第八章 死神は真紅と時を刻む

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 マルグリッド・ローズマリーと清水しみず義孝よしたか

 その二人の関係性を端的に表すならば、それは【相棒】という言葉が最も相応しいと――少なくともマルグリッドはそう考えていた。

 【ヘルメスの庭】と呼ばれる秘密組織に於いて、彼女たちは幾つもの功績をあげていた。幼い頃から一種の天才として教育を受け、机を並べて学び、時に切磋琢磨するライバルとして、時にともに高め合う学友として、時に――


(時に、愛を語らう恋人同士として――同じ道を、歩んでいた)


 相棒という言葉を、マルグリッドは意識的に選んだが、その、もっと奥深い部分では【伴侶】という言葉こそを望んでいた。

 彼女は義孝を愛していたし、義孝もまた、マルグリッドを憎からず思っていた。


(その、はずだった)


 チャペル教室。

 それは天才チャペル・アズラッド博士が設立した【ヘルメスの庭】の研究機関である。

 人類を破滅にすら追い込む可能性を有する概念――破滅的危機概念に対抗し、更にシーキューブを通じて世界そのものを探求せんとして発足されたそれは、人造のC₃シーキューブを生むに至るほどの成果を上げた。


(チャペル先生は、著書でこんな言葉をのこしたっけ)


『君達が敵として望むような明確な〝邪悪〟など、今の混沌としたこの世には存在しない。あるのはただ、自分勝手な正義と、充たされない自尊心、そして潰えた夢や希望だけなのだ』


(そうして、こう続けた)


『そんな漠然としたものたちが、いつかは世界と人の世を滅ぼす。だから我々は、世界の真理へと、確実に一歩を踏み出し続けねばならないのだ』


 その言葉の意味を、マルグリッドは完全には理解できていない。

 教室一の才媛と呼ばれる彼女であっても、必ず一度は天才と称されたことがあるC教室の誰であっても、チャペル・アズラッドと比較されれば天才としての格が違う。その真意を汲むことなど出来はしないし、


(そもそも、あれは先生一流の、単なる詩的表現だったのかもしれないんだ)


 そうやって、彼女は己を納得させる。

 理解できないものを理解できないものとして扱う。それが研究者マルグリッド・ローズマリー最大の長所であり、同時にウィークポイントでもあった。

 少なくとも、彼女には今の状況が、欠片も納得できるものだとは、ついぞ思えなかったからだ。


「――――」


 夕暮れの海辺だった。

 真火炉まほろ町の南西部に位置する外洋を望む切り立った崖の上。

 そこで、夕焼けが徐々に濃い藍色に呑み込まれていくのを、彼女はサングラス越しに漫然と眺めている。

 その背後には、スッと影法師のように伸びる男性の姿があった。

 女性受けをしないと言われ続ける精悍な顔つきの彼の名を、マルグリッドは知っているようでもう分からなくなっていた。

 清水義孝――かつてそう名乗っていた人影が、口を開く。

 その大空を蝕む夜の、零れ落ちた深く黒い欠片で彩られたような口唇から吐き出されたものは、死者が冥府で呻くような陰々滅々とした声だった。


「シーキューブ――破滅的危機概念――君達がそう呼ぶものは、一つの可能性に過ぎない」

「……可能性?」


 振り返らないまま問い掛けるマルグリッドへと、その黒色は言葉を返す。返す言葉に精彩はなく、ただどうしようもない事実を疲れたように噛み締めている、そんな響きがあった。


「【真理】からこぼれ落ちた【幻想】――黒の王が己の後継を生むためにくいくつもの種子の一つ――世界を滅ぼすだけの可能性とは、即ち世界と同価値の【幻想】であるという事」


