強硬と強攻

 トリムたちの前に、4機のガーディアンが現れた。うち3機は、前日の夕方に戦ったものと同じだったが、1機だけ、別格のオーラを漂わせていた。

 新紙のように真っ白で、砂埃が少し付着しただけでも汚れとして目立ちそうな外装。大きさで言えばスーパー級のプラズミに匹敵していて、一歩を踏むたびに地面が大きく揺れ、アスファルトの脆い部分では地割れが発生するところもあった。

 その機体の存在もあってか、前衛の3敵機は自信満々に進軍してきた。

「一匹、手ごたえのありそうな奴がいるな」

「他は昨日と同じだから、とりあえずはアレを警戒しとけば良さそうだね」

 プラズミたんが分析した敵機の情報が表示される。その横に、前回の敵機の情報も表示されたが、全て同じだった。

「白い機体はスーパー級でスが、動力など基本設計はラーフ帝国製のものと一致していまス。登録名称は『ホワイトラージ』」

「要するに、小っこい奴らと強さは変わらないって事か?」

そうとも限りまセン、とプラズミたんはホワイトラージの胴に付いた砲台と、背負っている大きな剣を指す。

「あの刀は当たれば痛いと思って良いデショウ。胴にはエネルギー収束器が装備されているので何らかの遠距離攻撃ができると考えられまス」

ホワイトラージは、3機の小さいガーディアンに守られる将軍のように、堂々と立っていた。

 鬼電はエンダーに乗っているトリムにテレビ電話を繋いだ。トリムは一瞬、驚いた顔になるが、相手が鬼電だとわかって平静を取り戻す。

「それじゃあ、作戦会議をしよう」

「殴って終わりでいいじゃねえか」

「僕の予想では、ホワイトラージを倒してしまえば弱いの3機は逃げそうだけどね」

「まあ、雑魚とはいえトンズラしてくれるならその方がありがたいわな」

 鬼電は、トリムの言葉を、戦いが早く終わってありがたい、という風に解釈した。

 トリムは、むやみに敵を殺しそうにならずに済む、という意味も込めていた。

「じゃあ、ホワイトラージ集中狙いにしよう」

すると、プラズミたんが気を遣って、それぞれのコックピットに表示されるホワイトラージを赤い丸でロックした。ホワイトラージは人工知能で動いているようでス、と付け加えた。

 トリムは心の中でガッツポーズをしたが、平静を装った。

「桃子のやつは、まだ来てないのか?」

「桃子さんらしき人が乗る車がこちらへ向かってきていまス。到着にはもう数分かかりそうでス」

「待つ時間は無さそうだね。相手は今からやる気マンマンみたいだし」

「じゃあ、さっさと始めるとするか!」

エンダーの背中から青い炎が噴射された。


 エンダーは通せんぼする前衛の3機を飛び越え、一気にホワイトラージへ接近する。

 ホワイトラージは待ち構えていたかのように、直進して向かって来るエンダーを狙って剣を横に薙ぎ払う。力強く振られた刀は強風を生み、その風は街路樹を大きく震わせた。木の葉が大空に舞う。

 ——大空に飛ばされたのは、木の葉だけだった。

 剣を振り終えたホワイトラージはどっしりと構えていたが、目の前にエンダーの姿が見られないことに気が付くと、焦ってその首を横にひねらせてエンダーを探す。

「ここだよ!」

ホワイトラージは後ろから押されるようにドシンドシンと前へ歩くように倒れてうつ伏せになる。背負っていた剣を抜いて無防備になっていた背部にエンダーの拳が叩き込まれたのだ。真っ白な装甲に黒い傷がついたが、さすがスーパー級なだけあって、大きな決定打にはなっていないようだった。

 しかし、ホワイトラージを守ろうと躍起になっていた前衛を焦らせるには十分な攻撃だった。

「4機全てがエンダーを狙っているようでス」

「そうだろうと思ったさ!」

前衛の敵がマシンガンで一斉掃射を開始する。エンダーは高速で移動し、弾丸はエンダーの足のわだちを追うようにアスファルトを跳ねた。とはいえ、3機もの敵に狙われてしまうと、下手な鉄砲も数を撃たれれば何発かは当たってしまう。

