼女は忘れた。だから、叶えなくっちゃいけない、託された夢を――【幻想】を!)


 秕未銀華はすべてを呑み込んでいく。

 秕未神社のご神体。それは伝承に残る空か落ちてきた種。星の胤。世界の種子。エンブリオ。

 その伝承をもとに生まれた銀華は、だから呑み込む。

 琥珀色の樹木の津波となって、真火炉町を、そこに生きる人間を、シンビオントを、【バブルヘッド】を、なにもかも。

 その虚ろな内部に、たった一つの願いを宿して。

 ただ一つ、この世界の徒花アダバナとなるために。


「――朱人ちゃん」


 銀華は、たおやかに微笑み――言った。


「もう――苦しまなくって、いいからね……?」


 その笑みは、心の底から彼の少年を案じ、慈しむものだった。

 世界は、秕未に沈んでいく――




第八章、終

第九章に続く

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