 マルグリッドは、首を振った。

 その美しいブロンドの髪が、左右に揺れる。


「なにを言いたいのか、分からないぞ、義孝」

「……人は、産まれながらに【幻想】を求める。不確かな夢を見る」

「それが悪いことだと?」

「この世に、真に邪悪なものなどない。世界にとって有益であるか、そうでないか、それだけの違いでしかないんだ」

「…………」

「…………」


 そこで、会話が途切れた。

 夕焼けの真紅の空はもうほとんど夜色に染まっている。烏羽玉うばたまにも似た色合いが、世界を包もうとしている。

 長い、長い沈黙の末に、影法師は、苦しそうに言葉を吐きだした。


「何故――


「…………」


 マルグリッドは答えなかった。

 そんなことは、きっといま背後に立つ男にも分かり切っていることなのだと理解していたからだ。


(そうでないと、私の立つ瀬がないじゃないか……)


 金色の髪に、真紅のドレスの彼女は、ゆっくりとその右手を空へと掲げる。


「クァチル――ウタウス」


 哀切に震える声が、その名を呼んだ時、異形の存在は既にそこにいた。

 影法師が振り返る。

 そこに、木乃伊のような化け物――クァチルウタウスがいた。

 その全長は、かつて影法師が目にしたときの倍以上はあった。

 獰猛な呻きを、その特徴的な口元から洩らす木乃伊から眼をそらさずに、影法師は背後へと言葉を放った。

 背中合わせに、無意味な言葉が交わされる。


「どれだけの人間を君は殺した」

「私は、殺してなんかいない! この【C₃】がすべてやったことだ!」

「君が願わなければ、こんなものは産まれはしなかった」

「願うことの何が悪い! 取り戻したいと祈ることの何が悪い!?」

「……清水義孝の事など、忘れてしまえばよかったんだ」

「そんなこと……っ」


 ――そんなこと、できるわけがない。


 身を折り曲げて、両手で身体を抱きしめて、ぽろぽろと涙を零す彼女の事を、影法師は見ていない。

 ただ、影法師の鼻腔を、潮風がくすぐる。潮風の中に混じる――錆の臭いが。

 影法師は、その臭いがなんであるかを知っていた。

 人の命の――血の臭いであった。


「義孝ぁっ!」

 真紅の悲痛な叫びに、

「……清水義孝は、もういない」

 その影法師は、懐からを取り出すことで応えた。


鴉樫あがし清十郎せいじゅうろう――それが死神の名前だ」


――『変神ARRIVAL』。

 その聖句と共に、影法師は仮面を被る。影法師の顔だけが、白く染め上げられ、道化のような笑みを――哀しげな笑みをそこに刻む。

 その体の上には、いつの間にか白衣が現れ、それが空と同じように混沌とした夜の色に染まっていく。髪の色はより黒く、闇夜の鴉のようになお黒く。

 そして、その手に緋色の刃が姿を現す。

 長大な野太刀を携えて、仮面の男は、

 死神しにがみ――鴉樫清十郎は眼前の化け物へと斬りかかった。


「お前を殺したくない!」


 マルグリッド振り返り、叫ぶ。

 しかしその言葉とは裏腹に、炯々けいけいと鬼火を双眸そうぼうに宿す木乃伊は、その硬直した両の鉤爪を振り上げ、鴉樫清十郎をこの世から消し去らんと動く。


(殺したくない――だけど、いまは消えてもらうしかない。消えても、何とかなる!)


 マルグリッドの想いは、複雑を極めていた。

 彼女があの、奇妙な黒の王と出遭ったのは、清水義孝が彼女の前から姿を消して暫くしてからだった。

 義孝は、C教室のある実験――【真理】に至るための実験に自ら志願し、とある刀状のシーキューブを所有することになった。その実験とは、破滅的危機概念同士をぶつけることで、行き詰った研究に突破口を開こうとするものだった。

 義孝は、シーキューブの所持者と戦うことになった。

 ただ、そのとき義孝は想定してもいなかったのだ。彼の戦う相手が、まだ年端もいない少女であることなど。

 本来別のシーキューブを隔離するために造られた封密ふうみつ空間――で、その少女と顔を合わせた瞬間、義孝は実験の中止を進言した。しかしそれは、他でもないその実験主任とマルグリッドによって無視された。