「エンダー、損傷率およそ20%」

エンダーの脚部パーツから黒煙が上がる。が、そのスピードは衰えることはなかった。

 一方、誰にも狙われていないプラズミは、腕をホワイトラージに向けて構えていた。

「腕、飛ばしていいと思う?」

「誰にも接近されないので、構わないと思いまス」

「よし、照準はホワイトラージに合ってるし……」

「ダメだったらやり直しまスので」

「じゃあいくよ!」

「エコーは必要でスか?」

「必要!」

「了解でス!」

「ロケットパーンチ!」

 プラズミの腕と体が離れ、腕の付け根から強い勢いで炎が噴射された。その腕は戦闘機から発射されたロケットのように、ホワイトラージに向かって一直線に飛んだ。

 ロケットパンチは勢いを緩めることなくホワイトラージの肩を貫いた。その部分からオイルが溢れ出る。

「……というか、これ、関係者から苦情がきたりしないんでスか」

「だって……説明書に『ロケットパンチ』って書いちゃったんだもん……」

「説明書に書いているなら問題ありまセンね!」

 と、プラズミが飛んで行った腕を待っている間、ホワイトラージが剣を構え直していた。

「ホワイトラージの攻撃、来まス」

 ホワイトラージはエンダーを左右対称に叩き切り分けるように剣を縦に振り下ろす。

 しかし、スピードを落とすことのないエンダーに一点集中の攻撃を当てるのは無理に等しい。トリムは容易に剣の動きを見切って、汗一滴垂らすことなく回避する。地面に当たった剣がアスファルトを砕き、砂埃を舞わせ、ホワイトラージの真っ白な脚部を茶色にする。

「当たれば痛そうだな。当たらなければどうってことないが」

 砂埃が霧散した空で別の空間が開き、そこから桃色のガーディアンが降ってきた。

「桜威、出現しました」

「遅かったじゃねえか。1時間と数分の遅刻だ」

「何度見ても興味深いなあ、あの空間」


 二人が搭乗した桜威のコックピット内。

「ちょっと、狭いぞ!」

「仕方ないじゃん! たぶん一人用なんだし!」

コックピットの中にはシートが一つしかないうえ広くもないため、二人乗りをするにはどちらかがシートの後ろに回り込んで中腰の姿勢をキープしていなければならない。

 桃子しか操縦できないため、必然的に桃子がシートに座って、柊がその後ろから顔を出すという構図になる。

「アタシ、どれが敵でどれが味方なのかわからないな」

「えっとねー……」

「では、コックピットに表示させまスね!」

桃子たちが見ている画面に、突然、萌えキャラクターがひょっこりと現れた。

「うわー! びっくりした!」

「この子誰だよ!?」

「申し遅れましタ。ワタシは、プラズミ補助操作プログラム、プラズミたんでス」

 鬼電がプラズミたんプラズミたん言っているのを覚えていた桃子は、”あー君が例の……”、と納得した。対して、フォーチュンの事情を全く知らない柊は訝しげな顔でプラズミたんを見ていた。

「というか、こんなこともできるんだ。プラズミたん」

「イエ、さすがにファンタズム機を見るのは桜威が初めてなので、ハッキングには時間がかかりそうでス。なので、今回はプラズミと桜威の固定通信機能から無理矢理ソフトウェアを……」

 長々と講釈を垂れ流すプラズミたんだが、その言葉の数々は彼女たちの耳を通り抜けていくだけであった。

(桃子、この子が何言ってるかわかるのか?)