(私は、世界の真実が知りたかった。義孝と一緒に、その真実を目にしたかっただけなんだ)


 実験は強行された。

 義孝と少女は始めこそ戸惑っていたが、やがてシーキューブに支配され、お互いに殺し合い――


(そして、義孝は暴走した。正気を失ったように、施設の何もかもを破壊して、人員を蹂躙して、そして姿を消した)


 それが、五年前――

 義孝の相手を務めたシーキューブ所持者――それがその日のために調整を受けた人造存在――四方坂初音であった。


(義孝は消え、四方坂初音もまた消滅した。実験主任のティルト・ノーマンはその大失敗を隠蔽するため、教団ビルへの襲撃があったと架空のストーリーをでっち上げた。自らも一線から退き、封密空間を四方坂了司の管理下へ委譲した)


 真火炉町自体が、一つの大きな実験場であったのだと、マルグリッドが知ったのはもう少し後の事だったが、その時にはもはや何もかもが手遅れだった。


(義孝を失ったC教室は瓦解を始め、私のすべてだった何もかもがことごとく散逸していった。この世界に呑み込まれていった。私は義孝の姿を求めて世界を転々として、そして出遭った。あの黒の王に。黒の王は、私に【幻想】を授けて。その幻想ですべてを――嗚呼、だから)


「GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

「…………」


 咆哮をあげるクァチルウタウスと、仮面にすべてを包み隠した鴉樫清十郎が、爪牙そうがと剣を交える。触れればすべてを風化させる木乃伊は、しかし死神の前では押されていた。

 その致死のかいなが、悉く緋色の刃によって跳ね除けられる。如何なるものも寄せ付けないチカラが、しかし鴉樫清十郎の間では通用しない。

 剣閃が跳ねた。


「GIRIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!?」


 化け物が絶叫をあげる。

 その左腕が斬り飛ばされて宙に舞い――一瞬で燃え上がる。燃え尽きる。

 片腕になった化け物が一歩下がるが、鴉樫清十郎はそれを追跡しようとはしない。ただ仮面の奥から暗い眼差しがジッと見つめている。


「RURURUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 クァチルウタウスが吠える。

 空中に霞のような何かが生じる。灰のようなそれは、一瞬ごとに隣り合うものが繋がり合い、纏まり、やがて一つの形を成した。

 ――

 斬り飛ばされたはずの左腕が、巻き戻すように化け物の左肩に舞い戻り――癒着、復元を果たす。


(そう、だから!)


 マルグリッド・ローズマリーは叫んだ。


「私は――!」


 それこそが化け物――破滅的危機概念クァチルウタウスが宿す【幻想】。時間操作による過去遡行であった。

 これまですべてのものが風化し錆び付いていたのは、その手によって時間が強制的に加速されていたにすぎないのだ。瞬間移動もその産物。マルグリッドは、その逆を行おうとしていた。


「人間の時間を、命の時間をこいつに喰わせる! こいつはどこまでも肥大化し、やがて世界のすべてのトキを刈り取り、その全てを自在にする! そして私は――取り戻すんだ……っ」


(あの、黄金のようだった過日を! 皆がいて、義孝が私の傍にいた日々を!)


「だから、いまは死ね! 清水義孝ッ!!」


 マルグリッドの激発した感情に呼応するかのように、クァチルウタウスが吠える。その全身がさらに二回りも巨大化し、鴉樫清十郎に襲いかかる。

 だが――


「黒の王――それは、ヒトの集団的無意識の一具現――優れた個がすべてを統率することを望む、思考を放棄し指導者を待ち望む人間のエゴが生み出した存在――ニグラレグム。我意の極限」


 鴉樫清十郎は、その迫る脅威に微塵も動じることなく――そんな事はたいしたことではないのだというように――静かな言葉で【真理】を語る。


「C教室の目指した【真理】とは、その集団的無意識に接触することで、この世のことわりを解き明かそうとするものだった。チャペル・アズラッドは、殆ど世界の真実に到達していた――はき違えていたのは、それ以外の全員だった」

「なにを、義孝、お前は何を言って――」

「【幻想】は世界と同価値。【幻想】を【幻想】ではなくしたものが世界を支配する。ニグラレグムは、二千年前に生まれた救世主と同じものを――それより過去に生まれた指導者たちと同じものを、いまの世界に生みだす装置に過ぎない。人類を導き種の繁栄を願う、そんなありきたりな概念の切っ掛けを造るものでしかない。だがそれは、を優先するあまり、時にとしての人類を滅ぼしかねない危険を秘める――破滅的危機概念とはそう言うことだ。そして【死神】とは――」

「――クァチル、ウタウス!」


 それ以上先を、マルグリッドは聴くわけにはいかなかった。聴いてしまえば、自らのすべてが崩壊してしまうことを、彼女は直感的に悟っていた。もう絶対に、清水義孝という存在を取り戻せなくなる――その確信があった。

 だから彼女は、自らの【幻想】を疾駆させる。

 その鴉色の闇をこの世から消し去ろうとして――


「【死神】とは、集団的無意識が生み出した人類全体を守護する概念――【幻想】を撃ち砕く滅私の極限――だから既に――


 緋色の刃がきらめく。

 巨人と化した木乃伊の、その頭頂部から股間まで、朱の線が走る。その線はやがて燃え出し、その炎は木乃伊の全身を枯れ木を燃やすようにあっと言う間に包み込んで、そして、この世から完全に消し去った。時間を巻き戻す猶予など与えず、概念ごと燃やし尽くした。