(全然……)

「わかりやすく言えば、この場限定の軽量版でス!」

と、プラズミたんがどや顔を決めている間に、コックピットに表示されていた数々のガーディアンが赤色のものと青色のものに分けられた。

「これは?」

「敵と味方の判別機能でス! 赤色が敵、青色が味方でス」

「へー。最近の兵器って、こんな機能が付けられてるのか」

「はい。これなら初めての人にもアンシン!」

「それで、戦況はどうなの?」

「一進一退というところでショウか。二人は、大きい『ホワイトラージ』を集中攻撃しています」

「私もそれに乗ったほうが良い?」

「おそらく」

「わかった」

 桃子は操縦桿を握る。その顔は緊張で強張り、少しだけ震えていた。

 そんな桃子の手を覆うように、柊の手が重なった。

「アタシは桃子の怖さを取り除くことはできないけど……」

「桃子の苦しみを和らげたくて、戦いが嫌いなアタシですらここまで来てるんだ」

「大丈夫。桃子の身に何があっても、アタシが何とかしてみせるから」

柊の温かい手に触れた桃子の冷たい手。その震えは、次第に止まっていった。

「震えが止まった……!」

「まあ、これもこの場限定の軽量版ってやつだろうけどね!」

「それは言わないでよ!」

「そんだけ軽口が叩けたら本当に大丈夫そうだな」

「ところで、柊の手、めっちゃ温かいね。体温の違いなのかな?」

「あ、これ? お尻の下に敷いて温めてた」


 トリムと鬼電に、プラズミたんから連絡が来る。

「桃子サンの精神状況、快方に向かっています」

「よかった」

「トリムサンも問題ナシ。鬼電サンは言うまでもナシでス」

「そうだよねー」

「だったら、遠慮なく作戦続行するか。アタックブースター!」

 ホワイトラージの周囲をグルグルと回っていたエンダーだが、トリムが発した掛け声と共に、地面を溶かしてしまいそうなほど大きな炎を爆発させ、急加速した。

「うおお! フィニッシュブロウ!」

その速度を保ったまま、ホワイトラージの頭部に渾身のパンチが決まる。瞬間、その頭部は胴体を離れ、遠くにあるプールかなにかに落ちる、ドプンッという音がした。しかし、ホワイトラージが止まることはなかった。

「おい! 頭部を破壊したんだからお前の負けだろ!」

「機械に闘技場のルールを押し付けるのは難しいかな」

「でスね」

「お前らが言うか」

「残念ながら、ホワイトラージのセキュリティ対策は万全のようで、ハッキングは失敗しましタ」

「ホワイトラージ、まだ動けるの?」

「ほぼ完全に破壊しなければ止まらないでショウ」

「頭飛んでるのに、未だにピンピンしてやがるぞアイツ」

パイロットがいなけりゃいないで面倒臭えな、とトリムは舌打ちをした。


 一方、桜威の中。

 柊の軽口を皮切りに勃発した、桃子と柊の、冗談の言い争いが収まった頃。ホワイトラージの頭部が飛び、柊が悲鳴を上げる。

 ——狭い部屋、座る桃子の後ろで、柊は叫んだ。

「キャー!」

「うるさーい! 耳元で騒ぐなー!」

「だって、敵のやつ! 頭が飛んでったよ!?」

「そ、それは……助けてプラズミたん!」

「それは問題ありまセン」

「どうして?」

「ホワイトラージには人は乗っていないからでス」

「人、乗ってないんだ?」

「人工知能だね。ちょうど、この子みたいに」

桃子は画面内をうろつくプラズミたんを指さす。プラズミたんもそれに頷く。

「あんな感じでスが、完全に破壊するまでは止まらないと思いまス」

「じゃあ、もっと攻撃しちゃっていいんだよね?」

「ロボットが相手なら、倒しても大丈夫だな! 倒されないようにしろよ!」

「そっちこそ、この中でゲー嘔吐は止めてよ!」

「言ったな!」

桜威の背部から、たくさんの粒子が放出される。空を飛んで、アクロバットを決めんばかりにジグザグとホワイトラージへと向かっていく。

 空高く舞い上がってソードを取り出し、それに全体重を込めてホワイトラージを上から切り付ける。

「いけー! オーラ斬りだー!」

「騒ぐなって言ったくせに、なんだかんだ叫んでるじゃないか、桃子!」

 ピンク色の気体に包まれたソードがホワイトラージの外装を溶かし斬る。大きな手が桜威を払いのけようとするのを旋回して避ける。

 三機の小敵ガーディアンは相変わらずプラズミには目をくれず、ホワイトラージに絡みつくエンダーと桜威を狙って弾丸をばらまく。弾はそれぞれの機体にほぼ全弾命中してしまう。