「だから、どれほど時間を巻き戻そうと、世界の理から外れ、因果から外れた存在を呼び戻すことはできない。出来ないんだよ、マルグリッド」


 鴉樫清十郎は、そう告げた。

 その声には黒以外の色は存在しなかった。塗り潰したような闇があるだけだった。


「鴉樫――――!」


 聴く者の胸を締め付けるような哀切の叫びを上げながら、そしてその声に震える存在が最早この場にはいないことを理解しながら、マルグリッドは地を蹴った。

 鴉樫清十郎へと襲い掛かり、


 ――閃。


「…………」

「…………」


 ブロンドの、真紅のドレスの女性は倒れ込む。

 鴉色の髪の、漆黒の衣装を纏う死神は、刀を取り落とし、彼女を受け止める。

 死神にもたれかかり、がっくりと項垂れる女性の顔から、サングラスが外れ、その場に落ちる。

 死神が名を呼んだ。


「マルグリッド」

「――――」

「マルグリッド・ローズマリー」

「――なぁ」


 弱々しい声で、掠れて消えそうな祈りで、彼女は自分を抱きしめる男に、こう訴えた。


「せめて……あの頃と同じように――私の事を、呼んじゃくれないか……?」

「…………」


 死神は。

 夜色の漆黒は。

 その鴉色の存在は。


「――マリィ」


 マルグリッド・ローズマリーを、その名で呼んだ。


「……嗚呼」


 最早互いに言葉はなく、マリィと呼ばれた真紅の女性は――――穏やか微笑を浮かべ、そして焔となって消えて逝った。


「――――」


 鴉樫清十郎は消えゆく炎を不器用に抱きしめ、無言のまま、暫し佇む。


「――――」


 長く、短い時間が流れ、空はすべて濃紺に染まっていた。

 銀の月が、静かにひとりきりの死神を見詰めている。


「――はじまったか」


 鴉樫清十郎がそう呟いた時、真火炉町の中心地に、突如琥珀色の巨大な光の柱が立ち上がった。

 光は捩り合い絡まり合い、やがて一つの巨木を完成させる。

 その光が納まる頃には、もうその崖の上には誰もいなくなっていた。

 吹き抜ける強い潮風が、主を失ったサングラスを、僅かに揺らしていた。


◎◎


「――はっ、はっ、はっ、はっ――」


 玖星ここのほし朱人あけひとは走っていた。

 息を切らし、足をもつれさせ、何度も何度も転倒しながら、それでも彼は走っていた。初め朱人は、秕未しいなみ神社を目指していた。

 秕未華蓮かれん

 朱人の幼馴染であり、昨日再会したばかりの少女。

 その少女を探して、朱人は走っていた。

 秕未神社を目指したのは、秕未銀華インファの使役するシンビオントが、その方角を目指して走っていくのを見かけたからだ。

 だけれど今、彼はその道を半ばから引き返している。


「――はっ、はっ、はっ、はっ――」


 朱人は、別段体を鍛えてはいない。

 その反応速度の向上を目的に、簡単な護身術程度は修得しているが、基礎体力といった面では、はっきり言って平均的な高校二年生に劣る。

 だから、いま彼の肉体は半ば限界に達しつつあった。


(心臓が、破裂しそうだ。鼓動が、頭の中で煩い。耳がグワングワンとなる。血流が轟々と鳴っている。喉が渇いた、口のなかが泡だらけだ、肺が痛い、息が吸えない、苦しい、苦しい――苦しい、けれど)


 走る。

 玖星朱人は止まらない。

 彼は見たのだ。

 秕未神社へと向かう道すがら、すれ違った高級車の後部座席に――彼の知る幼馴染の姿があったことを。


(スダ教――スダトノスラム降臨教団!)


 その運転手と、華蓮の隣にいたものが、白い詰襟を着ていたことを。


(僕の行く手を遮ったのは、華蓮を拉致する為かっ。監視されていたというのか、この僕が。華蓮が。何故だ? 僕は救世主だ、【バブルヘッド】どもの策略でいつ人類全体から迫害されてもおかしくはない。だが、華蓮は何故だ? あいつが銀華と同一だなんて、知っている人間は僕以外に居ない筈で、それとも全く関係ないのか? そんな事とは一切別の――)


 朱人の脳内は千々に乱れていた。

 思考は一向にまとまらずどこまでも拡散していく。既に10キロ近い距離を、彼は全力で走り続けていて、それは運動不足な少年にとって確実にオーバーワークだった。

 思考するだけの余力がなくなり、頭の中が段々と白ばんで行く中、それでも朱人は足を止めなかった。

 疲労はピークで、足は乳酸に重く、動きも鈍っている。

 それでなお、走る。


(……分からない)


 自分がなぜ、こうも必死になっているのか、朱人には分からない。

 秕未華蓮に固執する理由に思いあたらない。

 


(分からない――分からないが、しかし)


 いま自分は未知の感情に突き動かされている――朱人は、それを感じていた。彼が生きてきたこれまでの人生で感じた事のない、切実な、息切れなどでは断じてない胸が苦しくなる感情に。

 だから、走る。

 それしか芸がないのかと頭の中の自分に馬鹿にされようとも走る。

 止まらない。

 止まれない。

 ……その時の玖星朱人には、周囲のすべてに気を払うだけの余裕が存在しなかった。それだけ必死であるためだったが、故に彼は見逃した。

 【バブルヘッド】。

 すべての人類に寄生していると玖星朱人が定義する、人類の支配者たち。

 その灰色の小人たちには、頭部を発光させコミュニケーションをとり、人類間の【雰囲気】を制御する力があった。

 その【バブルヘッド】達の頭部が、いま、すべて一つの色に変わろうとしていた。

 玖星朱人は気が付かない。

 それが恐怖を意味する色であることを。

 走る。

 眼の前に、遂にスダトノスラム降臨教団の本部ビルが見える。

 大量の人だかりと、響き渡る怒声と罵倒と奇声。

 そこは、大量のシンビオントとガラの悪い男たちが血みどろになりながら争う戦場と化していた。

 朱人は確信した。

 そのビルの内部に、幼馴染がいるのだと。


「――華蓮!」


 喧噪に負けじと、朱人が、衝動のまま叫んだ瞬間、すべてが一変した。

 凄まじい地鳴り。

 それと同時にビルの地下から、琥珀色の光が立ち昇り――


「――――」


 朱人は、自らが白銀に染められていくことを感じ、意識を失った。


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