「ちぃっ!」

エンダーの脚部の損傷が大きくなり、オイルが漏れ出す。トリムとエンダーはDLSによって痛覚でもリンクしているため、トリムの足にも刺さるような痛みが走るが、歯ぎしりをして耐える。

「ぐあっ!」

「桃子!」

桜威のボディに数々の弾痕が残る。弾の勢いで倒れそうになるのをどうにか持ちこたえる。桃子の呼吸が少し荒くなる。

「桃子、大丈夫か!」

「うん。よくわかんないけど、どっと疲れが……」


 プラズミの中では、鬼電とプラズミたんがある計画を立てていた。

「準備、できた?」

「『アカラナータ』、用意できてまス!」

「サンダーボンバーも?」

「いけまス!」

「よし、目標、全敵!」

誰にも狙われていないプラズミの胴から出てきた避雷針には電気エネルギーの塊が形成されていた。ホワイトラージに纏わりついているエンダーと桜威を倒そうと接近していた敵機全てにロックオンされる。

「『アカラナータ』、起動!」

プラズミの周囲にAL粒子と呼ばれている粒子が溢れだした。それはプラズミの能力を一時的に底上げすることができるのだ。主にガーディアンに乗るリンゲージが発生させることができるこの現象は『加護』と呼ばれている。

「お、『加護』、成功した?」

「AL粒子の増加を確認!」

「あー……。その、なんちゃら粒子ってなんだっけ……?」

「話は後でス」

説明書に手をかけていた鬼電は、あ、と声を出し、コントローラーを持ちなおす。

「サンダーボンバー!」

ボール状の白く光るエネルギー体がビームとなって、エンダーの周囲に集まっていた敵機を溶かしていく。なんとか反応して避ける敵もいた。

「ホワイトラージ含む2機に命中。ホワイトラージは中破、他1機は戦闘続行不能レベルの大破でス」

「1機しか倒せなかったかー……。それにしても、一撃で敵を倒せるとは。加護があると違うね」

「それより、加護付きサンダーボンバーが直撃してやっと中破というホワイトラージの装甲を褒めるべきでス」

「さすがはデルス・ラーフの制作物だなあ」

「そのホワイトラージでスが、エネルギーを溜めているようでス」

「ビーム系だ……! 皆に連絡して!」

「了解しましタ」


 エンダーに道路を走り回らせているトリムの頭上で、小さくアラートが鳴る。

「何だ!」

「ビームが発射されるようです」

「ビームは厄介だな」

エンダーは動きを止めて、足の筋肉を収縮させるように屈む。

「あれだけの巨体だ。当たれば大惨事だな」

「照準の向きを計算したところ、エンダーと桜威を狙っているみたいでス」

「鬼電が俺らの周りの雑魚を一掃してるお返しだろうな」

「もうすぐ発射でス」

「いつでも来い!」

「……ア!」

「おい、どうした!?」

「奈落獣の反応がありまス! ビーム発射まではあと5秒でス!」

「勘弁してくれ! ……奈落獣?」

 トリムの脳裏で嫌な予感が走った。プラズミたんが、「奈落獣が来る」と言った時に、とても面倒くさい連中が来たのがトラウマめいた記憶のように脳裏に焼き付いていた。


 ホワイトラージの正面。その上空から、黒い機体が降ってきた。

「正義の味方が助けに来たぞトリムゥゥゥー!」

「にゃー!」

聞き覚えのある声だった。

 トリムの嫌な予感は的中した。

 トリムの腐れ縁——ピエロッツヴィランとバニーが空から降ってきた。 

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パスターおぶメタル エルシエロシ @nyarsell

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